ペラペラとページを捲る。
図書室にはこの広い図書室にいるのは僕と司書の先生くらいで、あとは放課後勉強しに来た生徒がちらほら。図書委員の仕事はこの時期はあまりないようで、カウンター当番くらいしかなかった。文化祭の時期は忙しくなるらしいが。
僕が着々と小説を読み進めていると、図書室のドアが開かれた。そちらに目を遣ると、そこにはリュックを背負った美竹さんがいた。
本を借りに来たのか、それとも勉強しに来たのか。近いうちにテストがあるとか、そういうことはないはずなので、恐らくは前者だろう。
美竹さんって、どんな本を読むのだろう。なんとなくだけど、漫画はあまり読まなそうだ。美竹さんはあれ、こいつ図書委員だったんだみたいな目をしながら、僕に──というよりもカウンターに──近づいてきた。
「美竹さん、どうしたの?」
「本、探しに来たんだけど」
「どういう本?」
「えと、ゴミ関係のやつ」
「そうなんだ。環境問題とか興味あるの?」
「いや、別にそういう訳じゃないけど」
「? ならどうして?」
僕のその疑問に対して、美竹さんは訝しげな顔をした。
「篠原、もしかして忘れてる?」
「忘れてるって、何を?」
美竹さんはさっきまでの表情とは打って変わって、今度はからかうような笑顔を浮かべた。
「保健の授業」
「あっ」
*
「篠原って、意外と抜けてるところあるよね」
隣でくすくす笑っている美竹さんに、僕は何も言い返すことができなかった。
ついこの前、保健の授業でやったことをすっかり忘れていた。ゴミ関係か食品関係。そのどちらか、興味のある方について調べ、考察するという授業をやっていて、明後日くらいに一度点検があったはずだ。あくまで途中点検だから、完成していなくてもいいが、流石に何も書かないで出すわけにはいかない。
調べるのはインターネットか本で、できれば本が好ましいということだった。それで美竹さんは本を探しに来たのだろう。
僕は委員の仕事という名目で、美竹さんと一緒に本を探していた。
幸い、僕も美竹さんと同じゴミ関係で、探すのにさほど面倒はなかった。しかし、さっきから中々いいのが見つからない。これは諦めてインターネットに切り替えた方が賢明かもしれない。
「あんまりいい本ないね」
「だね」
美竹さんも本探しはやめることにしたのか、手に持っていた本を棚に戻した。
「篠原ってどんな本読むの?」
本棚に目を向けたまま、美竹さんはそんなことを聞いてきた。
「う〜ん。いろいろだけど、ラノベはあんまり読まないかな」
「オススメとかある?」
「えっとね──」
オススメというよりかは、僕の好きな本を紹介しただけだけになってしまったが、それでも、いつの間にか図書室が閉まる時間になっていて、僕は司書の先生に挨拶してから美竹さんと一緒に図書室を出た。
「付き合ってくれてありがと、篠原」
「こちらこそ。美竹さんのおかげで思い出せたし」
「ふふ、じゃあまたね」
「うん、じゃあね」
そう言って昇降口に向かった美竹さんを見送ってから、僕も帰り支度のために教室に向かった。
教室のドアを開けて中に入ると、そこには部活をしているはずのカイがいた。
「カイ、どうしたの?」
「おおケイ。ちょっと忘れ物してさ、取りに来たんだよ。ケイは図書委員の仕事だっけか」
「ああ。今終わったよ」
自分のカバンからごそごそと忘れ物を探しているであろうカイを尻目に、僕はトートバッグに荷物を入れ始める。もちろん、保健のレポートも忘れずに。そういえば、カイはどれくらい進んでいるのだろうか。
「カイ、保健のやつやった?」
「えっ? 何だよそれ」
お前もかよ。
***
そして、次の保健の授業は僕の記憶通り、あの日から二日後、つまり今日だ。この二日間でレポートをしっかり仕上げてきた僕に敵はいない。僕は万全を期して保健の授業に臨むことができる。
「ケイ、そろそろ行こうぜ〜」
「ああ」
保健の授業は大体は教室でやるが、今回のレポート作成に関しては図書室で行うことが多かった。というか最初の説明のとき以外は全部図書室だ。
僕たちは図書室に向かい、入口のところで靴を脱いでスリッパに履き替え、室内に入った。もう既に何人かの人が来ていて、その中には美竹さんの姿もあった。座席は自由で、もうみんな各々の定位置を決めていた。それは僕たちも同じで、いつもと同じ場所に座った。
授業が始まるまでカイと話して待つ。
「カイ、どの辺まで進んだ?」
「俺まだ全然。とりあえず調べただけって感じだわ」
「マジ? それって結構ヤバくない?」
「だよなあ。まあなんとかなるだろ。ケイは?」
「僕は──」
「はい、じゃあ授業始めます」
先生が来たことで話は中断になった。日直の号令に合わせて礼をし、着席する。その後、僕たちは先生の説明を黙って聞いていたが、その説明の中に衝撃的な言葉が──少なくとも僕にとっては──あった。
「それじゃあ、前に言ったように、グループ内で発表してもらいます」
えっ何それ聞いてない。
*
僕たちはまずゴミ関係と食品関係の二つに分かれ、その中でさらに少人数の班に分かれた。僕のグループは男子が僕一人で、残りは女子三人だった。
今回の発表は、自分の調べたことや意見が他人の目から見たらどうなのか、ということを知るためのものらしく、真面目に聞かなければならない。発表の順番は僕が一番最初で、その後に女子が発表した。僕もちゃんと三人の話を聞き、誰でも思いつくような疑問点を伝えた。グループの全員が発表を終えたけれど、授業の時間は残っている。レポートは授業終わりに集めると言っていたし、あとの時間は何をするのだろう。
「じゃあ、次は違うグループの人と一緒にやって下さい」
先生の話を聞くと、違うグループと言っても、同じジャンルでないとだめらしい。グループは自由に作ってもいいみたいで、みんないつもの、クラス内でよく見るようなグループになっていた。僕も男子に混ぜてもらおうと立ち上がり、男子がいる方を見る。そして、驚くべきことに気づいた。
──あれ、もしかしてゴミ関係の男子って僕だけ?
僕は思わずその場で頭を抱えたくなった。男子の方は気の毒そうな目を僕に向けているけれど、そんなことは全く気にならない。とにかく、早くどうにかしなければ。
どこか人数が余っているところに入れてもらうと、辺りを見回す。既にほとんどのグループが出来上がってしまっていた。けれどその中に、ポツンと一人でいる女子を見つけた。美竹さんだ。クラス内で特定のグループに属しておらず、特に仲のいい友達がいるとも言えない美竹さんにとって、こういう活動は地獄だろう。まあ、今の僕にも同じことが言えるのだろうけど。さらに周りを見ていると、二人で固まっている女子を見つけた。よし、美竹さんを誘って、あそこに混ぜてもらおう。
「美竹さん、もし良かったら、一緒にやらない?」
「……」
僕が声をかけても、美竹さんは固まったままだった。もしかすると、僕と一緒にはやりたくないのかも。それはそれで中々につらいけれど、仕方ない。
「美竹さん、もし嫌なら──」
「そんなことないよ」
「う、うん」
若干食い気味に言ってきた美竹さんに押されはしたものの、とりあえずは一段落だ。
*
その後は特に波乱もなく、無事に授業は終わった。カイは一足先に帰ってしまった。僕も荷物をまとめて教室に戻ろうとすると、隣に座っていた美竹さんに呼び止められた。
「ねえ篠原」
「ん?」
「篠原はさ、どうして──」
その後の言葉は、聞けなかった。
「いや、何でもない。引き止めてごめん。それと、さっき声かけてくれてありがと」
「気にしなくていいって。僕も美竹さんがいてくれて助かったし」
「ほんとに?」
「うん」
さっきだけじゃない。美竹さんには助けられることが多い。
「なら、良かった」
そう言う美竹さんの笑顔はいつになく綺麗で、だから、僕は思わず見惚れてしまった。