夕日が落ちてゆく中で漂っていたのを憶えている。燃料は尽きていたが主機が無事であったから沈みはしなかった。どこいらへんを漂っているのだろう、とか、薄っすらと考えていた。疲れ果てていた。叫び続けたことで声も枯れていた。塩水を結構飲んでしまったのも良くなかった。あたしはそのまま気を失った様に思う。
次に意識が戻った時は病室のベッドの上だった。隣のベッドが騒がしくて目を覚ましたようだった。
隣のベッドでは誰かが叫び、暴れていた。手錠がベッドのパイプにつながれていた。夕立に見えたがすごい形相だ。彼女は医者に注射をうたれて静かになった。
自分の体から入渠の時のお湯に入れられる薬品の匂いがした。入渠のあとは何時もこのにおいがする。
反対側に首を巡らせるとそこにサミ姉がいるのが視界に入った。
「すずちゃん・・・・」
あたしは半身を起こしてサミ姉をぼんやりと見た。するとサミ姉はあたしの頬に手を当てて撫でまわし始める。
「すずちゃん・・・・無事でよかった」
「サミ姉・・・」
あたしはハッとしてサミ姉の手を握りしめた。
「夕張は?」
するとサミ姉はその丸い瞳からボロボロと大粒の涙をこぼし始めた。
「夕張さん・・・沈んじゃった・・・」
「え・・・・」
「あたしが・・・・あたしが昨日変なこと言ったから・・・夕張さんがしずんじゃったよぉ」
サミ姉は子供のように泣いていた。でもそれは、夕張はあたしを逃がしたから、あたしだけを離脱させたから、単独になって囲まれて・・・あたしが・・・・
泣いているサミ姉を見ながら、あたしも涙をこぼしていた。
「夕張はあたいを庇ってくれたんだ・・・あたいを逃がしてくれたんだ・・・夕張が沈んだのは、あたいのせいだ・・・・」
あたし達は泣いた。二人で泣いた。しばらくすると隣で夕立が呻き出した。まだ薬が効いているのだろう、くぐもった闇の底から湧き出るような声を出していた。
「沈めてやる・・・あいつら全部うぅ・・・ちくしょう・・・・」
その声を聞いているとまた辛くなって泣いた。サミ姉と抱き合いながら泣いた。いつまでもあたし達は泣いていた。
佐世保鎮守府提督は渋い顔をしていた。ウエーブのかかった栗毛の髪をわしゃわしゃとかき回した後、ため息をついた。
市ヶ谷発の指令書を睨む。そこには未明より始まる極秘作戦に伴う特務艦隊航路上の敵前衛部隊の牽制の命令が書かれてあった。空母機動部隊を中核とする大規模な艦娘による特務部隊。
「こんな編成がこれだけ迅速にできるのは運用の融通が効きやすい、艦娘ならではなのだろうな」
一人呟くが返事をする者もいない。命令書を受け取ったあと彼女は執務室にこもっていた。
先の遭遇戦では轟沈を含む多大な被害を出してしまった。あそこまであちこちで遭遇戦が始まってしまうとは思っていなかった。
「対人間戦闘の経験不足を露呈してしまったか・・・・」
落ち着いた頃にはかなりキツイ処分を受けるだろう。
「それはいい、しかし・・・・」
被害が大きすぎた。まともに運用できる艦娘はそう多くない。牽制という指令だが、どうだろうか、それぐらいの任務には耐えるだろうか、しかしコンディションの完全ではないあの子達を出撃させていいものだろうか。
彼女の頭に先の遭遇戦群で上がってくる、耳を塞ぎたくなるような報告の数々がまた蘇ってくる。
手が震え始めた。おそらく顔も蒼白となっていることだろう。深海棲艦相手の時にはこんな状況にはならなかった。自らのメンタルの弱さを思い知ってしまった。
その時作戦指令室につながるインターホンが鳴った。
「提督、作戦指令室までお越しください。レーダーにおかしな反応が出てます」
「了解、すぐに行く」
栗毛の提督は受話器を置くと立ち上がり、両手で自分の頬を挟むようにたたいてから執務室を出た。
作戦指令室に入ると、すぐにオペレーターがレーダーのスクリーンを指示して言う。
「これを見てください。このいくつかの赤い点です。ある海域に集まって来ています」
「ふむ、この点は何を示している?」
「これは轟沈したと思われていた艦娘の識別信号です」
「え?」
栗毛が揺れた。スクリーンの赤い点を凝視する。
「轟沈は誤認だったという事か?」
「わかりません。轟沈のサインは確実に出ていたので、発信機器の不具合にしても数が多すぎます。」
「行って確かめるしかないわけか」
「そうなります」
「ん?ちょっと待て、この海域は・・・・」
先ほど睨んでいた指令書を思い出す。この海域は指令書にあった敵を牽制すべき作戦ポイントと合致しているではないか。
指令書に作戦の内容は明記されてなかった。しかしこの合致は何か意図的なものがあるように彼女には思えた。
「緊急招集、出撃可能な艦娘をブリーフィングルームへ集めてくれ」
「了解しました」
オペレーターが基地内放送のマイクを握った。