隣の席の美竹さん   作:烏丸男

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美竹蘭

 最初は特に、何も期待していなかった。

 席が変わったってあたしが変わるわけでも、周りの状況が変わるわけでもない。クラスのみんなは浮き足立っているけれど、あたしはただ憂鬱なだけ。

 みんなが次々にクジを引いて、席を決めていく。誰かが引く度に盛り上がりを見せているが、あたしには関係のないことだ。自分の番が近づいてくるたびに、あたしの気持ちは沈んでいく。

 ああ、ついにあたしの番が来てしまった。席を立って前に出る。この時間が早く終わって欲しくて、あたしは乱雑に箱に手を突っ込んで、適当にクジを取り出す。自分で番号を見ることもせずに先生に手渡した。

 そのまま自分の席に戻り、腰掛けて、黒板を見る。先生があたしの名前を黒板に書いていて、もうあたしの隣は埋まっているみたいだった。

 名前は──。

 

 ***

 

 あいつは、他の人とは違った。

 あたしがクラスで孤立しているのも、その原因が自分にあることも分かっている。つらくはあるけれど、あたしの気弱さでは、そんな状況をどうにかすることはできないし、でもそれよりも、あたしには、みんながいれば十分だった。

 とはいえ、それとこれとは別問題なわけで。どうしてもクラスの人と関わらなければならない時間はある。

 新しい席になってからの最初のそれは、英語の時間だった。こういうとき、あたしは大体だんまりで、隣の人も喋らない。これは別に珍しいことではないと思う。辺りを見てみても、そういうところはたくさんあった。

 本当は、あたしから話しかけるべきだ。でも、モカ達と話すときみたいに、口は動いてくれない。別に、クラスの人と話すのが嫌なわけじゃない。でももし、拒絶されたらどうしよう、そんな余計な恐怖心が邪魔をして、何も言えなくなってしまう。こんなんだから、父さんにあんなことを言われ続けるのだ。

 あたしはどうすればいいか分からなくて、でもどうにかして欲しいなんて、どうしようもなく身勝手な思いを込めて隣を見る。すると驚いたことに、隣の席の人、篠原も、こちらを見ていた。顔は知っていたけれど、こうしてちゃんと向き合うのは初めてだ。短めの黒髪に、四白眼。こんなことを言ってしまうと失礼だけど、特別カッコいい顔ではないと思う。

 そんなことは置いておいて、多分だけど、篠原もあたしと同じ気持ちでいるのだと思う。でも、それも当然だろう。クラスの中で間違いなくいい印象を持たれていないあたしと、話したがる人なんていない。悪いのは、こんな無愛想なあたしだけど、それでも、どうしようもなく悲しくて、顔を伏せようとした時──。

 

 ***

 

 それからは、英語の時間に話すだけの関係が続いた。

 ある時から、授業以外にも話すようになった。

 たまには、勇気を出して自分から話しかけることもあった。

 自分でも何故だか分からないけれど、篠原と話している時間は好きだった。だから、羽沢珈琲店で彼と会えた時は、すごく嬉しかった。

 そんなふうに、篠原のおかげで楽しくなった学校生活を送っていたある日、校内清掃が行われた。あたしは席替えの時と同じように憂鬱だったが、班員のリストの中に、彼の名前を見つけた時は──いや、これは恥ずかしいから言わない。

 あたしは篠原を誘って、一緒に掃除場所まで行こうと考えていたのだが、篠原の姿はもう教室にはなかった。

 だからあたしは一人で掃除場所に向かい、そこで、先輩達と楽しく──あたしにはそう見えた──篠原を見て、ちょっとだけテンションが下がった。本当に、ちょっとだけ。

 掃除は、あたしと篠原、それに後藤先輩が同じ担当になった。こういうとき、怖いのは沈黙だが、篠原も後藤先輩も、そんなものは知らんとばかりに話に花を咲かせていた。本当はあたしも加わるべきなのだろうけど、そんな気にはなれなかった。

 あたしが全く話に入ってこないのを気遣ってくれたのか、後藤先輩があたしにライブの感想を伝えてくれた。まさか、こんな身近にファンの人がいるなんて。

 そのことは素直に嬉しかったけど、篠原に知られるのは恥ずかしくて、その時は誤魔化した。

 でも、掃除が終わったあとに、篠原と二人きりになった。言うなら今だ。しかし、彼にそれを伝えてどうする。クラスメイトから、バンドやってます、なんて言われても困るだけだじゃないか。言うか言わないか。ええい。当たって砕けろ。あたしは意を決して、篠原に話しかけた。でもいきなり言うのもおかしいかな、と思い、ひとまずは普段聞いている音楽から尋ねた。すると彼はゲームミュージックと答えた。ゲームミュージックか。あこなら詳しいかもしれない。今度、どういうのがあるか聞いてみよう。

 それからもいくつか質問をして、あたしはついに本題を切り出そうとした。

 でも、篠原が先生に呼ばれてしまったから、続きは言えなかった。

 

 ***

 

 それからも、スポーツテストでかなり恥ずかしいことを言ってしまったりと、色々あったが、Afterglowのことを言う機会は終ぞなかった。しかし、今はそれでもいいと思っている。あのときは、ちょっとどうかしてた。

「でさ──って、蘭、話聞いてるか?」

 巴から掛けられたその声で、あたしは現実に引き戻された。

「えっ、ああごめん。何の話だっけ」

「だから、あこが最近ハマってるゲームの話」

 ゲームと言われて真っ先に思い浮かぶのは彼の顔だ。篠原って、どんなゲームをやるんだろう。今度聞いてみよう。

「ああ〜。蘭、またあの人のこと考えてる〜」

「い、いや別に考えてないって」

「またまた〜。そんなこと言って〜」

 顔が赤くなるのを感じる。モカ達は直接篠原と話したことはないが、あたしが篠原と話している場面を何度も目撃されてしまっている。

「蘭ってほんと篠原くんのこと好きだよね」

 ひまりがしみじみと言った。あたしの顔はその言葉に反応して、さらに熱を帯びる。

「すっ……!? だ、だから違うって」

 この空気はまずい。

 あたしが密かに助けを求めると、それに応えてくれたのか、昼休みの終了を告げるチャイムがなった。

「ほ、ほら昼休み終わったよ。帰ろ」

「ええ〜。これからがいいとこなのに〜」

 モカの追撃を何とか振り切り、教室に戻る。するとあたしの席には、いつもはいないはずの人がいた。高橋快斗。篠原からはカイと呼ばれている、彼の友達だ。

 いつもなら二人はここではなく、高橋の席のところで食べているはず。あたしは確認のためにそっちの方に視線をやると、そこは女子達に占領されていた。大体の事情はわかったけど、それとこれとは話が別だ。あたしは篠原にどうにかしてくれ、と目で訴える。

「ほらカイ、美竹さん困ってるよ」

 それを察してくれた篠原がそう言ってくれて、あたしはようやく座ることが出来た。

 それにしても、随分とヒートアップしてたみたいだけど、何の話をしてたのだろう。あたしは篠原に尋ねた。

 すると篠原は、ガールズバンドの話をしていたと答えた。ガールズバンド、という単語が出てきた時はドキッとしたが、篠原自体はガールズバンドのことはあの時同様知らないみたいで、それは悪いことじゃない。でも、それでも、あたしの自分勝手な心は、それで落ち込んでしまった。

 

 ***

 

 その週の日曜日、つまり今日は、CiRCLEというライブハウスでライブがある。今日はあたし達だけのライブじゃなくて、ポピパ、ロゼリアとの合同になる。順番はポピパ、ロゼリア、そしてあたし達Afterglow、といった形になる。いつもこういう時はロゼリアがトリを務めることがほとんどで、らしくもなく緊張しているけれど、きっとステージに立てばそんなものは消し飛ぶだろう。みんなだってそのはずだ。

 楽屋内で各々が好きな時間の過ごし方をしていると、ロゼリアの演奏が終わって、いよいよあたしたちの番だ。ひまりのあれはいつものようにやらなかったけど、あれにはいつも勇気をもらってる。

 そして、ステージに立つ。ステージはもう既にかなりの熱気に包まれていたが、そんなのは関係ない。あたしたちは、いつも通りの演奏をするだけだ。

 みんなの音に合わせて、でも引っ張るようにギターを弾き、歌い上げる。

 Afterglow。今以上に子供で、わがままだったあたしのために、みんなが作ってくれた居場所。

 あたしは思いを込めて、叫ぶように歌う。あたしはここにいる、あたしの居場所はここなんだって。

 会場の熱に負けることなく、無事に前半戦は終了。ここからはMCの時間だ。MCも、本来ならあたしがやるべきなのだけど、こんな大勢の前で話すのなんてハードルが高すぎる。あたしにできるのは、歌うことだけだ。普段の立ち位置よりも一歩前に出て、話してくれるひまりに感謝の視線を送り、ステージの観客も見る。もしかしたら、あいつがいるかも、なんてありえないことを思いながら。

 しかし、それは現実に起きてしまった。ステージの前列。そこに、篠原はいた。隣には、高橋の姿もある。

 どうして、なんで。そんな疑問があたしの頭を駆け回ったけど、どれも口に出すことは出来ない。そして、さっきからずっと見てくれてたんだ、と思うと、恥ずかしさと嬉しさでいっぱいになってしまった。

「でね──って蘭、どうかした?」

 あたしの異変に気づいたひまりに声をかけられたけど、まさか篠原が来てるなんて言えるはずもなく、あたしはなんでもない、としか言えなかった。

 

 ***

 

 それでも、ライブはつつがなく終わった。あたしも、再開してすぐは緊張したものの、だんだんとそれは高揚感に変わっていった。

 それに、もっとあたしを見てほしい、なんて気持ち悪い思いも抱いてしまった。

 篠原、今日のライブどう思ったかな。なんて考えてながら、帰り道を歩く。みんなは今日のライブの感想を言い合っていて、あたしはそれに相槌を打ったり、たまに自分でも意見を言ったりしていた。

「いやーでもまさか、篠原くんが来てるなんて、モカちゃんびっくりだったよ〜」

 モカが突然言い放ったその言葉に、あたしは驚きを隠せなかった。てっきり、気づいてるのはあたしだけだと思っていたのに。

「え!? 篠原くん、来てたんだ」

 つぐみも同じように驚いている。

「いえす〜。ねっ、蘭?」

「い、いや、あたしもわかんなかった」

「またまた〜。一番早く気づいたくせに〜」

 ああ、これは何を言ってもダメなやつだ。

「ああ、だからMCのとき変だったんだね」

「それに、後半から前半以上に気合い入ってたのも、そのせいか」

 ひまりと巴が好き勝手に言っている。聞くだけ無駄だ、と分かっているのに、あたしの耳はその音をキャッチしてしまう。

「あっ、蘭赤くなってる〜」

「ほ、ほっといてよ!」

 

 ***

 

 翌日。篠原に学校でいろいろ疑問をぶつけようと思ったけれど、結局何も聞けないまま昼になってしまった。あたしはご飯を買うために購買に足を運ぶ。

 何を買おうか、と適当に見ながら考える。よし、取り敢えず焼きそばパンにしよう。そう決めて焼きそばパンに手を伸ばして、顔を上げる。するとそこには、篠原がいた。篠原はいつもはお弁当のはずだけど、今日は購買らしかった。篠原は目の前の焼きそばパンを買うか悩んでいるようだった。

 ──ちょっとカッコいいかも。

 って、何考えてんだあたし。その思いを振り払うように首を振った。傍から見たら、完全に変なやつだ。

 篠原も焼きそばパンを買うことにしたみたいで、パンを手に取って、あたしと同じように視線を上げた。すると当然、目が合うわけで。あたしはすぐさま目を逸らしたくなったけど、それはなんとか堪えた。

 このままではいけないと篠原は思ったのか、あたしに今日は購買なんだね、言ってきた。でも不器用なあたしは話を広げることができず、結局は沈黙が流れた。

 でも、昨日のことを聞けるのは、今しかない。あたしは覚悟を決めて、切り出す。

「篠原、昨日はさ、なんであそこに来てたの?」

 すると篠原は、高橋に誘われたからだと答えた。なるほど。高橋はガールズバンドにハマっているらしいし、それは十分ありえることだ。あたしは内心、ナイス高橋と感謝を送った。

「なるほどね。でさ、篠原」

 あたしは一度、小さく深呼吸した。そう、大事なのはここからだ。もし、つまらなかったなんて言われたら、この場で大泣きするくらいには凹む自信がある。

「どうだった?」

 すると、篠原はいつもみたいに笑顔で言ってくれた。最高だった、また見に行くって。それを聞いた瞬間、あたしは思わずニヤけてしまいそうになったけど、気合いで我慢した。

 そして、そう言ってくれたことが嬉しくてたまらなくて、ついつい篠原をからかってしまった。

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