気が付くと私は気持ちの良い冷たさと、暖かい闇に包まれていた。なぜだろう懐かしいと感じた。久し振りに我が家に帰ってきたような感覚、北海道の実家?湘南のアパート?横浜鎮守府の寮?あの笑顔に満ちた鎮守府の食堂?アノ子と過ごした昼下がりの窓の外でみた綺麗な雨?
そんないろいろなものに抱く、幸せで安心する感覚。
私は海の深い所でゆらゆらと漂っているようだった。とても心地良く、まるでずっと昔からそこを漂っていたように、自然に、滞りもなく。
やがてどこかで聞いたような音が聞こえ始めた。
音?いや、音楽だろうか、ピアノの音にも聞こえる。
昔聴いたような、懐かしいような旋律。
心地良く体にすぅっと入ってくる旋律には意味があるように感じた。
感じた?いや、ちがう。意味があるのだ。
しばらく耳を澄ますようにしてその旋律をきいた。
旋律は私を呼んでいた。
そう遠くない所にいくつかの私と同じような存在があることが理解できた。
なぜ理解したかと聞かれても判らない。
ただ理解したのだ。
それらは上に向かって浮上していた。
私もそれに倣って浮上する。
海面の上に出た。
私は目を細める。
穏やかに揺れる水面上に浮かぶような朝日とその上に美くしいグラデーションがオレンジ色からブルーを経て深い蒼へと染まり広がっていた。
暑いしまぶしい。
でもそれは比較の問題でしかない。
ここもそう悪いものでもない。
世界は美しかった。
上を見上げる、楽しい。
下を見下ろす、嬉しい。
両腕を上げてみた、幸せだ。
すべての事が幸福に満ちている。
そんな中私はふと思い出す、アノ子のことを。一人の女の子を。
私の幸福そのものとも思えるあの少女の顔を思い出す。
その名を声に出そうとしたけど、発音が上手くできない。
それでもなんとか発音してみた。
「サ・・ミダレ・・・チャ・・・」
◆救出作戦
右手に朝日を浴びながらあたし達は海上をひた走る。先頭にはサミ姉がいる。
緊急のブリーフィング後、編成された艦隊は5隻編成と小さい規模だった。先の遭遇戦がどれだけ酷いものだったかを物語っているなと思う。当のあたしも本調子ではない。サミ姉はどうなんだろうか、特に悪くないように見える。
栗毛の提督は救出作戦だと言った。本調子でない艦が多い中、多くの子が参加を志願した。あたしもサミ姉も食いつく様に志願した。
しかし実際に出撃可能だったのはたったの五隻だ。その中に入れたのは幸運だったと思う。
旗艦五月雨、夕立、霞、涼風、S・B・ロバーツといった布陣。
いや、行くなって言われたっていくんだけどね。
実際にあたしは夕張が沈んだ所を見たわけではない。だからまだ生きているんじゃないかって思ってもいた。いや、そう信じたかったのだろう。だからブリーフィングで夕張達の救出作戦が出た時は心が沸き立った。
あたしが行かなければならない。無断出撃をしなくて済んだのはホントに幸運だった。
高揚した気持ちを抑えきれずに少し前のめりになったあたしの顔に潮風の混ざった水しぶきが当たる。左舷から霞が寄せてきてあたしの肩に手を添えた。
「涼風、大丈夫?変に気負ってない?」
「大丈夫、ダイジョーブ、あいつよりはかなり冷静だと思うぜ」
そう言ってあたしは前方を指さす。前方を行く夕立の背中からは怨念めいたオーラが立ち昇っている様にすら見える。いや、実際なんか纏っているフィールドが少し赤く光ってないか???
「そうね、アレは大変そう・・・」
霞は目を細めて夕立の背中を見てため息をつく。
「あたいより夕立に声かけてやったらどうだ?」
「いや、なんか怖いし」
「あー、なんか怖いね」
霞と二人で顔を見合わせて笑った。少し気持ちが落ち着いてきた。
「じゃ二人で声かけに行くか」
「そうね」
あたしたちが夕立の背中に声をかけるべく少し加速しようとした時、先頭にいたサミ姉が声をあげた。
「前方!爆艇部隊補足!」
例の機銃艇は「爆突型機銃艇」と呼称がつけられていた。長いので現場では「爆艇」である。顔を上げて前遠方を確認するとかなりの数の爆艇が広く展開しているのが見えた。
夕立が即座に急加速をして、先頭のサミ姉をぶち抜いてそのまま敵陣に突貫していく。
「夕立ちゃん!」
サミ姉が叫ぶも、構わず夕立は加速を続けた。あたしは霞とサミ姉に寄せる。
「サミ姉!」
「凉ちゃん、霞ちゃんも、さっちゃんも!」
そう言ってサミ姉が振り向く。
「夕立ちゃんを追うよ!最大加速!」
「がってん!」
「了解!」
「待って!」
あたしに続いてさっちゃんが同意の声を上げたが、霞が待ったをかけようとする。
「敵の数が多すぎるわ!」
「敵は救出ポイントへの進路を塞ぐ形で広く展開してる。迂回してもああ広く展開されたら交戦は避けられないよ。ここは突破力が必要、中央突破がいいよ」
「・・・・わかったわ行きましょう、夕立もほっとけないしね」
戦闘中のサミ姉って何だか頭が良さそうに見えるんだよな、サミ姉のくせに生意気だなー、などと考えながらあたしは加速を始めた。
夕立が突出する形での突破になってしまったが敵群にはまだ動きがない。夕立は前回の損傷がまだ残っているのか、加速が若干鈍いようで先行したサミ姉にすぐに追いつかれていた。
「夕立ちゃん!下がって!」
「とめるなぁ!」
叫びながら夕立が振り向いた矢先にサミ姉の回し蹴りが夕立の後頭部にヒットした。
「え?」
海面にうつぶせにたたきつけられる夕立を尻目にサミ姉は若干減速しつつ振り向いて言った。
「凉ちゃん、さっちゃん、夕立ちゃんをおねがい!霞ちゃんは最後方で援護を!」
「お、おう」
一瞬何が起こったかわからなかったが並走してきたさっちゃんが肩をたたいてきて目くばせしてきたことで、ハッとなって夕立を確認する。加速していた勢いがそのままに突っ伏しながら前進している夕立をさっちゃんと左右に分かれて両脇を抱えて起こしながらサミ姉に続く。その後ろに霞がつく。夕立は気を失っているみたいだった。死んでないよな?
「・・・これかぁ」
さっちゃんの呟く声が聞こえた。
「これ?」
「あ、いえ、なんでもないです」
「むちゃくちゃだわ、五月雨・・・」
あきれたような声も後方から聞こえた。
あたしたちが加速するのを待って全員が一塊になったところでサミ姉も合わせて加速、そのまま爆艇群のど真ん中へ突っ込んでゆく。
目前になってやっと爆艇群が動き出した。機銃の掃射が来る。
ギュイン、ギュウン
フィールドが機銃弾をはじくいやな音が耳朶に刺さってくる。しかしあたしたちに損傷を与えることはできない。対してこちらの砲撃は進路を塞ぐ敵を次々と沈めていく。慌てて体当たり攻撃をしてくる敵もスピードに乗っているあたし達を捉えることはできない。
やがて前方に3隻の中型機銃艇母艦と大型の艦艇が現れた。大型の艦はミサイル巡洋艦だろうか、これを守るように機銃艇母艦が前衛として輪形陣を組んでいた。母艦群が機銃を撃ってきているがすべて弾き飛ばす。あたしたちは敵艦の合間を一気にすり抜けた。後方を見ると爆艇が大挙して追ってきているが、停止から加速を始めた爆艇群と初めからトップスピードですり抜けたあたし達とでは速度の差が歴然としていた。
中央突破大成功である。