「レン様、報告致します! 西地区で巨大な虎の魔物が複数暴れており、周辺の住居に甚大な被害が出ています!」
「虎だと……? 放し飼いのリストにそんな魔物いなかったはずだが、どうした?」
「いえ……それが、その…」
「……まさか、またか?」
「………はい。未だに捕まえた魔物なら何でも買い取っていると思ってこの都市に来た余所者の奴らが、現在は基本的に買取を行っていないことを知るとキレまして…… 腹いせに置いて帰りました」
「……はぁ、仕方ないな。被害を確認する必要もあるし、俺が出よう。それと何人か学生を借りていくぞ。20分くらいしたら戻る」
「は、了解いたしました!」
それで俺は一体いつまで、この罰ゲームとしか思えないような歴代領主の尻拭いをさせられるのだろうか。そろそろ真剣にアルビオンから離れる方法を考える必要があるのかもしれない、と心の底から思っている。
俺が領主になって初めに行ったことの一つが、誰であっても捕まえた魔物を街に放つことで報酬を受け取れるというクソシステムを廃止することだった。先代領主に至るまで続けられていたこの政策は、あまりににもガバガバであったからだ。
例えばの話だ、優秀な騎空団が100体の魔物を捕まえてきたとしよう。もちろんアルビオンは魔物の数を増やしたいので彼らから魔物を受け取り、報酬を渡す。そして、十分な金銭を得た彼らは魔物を捕まえようと再びこの都市の外へと出ていく。―――行きと帰りの道中で100体近くの魔物を倒しながら。
控えめに言ってもマッチポンプと言わざるを得ないし、何なら奴らは金を報酬にもらってジムに鍛えに来てるような意味不明な状態である。この現状をいくつかの資料から理解した俺は、当然の如くキレた。
余談だが、執務室に飾られていた歴代領主の肖像画が須らく灰と化したのもこの日のことであった。
♦ ♦ ♦ ♦
「それで兄さん、そんなに疲れた顔してんの?」
執務室のソファーに座って、お茶を飲みながらそんな疑問を溢した人物の名は、ゼタ。ブロンド色の髪で左右に結ばれたツインテールと美しい青い瞳、それと妹のヴィーラを彷彿とさせるような紅い防具を軽装のように身にまとっていることが特徴の女性だ。
俺が『剣神』などという大層な二つ名を付けられるきっかけとなった事件で巡り合った彼女とは、もうかれこれ6年ほどの付き合いになるだろうか。初めの出会いこそお世辞にも良いものとは言えなかったが、今では彼女がアルビオンの付近を通る際にはこうして顔を合わせに来てくれるほどの仲になった。
「いや、疲れたのはその後だな。……東地区で対魔物用の新作兵器を試した奴らが、地区を半壊させた」
「はぁ!? 一日で東西地区が半壊してるじゃないの!?」
「それな」
「……はぁ。相変わらず苦労してるわね、ホント」
思わず死んだ目になったであろう俺に対してゼタは心底同情したような顔をしばらく向けていたが、ふと何かに思い至ったのか途端に満面の笑みで話しかけてきた。
「……あ、そうだ! 良いこと思いついたわ。 ねぇねぇ、兄さん。そろそろ領主なんてやめてさ、あたしと一緒の職場で働かない?」
「何だと? ……いや、というよりそれ以前にな? そもそもゼタが普段何の仕事してるか知らないんだが…」
「……んー、まぁ、ちょっとした組織、みたいなとこに所属してるんだけど。守秘義務とかあるからさ、入ってからじゃないとあんまり詳しく話せないのよねー。…まぁただ、やることは単純よ。星晶獣を狩る仕事ね! ほら、兄さんにぴったりじゃない?」
「どこら辺がぴったりなんだ…… というかゼタ、お前そんなにハードな仕事してたのか?」
ゼタが強いことは知っている。俺のところへちょくちょく訪れる彼女とは、時折模擬戦という形で手合わせを行うことがあるからだ。しかし俺には彼女が、一般的な星晶獣と渡り合える程の強さであるとは思えなかった。であれば、彼女の持つ妙な力を感じる槍が対星晶獣に特化した武器なのだろう。そんな規格外な武器が存在するとは初耳だし、それを用いたとしても楽な仕事だとはとても思えないが。
「まぁ、そうね。もう分かってるだろうとは思うけど、この『アルベスの槍』を使うようになってからはずっとよ」
「それはまた……ずいぶん前からだな。今までにどのくらいの星晶獣を倒してきたんだ?」
「んー。それも多分、守秘義務すれすれなのよね。でも兄さんが入るって宣言してくれれば、今すぐにでも話せるわよ? ……それにほら、兄さんなら間違いなく一線級の戦力になれるって!」
「……随分と推してくるな。俺を勧誘するとゼタに何かメリットでもあるのか?」
ゼタには悪いが、現段階ではそもそも情報がふわっとしすぎて胡散臭いんだよなぁ、と思っている。守秘義務とかある辺りが特に。組織との折り合いが悪くなって退職する奴とかも出てくるだろうし、そういった奴の中にはまず間違いなく周囲にその内容を吹聴する奴とか出てくるんだろうけど、どうするんだろうか。……まぁ、文字通り『処理』するんだろうなぁ、とは薄々感じている。
「いろいろあるわよ? 単純に『上』からの評価は高くなるだろうし。何より、兄さんとお酒とか飲みに行きたいじゃない!」
「……は? なんでここで酒の話が出てくるんだ?」
「そりゃー、ねぇ。あたしが酔って守秘義務とか漏らしちゃったら、まずいじゃない。 ただでさえ兄さん、話しやすい雰囲気なのにお酒とか入ったら普通に話しちゃいそうで誘えないのよ! だからこれまでずっと、泣く泣く我慢してきたんだからね!」
「ははっ……なんだよ、そんな理由か。無駄に深読みして警戒しただろうが」
「そんな理由とは何よー! 私がお酒好きなの知ってるでしょ、こちとら死活問題なのよ! 何が悲しくて一二を争うくらい仲の良い相手と飲みに行くのを、よりにもよってあたし自ら避けなくちゃいけないわけ!」
如何にも怒ってます、と言わんばかりのゼタをなだめつつ、それからしばらくは他愛のない話を交わすだけの穏やかな時間が流れた。
そしてそろそろお別れだな、という時間に差し掛かったことでどちらからともなく立ち上がったところで、口を開いた。
「ゼタ。次来るときには魔物、また頼んでもいいか? 金額はいつもの分用意しておくから」
「んー、いいわよ。結構実入りいいしねー、これ」
そう、俺はゼタを始めとして幾名かの信頼でき、かつ実力のある人物にのみ魔物の捕獲を依頼している。これが現在のアルビオンに放たれている魔物たちで、それらは極めて多くのことに配慮したうえで場所を決めてから放し飼いにし、リストにまとめられている。
領主に着任した最初の頃こそ完全に廃止しようとしていたが、住民の強い反対(他所ならまず出ないだろうが)や士官学校の教育方針においてあまりにも重要なウエイトを占めていたことなどが原因でこのような形で落ち着いた。
「それはそうと、さっきの組織の件だが。ゼタには悪いけど、断るよ」
「ええっ!? 何でよー?」
「まぁ、理由はいろいろあるんだけどな…… 一番の理由はな、領主になった俺は死ぬまでアルビオンから出られないからだ」
それから俺がアルビオン領主の呪いみたいなものについての長々とした説明を話すと、案の定ゼタはキレた。
「はぁ!? 何よ、それ! ……その星晶獣、倒したら解除とかされないかしら?」
「待て待て、それはなしだ。解除されるかも分からんし、シュヴァリエ自身と俺の仲は良好でな。悪いが、それ以外の方法は何かないか?」
「んー。あたし、残念ながらそういう知識面のことはさっぱりなのよねー…… ま、あたしはいろんな島に行くしね。任務のついでに探しておいてあげるわ」
「いいのか? ……ありがとうなゼタ、助かるよ」
「…ん。どういたしまして」
面と向かってお礼を言われることに耐性がないところは相変わらずだな、と思う。そのまま耳を赤くしてそっぽを向いたゼタを微笑ましく思いながら、彼女を後ろに連れて城の門まで見送った。
♦ ♦ ♦ ♦
同日、夕刻にて執務室での会話。
「……お兄様、私がいない間にどなたかいらっしゃいましたか? この執務室に」
「ああ、ヴィーラが東区の件でいなかったときの話か。ちょうど近くに寄ったらしくゼタが来てたな。それがどうかしたか?」
「…………いいえ、何でもありませんわ。……つくづく運のいい方ですね、忌々しい。 ……お兄様、本日の夕食はいかがいたしましょうか? このヴィーラ、腕によりをかけてお作り致します!」