作戦を終えて一旦プラントに併設された待機施設に寄った。あたしはしばらくそこのトイレにこもっていた。すると外、と言うか食堂の方だろうか、なんだかずいぶんと騒がしくなってきていた。なんだろうか。
とりあえず顔が赤いのも、いくらか引いたみたいだし、いつまでもこんなところに籠ってもいられない。あたしは勢いよくトイレの個室のドアを開けて、食堂へ向かった。
現場からプラントに向かう途中、さんざん周りに冷やかされた。特に霞と夕立が寄ってきて囃し立ててくれた。
『悪いねー、お熱いところ邪魔しちゃってー』
『戦闘中に五月雨ちゃんを襲うなんて、涼風ケモノっぽい!』
二人は代わる代わるにあたしの頭や背中やお尻までパンパン叩きまくったあげく『涼風顔真っ赤っぽいー』『涼風かわいいー!!』などと捨て台詞を投げつけて去っていった。
あたしは何にも言い返せずに真っ赤になった顔をずっと下に向けていた。くそーー霞と夕立、後でころすーー!!
廊下を歩いていると、春雨が小走りにこっちに向かってきた。あたしに気づくとスッと立ち止まった。なんか上目遣いに睨んでいる。
『春雨?どーしたん?』
春雨は一度下を向いて一呼吸して意を決したようにしてあたしを見た。
『あーゆーのいけないと思います!ハレンチです!涼風さん不潔です!!』
『がっっっ』
胸にずきんと来た。春雨に言われてしまったー。春雨はあたしの横ををすり抜けてトイレの方向に走っていった。何と言うか、走る後姿がハムスターっぽくてかわいい。
『はぁ・・・・・』
大きなため息が出た。
サミ姉はどう思ったんだろうか。キスとか、子供のころは普通にしていたりした物だけど、あたしたちはもう、無邪気にそんなことができるような年でもなくなっている。少なくとも嫌がってはいなかったけど、サミ姉もあたしがされたように周りに冷やかされたりしてるんだろうか。そう思うと気が重くなってくる。
しかしサミ姉と出撃するのが初めてだったとはいえ、サミ姉のあの咄嗟の判断力と機敏な動きには驚いた。ほかの娘達はサミ姉があれくらいの動きができることを知っていたような雰囲気だったが・・・・・
それに比べてあたしは・・・・・・あ、なんか落ち込んできた。いかんなー。
食堂が騒がしいのは判っていたが、落ち込んでいてなぜ騒がしいのかとかも全く考えずにドアを開けてしまった。騒がしさの中に男の声が含まれていたことも認識していながら、考えることをやめていた。
『涼風ちゃんだ!』
『おー!!涼風ちゃんがもどったぞ!』
野太いが黄色い声が上がる。7~8人の作業服を着た男性が呆気にとられているあたしの前にきれいな列を作った。何事?
すると先頭の男がいきなり作業服の前のボタンを外して白いTシャツを着た胸をはだけた。
『な?ななななな・・・???』あたしは泡を食ってそこでそのまま固まってしまった。オトコ?なぜここに男がいる!艦娘は国を守る大切な存在だから普通、艦娘の使うエリアには男に限らず一般人は入れないはずではー!!
久しぶりに男を見た。鎮守府にも一人いるにはいるが、それはあの提督だ。秘書艦にでもならない限りめったに顔を合わせないし、あの冷たい目で見られると色々不安になる。艦娘の中には提督を『coolでかっこいい』と言って好いている娘も多数いるようで、それをいいことに好き放題やってる、なんて噂も聞く。あたしにとってはどちらかと言えばあまり顔を合わせたくない存在だ。
目をまわしながらもそんなことを考えていると、あたしの目の前にその男性が黒い棒状の物を差し出してきた。『えええええええーー』
サインペンだった。『ここにサインおなしゃすっ涼風さん!』男性はTシャツを指さして言った。
『涼風ー』
食堂の奥から声がかかった。主力艦隊の旗艦で派遣されていた長門さんがこっちに寄ってきた。そこで改めて食堂内を見回すと、どうも艦娘サイン大会会場になっているようだ。サミ姉も楽し気に作業服の男にサインを振舞っている。それはいいけどサミ姉、額に『肉』とか書くのやめてあげて・・・・
『こちらの食堂は普段ここの作業員さん達が使っている施設でな、大所帯で押しかけてここしか広い場所がなく、やむなく使わせてもらったんだよ。そこでただ使わせてもらうのも申し訳ないので、先方の希望もあり、サイン大会となった訳だ』
『あー、なるほどー』
『そんな訳だ、国民に愛される艦娘として、ささやかながらのサインくらいして差し上げてくれ』
『涼風さんいつもニュースで見てます!オレ涼風さんのファンです!』
『あ、アリガトウゴザイマス』サインペンを受け取ってとりあえず書く。特にサインの形とか決まってないので普通に『涼風』と書くだけだが、そんなことを言われるとちょっとうれしい。
『ありがとうございます!頑張ってください!!いつも応援しています!!』
握手をして、次の人にかかる。単純だなとも思うが、おかげでなんだか気分も浮上してきた。
サミ姉も楽しそうだ。楽しそうなのは良いが、額に『M』の字とか書くのもやめたげて。