隣の席の美竹さん   作:烏丸男

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ガールズバンド

 カイが最近、ガールズバンドにハマったらしい。

 ガールズバンドと言われたら、真っ先に思い浮かぶのは美竹さんだけど、あの言葉の続きは未だに聞けていない。

 というわけで、今カイが僕にそのことについて熱弁しているのだが、カイには悪いけれど、僕はガールズバンドというものにあまり興味が湧かなかった。しかし邪険にすることもできず、僕は適当に聞き流してした。

「でもケイ、いくらお前でもパスパレくらいは知ってるだろ?」

「まあ、名前くらいなら」

 パスパレ。ちょっと前までテレビのニュースでずっと流れていたからか、その名前は頭に残っていた。そのニュースの内容は決して良くないものだったはずだが、ふーん、くらいにしか思わなかった僕は詳細な内容は覚えていなかった。

「でもそのアイドルグループ、確か炎上してなかった?」

「それはそうなんだけどな、ケイ。でも今は──」

 その時、昼休みの終わりを告げるチャイムがなった。いつもなら僕がカイの席の方に行って食事をするのだが、今日はそっちが何故か使われていたために、カイが僕の隣の席、つまりは美竹さんの席に座っていた。

「昼休み終わったぞカイ。早く自分の席に戻った方がいいんじゃない?」

 僕がカイの席をちらりと見ると、今そこは空いていたし、荷物も置いていなかった。

「まあ待てって、もう少しだけ話させてくれよ」

 そう言うとカイはまた話し始めた。僕が何とかしてカイを自分の席に戻らせようとしているうちに、美竹さんが教室に帰ってきていた。美竹さんは僕の隣の近くまで来て、こいつどうにかしろよ、と目で訴えてきた。

「ほらカイ。美竹さん困ってるよ」

「あ、悪い美竹さん。全然気づかなかった。じゃあケイ、また後でな」

 カイはそう言って席を離れた。美竹さんはようやく解放された自分の椅子に腰掛ける。

「何の話してたの?」

「ガールズバンド。最近ハマったんだってさ、カイ」

 僕のその言葉に、美竹さんは何かを期待するような目で問いかけてきた。

「篠原は? そういうのは、聞いたりする?」

「いやあ、僕はあんまりかな」

 何せ、普段聞いている音楽がゲームミュージックな男だ。そういったものには全くと言っていいほど精通していない。

「……ふーん。そっか」

 僕は美竹さんその一言で、美竹さんのテンションが一気に下がったのが分かった。今の会話に、美竹さんのテンションを下げる要因があったことは間違いないが、何がいけなかったのだろう。例えば、美竹さんがガールズバンドの熱狂的ファンで、それに興味がないと言ってしまったことが原因なのかも。いろいろと考えてみたけど、どれも憶測にすぎず、謝ろうにも謝れなかった。美竹さんは結局、その日はずっとテンションが低かった。

 

 ***

 

 日曜日。普段なら家でゆっくりしている日だけど、僕は『CiRCLE』というライブハウスに足を運んでいた。

 もちろん、これにはれっきとした理由がある。昨日の昼にカイにガールズバンドのライブを見に行かないか、と誘われたのだ。

 特にすることもなかった僕は、たまにはいいか、と思ってそれを了承した。現地集合ということになっているので、携帯のマップを頼りにここまで来たが、カイはまだ来てないようだ。

 それにしても、と僕は思った。随分と女性客が多いんだな。カフェテリアを見てもほとんどが女性で、男性は数えるほどしかいない。

 僕は適当なテーブルに行ってカイを待ちながら、今日行われるライブのパンフレットに目を通す。今日は三組のバンドが合同でライブを行うみたいだったが、当然知らない名前ばかりだ。

 パンフレットに一通り目を通したところで、カイがやってきた。

「悪い悪い。待ったか?」

「いやいや全然」

 僕は立ち上がってカイについて行く。僕はライブハウスに来るのすら初めてなので、勝手なんて分からない。チケットは流石に自分で買ったが。

「ケイ、どこで見る?」

「後ろがいいかな」

「えー、せっかくなんだし前の方で見ようぜ。ちょうど空いてるし」

 カイの言う通り、前の方にはまだスペースがあった。確かに、後ろで見て、全く見えませんでした、では来た意味がない。僕はカイにわかった、と伝えて一緒に前に向かった。

「いやあ、お前の驚く顔が楽しみだよ」

「え? それってどういう──」

 僕がカイにその言葉の意味を聞く前に、ライブが始まってしまった。ライブ中に喋る訳にもいかないので、あとで聞くことにしよう。

 

 *

 

 一組目はPoppin'Partyというバンドだった。ボーカルの人はすごい元気いっぱいで、いかにも女子高生、っていう感じだった。曲の方もポップなものが多く、観客はかなり盛り上がっていて、僕も初心者ながら、楽しむことが出来た。

 僕はこの短時間で、ガールズバンドの魅力に取り憑かれていた。これは、カイに感謝しないといけないかもしれない。

 二組目はさっきのとは打って変わって、本格派な、Roseliaと言うバンドだった。

 Poppin'Partyのような元気さはないものの、確かに本格派というだけあって、素人目で見ても、レベルの高いバンドだということは分かったし、楽曲も、僕が好きな雰囲気のものが多かった。あとは、メンバーの何人かは、学校で見たことがある気がした。

 そして、最後のバンド。名前はAfterglowと言うらしい。カイは隣でお前にこれを見てもらいたくて誘ったんだよ、と言っているが、どんなバンドかは全く想像もつかなかった。

 Roseliaの演奏が終わってからちょっとして、Afterglowの番がきた。一体どんなものを見せてくれるのだろう、と心を踊らせていた僕は、ステージ袖から出てきた人を見て、言葉を失った。

 だってそこには、いつか見た私服と同じような雰囲気の衣装を纏った、美竹さんがいたからだ。美竹さんは僕には気づいていないようだった。僕はカイの目をやる。カイはしてやったり、みたいなウキウキした表情をしていた。確かにこれは、やられた。

 僕が恨みを込めた視線を送っているうちに、演奏が始まった。Afterglowの曲は王道なロック調のもので、歌詞も高校生らしいというか、身近に感じられた。他のメンバーの人も、よく見たら全員知っている顔だった。羽沢さんなんかはキーボードだったし。

 何曲か演奏し終えた後でMCが入った。話すのは美竹さんではなくベースのピンク髪の人だった。

 そしてついに、時間の問題かとは思っていたけれど、美竹さんに気づかれてしまった。確実に目があった。美竹さんも固まってしまっている。僕は申し訳ない気持ちになる。

「でね──って蘭、どうかした?」

「い、いや、なんでもない」

 

 *

 

 僕の心配も杞憂に終わり、Afterglowの演奏は無事終了した。そして僕はというと、完全にAfterglowのファンになっていた。今日演奏した他のバンドももちろん、素晴らしかったが、それでも、僕の心に一番響いたのは彼女たちだった。

「今日は誘ってくれてありがとな、カイ」

 僕は帰り道でカイにそう言った。

「おっ、お前もガールズバンドの魅力に気づいたか」

「ああ、おかげさまで。でも、美竹さんのことは言ってくれてもよかったんじゃない?」

「それじゃ面白くないだろ?」

 そんな会話をしながら、僕たちは帰り道を歩いた。途中でカイと別れて、僕は一人で帰路につく。いつもはしているイヤホンは、今はしていなかった。

 あ、そういえば。明日学校で、美竹さんになんて言えばいいんだろう。

 

 *

 

 月曜日の昼。いつもなら僕は弁当なのだけど、リビングのテーブルを上に置いてあった千円札で全てを察した僕は、購買に足を運んでいた。僕の場合、購買に行く機会はあまりないので、しっかり選んで決めたい。何がいいだろう。取り敢えずは、無難に焼きそばパンにしよう。焼きそばパンを手に取って、他のところに向かおうと、顔を上げると、ちょうど反対側に、美竹さんがいた。

 全く気づかなかった。昨日のこともあってか、僕にはちょっとした気まずさがあった。かといって、このままだんまりというわけにもいかない。

「美竹さんも今日は購買?」

 いつもは何なのか知らないのに、今日は、なんて言ってしまったが、そこまで頭が回らなかった。

「うん。篠原も、お弁当じゃないんだね」

 二人の間に、再び沈黙が流れる。ああ、何か言わないと。しかし、こんな感覚になったのは随分久しぶりで、言葉は全く出てこなかった。

 そんな中、美竹さんが意を決したかのように切り出した。

「篠原、昨日は何で、あそこにきてたの?」

「カイから誘われたんだよ。ライブ見に行かないかって」

「なるほどね。でさ、篠原」

 美竹さんはそこから一呼吸置いた。

「どうだった?」

 どうだった、というのはAfterglowの演奏がどうだったか、ということだろう。だったら、僕が返す答えはただ一つだ。

「最高だった。また見に行くよ」

 僕のその言葉に、美竹さんは今まで緊張があった表情が一気に柔らかいものに変わった。

「ありがとう」

「いやいや、こっちこそ。あんないいものを見せてくれてありがとう」

 ふふ、美竹さんが穏やかに笑う。気持ち悪いことを言うけど、こういう時の美竹さんは、本当に可愛い。

「あっ、でも、次からは後ろの方で見てね。目が会うと恥ずかしいから」

「えっ」

 冗談だよ、と笑った美竹さんには勝てないな、と思った。

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