忘れるはずもない。あれは俺がまだ士官学校の学生だった頃の話だ。
「ふぇふぇふぇ…… まさかこれほどまでの剣気を纏う小僧がいるなんてねぇ…… 長生きはしてみるもんだよ」
ザンクティンゼルという名前の島に住むある人物に対して、配達物を届けに行く任務を受けていた際の帰り道での出来事。突然背後から声をかけられた俺は、それに反応する形で瞬時に剣を抜き後ろを振り返った。
当時ヴィーラの気配遮断は今ほど卓越したものではなかったが、俺の探知能力は現在のそれと相違ないものだった。要するに、俺は背後をとられた経験というものがまるで無かったのだ。
その時の衝撃がどれほどのものであったかは言うまでもないだろう。
「……俺に何か用でも?」
「ふぇふぇふぇ…… 気付いてからの反応速度も及第点だ。この婆の目に狂いはなかったようだねぇ……」
「いや、だから要件をだな……」
「剣に関してあんたに教えることはなさそうだねぇ…… 一目で分かるさ、あんたは我流でこそ輝く器だと」
「…………よし、良く分かった。さては会話する気ないだろ、貴様」
もうこれ最後まで聞かずに帰ってやろうか、と心の底から思った。むしろ、俺も話を聞かないことによって初めて公平性が保たれる気がする。
「だからこそ、あんたに教えるのは搦め手の対処法。耐性を付けるのは無理だからねぇ……
「…………は?」
突如として戦意を叩きつけてくる老婆の姿がそこにはあった。
さらに叩きつけられたそれによって、この婆が俺がこれまでに戦ってきた
「……! ………そらっ!」
次に起きたこともまた唐突なものだった。
突然視界が黒く染まったことに驚くが、すぐに精神を切り替えて婆の気配を辿ることで反撃を行う。しかし、ガキンッという音が聞こえたことで防がれたことが分かった。
「よしよし。これ位はやってもらわなくっちゃねぇ…… ほら、次いくよ!」
「ぐっ!? ………舐めるな!」
今度は、突如として全身にとてつもない重みが襲い掛かった。未だ経験したことのない種類の攻撃に重心が崩れるが、丹田に力を入れて持ち直す。だからといって楽になったわけではないが、どうすれば良いのかを判断するくらいの余裕は持てた。スマートな解決策とは言えないが、
「ふぇふぇふぇ…… やるじゃないか。さて、どこまで耐えきれるかねぇ……」
そこからはまさに地獄のような時間だった。毒、灼熱、麻痺、睡眠、恐怖、混乱……次々にかけられる状態異常。
しかし、そのタイミングにも決められたルールがある。婆が新たな状態異常を付与してくるのは、決まって二つの条件のどちらかが満たされたときだった。
一つ目は、解答を見出すこと。麻痺していても体を動かせる方法や、睡眠に陥ったときに瞬時に起きる方法などを会得し、婆に通常時に近い攻撃を行うことに成功した時だ。
二つ目は、新しい状態異常を喰らってから攻撃できずに3分が経過すること。婆のかけてくる状態異常は、3分で効果が切れた。その3分で答えを得られなかったとき、婆は再び同じ状態異常を付与してくることで、解答を見つけることを促すのだ。そんなサービスは要らん。
そして、婆から一方的な蹂躙を受けること数時間。何度目になるかも分からない解答を示したのちに、婆は俺の状態異常が解除されるのを待ってから告げた。
「ふぇふぇふぇ…… あんたの学習能力には、この婆やも恐れ入ったよ。やはりあんたには、英雄の資格がある」
そこで婆の称賛を受けた俺はというと――控えめにいってキレていた。これ以上ないほどに。
少なくとも、まともな精神状態ではなかったことだけは疑いようがない。そのことはすぐ後の言動を顧みるだけでも一目瞭然だ―――よもや、あの婆を相手に煽ってしまうなど。
「何が婆やだふざけるなよ、お前のような婆がいるか! 貴様、どこから湧いて出た星晶獣だ!」
「ふぇふぇふぇ…… まだまだ元気そうじゃないかい、続きができそうで安心したよ。元よりたった一日で全てを学ぼうなんて、土台無理な話だが…… ま、付け焼刃でもないよりはましだろうさ。ほら、お次はこいつだよ!」
―――そして、絶望の時はやってくる。
♦ ♦ ♦ ♦
あれから俺が顔を真っ青にしたのを見たヴィーラがちょっとした事件を起こしたりしたが、その事件を通して騎空団の各メンバーとの仲が深まったことは不幸中の幸いだったと言えるだろう。
おかげで少なくとも、多少口調を崩すことが許されるくらいにはお互い関係を深めることができた。
「なぁ、領主の兄ちゃん。やっぱり無理しないで休んだ方が良いんじゃねぇか? オイラから見ても、まだかなり顔色悪そうに見えるぜ」
「俺たちも聞きたいことはあったんだが、別に急ぎの用事ってわけでもねぇしな。日を改めてからでも問題ねぇぜ」
「そうよね。お兄さん、無理しなくて大丈夫よ」
ビィ君を始めとしてオイゲンさんやイオちゃん、言葉にこそせずとも他の団員からも同様に気遣いに満ちた視線が送られているのを感じる。
良い騎空団だな、と心から思った。ある種のカリスマのようなものを感じさせる、とでも言えばいいのだろうか。前を進む彼女たちの後には、意図せずとも多くの人たちが続きたくなるような道が作られていくのだろう。そんな光景が容易に想像できた。
「あの……本当にすみません! まさかしちゃいけない話だなんて思わなくて!」
「ふっ…いや、謝るのはむしろこちらの方だ。自身の都合で客人に気を遣わせるなど領主失格だからな。……ただ、そうだな。ジータたちに時間の余裕があるというのならば、明日また改めて話を伺いたい。できる限り早く、先ほどの雇われ者たちについて情報をまとめる必要があるからな」
「分かりました。そういうことでしたら、また明日来ます!」
団長である少女の了承を受けて軽く礼を告げた後、未だにこちらを心配そうな表情で見つめるヴィーラに対して頷きを返すことで意図を伝える。
「では、そのように。…皆さん、もしよろしければお城の客室に泊まっていかれてはいかがですか? ちょうど空きがありますし……私事になりますが、私もお姉さまと久しぶりにお話ししたいと思っていますので」
「それがいいや! なぁ、ジータ。今日はここで世話になろうぜ!」
「ああ。そうしてくれると助かる。私としても久しぶりにヴィーラと話がしたかったからな」
ビィ君とカタリナの勧めを受けたジータは、ぐるっと他のメンバーを見渡して全員の肯定を確認すると口を開いた。
「ヴィーラさんの提案、ありがたくお受けします!」
『グランブルー』を名乗る騎空団。
この日こそが、これより先何度も道を交えることになる彼女たちとの記録、その始まりの1ページを埋める記念すべき日になるのであった。
続きの話を考えると切りが悪くなるので、少し短くなったため今日投稿しました。