隣の席の美竹さん   作:烏丸男

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研修会

『明日だね、研修会』

 篠原のその言葉に、あたしはそうだね、と返した。そう、いよいよ明日だ。だからといって緊張しているとか、そういうわけではないが、何故だか落ち着かなかった。

 明日の予定が書かれたプリントをもう一度見てみると、時間的には学校に行く時と大して差はない。強いて言うなら、移動の時間が少し長いくらい。

 あとは準備の関係とか何とかで、昼休みが長く、外出も許可されている。だから篠原と外で食べることにしていた。

『そういえば篠原、どこでご飯食べるか決めた?』

『うん、大体ね。美竹さんは? 行きたいとこある?』

 会場周辺の飲食店は調べてみたけれど、特に行ってみたいところはなかった。

『んー……。特にないかな。篠原に任せる』

『わかった』

 あとは特に確認するようなこともないだろう。持ち物もいつもと大して変わらない。

 そこからはまた他愛もない話をして、そうしているうちに大分時間がたった。

『美竹さん、そろそろ寝よっか』

『うん、だね。篠原、また明日ね』

『うん、またねー。じゃあおやすみ』

 そう言って篠原は通話を切った。

 あたしはその後直ぐには眠らず、念のために荷物を確認した。

 筆箱。ノート。手帳。などいろいろ。そんなに遠くには行かないし、泊まるわけでもないけれど、あたしは遠足を楽しみにする小学生みたいに、少しワクワクしていた。

 部活で、みんなとどこかに行くなんて、あたしには初めての経験だから。

 ──早く明日にならないかな。

 

 

 ***

 

 

「おはよー美竹さん」

 昨日は寝れないかと思ったが、蓋を開けてみれば全然そんなことはなく、普通に熟睡したあたしは、集合時間の20分前に駅についた。

「おはようございます」

 有村先輩に挨拶を返したあたしは、辺りを見渡してみる。この駅にはよく行くが、こんな朝に来るのは初めてだ。

 駅には、通学に電車を利用している、他の学校の生徒がたくさんいて、なんだか不思議な気持ちになった。

「あの、有村先輩。篠原はもう来てますか?」

「うん、来てるよー。今は飲み物とか買いに行ってる。まだ時間あるし、美竹さんも行ってきたら?」

「ありがとうございます。そうしますね」

 あたしは先輩にお礼を言って、駅内のコンビニに向かった。あたしも飲み物くらいは買っておこう。

 ちょっと歩いてコンビニの中に入ると、そこには先輩の言った通り、篠原の姿があった。

 あたしは後ろから近づいて、彼の肩を叩いて、あたしの方を振り返らせた。

「おはよ、篠原」

「うわ、美竹さんか。びっくりした。おはよ」

 あたしは篠原の驚いた表情を見て、満足した。

「うん、何買うの?」

「コーヒーとか。あんま寝れなくてさ」

 あたしと違って篠原は寝れなかったみたいだ。あたしもお茶かコーヒーを買おう。

 それからさっきの場所に戻ると、もうほとんどの人が集まって来ていた。

 あとは顧問の先生を待つだけだ。

「おっ、2人とも戻ってきたね」

「すいません、お待たせさせてしまって」

 篠原がそう謝った。

「ううん、全然大丈夫。まだ時間あるし。そんなことより2人とも、緊張とかしてない?」

 先輩の言葉にあたしと篠原は顔を見合わせた。緊張か。全くしていないと言えば嘘になるけれど、特に問題は無い。篠原もそれは同じみたいだ。

「はい、大丈夫ですよ」

「ええ〜なんだよー。可愛くないな〜」

 そうやって先輩といろいろな話をしていると、顧問の先生が着いた。

「うん、全員いるね。じゃあ行こうか」

 

 

 ***

 

 

 目的地の最寄り駅には、電車で1時間ほどかかる。車内ではみんな、他の人の迷惑にならないようにではあるけれど、好き勝手に時間を過ごしていた。あたしの隣にいる篠原はイヤホンを耳にはめて窓の外を眺めている。

 あたしは一応持ってきておいた小説を読もうとしたが、内容は頭に入ってこなかった。

 出来れば篠原と話したかったけれど、さすがにそれはやめておいた。文字列をいくら目で追っても、これぽっちも読んだ気がしないので、あたしは諦めて小説をリュックにしまった。

 あたしも篠原と同じように、音楽を聞こう。

 以前まではロックばかり聞いていたけど、最近は篠原がよく聞いてるのを教えてもらって、それを聞いている。

 ──やば、ちょっと眠くなってきた。

 ゆらゆらと電車に揺られ、だんだんと眠気に襲われてきた。目的地までまだ時間はあるし、一眠りしようかな。

 あたしが眠気に身を任せようとした瞬間──。

 篠原が、あたしの肩に寄りかかってきた。

 思わず飛び上がりたくなるのをじっと堪えて、イヤホンを外して隣を見る。

 篠原は寝息を立てて夢の世界に行っていた。さっき買っていたコーヒーは飲んでいる様子がなかったので、向こうについてから飲むつもりだったのだろう。

 なんて、冷静に言っているけれど、あたしは、今にも爆発してしまいそうなくらいドキドキしていた。彼と一緒にバスや電車に乗ったりしたことは今までも何度かあったが、こんなことは初めてだ。

 最高に嬉しいけれど、最高に恥ずかしい。

 視線を前に向けると、有村先輩がニコニコ顔でこちらを見ていた。

 ──そんな顔で見ないでください。

 その願いは、もちろん届くはずがなく、あたしは駅に着くまでその目線に晒された。

 

 

 ***

 

 

「篠原、起きて」

「ふわあ……。美竹さんごめん、寝てた」

 無事に──あたしは無事ではないが──駅についたので、あたしは篠原を起こした。

「ううん、大丈夫」

「美竹さん、顔赤くなってるけど……」

「大丈夫だから」

「でも──」

「大丈夫だから」

「う、うん」

 みんなで電車を降りて、駅から出る。とりあえずはひと段落だ。ここからちょっと歩けば、会場に着くはず。

 篠原と並んで、先輩たちについて歩いていくと、数分もしないうちに目的地のホールについた。

 中に入ると、そこにはあたしが想像していたよりもずっと多くの人がいて、驚いた。

 どうやら席は決まっているらしくて、受付でもらった案内を見て、自分の場所を確認する。

 指定された場所──といっても学校ごとだったが──に座り、もう一度案内に目を通す。

 それによると、午前中、というか今からは講演会のようなものをして、午後からが分科会らしい。

 講演会はどこかの大学の先生が来るみたいだったが、正直言って、あまり期待していない。

 分科会は真面目に聞くつもりだけど、これは出来そうにない。

 ──早くお昼にならないかなあ。

 

 

 ***

 

 

 思った通り、講演会は退屈だった。先輩達もあまり面白そうに聞いているようには見えなかったし、つまらなかったのはあたしだけではないのだろう。

 そして今、長かった講演も終わり、ついに昼休みになった。篠原と一緒にご飯だ。

 行く店は篠原が決めておいてくれたので、あたしは彼について行く。

「いや〜……。それにしても長かったね」

「だね……」

 篠原もあれは大分堪えたようだ。

「まあ、あういうのってそういうものだと思うし、仕方ないんだろうけどね。あっ、あそこだよ」

 まだ会場から出てじ10分ほどしか経っていないが、早くもお店が見えてきた。

 彼の後に続いて店内に入る。時間的に混んでるかな、と思ったけれど、そこまで人はいなかった。

 カウンター席に座って、メニューを手に取ると、和食のメニューが並んでいた。外装を見た感じではとてもそうとは思えなかったが、ここは和食屋さんらしい。

 篠原は何を食べるのか前もって決めていたみたいで、ぱぱっと決めていた。

 かく言うあたしも、こういうのはあまり悩まないタイプなので、すぐに決められた。

 料理を待つ間に、午後からの予定を確認しておこう。

「篠原、午後からもあのホールでいいんだよね?」

「うん、だね。移動するのは部長だけかな。あ、ご飯来たね」

 そこからは二人とも黙々とご飯を食べて、会場に戻った。ただ、あたしも篠原もとんかつ定食を頼んだので、少し胃もたれしてしまったが。

 

 

 ***

 

 

 午前中の講演会とは打って変わって、ためになる話をたくさん聞くことができた午後からの分科会は、あたしにとってかなりの収穫になった。

 小説を書くことに関しては全くの素人であるあたしにとっては、特に。

 分科会が終わったあとは閉会式をして、解散となった。といっても、あたし達は同じ電車に乗って帰るので、まだ一緒だが。

 駅のホームで帰りの電車を待っている間、あたしは有村先輩と話していた。

「美竹さん、今日の研修会どうだった?」

「楽しかったです。いろいろ参考になりました」

「そっか。ならよかったー。といっても、私が開催したわけじゃないけどね」

 あはは、と有村先輩は笑う。こういう明るいところが、先輩の魅力なのだろうな、と最近は感じることが多い。

「それに、篠原くんともいろいろあったみたいだしね〜。主に行きの電車とか」

「そ、それは言わないでください!」

 その明るさに振り回させることも多いけれど。

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