まずい。プロットが進まない。あたしはペンを放り投げて机に突っ伏した。締切は明後日だけど、このままでは良くない。全く内容が浮かばない。歌詞を考える時とはまた違った感覚だ。
本棚からいくつか小説を引っ張り出して、パラパラとめくる。けれどそれで何か思いつくわけもなく、プロットは一向に進行しない
そもそもプロットって、どういうふうに作るものなのだろう。何を書けばいいのかは知っているけれど、どう書けばいいのかは分からないあたしは、ネットでいくつか例を検索してみることにした。篠原に聞くことも考えたが、いつもいつも彼に頼るのは良くない。
ふむふむ。なるほど。とりあえずはこれを参考にするとして、次は問題の内容だ。
当然だけど、あたしにとってはこれが初めての小説になる。けど、小説はそれなりに読んできたから、どう書けばいいのかはわかる。
よし、まずはテーマを決めよう。
友情。真っ先に思い浮かぶのは、Afterglowのみんな。悪くはないけれど、みんなとのことは歌にすることが多いから、出来れば避けたい。
恋愛。恥ずかしいから、あまりテーマにしたくはない。でも、今1番しっくり来るのがこれだった。
悩んでいても仕方ない。とりあえずテーマは恋愛にするとして、内容をぱぱっと考えてしまおう。
***
そうしようと思った。思ったのだが、普通に寝てしまったあたしは、朝起きてかなり焦った。
なんとかいつもと変わらない時間に学校に着くことができたので、昨日やるはずだったものを終わらせるために、今はノートと睨み合っている。
ふと、隣の席を見る。彼はまだ学校に来ていない。彼はいつもあたしよりも少し遅いくらいの時間に、眠たそうな顔でやってくる。その顔を見るのが、密かな楽しみなのだ。
ああそうだ。これだ。こういうことを書けばいいんだ。よし、そうと決まったら早速──。
「おはよ、美竹さん」
「うひゃあ!!」
いつの間にか教室に入ってきていた篠原に気づかなかったあたしは、その声にかなり驚いてしまった。みんなこちらを見たけれど、教室の中の人が少なくて良かった。
「も、もう。びっくりさせないでよ」
「ごめんね。何書いてたの?」
篠原はもう座っていて、あたしの方を向いている。
「プロットだよ。ほら、明日までの」
「そうだったんだ。どう? もう終わりそう?」
「うん、何とかなりそう。篠原は?」
「僕はもう少しかかるけど、間に合うかな」
「どんなのにするの?」
「スポーツ系のにしてみよかなって思ってる。美竹さんは?」
「あたしのは秘密」
「ええ〜。なんで?」
「秘密です」
言えるわけない。だって、あたしのは──。
***
午前中の授業は理数系ばかりだったので、ほとんど真面目に聞かずに、プロットに費やした。1度書き始めると止まらないもので、もう大方書き終えた。
自分で物語を作ることが、こんなに楽しいことだとは知らなかった。途中からはもうプロットという枠をはみ出して、本編のようになってしまっていた。
さて、ご飯を食べよう。今日は弁当ではないので、食堂で食べるか、購買で何か買うかのどちらかなのだが、どうしようか。とりあえずはモカ達のところに行ってから決めよう。
あたしは自分の席を立って教室から廊下に出る。
けれど、いつもなら廊下で待っていてくれるはずのみんなの姿はなかった。
──なんでだろ。
そう思ったあたしは、ポケットから休み時間の間は使用を許されているスマホを取り出した。通知がならないために設定している機内モードを解除して、LINEを開く。
グループのメッセージを見ると、どうやらみんな、昼休みに何かしらの用事が入ってしまったらしい。
そういうことなら仕方ない。今日は1人で食べるとしよう。となると、購買にした方がいい。
あたしが購買に足を進めようとすると、向こう側から篠原が歩いて来るのが見えた。プリントを持っているので、職員室に行ってきたのだろう。
篠原、と声をかけそうになったのをすんでのところで堪えた。篠原はいつも他の男子と食べているし、一緒に食べることは出来ないだろうから。
あたしは何も言わずに彼の横を通り過ぎようとしたけれど、彼はあたしに話しかけてきた。
「午前中お疲れ様、美竹さん」
「うん、篠原もお疲れ様」
「今日は青葉さん達は?」
「みんな用事があるみたい」
「へえ、そうなんだ」
そこから、少し間が空いた。
「美竹さん、もし良かったら一緒に食べる?」
その申し出は、あたしにとって願ってもない事だった。
「えっ、いいの?」
「うん、大丈夫だよ」
「でも、いっつも男子と一緒じゃん」
「……まあ、そうなんだけど。その辺は大丈夫、気にしないで」
とにかく、問題はないらしい。
「美竹さん、購買行くんだよね?」
あたしは素直に頷いた。
「なら、ちょっと待っててもらっても大丈夫?」
「うん」
「ありがとう、じゃあ行ってくるね」
篠原は教室に入って行き、弁当を持って戻ってきた。
「僕も一緒に購買に行っていい?」
「うん、大丈夫だけど。なんで?」
「実は飲み物持ってくるの忘れちゃってさ……」
***
あたしは適当にパンを何個か買って、篠原は麦茶を選んだ。あたしも飲み物は篠原と同じにした。
屋上に続く扉を開けると、やはりそこには誰もいない。ここにご飯を食べに来る人なんてそうそういないから、こういう時は有難い。
「篠原と一緒にお弁当食べるの、初めてな気がする」
正確に言えば、あたしはお弁当ではないけれど。
「確かに。休みの日とかに一緒になることはあったけど、学校では初めてかもね」
篠原はそう言って笑った。
あたしと篠原は、まだ一緒にしていないことがたくさんある。海に行ってみたい。山に行ってみたい。ライブを見に行きたい。考え出すと止まらなかった。
「そういえば、研修会終わった後って、三連休だったよね」
篠原があたしに確認してきた。確かにそうだったはずだ。
「だね」
「美竹さん、何か予定ある?」
「今のところは特にないかな」
「だったらさ、2人でどっか遊びに行かない?」
それを聞いたあたしは驚いた。篠原を誘うのはいつもあたしで、こうして彼から行ってくることは稀だったから。
「例え地獄だろうとついて行くよ」
「いや、さすがにそこまでは……。美竹さん、どっか行きたいところある?」
「んー……」
いろいろと考えてはみたけど、ぱっとは浮かばなかった。
「いや、そんなには。篠原はある?」
「誘っておいてあれだけど、実は僕もまだなんだよね……。とりあえず、休みまでに考えとくね」
「うん、わかった」
改めて、三連休のことを考える。1日くらいは、みんなとも遊びたい。あとで提案してみよう。
スマホで時間を見ると、昼休みも終わりに差し掛かっていた。
「午後からの授業って何だっけ?」
あたしは篠原に確認する。未だに時間割を覚えていないなんて、我ながら不真面目さが現れていると感じる。
「現代文、英語、世界史だよ」
それを聞いたあたしは、思わずうわ、と声を上げてしまった。
「あたし寝るかも」
「うん、僕も寝る自信がある」
いつもなら、文系の授業は真面目に聞いているけれど、今日は無理かもしれない。特に昼食終わりの現代文なんて地獄だろう。寝てしまう人の方が絶対に多い。
「まあ、その時はその時だね。僕もなるべく寝ないようにはするけど」
それからもしばらく話していると、予鈴が鳴ってしまった。もう教室に戻らないと。
「よし、じゃあに戻ろっか、蘭ちゃん」
名前で呼ばれた、と分かった瞬間に、あたしは自分の顔が熱くなるのを感じた。もう何回か呼ばれているけど、こればっかりはいつまで経っても慣れる気がしない。
呼ばれる度にドキドキする。もっと呼んで欲しい気持ちもあるけれど、それだと確実にあたしがもたないので、あの時言ったように、たまにならいい、ということにしてもらっている。
でも、急なのは心臓に悪い。
「急に呼ばないでってば」
「すごい今更だけど、蘭って可愛い名前だよね」
「か、かわっ……! だから呼ぶなってえ!」
可愛い名前なんて、今まで言われたことがなかったから、余計に恥ずかしかった。