ではでは、本文の方をどうぞ!
美竹さんの文芸部電撃加入から、数日が経った。
あの日はあれから、先生の話があった後に、美竹さんの歓迎会をやった。歓迎会といっても、大したことをするわけではなく、ただお菓子を食べたりしながら駄弁っているだけのものだけど。
それでも、美竹さんはクラスにいる時よりもずっと笑顔で、僕はそれが嬉しかった。
それはともかくとして、今日は美竹さんの文芸部としての初仕事だ。といっても、やることはさほど大変じゃない。ただ紙を印刷するだけだ。
以前にもこの作業をやったことがあるが、その時は僕一人だったので、大変というよりかは、精神的に辛かったことを覚えている。
今回は美竹さんがいるから、全然大丈夫だ。
「篠原、いつもこんなことしてるの?」
隣でコピー機とにらめっこをしている美竹さんから声がかかった。
「いつもじゃないよ。たま〜にかな」
印刷が終わった原稿を取り出して、次の原稿に差し替える。
今僕達が作っているのは自己紹介誌というもので、本来なら僕が入った時に作るつもりだったらしいのだが、いろいろあって先延ばしになっていた。それを、美竹さんが入ってきたこの機会にやってしまおう、ということになったらしい。
だからこれが、一応美竹さんの文芸部としての処女作ということになる。
「でも、美竹さんが入ってきてくれてよかった」
「? どうして?」
「どうしてって、そりゃあ──」
その続きを言おうとして、僕は慌てて口を閉じた。
なんてことを言おうとしてたんだ、僕は。しかし、このまま黙っているわけにもいかないので、どうにかしないと。
「1年生は僕だけだけで、肩身が狭かったから。美竹さんが入ってきてくれて、ホントよかった」
「そうなの? 有村先輩とかと、楽しそうに話してたじゃん」
「いや、まあ……確かに先輩たちと話すのも楽しいけど。でもやっぱり、美竹さんといる時間の方が好きだし、楽しいよ」
「ふーん、そっか。そうなんだ」
誤魔化そうとして言ったことも、結局かなり恥ずかしいことになってしまった。
美竹さんはというと、そう言ってコピー機の方を見始めたけど、その顔は赤くなっていた。
*
それから原稿の印刷を終え、あとはさっき印刷した紙を折るらしい。紙折りをする場所はいつもの部室ではなく、図書室のようで、1階の印刷室から図書室まで、紙を運ばなくてはならない。
あたしも手伝うと言ったのだが、篠原はそういう訳にはいかないと言って、譲らなかった。確かにあたしに任せるのは不安かもしれないけれど、それくらいならできるのに。
あたしが篠原の後ろで不貞腐れているうちに、図書室についた。
靴を脱いでスリッパに履き替えてから、中に入ると、そこには有村先輩たちが話し合いをしていた。
「おっ、ふたりとも待ってたよー」
「お疲れ様です、先輩。何してたんですか?」
「次の部誌で、対談みたいなのをやらないか、って話になってね。その内容を考えてたの」
「そうだったんですね」
そして篠原がよいしょ、と机の上にダンボールを置いた。
「よし、それじゃあ紙折りしよっか。篠原くん。美竹さんにやり方、教えてあげてね」
「分かりました」
部長のその声でみんな作業を始めた。あたしは篠原について行って、篠原の隣に座った。
「じゃあ美竹さん、やり方教えるね」
「うん、お願い」
それから篠原の説明を聞いてから、あたしも紙折りを始めた。篠原も言っていたけれど、特に何も難しいことはなく、ただひたすらに紙を折っていくだけだ。部誌を作る時は、こういう単純作業ばかりなのだとか。
「そういえば美竹さん、どうして文芸部に入ったの?」
紙を折りながら、篠原が聞いてきた。あたしが文芸部に入った理由は大きく分けて二つだけど、片方は絶対に言えない。
でももし、篠原と一緒にいたいから、文芸部に入ったんだよ、と言ったら、篠原はどう思うのだろう。気持ち悪がられるだろうか。
「ここで小説とか、書いてみたら、何かの役に立つかな、と思って」
「ああそっか。美竹さん、作詞とかも自分でやってるもんね。ホントすごいと思う」
「そ、そんなことないって」
「そんなことあるよ。しかも、その歌詞に心を動かされてる人がたくさんいるんだから」
「そうかな」
「そうだよ。僕もその1人だし」
「え、そうなの?」
「うん。美竹さんの書く歌詞、すごい好きなんだ。ほかのバンドのも勿論いいけど、でも、Afterglowの等身大の自分、って感じのがすごく好き」
「あ、ありがと……」
まさかここまで褒められるとは思ってなかったから、嬉しさよりも恥ずかしさが勝ってしまった。あたしは熱を帯びた顔を見られたくなくて、なるべく俯いて作業した。
*
紙折りの作業も無事に終わって、あとは折ったものをまとめて、ホッチキスで綴じて終わり、らしい。
ちゃんとした部誌のときはホッチキスでとめるのではなく、業者さんにやってもらうみたいだ。
紙を順番にまとめて、綴じる。完成した物のページをパラパラとめくってみると、ひとつのものを作り上げた実感が湧いてきた。家に帰ってからじっくり読むとしよう。
「よし、じゃあ今日はこれでお終い! お疲れ様でしたー!」
部長のその声で、あたしの文芸部としての初仕事は終わった。
「美竹さん、お疲れ様」
「うん、篠原も。お疲れ」
篠原と一緒に教室に戻りながら、ああだったね、とか他愛のない話をする。
あたしはこういう時間がたまらなく好きで、幸せで、でもどうしても、不安に思うことがあった。
篠原は、あたしのことが嫌いではないのだろうか。自分で言うのもなんだけど、かなり篠原に頼ってしまっているし、振り回している自信もある。
そんな女と一緒にいるのは、どう考えたっていやなはずだ。
普段なら、こんなこと絶対に聞かないけれど、でも何故か今日は、あたしの口は止まってくれなかった。
「ねえ、篠原」
もう外も暗くなり始めてきた時間。あたしの隣で、帰り支度をする篠原に、そう切り出した。
「ん?」
「篠原はさ」
篠原がこちらを振り向く。あの眼に見つめられるのは、いつもはすごく嬉しいけど、今は不安にしかならない。
「あたしのこと、嫌いじゃない?」
「嫌いじゃないよ」
答えは、すぐに帰ってきた。
「なんで?」
「嫌いだったら、あんな風に話したり、毎日電話したりしないよ」
篠原が苦笑混じりにそう言った。
「それに、さっきも言ったけど、美竹さんといる時間はすごく楽しいんだ。だから、心配しなくても、美竹さんを嫌いになんてならないよ」
「ほんとに?」
「もちろん」
あたしは篠原のその言葉に、思わず泣きそうになってしまったけれど、今ここで泣いてしまったら、それこそ篠原に迷惑をかけてしまう。
だからあたしは、今のあたしにできるであろう、精一杯の笑顔で、こう言った。
「ありがとう」
*
それから家に帰って、あたしは一人悶絶していた。
本当に、なんで、あんなことを言ったのだろう。あたしのことを嫌いか、なんて、下手したらトラウマもので、まるで、カップルみたいな──。
「〜〜っ!」
あたしは枕に顔を埋めて、それ以上の思考をやめた。うん、これ以上考えるのはやめよう。
ああ、でも。篠原がああ言ってくれて、本当に嬉しかったのは事実だ。
今、あたしの枕元にあるのは、さっき作った自己紹介誌。まだ読んでいないけれど、篠原のも載っていることは、目次を見てわかった。
それを手元に持ってきて、篠原のページを開く。そこには篠原が自分で書いた自己紹介と、作品が載っていた。
あたしはそれを、寝落ちするまでずっと読んでいた。