唐突だけど、あたしは部活に入っていない。あたしの周り──といっても、さほど交友が広いわけではないが──でも、入っているのはひまりくらいだ。
部活に入っていなかったとしても、モカはバイト、つぐみは店の手伝い、巴は太鼓の練習だったりと、練習がない時でもそれぞれ時間の使い方がある。あたしは……ないわけではないけど、放課後は暇を持て余していることの方が多い。
だからといって、今まで部活に入ろうと思ったことはなかったのだが、今はそうではない。
文芸部。篠原の所属している部活。
昨日篠原に電話していた時に聞いてみたら、あまり活動的な部活ではないようで、活動日は火曜日と金曜日の週二回、それも自由参加らしく、部員がちゃんと集まるのは集まりがあるときくらいだとか。でも、締切を守らないと怒られるらしい。
そんなわけで、火曜日の放課後、あたしは文芸部の活動場所である多目的C教室に向かって歩いていた。
さっき顧問の先生に、文芸部に入部しようか考えている、ということを伝えたら、それなら今日とりあえず部活に行ってみて、それから考えたらいい、ということを言われた。
1年生の教室から多目的教室までは少し距離があって、そこに至るまでの道中で運動部がランニングをしてたりして、あたしは邪魔にならないように端っこの方を歩いた。
ちょっとの不安と緊張が胸に残ったまま、目的地についた。
あたしはノックすることさえ忘れて、ドアを開けた。
「でもさあ水戸ちゃん、こういうのはね──」
教室の中にあったのは、あたしが想像していたのとは違った光景だった。
中にいたのは、名前も知らない2年生と、この前話していた先輩。それに、3年生が2人。
ここはあたしたちの教室の半分ほどの大きさしかなく、そこに長机が2列分置かれていて、水戸ちゃんと呼ばれた先輩はその前列に座って、教卓で何かを熱弁している先輩の話に耳を傾けていた。
3年生は話に入ってはいないものの、それを聞いて笑っていた。
あたしはというと、どうしたらいいのか分からなくて、立ち往生していた。
最後まで、声を出すかどうか迷ったけれど、このまま放置されるのも耐え難かったあたしは、渋々声を出すことにした。
「……あの」
*
「いやーごめんね美竹さん。気づかなくて」
あたしにそう謝るのは、さっき自己紹介してくれた2年の有村佳奈先輩。
「いえ、どうかお気にならさず」
今あたしは水戸先輩の隣に座っていて、先輩達の自己紹介を聞いていた。さっき有村先輩と話していたのが水戸先輩。メガネをかけているのが北原先輩で、少し暗めの茶髪なのか安藤先輩。
あたしの自己紹介も終わり、今は質問タイムなので、あたしは気になっていることを聞いてみる。
「他に部員はいますか?」
「うん、いるよ〜。2年生があと4人、3年生があと1人だね」
「1年生は、篠原だけですか?」
「だね」
「へえ、そうなんですね」
念の為に言っておくけど、決して嬉しい訳ではない。
「普段は何をしてるんですか?」
「特に何も。いっつもこうして各々好きなように過ごしてるよ」
それから色々と質問して、あたしの疑問は解消されたけど、ひとつ気になったことがあった。
「あの、篠原って、いつも部活に来ないんですか?」
「ううん。ちゃんと来てくれるよ。今日は用事があるんだってさ」
「そうだったんですね」
篠原の用事。なんだろう。帰ったら聞いてみようかな。
「よし、じゃあ美竹さんに質問!」
あたしの質問も一通り片付き、今度はあたしが質問される番だった。
好きな食べ物とか、そういう個人的な質問が多かった気がする。
「美竹さん、どうして文芸部に入りたいと思ったの?」
ああ来てしまった。この質問は正直して欲しくなかったけど、されてしまったのなら仕方がない。
篠原と一緒の部活に入りたい、という不純な動機ももちろんあるけれど、それ以外にだって当然理由はある。
「実はあたし、バンドをやってて……」
あたしのその声に、先輩方はみんな、ああそういえば、と思い出したかのように声をあげた。
どうやらみんな、Afterglowのことを知っているらしい。それは嬉しくもあるけれど、その上でこんなことを言うのは恥ずかしい。
「どうりで見たことあると思ったよ〜。美竹さん、Afterglowのギターボーカルだったよね」
「はい、それで、あの……」
あたしは顔に熱を感じながらも、答えた。
「文芸部で小説を書いたりしたら、何かの役に立つんじゃないかな、と思って」
こんな自分勝手な理由、できれば言いたくなかった。
「ええーすごいじゃん! 私とか楽そうだから入っただけなのになあ」
「あんたと一緒にしないの」
有村先輩に対する水戸先輩のツッコミで、場が和んだ。
*
気づいたらもう時刻は18時になっていて、日も少しずつ落ち始めていた。
今日はこの辺で、という北原先輩の声であたしたちは帰り支度を始めた。戸締りをして、電気を消して、教室の外に出たところで、有村先輩に声をかけられた。
「美竹さん、楽しかった?」
あたしはその問いに、はい、と答えた。
「ならよかった〜! 私たちってさ、普段あんな感じに好き勝手やってるから、不安でね」
「全然大丈夫ですよ。先輩方のお話、すごく面白かったです」
「そう? ありがとっ。ああでも、無理して文芸部に入ることないからね? 篠原くんも、それは望んでないだろうし」
「はい、分かりました。今日は本当にありがとうございました」
「いえいえー。それじゃ美竹さん、バイバイ!」
手を振って去っていく有村先輩に、あたしも手を振り返しながら、足を職員室に向けた。
有村先輩は無理して入らなくていい、と言っていたけれど、あたしの心はもう既に決まっていた。
***
今日は金曜日。文芸部の週に2回しかない活動日のひとつだ。火曜日は用があって参加できなかったけれど、今日は特に何もないから、参加できる。
僕は今日最後の授業が終わってから、部活に行くためにリュックに荷物を詰めていた。
大体の整理が終わり、席から立ち上がってさあ行くぞ、という時に放送がかかった。
「1年生から3年生までの文芸部員は、今すぐ多目的C教室に集まって下さい。繰り返します。1年生から──」
呼ばれなくても行くつもりだったけれど、どうしたのだろう。こうして呼び出しがかかることは珍しくはないが、急に呼び出されることはあまりない。
火曜日に何かあったのかもしれない。できるだけ急いだ方がいいだろう。
少し早足で多目的教室までに向かう。ドアを開けて中に入ると、ぼちぼち部員が集まって来ていた。
「あ、篠原くん。こんにちは〜」
「有村先輩、こんにちは。今日、なんで呼ばれたんですか?」
「さあ、なんででしょう?」
ああ、先輩のこの笑顔は僕をからかってるときのやつだ。こういうときは何を言っても無駄なので、僕は大人しく先生が来るのを待つことにした。
そこからすぐに先生がやって来て、軽く挨拶をした。
「よし、それじゃあ本題に入る前に、新入部員の紹介だ」
新入部員。毎年途中から入ってくる人もいるとは聞いていたけど、まさかこのタイミングで来るとは。
先生の、入ってきて、という言葉のあとに、またドアが開かれて、新入部員の姿が見えた。
そして僕は、言葉を失った。
「1年A組の美竹蘭です。よろしくお願いします」
絶句する僕に、美竹さんが向けてきた満面の笑みを、僕は一生忘れないだろう。