あたしたちが加速した時を同じくして前方の敵はあろうことか減速し始めた。敵の数は多く、広く厚く密度も高い。敵後方に食いつくのにはさほどの時間も要さなかったし、反撃もできない敵を後ろから一方的に砲撃できる状況に至ってもまだ、こうも厚い壁になった敵を一気に食い破るのは不可能だった。あたし達も前方の敵に合わせて減速を余儀なくされた結果後方からの敵集団に追いつかれた。
要するに結局囲まれてしまった。前方の敵集団はあたし達の砲撃に対して無防備になった爆艇を何隻沈められようともお構いなしに包囲陣完成を優先したのだ。包囲された当初こそ相対速度を合わせての移動しながらの包囲だったが、何度かの体当たり攻撃を受けて速度をだんだんと殺されて遂には停止状態となってしまった。今は前方の敵集団の銃口も私たちに向けて狙いを定めながらゆっくりと周囲を周っている。この集団が一気に突っ込んできたら一溜りもないだろう。しかし敵は突っ込んで来ることなく、周囲を周りながら囲んでいるだけだった。何かを待っているのだろうか。
夕立は周囲を囲む敵を仁王立ちで腕を組み、無言で睨みつけている。戦意を失う素振りも見せないのがたのもしい。霞は突っ込んで来られても躱してやると言わんばかりに身構えている。さっちゃんは不安そうにあちこちと視線を彷徨わせている。サミ姉はあたしの手を握りしめながら、眉根をよせて敵集団を見据えていた。すると何かに気付いたように視線を遠くの方に移したようだった。
「何か来る?」
サミ姉が遠くの方を指さす。皆がサミ姉の指さす方向に目を向けた。
「艦隊?援軍かな」
我ながら甘い観測だなと思いつつわたしは呟く。そうであってほしいと思うのは仕方ない事だろう、しかし霞がすぐに否定する。
「援軍かもだけど、それは敵の援軍でしょ、普通に考えて」
フッとため息をもらしたあと続ける。
「何か待ってるみたいだったしね」
「さっちゃん識別見られる?」
サミ姉がさっちゃんを振り返って言う。
「は、はい、えっとぉ・・・・え?」
右目に手をあててレーダーを起動したさっちゃんの左目に絶望的な色が浮かぶ。
「パターン青、深海棲艦です」
深海棲艦!いや、これはむしろ僥倖なのでは?と思いあたしはまだ遠くにいるその艦隊を見据える。艦娘と深海棲艦と通常兵器の軍は所謂『三竦み』みたいなものだ。第三の勢力が乱入することで、包囲を突破する切っ掛けになるかもしれない。周囲を周回していた爆艇群はその動きを止めていた。そのまま停止していて、これは対応にまよって混乱しているようにもみえる。これは本当にチャンスなのかもしれない。
「サミ姉!これはチャンスだよ!」
「そうだね!」
サミ姉が笑顔で返してくれる。何とかなるんだ。あたし達は状況の変化を待ちつつ、主機の回転を上げた。
やがて迫りくる深海棲艦の艦隊から2つの艦影が突出してくるのが見えた。かなりの高速で接近するその艦影を捉えた爆艇がそれを迎え撃とうと動き出した。何隻かが艦影に激突して爆発する。続いて吸い込まれるように次々と特攻攻撃を始めた。爆炎が次々と上がりあたし達は視界をさえぎられてしまった。もうもうとした黒煙のなかで、爆発音だけが上がり続けた。やがて包囲を蹴散らし、爆煙も払いのけて2隻の深海棲艦があたし達の前に姿を現した。
「あ・・・・」
サミ姉が口を抑えて目を見張る。夕立が片方の深海棲艦に飛びつく。あたしは震える声で、その深海棲艦の名を呼んだ。
「夕張!」
サミ姉が夕張に飛びついた。もう1隻は由良だった。夕立がしがみついている。あたしも夕張に抱き着きたかったけど正面はサミ姉が陣取っているので、仕方がないので後ろから抱き着いておいた。あたしもなんだか涙だらだらだし情けない声をあげていた。
「ゆーばりーぃぃ、よかったー、生きてた」
当の夕張はあたし達姉妹にサンドイッチ状態にされてドギマギしているようで、そんな雰囲気が伝わってきてるけど、かまうもんか、もっと抱き着きたいんだ、ぎゅううう
「夕張さん、ごめ、なさ、あたしが・・・」
サミ姉がしゃくり上げながら涙をボロボロ零してるのが夕張の背中越しに見えた。夕張の表情は見えないけど手をサミ姉の頭にやさしく添えているのが見える。
「サ、ミダレチャ、シンパイ、カケタ、ゴメ」
夕張はどこか片言の日本語しかしゃべれない外人みたいになっていた。だけどあたしだって泣いてるんだけど、その手こっちにもくれないのかな。と思ってたら夕張の手があたしの頬に触れた。
「スズカゼチャ、モ、ブジ、ヨカタ」
振り向いた夕張のあたしに向けた笑顔はものすごく凶悪なものだった。あたしはびっくりして抱き着いていた手をほどいて若干の距離をとった。サミ姉は相変らず夕張の腹のあたりに顔をうずめて泣いている。落ち着いてよく見ると夕張は以前より一回りほど大きくなっていた。肌の色は白っぽくなっていてなんて言うか、カッコよくなっている。ほぇーってなっていると霞が寄せてきて耳元で小声になって言ってきた。
「アレ、夕張っぽいけど大丈夫なの?深海棲艦に見えるんだけど」
「いや、わかんねぇけど、見ての通り大丈夫なんじゃねぇの?」
「まぁ、そうねぇ」
霞はいぶかしげに五月雨オプションのついた夕張と夕立オプション付きの由良を交互に見て肩をすくめた。
「艦娘が沈むと深海棲艦になるって噂本当だったんだね」
ところであたし達を包囲していた爆艇群は相変らず包囲はしているんだけど、夕張と由良がそのフィールドの範囲を広げているのか、さきほどから断続的に特攻攻撃を繰り返していて、円状になったある境界線あたりでただ爆発することを繰り返している。熱も爆風もあたし達には届いてこない。深海棲艦の無敵フィールドパネェ。ただ音は届いてるので、爆音が響くたびにさっちゃんがビクビクしていてちょっと涙目になっていた。
いつまでもグズグズと泣いているサミ姉の頭を優しくなでている夕張の笑顔をみると、やはりさっきあたしに向けた笑顔と同じ超凶悪な顔だった。あたしにだけの凶悪な顔じゃなかったようで、少しほっとした。サミ姉はあの笑顔をみてないのだろうか?
やがて後続の深海棲艦の艦隊があたし達を包囲していた爆艇群を殲滅にかかりはじめる。大した間もおかずに哀れな爆艇群はすべて海の藻屑と消えていった。
通常兵器に対する深海棲艦の圧倒的な力をみて、あたしは座学で学んだ深海棲艦出現当時の世界の混乱と恐怖をこの時初めて理解した。
戦闘も終わり(戦闘と言うより蹂躙だったが)静かになった頃、深海棲艦艦隊の後方から白い幼女を肩車して髪をツインテールにした奴がゆっくりと寄せてきた。あたし達の前まで来ると、そのツインテールの奴は高らかに声を張った。
「えーい!控えおろう!この方をどなたと心得る!深海棲艦の姫君、北方棲姫様なるぞ!」
すると夕張や由良と共に周囲の人型深海棲艦は一斉に跪き、イ級などの魚っぽい奴は頭を水面に突っ込まんばかりにして下げた。あたし達もそこは空気をよんで、同じように跪いておいた。
「ヨイ、オモテヲアゲィ」
幼女がそう言うので顔を上げる。てか、肩車してるのアレ龍驤じゃん。なんなん?なんか龍驤に跪いてるみたいで嫌なんだけど。
「ソコノ二セキガドウシテモソチラをタスケタイトモウスノデ、サクセンコウドウチュウデアッタガタチヨッタ」
幼女がその雰囲気に似合わない口調で言ってドヤ顔を見せる。え、何この子カワイイ。あわせてドヤ顔になってる下の龍驤はなんかムカつくが。
「アリガタクオモイ、ソノスクワレタイノチヲダイジニスルガヨイ」
そういった幼女はふと、顔を上げて遠くを見るような目をした。
「デハ、ワレワレはサクセンニモドルトシヨウ」
幼女は龍驤の頭をパカパカと叩き始めた。
「ソラ、イクゾ、ジュンナ」
「龍驤ですー、姫殿下」
艦隊が次々と離れていく中、由良は夕立をひっぺがすのに苦労しているようだ。夕張はサミ姉の手を取って見つめあっていた。
「サミダレチャ、キヲツケテ、カエテネ」
「夕張さん、一緒に帰ろう」
「ゴメ、アタシ、イカナイトイケナイ」
夕張はそう言ってから少しかがんで、サミ姉のおでこにちゅっと一つキスをした。サミ姉は少し不満そうに唇を尖らせる仕草を少し見せたけれども思い直したように夕張の顔を見上げる。
「夕張さん、待ってるから、ご無事で」
夕張は凶悪に一つ笑うと踵を返して艦隊を追って行った。由良もそれに続く。夕立は霞とさっちゃんに羽交い絞めにされてまだ暴れていた。