この空の果てまで   作:飛び出す絵本(りみてっど)

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ヴィーラさんのLB100達成記念



城塞都市アルビオン Ⅰ

 

 美しい青空が無限にも思えるほど果てしなく広がる空の世界。

 そんな世界を構成するうちのとある島のとある場所では、座り込んで涙を流す幼い少女と、その涙を優しく拭う少年が向かい合っていた。

 

 少女の涙を拭い終えた少年は、その小さな口を開けて呆然とした顔で彼を見上げている少女の髪を、努めて優しい手つきで撫でながら口を開いた。

 

「なぁ、ヴィーラ。空の世界に興味はないか?」

 

「…おそら?」

 

「ああ、空だ。空の世界にはまだまだヴィーラが知らない人や物がたくさんあるんだ。そこでは何だってできるぞ。ヴィーラが本当にしたいことだってきっと見つかる」

 

 きっと、とは言いつつもどこか確信したような声色で優しく語りかける彼に対して、しかしヴィーラと呼ばれた少女は再び顔を俯かせてぽつりと言葉を溢した。

 

「でもしらないこと…こわいよ」

 

 それを聞いた彼は驚いた顔をしたが、それからすぐに表情を優し気なものへと戻して少女に告げた。しかし、俯いたままの少女の目に彼のその表情が映ることはなかった。

 

「確かにいいこともあれば嫌なこともあるだろうな。嫌なことを知るのは怖いかもしれない」

 

「…うん。だから…「だから!」

 

 少し震え始めた声で全てを諦める言葉を告げようとした少女を、敢えて彼は遮るように強めに声を出した。それがあまりにも珍しいことだったためか、少女は再び顔を上げて彼に目を向けた。

 

 ――その時、少女は思った。これから先、何があったとしても今日この時のことを忘れることはないだろう、と。

 何故ならその時の彼の表情は余りにも優しくて、頼もしくて―――輝いて見えたから。

 

「だから俺といっしょに行こう、ヴィーラ。お兄ちゃんに任せておけ。危険なことがあっても、俺が守り切って見せる。悲しいことがあっても、俺が何とかする。だから楽しいことがあったら――そのときは、一緒に笑おう」

 

 

 ♦ ♦ ♦ ♦

 

 

 慣れ親しんだ意識が昇ってくるような感覚と共に、ヴィーラ・リーリエは目を覚ました。そして窓から入る心地よい日差しの暖かさを感じつつ寝起きの体を起こすと、呟く。

 

「これで1866日連続です。本日も最高の目覚めでしたね…… うふふふふふふふふ、お兄様ぁ」

 

 お兄様の夢を見てから迎える朝は、控えめに言っても最高である。

 これは夢の中に出てくるお兄様が最高の存在だからだろうと、ヴィーラは思っている。もちろん、これからお会いできる現実のお兄様も最高の存在なのだが。というより、過去現在未来全てにおいてありとあらゆるお兄様がヴィーラにとって至高の存在である。

 

 例えばヴィーラとお話してるときのお兄様は最高である。自身がどれほど大切にされているのかをより一層強く感じることのできる時間であり、時折その事実に極まって会話中にも関わらずに意識を飛ばしそうになる。

 例えば訓練をしているときのお兄様は最高である。いつもの凛々しい顔つきがより一層真剣味を帯びているのを見ると、胸の鼓動が早まるのを抑えることができない。あのような表情をしたお兄様に迫られる妄想をしたのは、一度や二度のことではない。

 例えば政務に取り組んでいるときのお兄様は最高である。この都市アルビオンの住民のことを心から考えて実施した政策が、効果を挙げたことを報告されたときにこぼれる小さな微笑みを見たときなどはもうたまらない。

 例えば、例えば、、例えば、、、

 

「あぁ、お兄様ぁ…… お兄様、お兄様、お兄様!お兄様ぁ!」

 

 それからはしばらくお兄様のことを想って幸せの絶頂にいたが、ふと時計を見て気付く。そろそろ着替えなければいけない時間だ。

 そうと決まれば早速とばかりに立ち上がると、部屋に立てかけてある全身鏡を用いて身支度を始めた。

 着替えたらあとは髪型だ。お兄様に見られて恥ずかしいと思うような身嗜みなどもってのほかである。

 

「……ん」

 

 まずはヘアゴムを口に咥えて両手で髪をまとめてからヘアゴムをした後、リボンで髪を結んだ。

 ――お兄様から頂いた、お気に入りの紅いリボンで。

 

「これで問題ありませんね。ふふ…本日はどんな一日に致しましょうか、お兄様」

 

 幸せのあまりにこぼれてしまった笑みを隠すこともせずに、ヴィーラは私室の扉を開いた。

 

 

 ♦ ♦ ♦ ♦

 

 俺、ことレン・リーリエの朝は早い。

 

「998……999……1000、と。今日はここまでだな」

 

 そう呟いて剣の鍛錬を終えると、遠くからその様子を見ていた士官学校の制服を着ている男子が手にタオルを持って近づいてきた。

 

「本日の訓練お疲れさまでした、レン様。こちらタオルになります!」

 

「ん、ありがとう。…そういや、ずっと見ていたみたいだが。別に俺が使ってようが、気にせず使っていいんだぞ?」

 

 そう言って汗を拭きながらその男子生徒に告げると、彼はとんでもないといった表情になって口を開いた。

 

「いえいえ、『剣神』の二つ名を持つレン様の訓練が見られる機会なんてそうありませんから! すごく勉強になりますし、むしろ他の奴らに言ったら羨ましがられますよ!」

 

「まぁ、それならいいんだけどな…俺は先に上がらせてもらうが。訓練、無理しない程度に頑張れよ」

 

「はい、ありがとうございます!」

 

 背後からひしひしと伝わる尊敬の視線に片手を挙げることで応えつつ、訓練所を後にするとシャワーを浴びるために領主専用の執務室へと向かう。

 ……そう、執務室だ。まず間違いなく一般市民が立ち寄るような場所ではない。しかし俺の私室は執務室を経由せずには入れないようになっている。何故俺の私室が執務室とつながっているかというとそれは――俺がこの城塞都市アルビオンの領主だからである。

 

 この都市の規則(ルール)はおおよそ脳筋と呼べるものばかりだ。その中でも特にイカれたメンバーを例として二つばかり紹介しよう。

 

 1.アルビオンの領主は血縁ではなく実力で決める。実力で決まった領主は死ぬまで何があろうと退職できず、領主が死んだあとは武術大会を開きその優勝者を領主として据える。出身国などは一切考慮しないが、私用であるなしに関わらず領主は一生アルビオンから出られない。

 

 2.実戦経験を積みたい奴のために、街中に魔物を放置する。そこで数が減ってきたら捕まえられる実力者が依頼という形で金を受け取り、捕まえてきて街で放す。もちろん魔物は経験を積みたい奴かどうかなど関係なしに襲うので、邪魔になった時には邪魔だと思った奴が殺す。

 

 もうね、、、ゴリラかと。特に二つ目の規則なんて他所でやったらただのテロリストだ。実際に過去には魔物を召喚して街を破壊しようとした邪悪な魔法使いが、依頼を受けた人物と勘違いされて多額の報酬を渡されて帰らされかける、などというミラクルプレーまで披露されたことがある。

 

 その時の騒動についてはさておき、ここまで言えばわかると思うが俺が領主を務めている理由は、前領主が亡くなった後に行われた武術大会にて優勝したからだ。

 もちろん当時の俺は領主になりたいわけでもなくひいては勝ち残るつもりもなかったのだが、俺には負けることができなかった。

 その時既に俺は『剣神』という二つ名を持つ全空でもちょっとばかり有名な剣士であり、明らかに負けるはずのない相手に対して負けたとあれば八百長疑惑を抱かれたであろうことは想像に難くない。

 ならばそもそもその都市を離れるなどして武術大会に参加しなければいいのではと思われるかもしれないが、それも無理だった。妹のヴィーラがアルビオンの士官学校に通っていたためだ。妹を置いていくことなど俺には出来ないし、できたとしても妹をダシに何とかして俺を呼び戻そうとするだろう。アルビオンの領主に求められているのが強さである以上、より強い領主が就任することは全住民の望むところであるからだ。

 

「ほんとこれ、どうすればいいんだ……」

 

 俺の何度目になるかも分からない呟きは、誰の耳にも入らず空気へ溶けていった。

 

 

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