「……はあ」
あたしは布団に倒れ込んで、思わずため息をついた。
あたしの頭を悩ませるのは、家のこと、と言うよりも、あたしの父さんのこと。以前から、父さんとは仲がいいとは言えなかったけど、近頃は特にそうだ。
最近は、父さんからいろいろ言われることが多くなっている。別に華道が嫌いなわけじゃないし、父さんのことだって尊敬してる。
ただ、あたしの気持ちだって、少しは考えて欲しい。
自分で言うのもなんだけど、あたしは性格が悪い。愛想は良くないし、口は悪い。素直じゃない。コミュ障。
こんなのと仲良くしてくれる人なんて、いないんじゃないかと思う。
だから、みんなには本当に感謝してる。
だから、みんなとずっと一緒にいたい。
そのためにバンドを始めたのに、それを遊びでやってるみたいに言うなんて、父さんはなんにも分かってない。
いやまあ、あたしが自分のことを話さないというのもあるけれど。それにしたって、あんなふうに言われ続けたら、反抗したくもなる。
そこまで考えて、あたしはまたため息をついた。そんな子供みたいなことばかり考えてるから、あたしは駄目なんだ。
こうやって、自分の中だけで完結してたって、何も変わらない。
いくら親子って言ったって、言葉無しに通じ合えるわけじゃない。父さんと、ちゃんと向き合わないといけない。あたしの気持ちを伝えないといけない。
どこに行こうとしても、自分はいる。
いつまでも逃げてなんていられない。
でも、向き合う勇気がないあたしは、こうして蹲って、閉じこもることしか出来ない。
本当に、情けなくて泣きそうになる。
こんなとき、彼なら。篠原なら、どうするのかな。
***
次の日。あたしは──というかあたし達は──ひまりに呼び出された。場所は羽沢珈琲店。なんでも、ガルジャムから出演案内が届いたらしい。ひまりは嘘をつくような人じゃないから、本当なのだろう。
「蘭〜。おはよー」
「蘭、おはよ」
あたしがドアを開けて店内に入ろうとすると、モカと巴が一緒に来ていた。
「うん、二人ともおはよ」
二人に挨拶して、あたしは中に入った。
*
「……変わったよね〜、蘭」
「確かにな。大人になったというか。これも恋してるおかげなのかね」
*
ひまりが持ってきたガルジャムの出演案内を見せてもらった。巴も言っていたけど、実際にこの目で見ると、気持ちが引き締まるというか、実感が湧いてくる。
ガルジャムに出ることができる。それはあたし達にとってはいい経験になるし、大きな1歩だ。でも、あたしは素直に喜べないでいた。父さんがこのことを知ったら、なんて言うだろう。それを考えると、頭が痛くなる。
みんなの前では、決して表情に出さないようにしたけれど。
***
そのあとは、少し練習をして、今日は解散になった。あたしはギターケースを家に置いて、商店街をふらふらしていた。今は、あまり家に居たくない。
外から見る街並みは、昔とあまり変わっていなかった。でもこうして歩いて見ると、かなり変わったところがある。
そりゃあ、何十年も経てば変わるのは当たり前だ。変わらないものなんて、きっとない。
あたし達は、ずっと一緒にいるために、いつも通りでいるために、バンドをやっている。
けれど、それはいつまでも続けられることじゃない。
今は、みんな高校生で、家だって近いから成り立っているが、この先ずっとは、きっと無理だ。
いつかは、諦めなきゃいけない時が来る。
──これ以上考えるは、やめよう。
これから先のことを考えたって、あたしが今向き合わなきゃいけない問題は変わらない。
とにかく今は──。
「美竹さん?」
「……篠原」
その声を出して、あたしはハッとした。こんな弱々しいところ、篠原には見せられない。
「どうしたの? こんなところで」
「ちょっと欲しい本があって。美竹さんは?」
「あたしは適当に歩いてた。練習が早く終わって、暇だったんだよね」
本当は違う。
実を言うと、篠原に家のことを言うかどうかは、かなり悩んだ。悩んだ末に、言わないことにした。
これはあたしの問題だ。篠原を巻き込んでしまうわけにはいかない。それに、こんな弱い所を見せてしまったら、ガッカリさせてしまうかもしれない。
「そうだったんだ。練習お疲れ様」
「うん、ありがと」
篠原と話していると、つらいことを忘れられる。
「ねえ美竹さん、もし良かったらさ、僕も一緒に行っていい?」
断る理由なんてない。
「もちろん。一緒に行こっ、篠原」
***
気づいたら、夕方になっていた。篠原と過ごす時間は本当にあっという間で、このまま時が止まってくれればいいのに、とも思った。
「そろそろ帰らなきゃね」
「……うん、そうだね」
篠原と別れて、家に帰らなきゃならないと思うと、気が重い。
「……。ねえ、美竹さん。あそこの公園で、ちょっと話していこうよ」
あたしはそれにうん、と返して、篠原について行った。
篠原がよいしょ、と公園のベンチに腰掛けたので、あたしもその隣に座る。
「美竹さん、今日は楽しかった?」
「うん、めちゃくちゃ楽しかった」
篠原はそっか、と嬉しそうに言った。
「美竹さん、最近元気なかったから。心配だったんだ」
それを聞いて、あたしはドキッとした。
「そうかな。いつも通りだと思うけど」
「見るからに辛そうだった」
「…………」
あたしは、何も言えなかった。
「美竹さん」
「……篠原には、関係ない。ほっといてよ」
こんなこと、本当は言いたくない。でも、こうでもしなきゃ、優しい彼は、きっと引き下がらない。これはあたしの問題だから、あたしが自分でどうにかしないといけないんだ。
「関係あるよ」
「何が? あたしがどうなろうたって、あたしの勝手でしょ」
言う度に、胸が裂けそうになる。
「そんな悲しいこと、言わないでよ」
「だったら、あたしのことなんてほっといてよ」
「放っておけないよ」
「……っ。だから、あんたには関係ないって言ってるじゃん。あたしのことはもう──」
「美竹さんがつらそうにしてると、僕もつらい」
「なに、それ」
「だから、僕も関係ないわけじゃない」
「…………」
「美竹さん、僕なんかが力になれるか分からないけど、話してほしい」
「……うん」
***
全部と言うほど、たくさんのことで悩んでいいたわけじゃないけど、全部話した。家のこと、父さんのこと。
「……そっか。そんなことが、あったんだね。話してくれてありがとう」
「……うん」
篠原に、こんなあたしを見せたくなかった。でも、話してみて、少しスッキリした。一度思いを吐き出すと、堤防が決壊したみたいに、どんどん言葉が溢れてきた。
「やらなきゃいけないことは、分かってるんだ。でもあたしには、それをする勇気がない。本当に情けないよね、あたし」
「僕が美竹さんの立場でも、同じだったと思うよ」
「そう、なの?」
「うん。誰かに自分の気持ちを伝えるのって、簡単なことじゃないよ。たとえそれが親でもね」
「…………」
「でも、すごいよね美竹さん」
「……え? 何が?」
「自分でちゃんと、何をしたらいいのか分かってる。それって、すごいことだと思う」
「……うん、ありがとう。話聞いてくれて」
「どうしたいまして。ごめんね、無理に話させちゃって」
「ううん、大丈夫。気が楽になった」
「ならよかった」
篠原は、ほっと肩をなでおろした。
「……ひどい事言って、ごめん。傷つけたよね」
「全然大丈夫だよ」
「嘘つかないで」
「ま、まあちょっとていうか、大分堪えたけど、全然大丈夫だから!」
数分前の自分をぶん殴ってやりたい。
「もう電話しない」
「え?」
「LINEもしない」
こうでもしないと、彼に申し訳ない。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
「やだ。帰る。じゃあね」
「待っててば」
「なに?」
「美竹さん、僕と話すのは嫌?」
その質問はずるい。
「……いやじゃない」
「だったら問題ないね。これからもよろしく」
「……うん、分かった」
それからも、少しだけ話して、今日は解散になった。
「でも、本当にありがとね」
「うん。といっても、大したことは出来なかったけど」
「十分だよ」
本当に、彼には感謝しきれない。
「ねえ、啓介」
「ん?」
「啓介くんに、一つお願いがあります」
自分で言うのは、なかなか恥ずかしいけれど。
「なに?」
「蘭ちゃん頑張って、って言ってくれませんか……」
なかなかなんてレベルじゃなかった。穴があったら入りたいなんて、人生で初めて思ったかもしれない。
「蘭ちゃん、頑張って」
たった一言ではあるけれど、その言葉で、あたしは大丈夫だ。
「ありがとう。あたし頑張る」
「うん、でも無茶しないでね。僕も力になるから」
「うん、ありがとう、啓介」
まずは家に帰って、それからだ。