佐世保の軍港に到着するとまずホースで水を頭からぶっかけられた。海水を流してくれるという気づかいなのだろうが扱いがちょっとひどくないか?その後横浜から持ち込んだダサリュックとバスタオルを渡された。荷物や艤装だけでまとめて投下された揚陸艇に積んであったものだ。それを受け取ると宿舎に案内された。狭い個室だった。とりあえず、ずぶぬれなので濡れた服を脱いで入り口わきにあった洗濯籠に放り込む。下着までびっしょりだったので、昨夜奪ったサミ姉のパンツも脱いで全裸になった。それからダサリュックからジャージを出してとりあえずこれを着た。なんか下着はめんどくさかったので付けていない。裸ジャージだぜ!ブラなんか付けなくてもあたしのおっぱいは垂れずに前方へ向けて挑発的に突き出ている!どうだ!燃えるぜ!
両手を腰に当てて胸をはってドヤ顔をしたが誰も見ていないので、ちょっとむなしくなった。
おっと。
そんなことしている場合ではなかった。着任報告も早々に、ブリーフィングルームに集合との指示が出ていたし速くいかないといけない。
ブリーフィングルームに入ると結構な人数がいた。艦娘の多くはジャージ姿だったが前の方で落ち着いてる集団はもともと佐世保にいた連中だろうか、制服をキチンと着こんでいたので他鎮守府組のジャージがだらしなく見えてしまう。
そしてあたしはこの時点で気づいた。下着付けてないと乳首がこすれてすこし痛い。
ちょっと後悔しているあたしには全く関係なく、ブリーフィングは開始される。そしてあたしたちはここで衝撃の事実を知ることとなる。
佐世保の司令官は女性提督だ。軍服こそきっちりと着ているが、首の後ろくらいで軽く束ねている緩いウエーブのかかった亜麻色の髪がふわっとした印象だ。マト姉よりいくらか年上だろうか、細身長身でバランスの取れたスタイルをしているが、左目の下の泣きボクロが何とも言えない色気を醸し出している。
「今回の君たちの任務は哨戒任務であるが、その対象は深海棲艦ではない」
その司令官がサラっと言うと、一同はよく意味が解らないといった風でこちらも何となく流して聞いてる雰囲気があったが、あたしはマト姉からの話でいくらかピンと来るものがあった。司令官はしばらく黙っていた。『質問はないのかな~』と言った表情だろうか?・・・・・・・・・・・・・
いや、いつまで黙ってるんだこの指令官。
「質問ある人ー」
しびれを切らせたと言うよりは、やれやれと言った諦めの表情を隠しもせずに司令官が顔の脇に中途半端に手を掲げて言った。するとあたしの隣の霞のそのまた隣に座っていた朝潮がスッと真直ぐ手をあげる。
「はい、そこの黒髪ロングのあなた」
司令官が掲げていたその手の平をそのままの位置でくるっと上にむけた。朝潮が手を挙げた時と同じように真直ぐ立ち上がって、そして敬礼までしたがジャージでは様にならない。
「横浜鎮守府より先ほど着任いたしました。朝潮型駆逐艦朝潮です」
いや、かたいなー朝潮。浮いてるぞー。
「哨戒の対象について説明をお願い致します」
「哨戒の対象は大陸の人民解放軍海洋侵出部隊です」
朝潮の質問に今度は間を開けずに司令官が答えた。
「ありがとうございました」
朝潮がそういって着席する。少し間をおいて一同ざわつき始める。
「皆さんもうお分かりかと思いますが、今度の敵は深海棲艦ではなく、人間です」
ざわめきが大きくなる。最前列の一人が立ち上がる
「司令官!それってどういうこと?人間を・・・・・殺すの?」
「哨戒任務なので基本殺しません」
「向こうは攻撃してくるんだよね?」
「場合によってはあるかもしれません」
「あたし達、通常弾耐性強くないと思ったけど・・・」
「普通の人間よりはフィールドのおかげで高い耐性がありますが、深海棲艦のように無効にはできません」
「攻撃を受けても反撃しては駄目なの?」
ブリーフィングルームが氷ついた。司令官は軽く俯いていたが目は一同を見据えている。いずれ胸をそり返し腕を後ろに回し言う。
「哨戒任務であることを第一に考え、まず敵に発見されないことを考えてください。第二に発見されたら即撤退してください。第三に撤退時には援護を要請してください。撤退時や撤退が不可能となった時の反撃は許可します」
立ち上がった一人がへなへなっと着席する。
「では敵編成について、これは沖縄からの情報です。中型の艦船と多数の小型機動艇の編成が一集団として複数存在することが確認されています。中型の艦はおそらく機動艇の母艦と考えられています。この規模と現在の位置を補足することが君たちの任務です」
「そんな艦隊じゃとっくに深海棲艦に沈められているのでは?」
前列の一人が言う。
「南シナ海、東シナ海、日本海を勢力圏としていた深海棲艦群は大陸の天津港を拠点としていて、これは核攻撃によって拠点諸共殲滅されています」
「核攻撃は無効なんじゃ・・・」といった声がざわざわと沸き立つ。
「詳細は不明ですが事実です」
ざわめきに答えた司令官は続ける。
「八隻一艦隊とし出撃してもらいます。指定エリアに到達したら艦隊を二分して四隻として進行。また指定エリアで二分して二隻として進行してください。分離した艦隊がお互い非常時には援護に駆け付ける事ができる距離を保ちつつ、哨戒範囲を広げていきます」
「飛行機は使えないんですか?」
「p3c哨戒機も飛ばしますが数がたりません」
少し間をおいてから司令官が続ける。
「長い平和に甘んじて、軍の再建を怠ってきた我々の責任です」そういってから司令官は深々と腰を折って頭を下げた。ふわっとした髪が肩口から垂れる。
「申し訳ない。今は君たちに頼るしかありません」
「大丈夫!あたしらに任せな!」
最前列の一団から声が上がるとあちこちから次々と勇まし気な声が上がった。雰囲気に飲まれてあたしもそんな勇ましい気分になってきた時、隣にいた夕張に手を握られた。
「涼風ちゃん・・・・・・」
夕張の手は震えていた。でもあたしを見つめるその目は何か覚悟を決めたような強く頑なな色を帯びている。
「夕張・・・?」
「生き残ろうね。ちゃんと生き残って五月雨ちゃんにまた会おうね」
「あったりまえだろ」
あたしは夕張の手を握り返して引き寄せてニカっと笑ってから言った。たぶんいつもの通りに笑えたと思う。
沖縄に赴任したサミ姉はどうしているだろう。やはり哨戒任務に出るのだろうか。全体に沖縄に回されたのは錬度の高い娘ばかりだったように思う。高練度の艦が集められるということはそれだけ危険度が高いということではないだろうか。
サミ姉が心配だ。そう思ってあたしは夕張を見る。夕張が沖縄に行ってくれていたら、サミ姉を守ってくれただろうか。いや、練度的にはサミ姉はトップクラスだから、サミ姉が夕張を守っちゃうかもしれない。でもそれはあたしも同じだ。あたしが沖縄に行ってもサミ姉に守られるだけかもしれない。
だけどもう覚悟を決めなくてはいけない。あたしたちは人間と戦争をするんだ。
格納庫で急いで制服と艤装を着ける。アシストに佐世保の子がついた。短めのツインテールが可愛い八丈という海防艦のちっちゃい子だ。あたしがジャージを脱ぐと全裸だったので、目をパチクリさせて顔を真っ赤にさせた。
「なななななんで裸なんですか!」
「あー、この方が装備付けやすいだろ」
とか適当なことを言ったら八丈ちゃんは下を向いて「そ、そうなんですか・・・」とぼそっと言う。素直、かわいー。
「では失礼します!」
「あー待って待って、やっぱ下着はつけとくわ」
装備を着けにかかった八丈ちゃんを制止してあたしはダサリュックからパンツとブラを出した。やっぱ乳首擦れて痛いからね。先に言った全裸の理由とまったく矛盾した行動である。八丈ちゃんがまた眼をパチクリさせる。
「涼風、ちっちゃい子に適当な事いわないの」
隣で準備中の霞が横目でにらんで来る。
「だって八丈ちゃんかわいーーんだもーん」
そう言いながらあたしは八丈ちゃんの頭をなでなでした。
「あたし可愛いですか?」
「うんうん、可愛い可愛い」
「わーい、涼風さんもおめめまんまるくてかわいーですー」
「おー、そうかそうか、なんて可愛い子なんでぇ、ちゅーしちゃおうかな」
「やめなさい!」
霞に怒られた。
「そこ!しゃべってないで急いで、あまり時間がないのよ」
格納庫ゲート入口近くにいた司令官が大きめの声を出す。美人司令官にも怒られてしまった。
「ガッテン!涼風大急ぎで準備します!」
勢いよくそういってあたしはビシッと直立しバシッと敬礼した。半裸なのであまり様になってない。自分が怒られたと感じたのか八丈ちゃんがワタワタとして作業を始めようとしたので、あたしはまた頭に手をのせて、やさしくなでなでした。
「慌てなくてよいからよろしく頼むぜ」
「は・・・はい!」
元気で可愛い八丈ちゃんだった。
艦隊は8隻艦隊というより、2隻のペアが4つと言った感じだった。あたしのペアは夕張だ。霞は朝潮とペア。あとは佐世保の子らしい、夕雲型が4隻。良く知らないが新型らしい。
あたし達は佐世保を出航して2度艦隊を分けて今、夕張と2艦で海上を進んでいた。
「夕張って何、サーフィンやるの?」
「やるよー」
「普段から海の上滑ってるのにまだやるのか?」
「あー、艦娘になる前からの趣味だからー、たまにね、板に乗りたくなっちゃうのよ」
「ふーん」
「この先に無人島があるわ。無人島って言うか岩礁に近いかもだけど」
他愛もない雑談のあとに夕張がタブレット端末の画面を見ながら言った。
「どっち?」
「進行方向ちょっと左手。ほら見えてきた」
そういって夕張は背中の主機に括りつけていたバッグをうしろ手で引っ張り寄せてタブレットを脇の方に滑り込ませた。なんだかいろいろ入っていそうだ。大きいしもっさり膨らんでいる。あんなもん主機に括りつけていて、バランス悪くないのだろうか。
そんな事を思いながらあたしは主機の出力をゆっくり下げた。夕張も言わずとも同じ行動をとっている。停止するころに体を海中に沈めていく。海面から顔が出るくらいで停止した。かばん防水なのかな?夕張は体が沈む前に双眼鏡を出してかばんの口をしっかりと閉めていた。そして双眼鏡を両目にあてて島の様子をうかがう。
「岩ばっかねー。岩礁としては大きいのかしら?」
「わっかんね」
「反対側に回らないと向こうは見えなさそうね」
「そうだなー、まわってみっかー」
あたしと夕張は島とも岩礁ともつかないそれを左に大回りに回り込むようにゆっくり進んでいった。しばらく進むと目標の岩陰から黄色い小さなものがたくさん出て来るのが見えた。まだ距離があるので何だかよくわからない。停止して様子をうかがう。夕張が双眼鏡で確認した。
「え?何アレ」
夕張が不審そうな声を上げてから双眼鏡をこっちによこす。あたしはそれを受け取って確認する。
丸くて黄色い風船のようなものが浮いている。単眼の顔っぽい絵がかかれていて下に垂れ幕のようにぶら下がっている布にアルファベットで「I Am Your Friend」と書かれている。
「は?何なん?」
黄色の目立つものに気を取られていた。ふと視界を下に下げると、垂れ幕をつなぐロープの下に小型艇がいた。
「ヤバイ夕張!小型の機銃艇だ!こっちに向かってくるぞ!」
「見つかった?」
「たぶん」
あたし達は主機の出力を上げて浮上、転進に入る。出力を下げすぎていたのと体を沈めていたことが仇になった。なかなか速度が出ない。回りながら背後を確認すると岩陰からさらに多くの機銃艇と母艦らしい中型の艦艇が確認できた。機銃艇の速度がかなり速い。先行してきていた5隻がもうすぐ後ろに来ていた。おかしな風船はもう切り放しているようだった。
「こいつら速すぎるって!」
近くに来て気づいたが、こいつらウオーターバイク並みに小さい。どう見ても人が乗ってるスペースはないように見える。
「無人艇かも・・・・」
一斉に機銃掃射が来る。ジグザグに航行して回避したが1掃射程くらった。現状の距離ならフィールドが有効だったようで、圧力で少しバランスを崩す程度だ。しかしもうちょっと近づかれるとわからない。
「夕張!援護要請!」
「やってる!やってるけど・・・・・」
「けど何?」
「直近の霞ちゃんの隊は先に遭遇戦に入った夕雲型の隊の援護に向かったって言ってる」
「まじか・・・・!夕張!危ない!」
若干速度の落ちた夕張に機銃艇が突っ込んでいった。そしてあろうことか自爆した。
「夕張ぃ!」
吹っ飛んだ夕張のもとに寄せる。小破程度のダメージを負っている。
「しっかりしろ夕張!」
「大丈夫!大した被弾じゃないよ。フィールド結構使える」
あたしは夕張をかばうようにして近づいてくる機銃艇に12.7mm連装砲を発砲する。1発で敵は大破炎上して脱落していく。結構敵は脆い。しかし数が多すぎる。小破して速度の落ちた夕張を庇いながら主砲で何隻も沈めたが、程なくあたしたちは機銃艇に囲まれてしまった。そしてあたし達に向けられた機銃が一斉に火を噴く。フィールドがなんとか弾いているが、いつまで保つか解らない。それにこの数で突っ込まれて自爆されたらひとたまりもないだろう。
あたしは反撃しながら考える。なんとか、何とかここを抜け出す方法はないかと、こんなところで沈む訳にはいかない。生きてサミ姉と会う約束をしてるんだ。何とか・・・・
ガゴン と主機に響く大きな音がした。フィールドが破られて被弾したかと思ったがそうではなかった。背後を振り向くと夕張があたしの背中の主機に何かしている。
「夕張?」
顔を上げた夕張の目はおびえていた。そしてそのおびえた目のまま口角を上げてふふっと笑うような息を漏らす。笑顔になっていないその笑顔で夕張が言う。
「すーちゃーぱーちゃー」
「え?」
ドン!
いきなりの加速だった。ほぼゼロ速度からの急加速だ。体がきしむ。風圧で横向きに固定されてしまった頭がそのままの横眼で後方を見ると、夕張を囲む敵集団が見る見る小さくなっていく。
「夕張!ゆうばりぃぃぃぃー!」
声になっていたかわからない。風圧で掻き消えていたのかもしれない。それでもあたしは叫び続けた。夕張の名を。
そうしてあたしは急速に戦場を離脱した。