『すーちゃーぱーちゃー』
『なにそれ』
『夕張さんがね!作った新装備だよ。ね!夕張さん!』
『あー、えーっとぉ』
午前の訓練を終えて食堂で昼飯である。6人掛けのテーブルになんか今日はみんないる。にぎやかでよいけど。誰がいるかというと、みんなといったらみんなだ。
『ワンタッチで缶に取り付けられて、瞬間的に加速できちゃうすごい装備なんだよ!ね!夕張さん!すーちゃーぱーちゃーだよね!』
『いや、あのー』
サミ姉の夕張自慢である。夕張の反応が微妙だがどうした事だろう。昨日いなくなってたのは夕張に呼ばれていたらしい。すごい装備の実験に付き合ってたとは聞いていたが、はて?
すーちゃーぱーちゃーとは何ぞや。
『それ、スーパーチャージャーじゃないの?』
霞がひき肉と野菜が山盛りの味噌ラーメンを啜った後突っ込みを入れてきた。あー、なるほど。たぶんそれだ。
サミ姉はぱかっと口を開けてで固まってしまっていた。見る見る顔が赤くなっていく。ヤバい、マジボケだったようだ。あたしはプッと吹き出してしまった。同時にドッと笑い声が湧く。
『五月雨ちゃんかわいいっぽいー』
『すーちゃーぱー。。くっ』
『もー、夕張さん!いってよぉー』
『あははは、ごめんごめん、何かかわいかったからー』
大体みんな笑っていたが、時雨だけはツボにはまったのか、俯いて苦しそうだった。
ひとしきり笑うとみんな食事の続きを始める。思い思いに、しゃべって、食べて、笑って。
窓から秋っぽい柔らかな日差しが射していた。深海棲艦と戦っているあたし達だけど、たぶんみんな戦争をしているなんて自覚はないのだろう。隣にサミ姉がいて、周りに皆がいて、カツカレーはうまいし、平和で幸せな時間だった。
『ボッ』という音がした。放送のマイクが入る音だ。
『艦娘全員傾注。グラウンドに集合。緊急である。繰り返す。グランドに集合』
誰の声だか一瞬わからなかったが、男性の声だったので提督の声だとわかった。鎮守府に男性は提督一人しかいない。
それだけ言ってまた『ボッ』という音とともにスピーカーは静かになった。
食堂がざわついてくる。
『なんだろう』
『まだ半分しか食べてないのにー』
『緊急って、すぐって事よねー』
『まーじーかー』
口々に漏れるのは大体不満の様だったが、提督の命令では是非もない。みなしぶしぶ食べかけの食事を片づけて、食堂を出ていく。
あたしも皆の後について食堂を出ようとしたとき、手を掴まれた。サミ姉だ。
『何だろう、涼ちゃん。何だか嫌な予感がするの』
振り返るとサミ姉は不安顔だ。あたしは二っと笑った。
『大丈夫、嫌な予感に限らず、サミ姉の予感なんぞ当たったことないだろ』
『もー、涼ちゃん、ひどいー』
とか言いながら、サミ姉は腕に絡みついてくる。それは良いんだけど不穏な雰囲気を感じて少し振り向くと、後ろで夕張がうっとりしたような表情で顔を上気させている。鼻息も荒い。まるで『姉妹百合!尊い!』とか思ってそうな顔だ。やばいぞ夕張!
グラウンドに出るとすでに十数人の艦娘がいて、さらにあちこちからワラワラと集まってきていた。そもそもグラウンドに集まって訓示など打つ習慣もないこの鎮守府では整列という概念も列順もなく、さらに登壇すべく礼壇もありはしない。なんとなく中央の方に固まりとなって無秩序に集まっている。一通り集まった頃に提督と秘書艦の大淀が出てきた。そして建物を背にして、集団の前と思しき場所に立つ。さっきまで晴れていた空模様も雲行きが怪しくなってきている。
大淀が拡声器のスイッチを入れて、手持ちの書類に目を通してから口を開く。提督は両腕を後ろに回して直立。いつも通り無言のままだ。
『大規模な転属の指令が下されました。転属先を発表します。後ほど掲示板に張り出しますが、明日には動いてもらいますので、各員転属先を聞いたらすぐに準備を始めてください』
集団が一気にざわついた。転属?大規模の?しかも明日移動って・・・・
『静かに!では順番にお伝えします。神通、佐世保。川内、岩川。那珂、岩川・・・・』
一人ずつ名前を呼ばれ、転属先が言い渡される。どうも全体に南の方に異動が多いみたいだ。
『夕張、佐世保。涼風、佐世保。不知火・・・・』
夕張と同じ佐世保か・・・サミ姉も一緒だといいんだけど・・・
『五月雨、辺野古米海軍基地』
え?辺野古?鎮守府じゃないじゃん!
またもざわつく。それはそうだ。こんなことは異例なはずだ。
『静かに!続けます。龍驤、辺野古米海軍基地。夕立・・・・』
サミ姉が呆然としてあたしを見る。
『やだ・・・悪い予感当たっちゃったよ・・・・』
あたしだって嫌だ。せっかくサミ姉を追ってここに来たのに、転属?佐世保?聞いてないって、そんな話。
『・・・・以上。名前を呼ばれなかった者は当鎮守府に残留とする』
集団の中には南の方の転属が多かったためか、どこかリゾート気分になっている子もいて『辺野古いーなー、沖縄じゃん。海とか珊瑚とか綺麗そう』などと言ってる子もいたし、仲の良い子と一緒で喜んでる子や、逆に離れて残念がっている子といて様々だ。
提督と大淀が引上げた後もしばらくグラウンドには動揺した一団が残っていた。
『どうしよう。涼ちゃん・・・・』
『どうしようって・・・あたいにもわかんないよ』
あたし達の傍らで夕張も呆然として立ち尽くしている。
やがてあたし達の不安な心情を反映するかのように、雨粒が落ちてきて、すぐに土砂降りになった。皆散り散りに解散していく。あたしとサミ姉と夕張も寮舎へ向かった。
走っているとポケットのスマホが鳴り始めた。鎮守府内で携帯電話が鳴るなんてことはめったにないので、怪訝な思いで着信を見るとマト姉と表示されている。
あたしは濡れるのも構わず立ち止まって電話に出た。
『涼音?すずね良かった。出てくれた。沙弓にも電話したんだけど出なくて』
『どうしたんでぇ、マト姉。鎮守府内はあんまり電話使いたくねぇんだけど・・・』
『涼音!沙弓と一緒に今すぐ退役して帰ってきなさい!』
え?退役って・・・・
あたしはもう転属だの退役だのサミ姉と離れ離れなどもう、頭の中が混乱して訳が分からなくなってきていた。
『涼音!聞いてる?』
そばでサミ姉が不安げな顔であたしを見ている。
あたしはそのサミ姉の不安そうな丸い瞳を見返しながら、何も言えずにただ立ち尽くして雨に打たれるばかりだった。