“この永遠の旅路を人はただ歩み去るばかり、
帰って来て謎を明かしてくれる人はない。
気をつけてこの旅籠屋に忘れものをするな、
出て行ったが最後、二度と再び帰っては来れない”
─『ルバイヤート』
* * *
「そんでな、一回凛先輩の部屋に遊びに行ったんやけど、そんとき…」
「ふふふ」
あるよく晴れた日の夕方のこと。
東京の郊外の静かな街角を、学校帰りの二人の女子高生が歩いていた。
一人はストレートヘアのサイドをヘアピンでまとめており、制服の着こなしも折り目正しく、清楚な雰囲気を漂わせている。
もう一人は制服を少し着崩し、後ろ髪をリボンでポニーテールにまとめて、どこか快活な印象を周囲に与えていた。
家の方向が同じ二人は、楽しげにお喋りをしつつ、のんびりとした歩みで家路を辿っていた。
ちょうど、二人の学校では、中間テストが済んだところである。
張り詰めた緊張感がようやく和らぎ、大仕事を1つやり遂げた気分が満ちている。
ぽかぽかした陽気に誘われた黄色い蝶が、花の蜜を求めて、アカツメクサの咲く道端の草むらをヒラヒラと舞っていた。
「それじゃあ、試験も終わったことですし、今度の週末に凛先輩も誘って、どこかに遊びに行きましょうか?」
「あ!ええやんええやん! 行こ行こ!」
「じゃあ、せっかくですし、ちょっと遠出しましょうか。そういえば、富士急ハイランドとか、こんど入園料無料になるらしいですよ」
「えーでも、あれってアトラクションが値上がりするんやなかったっけ」
「そうなんですか?」
そんな二人の歩いている方向から、こちらに向かってくる、一人の小さな人影が見えた。
水色のワンピースをまとい、ロングの髪をツーサイドアップで可愛らしくまとめてある。背中には、小さなリュックが背負われていた。
年の頃は、10歳くらいだろうか。女の子は、二人の姿を認めると、向こうから軽快な足取りで駆け寄って来た。
「美兎おねえちゃん、楓おねえちゃん、こんにちは!」
「おっ、ちーちゃんやん。こんにちは」
「はい。ちーちゃん、こんにちは」
ちーちゃんと呼ばれた女の子は、楓と美兎に向かって、元気よく挨拶する。
彼女の名前はちひろ。楓や美兎の家の近所に暮らす、10歳、小学4年生の女の子だ。
「ちーちゃん、今学校から帰るとこ? 飴ちゃん食べる?」と、楓はカバンからキャンディを取り出し、ちひろに手渡した。
「楓ちゃん、関西のおばちゃんじゃないんですから…」
「ナハハ、ええやんわたし関西人やし」
「おねえちゃん、ありがと。 んーとね、今日はねぇ、これから人に会わなきゃいけなくて、お出かけしてるの、あむ」
楓からもらったキャンディを口に入れて、ちひろはそう話す。
「人? お友達?」
「んーん。知らない人。その人からお家に電話があって、“お仕事”を頼みたいって言われたの」
「知らん人から…?」
「“お仕事”?」
「うん」
楓と美兎は、顔を合わせた。一体、どういうことなのだろうか?
こんな小さい子に、知らない人が『仕事』を頼む?
話がよく見えなかった。というよりも、怪しい話にしか聞こえてこない。
「あの…さ、ちーちゃん。その人って…誰なん? 男の人? 女の人?」
「女の人ー。声しか聞いてないけど、お母さんよりちょっと年上ってかんじ。おばあちゃんじゃないけど」
「これから、どこで会うんです?」
「駅の近くにある、コーヒー屋さんでって言ってた」
「お母さんとかお父さんはいてないの?」
「うん。今ね、お父さんもお母さんもお仕事で北海道にお出かけしてて、一応『すまほ』で連絡したんだけど、つながらなかったの。
とりあえず、おるすばん電話っていうの、しておいたけど」
「…うーん…」
このまま一人で行かせていいものだろうか。
とりあえず電話を掛けてきたのは年配の女性らしかったが、安心はできなかった。
このご時世、ひょっとしたらその喫茶店に行くと、その謎の女性の代わりに変な男が出てきて、言葉巧みにちひろをどこかに連れ去るなんてことも有りうる。
それに、保護者が家を空けているとなると、なおさら危険だ。
「ねえ、これ着いて行ったほうがいいんじゃないですか、楓ちゃん?」
「…そうやな。ねえちーちゃん、あたし達もついてってええ? なんや心配やし」
「うん、いいよー。いこっ!」
と、ちひろは二人の心配もよそに、先頭に立って元気よく歩き出した。
二人は、慌ててその後に付いていく。
「ねえ、ちーちゃん」
「ふぇ?」
「その“お仕事”っていうのは…何なんですか?」と、美兎が問いかけた。
「あのねー、さがしてほしい人がいるんだって」
「人探し…ですか?」
「うん。おまわりさんじゃ見つけられないから、ちひろに頼むんだって」
またも、楓と美兎は目線をあわせた。
「どうしてまた、そんな大変なことを、ちーちゃんに頼むんです? その方は」
「んー…、ちひろが“魔法少女”だからかなあ? あんまり、知らない人には教えてないんだけど」
「魔法少女、ですか…」
彼女─ちひろには、ちょっと変わっているところがある。
それは、彼女は自分を魔法少女だと自称していることだった。
もちろん、周りの大人達や、仲の良い彼女の友達なども、誰も信じてはいないらしい。このくらいの年齢だと、日曜日の朝にやっているアニメに憧れて、ヒーローやヒロインと自分を同一視したくなることもあるだろう、と軽く流されているらしかった。
ただし、そんなちひろには、確かに1つだけ普通とは違う、特別なものがあった。
彼女の周りにいると、なぜだか分からないが、不思議と幸運に恵まれることがあるのだ。それで、周りの皆はその現象のことを、“魔法少女”だと呼んで納得していた。
もちろん、楓も美兎も、ちひろといた時に、ちょっとした幸運に出くわしたことがあるので、その事は知っていた。アイスの棒の当たりくじを引いたり、失くした物が出てきたりという程度のことではあったが。
つまり、ご地域に一人はいる、ローカルマスコットガール(ラッキーのおまけ付き)というわけである。
「でも、ねえ…」
だが、それを理由に小学生に人探しなどさせるものだろうか。
やはり、どう考えても怪しい。
「よっし、ここは考えてもしゃあないわ。美兎ちゃん、なんしか付いてって、変なんが出てきたら速攻でちーちゃん連れて逃げよ」
「むっ…さすが関西出身、心強いですね」
「へへっ。まーね」
「ちひろも耳の穴から手ぇつっこんで、おくばガタガタいわしたるぞー」
「古っ! 楓ちゃん、あなた小学生に何教えてるんですか…」
「ち、ちーちゃん、それはあんま使わんといて…」
そんなわけで、この三人は、駅の方角に向かって歩き始めたのである。