大音量でラッパの音が鎮守府内に響いていた。何事かと飛び起きたあたしは半分ボケた頭で何とか理解する。
「あー、起床ラッパかー」
初めて聞いたな。とか思いながら髪をもしゃもしゃかき混ぜる。ラッパはスピーカーから流れているようで、誰かが表で吹いているわけでもなさそうだ。鎮守府全体で毎日の起床時間が統一されているわけではないので、ラッパなど鳴らしたりはしないのだが、今日は大半の艦娘が移動する日なので鳴らしたのだろう。みんな昨夜は遅かったしな。
二段ベッドの下を見るとサミ姉はまだ目を閉じていた。この大音量の中でよく寝てられるものだ。眉間に皺を寄せて苦し気に唸っているが。二日酔いかな?
ラッパが鳴り終わった頃、ベッドから降りてサミ姉の肩を揺する。
「サミ姉起きろ」
暫く揺すっているとサミ姉は細く目を開けてからしかめっ面でまた唸り声をもらした。
「う~、気持ち悪い・・・・・」
「酒なんか飲むからだ」
「もう酒やめるー」
常日頃飲んでいるわけでもなかろうに、そんなおっさんみたいな事を言いながら、サミ姉は両手をあたしに向けて差し出した。
「なんだこの両手は?」
「抱っこ」
「姉が妹に向けてする要求とは思えない」
「お姉ちゃんは君をそんな冷たい事を言う子に育てた覚えはないよ!すずちゃん」
君に育てられた覚えはないんだがー。
「やれやれ」
あたしはかがみこんでサミ姉の背中に手を回す。するとあたしの背中にもサミ姉の腕がふわっとまわってくる。
「しばらく会えないけど、すずちゃんはお姉ちゃんがいなくても大丈夫だよね?」
密着した頬から伝わるようなかすかな声があたしの鼓膜を振るわせる。二年前、サミ姉があたしを置いて鎮守府に行く時の朝を思い出してしまう。あの時と同じセリフじゃなかったろうか。「大丈夫?」と問うのではなく、「大丈夫だよね?」という確認。
「大丈夫じゃない」
あたしはたぶん二年前とは違う答えをしてみた。あの時は本当に大丈夫だと思ってそう答えたんだと思う。でも実際どうだったろう、あたしは全然大丈夫じゃなかった。
「ごめんね、しばらく会えなくても、きっとまたすぐ会えるよ。それに・・・・」
「・・・・それに?」
「あたしが必ず、すずちゃんを幸せにしてあげるからね」
「なにそれ・・・プロポーズかよ」
くすっと笑いが漏れてしまった。相変わらずおかしなことを言う姉だ。
「そう、プロポーズだよ」
そういったサミ姉は密着していた頬を少しずらして、あたしの頬にキスをする。ははっと、あたしは笑ってそのままサミ姉の唇に合わせてキスをした。少しお酒の残り香があったけど、それは甘い、とても甘いキスだった。
「生きて、また会おうね、すずちゃん」
「あったりめぇよ!」
合衆国軍の大きな輸送機が1機鎮守府近くの広い公園に待機していた。隣接に飛行場などなかったので、仕方なく公園に着陸してきたようだが、随分と無理をするものだ。佐世保と沖縄行がこの合衆国軍機で、岩国行の陸自機が合衆国軍機離陸後に到着の予定だと説明を受けた。佐世保まではサミ姉と一緒にいけるみたいだ。
搭乗の列であたしの後ろに並んだサミ姉のその後ろに夕張が並んでいたが、振り向いてその姿を見ておおっと思った。官給品のリュックを背負った上にカバーに入ったサーフボードらしきものを抱えている。こいつ南の海で遊ぶ気満々じゃねーかよ!あたしとサミ姉はマト姉からの電話でいくらか危機感的なものを察していたから別だけど、他の艦娘たちは夕張のようにリゾート気分の子が大半みたいだ。のんきなものだな。
搭乗後、壁沿いに横に並んだシートに座ってベルトを締める。前側に霞、後ろ側にサミ姉が座った。何となく持て余した右手でサミ姉の手をいじる。指と指の間の付け根のあたりを軽くさすったりする。さみ姉は気にも留めずにされるがままにしていて、夕張と何か話している。周りが結構うるさいので何を話しているかは聞こえない。あたしは何の気なしに左隣の霞の手にもサミ姉にしたように指を絡めてみた。
「ちょ、なにすんのよ!」
そう言って霞は手を引っ込めてしまった。
「え?何?いいじゃん、これくらい」
「なんかやらしい、涼風」
「えー」
そんなー、やらしいのかあたしの手は!
「じゃ乳揉んでいい?」
「意味わかんないし!」
「霞だってこの前阿武隈の尻触ってたじゃん」
「阿武隈のお尻はみんなの物なのよ!だからいいの」
あーなるほど、それは解る気がする。阿武隈、どんまい。
「霞の乳はあたしの物」と言ってあたしはワキワキさせた両手を霞に向けた。
「バカなの?」
霞がぷいっとそっぽをむいてしまう。つれないなー。
とその時、合衆国軍の若い女性兵士が中央に出てきて大きな声で「艦娘ノミナサマー」と言って右手を高く上げた。
「ご搭乗オツカレサマデース。当機はコレヨリヨコハマを出発後、佐世保上空を経由シテ辺野古基地ヘムカイマス」
日本語うまいな。ん?佐世保上空?・・・・・ん?
「佐世保組ノ方達ニハ、スバラシイ、スカイダイビングヲ体験シテイタダケマス!ヤバイデスネ!」
なんだってーーーー!
固い空気が頬を叩きつけるように押し上げる。鼓膜を伝ってゴウゴウという音が脳を震わせる。(脳がふるえるぅ~)高速で落下しているのだろうけど、周りに何もない空間ではそのスピード感覚がおかしくなっていてそれほど速く感じられない。どっちかというと空気の塊に押し上げられているようだ。
「降下場所ハ海面デース。艦娘ノ方々ニハお得意ノフィールドデス!ヨカッタデスネ!」
そういった合衆国兵は満面の笑顔でサムズアップした。後ろにいたサミ姉の目はあきらかに「いいなー、私もやりたい」と言っていた。なら、替わってくれ!
ビビってる事を周りに悟られたくなかったあたしは、ほぼ無言で降下口に立ったが下を見た時目を回しそうになった。
「グッドラック」
とかなんとか言ったかと思うと、全く無慈悲に合衆国兵があたしを輸送機から突き落としたのだ。ひでぇ!
海面が迫ってくるとスピード感が増していく。パラシュートを・・・・・パラシュート開き方きいてねぇ!
レバーとか紐とか脇の方に・・・・ねぇ!
ヤバイこれ死んだかあたし!マジかこんなん嫌すぎるだろ!
「ごめんサミ姉!もう会えない!」
その瞬間上に引っ張られるようなショックを受けた。体がきしむ。
パラシュートが開いていた。
「何だコレ・・・自動で開くのか・・・・はぁ・・」
そのまま海面に向けて降下していく。スピードは緩くなっているはずだが、結構怖いスピード感だ。「うわぁぁぁぁぁ」とか思っているうちに着水。結構なしぶきが上がったみたいだ。一旦海中に沈む。風よけのゴーグルの脇から海水が入ってきた。なんだコレ役にたたねぇ。艤装は付けてないので普通に沈むのだ。でも海は怖くない。だって艦娘だもの。
海面に出るとパラシュートの一部が膨らんでいて浮袋になっていた。さすが合衆国軍様、気の利いたものを用意してくださる。あたしは浮袋につかまって、バタ足で海岸に向かって泳いだ。辺りをみると何人かが同じように海岸へ向けてバタ足している。上を見るとサミ姉を乗せた輸送機は遠くの空に飛行機雲を引いて小さくなっていた。
「サミ姉~・・・・」
あたしはつぶやくように、消え入るように愛しい姉の名を呼んだ。南の空は蒼く快晴だったけど、半分水が侵入したゴーグルの中で目の下辺りでちゃぷちゃぷと波打っている海水が気になって切ない。
塩が目に染みて涙が出てきた。