それでは、本編をどうぞ!
篠原と話したい。彼のことをもっと知りたい。最近、そう思うことが多くなってきた。LINEは毎日やっているし、学校でも話している。でも、何か物足りない。
そんな状態がずっと続いている。どうすればいいんだろう。
今は授業中だけど、机の上の教科書を読む気分にはなれなくて、窓の外を眺めている。
今日の天気は晴れ。最近は晴れてばかりだから、そろそろ雨が降ってもおかしくない。
「じゃあ……美竹さん。続き読んで」
あたしは先生のその声に反応して、慌てて教科書に視線を戻したが、どこを読めばいいのか分からなかった。
「篠原、どこ読めばいいの?」
あたしがそう尋ねると、篠原は自分の教科書を指してここだよ、と教えてくれた。
「ありがと」
篠原ともっと話したいという思いは変わらずにある。でも、こんな些細な会話でも満たされた気持ちになってしまうのだから、あたしはもう相当キてると思う。
*
「それで〜、篠原くんとは何か進展あったの〜?」
「別に何も。いつも通りだけど」
「またまた〜。そんなこと言っちゃって〜。デートしてきたんでしょ〜?」
「それはまあ、そうだけど」
休み明けには絶対にいじられるだろうと思っていたけど、本当に予想通りだった。
「楽しかった〜?」
「うん、楽しかったよ」
「……」
「モカ?」
「今日の蘭、なんか素直だね〜」
モカの言葉にみんなも頷いている。普段と変わらないと思うのだけど。
「うん、絶対そうだよ!」
ひまりにまでそう言われてしまった。どうやら今日のあたしは素直らしい。自分では全く分からない。
「それに、なんと言うか……。なんか幸せオーラが出てるよな……」
なんだそれは。あたしはそんなオーラを出せる特殊能力は持っていない。
「じゃあ、素直な蘭ちゃんに質問です〜」
こういうときは大抵ろくでもない質問が来ることは、長い付き合いから分かっている。
いくら警戒したって、あたしの予想の斜め上を行くことを聞かれるに決まってる。あたしは特に身構えることなく、さっき自販機で買ってきたお茶を飲みながらモカの質問を待った。
「篠原くんのこと、好き〜?」
「うん、好きだよ」
どんな質問が来るかと思ったら、あんまりに簡単な問いだったので、あたしは即答してしまった。
みんなからは何の反応もなかったので、ペットボトルを一旦置いて、周りを見てみると、揃いも揃って唖然としていた。あのモカでさえ、人目で驚いていると分かる表情だった。
「……ねえ、蘭。何か悪いもの食べた? それとも、素直になれる薬でも飲んだの?」
ひまりがまるでこの世の終わりみたいな表情で言った。
「なにそれ」
「だって、いつもなら顔赤くして誤魔化すところじゃん! 今日の蘭、絶対おかしいよ!」
おかしいとは心外な。あたしは至って普通だ。
「なあ蘭、その好きってさ、友達として、ってことだよな?」
「それももちろんあるよ」
「それも、ってことは……」
「でも、恋愛的な意味で好きか、って聞かれたら、正直わかんない」
子供の頃からずっとモカ達と居て、恋愛経験なんて皆無だったから、その辺はてんでダメだ。リサさん辺りなら、よく分かるのかもしれないけれど、あたしには、人を好きになるということが、いまいち分からなかった。
友達としてならまだ分かるけど、恋愛になると特に。
もっとあたしがいろんな人と関わりを持っていたら、こんな痛々しいことで悩まなくて済むのだけど、それを今嘆いたって仕方ない。
「じゃあじゃあ、もし篠原くんから告白されたらさ、付き合う?」
「付き合うよ」
「それって篠原くんが好きってことでしょ?」
「あ、じゃあ篠原のこと好きなんだね、あたし」
「そんな簡単に言わないでよー!」
*
ひまりにはああ言ったものの、本当にそうなのだろうか。あたしは教室に戻る途中で、歩きながら考えていた。
やっぱりこれは、自分で結論を出すべきだ。
教室の前に着くと、入口のところに篠原が見えた。あたしは彼に話しかけようとしたのだが、彼が見覚えのない女子と話していたから、それはできなかった。
誰だろう、あの人。2年生であることはわかったけれど、それ以上のことは知らなかった。
もし、彼女だったら。不意に、そんな思考が頭をよぎった。
──だったら、嫌だなあ。
*
あたしは今日はそれから、篠原とは1度も話さなかった。話そうとはしたのだけれど、あのことが頭から離れてくれなかった。
あたしは今、座椅子の上で体育座りをして、スマホをじっと見つめている。
『お昼に話してた女の人、誰?』
このメッセージを送ろうか、送らないか、ずっと迷っている。めんどくさい女だとは思われないだろうか。嫌われないだろうか。もし彼女だったらどうしよう。
そんな思考がぐるぐる駆け回って、いつものようにうじうじしていた。
『美竹さん、今日午後から体調悪かったりした? 大丈夫?』
突然篠原からのLINEが届いたから、あたしは驚いてスマホを落としそうになった。しかも、トークルームを開いたままだったから、すぐに既読がついてしまった。
ああまずい。急いで返信しないと。あたしはさっきまで送るか迷っていたメッセージを消して、新しいのを打ち込んだ。
『心配してくれたの?』
なんてことを聞いてるんだろうあたしは。そう思った時には遅くて、もうそのメッセージを送信してしまった。
篠原からの返信はすぐに来た。
『もちろん、心配だったよ』
あたしはそのメッセージを見て、思わず息を呑んだ。
──心配、してくれたんだ。
そして同時に、嬉しくてたまらなくて、膝に顔を埋めた。
こんなあたしでも、心配してくれるんだ。
『心配かけてごめん。ちょっと気持ち悪くて。今は全然大丈夫だよ』
『そっか。ならいいんだけど』
あたしはさらに篠原にメッセージを送る。
『ねえ、今日電話しない?』
『今から?』
『いつでもいいよ』
『わかった。ちょっと待ってて』
次のメッセージが来たのは、10分ほど経ってからだった。
『ごめん、もう大丈夫だよ』
『じゃあかけるね』
『どうぞどうぞ』
あたしは電話用のイヤホンを挿してから、通話ボタンを押した。お決まりのコール音が流れて、篠原はすぐに電話に出た。
『もしもし』
イヤホンをしているからか、いつもより篠原の声が近くから聞こえて、あたしはもうそれだけで満足なのだけど、当然それで終わるわけにはいかない。
『なんかこうして用事もないのに電話するの、緊張するね』
自分から提案しといて何言ってんだ、と思ったが、篠原も少しは緊張しているみたいで、だね、という返答があった。どうしよう。電話したのはいいけど、話すことがない。今はあのことを聞く気もなれないし。
申し訳ないけれど、ここは篠原に投げよう。
『篠原、なんか話してよ』
『ええ、そうだなあ──』
*
『ふわあ……。もうそろそろ寝る?』
あれからあたしと篠原はずっと話していて、気づけばもう日付が変わっていた。
電話の中であの人のことを聞いたけれど、どうやら部活の先輩みたいらしく、彼女ではないらしい。それを知った時は心底安心した。
それはともかく、もう時間も時間だし、今日はそろそろお開きにした方がいい。
『だね……』
篠原も大分眠そうだ。夜遅くまで付き合わせてしまって申し訳ない。
『あ、そうだ篠原。最後に1つ聞いていい?』
『うん、何?』
『これからもたまにさ、こうやって電話していい?』
『もちろんいいよ!』
あたしはその言葉に布団の中で人知れずガッツポーズをした。
『よかった。ありがと、篠原』
『ううん、こちらこそ、話せて楽しかった。じゃあ美竹さん、また明日……じゃなくて今日、学校でね』
『うん、おやすみ』
『おやすみなさい』
通話を終了した。名残惜しさはあるけれど、それよりも何よりも、あたしは幸福感の方が大きくて、いつも以上にゆっくりと眠ることが出来た。