思い出の中に眠る少女   作:グトルフォス

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過去と現在(いま)とが交わった

『さっき、つぐちゃんを西荻で見つけました。後を尾けてます。皆さん、今から来れますか?』

 

予め作っておいたラインのグループトークに、ガクがそう書き込んだのは、“鳩羽つぐ”の捜索を始めてから、二週間と少しが経った日の夜遅くだった。

 

『いくー!!』

 

真っ先にそう書き込んだのはちひろだったが、楓や美兎も、当然その気持ちに変わりはなかった。

待ちに待った連絡だった。ついに、40年の時を越えて現れた“鳩羽つぐ”の謎を、いよいよ解き明かせるかもしれないのだ。

 

『行かいでか!』

 

楓はそのように書き込むと、部屋着を脱ぎ捨てて、外出着に袖を通した。

 

「美兎おねーちゃん、楓おねーちゃん、こっちこっち!」

「はぁ、はぁっ、ごめん、待ちました? ちょうどお風呂入ってまして…!」

「私らも今着いたとこやから、安心しとき。ちーちゃん、今日はなんぼでも飛ばして構わんから、急いで行こ!」

「がってんだーっ!」

 

家の近所ですぐに合流したちひろ・楓・美兎の三人は、すぐに西荻窪に向かって飛び立った。

ガクが指定してきたのは、正確には西荻窪周辺ではなく、松庵地区の南端を流れる神田川を越えた先、京王井の頭線の三鷹台駅にほど近い住宅地だった。

神田川から先は、住所としては既に杉並区からは外れて三鷹市であり、北多摩地区に入っている。

地上から手を振って合図するガクを見つけ、ちひろ達が彼のすぐ側に降り立った。

 

「ちひろ先輩、お疲れ様っス! それに美兎さんと楓さんも!」

「がっくん、つぐちゃんを見つけたって、ほんと!?」

「ええ。さっきまでスーツを着た男と一緒に、西荻の方でスマホで動画の撮影らしいことをやってました。匂いもこの赤い紐と全く同じっスから、間違いないと思います。それから、二人でずっとここまで話しながら歩いてきてましたよ」

「男の人? どなたですか、それは?」

「さあ…けど、仲良さそうだったんで、たぶんあの子の父親かもしれないですね。さっき、二人で入っていきましたよ、あの家に」

 

と、ガクは親指で、目の前にある一件の一戸建ての家を指し示した。

あまり大きくはないが庭付きで、築深のデザインだが小奇麗な建物だ。一階の居間と思われる大きな窓のカーテンの隙間から、淡い光が零れて庭に落ちている。

建物自体は、塀で囲まれていて、玄関に通じる門扉は閉ざされていた。

 

「ほな、ちょう偵察してきてや美兎ちゃん」

「な、なななんでわたくしなんですか!?」

「ほら、こーゆーときはとりあえず切り込み隊長の美兎ちゃんが突っ込むんがセオリーやろ」

「ど、どういうセオリーなんですかそれは…」

「はよ、はよ」

「しょ、しょうがないですね…」

 

三人に背中を押されるようにして、仕方なく美兎は、文字通りの抜き足差し足忍び足で目的の家の前まで近づいていった。

後ろから見ていると、どうみても不審者しか見えないのが、少し面白い。

 

「現実でアレやってる人、初めて見ました、オレ」

「くくく…今やと、サザエさんに出てるアナゴさんと同じ声の泥棒くらいでしか見ませんよね?」

「ていうか、ぎゃくにあやしいんですけど…」

 

三人に物陰から若干失笑されつつも、美兎は玄関先の門の前まで進み、そこで立ち止まった。

門は施錠されていないようだ。門から中に入って、庭先に忍び込んで中の様子を伺うことくらいはできそうだ。

そう考えていると、門扉の脇に、インターフォンが備え付けられているのに気がついた。

それとも、いっそコソコソしないでボタンを押して呼び出してみようか? そう思ったところで、美兎はインターフォンの上にある表札に目を奪われた。

 

(“鳩羽”じゃない…)

 

美兎は、呼び鈴を鳴らす代わりに、物陰にいた三人を手招きして呼び寄せた。三人もまた、抜き足差し足忍び足で門の前に集まる。

 

「どしたん、美兎ちゃん?」

「この家、“鳩羽”じゃないですよ。本当にこの家なんですか?」

 

御影石で出来たその表札には、“雉尾”という姓が沈み彫りで刻印されている。鳩と雉で、鳥繋がりといえば鳥繋がりだが、明らかに違う姓だ。

 

「ええ、間違いないですよ。“鳩羽つぐ”っていうのは、単なるハンドルネームなんじゃないっすかね? 動画投稿するときの」

「むー…はんどるねーむ…?」

「どういうことなんやろ? それが何で40年前の子の名前になるん?」

「うーん…これは、考えても仕方なさそうですね?」

 

そう言うと、おもむろに美兎は、インターフォンを押した。

ピンポーンという呼び鈴の音が、インターフォンのスピーカー越しに聞こえてくる。

 

「ちょ、美兎ちゃん!? そんないきなり…」

「私が切り込むのがセオリーなんでしょう? 考えてもしょうがないなら、強行偵察するまでですよ」

 

いざとなったら、ちーちゃんもガクくんも居るんですから、と付け加えて、美兎はインターフォンの向こう側の反応を待った。

それから数秒の沈黙の後に、「はーい?」という明るい声が聞こえてきた。女の子の声だ。

全員、思わず息を飲む。そして美兎だけが、返事を返す。

 

「すみません。こちらは、“鳩羽つぐ”ちゃんのお宅でしょうか?」

「……」

 

また数秒の沈黙があって、それからマイクから遠く離れたところで、女の子が「パパ」と呼んだのが、微かに聞こえた。

それからまた少しして、「…はい。どちら様ですか? うちは雉尾ですが」という、男性の声が聞こえた。

 

「ええと、何と言ったらいいのか…そうですね、鳩羽つぐちゃんのファンの者と言いますか、つぐちゃんの姿を見かけてつい着いてきてしまったといいますか!」

「……」

「いえあの、決して悪気はなかったんです! いつも動画を楽しみにしていまして、それで…ひと目つぐちゃんに会ってみたいなと思いまして…」

「…ちょっと、お待ちください」

 

ブツッという音とともにインターフォンの通話が途切れて、その代わりに玄関口の暖色のランプが点灯した。

そして、鍵を外すカチャカチャという音がして、ドアがゆっくりと開いた。

 

「……」

 

品の良さそうな、あるいは温厚そうな、四十歳くらいの男性だった。

ドアから外に出たはいいが、明らかに困惑した表情を浮かべており、どうしていいか分からず、ただ突っ立っている感じだった。

女子高生二人に大学生の男一人、おまけに小学生の女の子一人という凸凹した組み合わせの「ファン」が夜中にいっぺんに押し寄せてくるとは、誰も想像しないだろう。

 

「あ…! あなたは!」

 

男性に続いて、小学生くらいの女の子が一人、男性の足に縋るようにして、外に出てきた。

亜麻色の髪の毛の、まだあどけない顔立ちが残る少女は、おずおずとした表情を浮かべて、四人を見つめていた。

それは、この二週間ほどの間、三人がずっと探し回っていた顔だった。彼女を見つけるために、西荻窪を歩き回り、天界まで赴き、ガクの力をも借りたのだった。

 

「今までずっと、つぐさんを探し回っていたんです。とても重要なお話がありまして…、どうしても、お話がしたいんですが!」

 

一歩身を乗り出すようにして、美兎が話を続けた。

真面目なようで、おちゃらけていて、けれどやはり大事な時には、きちんと誠意を相手に伝えようと努力するのが、美兎の話し方だった。

切り込み隊長という言葉は、決して茶化して言っただけではないと、楓は思っている。

 

「…その様子だと、この子は“鳩羽つぐ”じゃないなんて言っても、通じないだろうね?」

 

そんな美兎の姿勢が伝わったのだろうか。

男性は、しばらく思案し、四人の様子を一通り眺めてから、そう言った。

 

「とりあえず、中で話を聞くから、良ければ入りなさい」

 

* * * 

 

「どうぞ。こんなものしかないけど」

「あ、ありがとうございます」

 

リビングルームに通された四人の前に、温かい緑茶が出された。

家の中には、特段に変わったことはなかった。テーブル、椅子、テレビ、冷蔵庫、電子レンジ、オーブントースター。

ごく普通の家庭の、ごく一般的な生活空間がそこにあるだけで、別に変わったところは一つもなかった。

ただ一点、リビングルームの隣にある和室に仏壇が置かれていて、その中央には若い女性の笑顔の顔写真が、写真立てに収められて置かれていた。

そして、男性と少女の他には、他の家族は誰も住んでいないらしかった。

 

「パパ、わたし、向こうでテレビ見てていい? 見たい番組始まるから!」

「ああ。見てなさい。パパはこの人達とお話するから」

「うん!」

 

動画の中のどこか陰翳を帯びたような表情とは違う、ごく普通の明るい笑顔を浮かべて、彼女はテレビのスイッチを付けて、放送の始まったらしい夜のバラエティ番組に目を輝かせた。

今日のその番組には、最近人気の、鈴鹿詩子という名のアイドル歌手が出演していた。もともと子供向けの教育番組のうたのおねえさん出身らしく、子供にも人気が高いそうだ。

 

「妻は、一年ほど前に病気で亡くなってね。今は、私と娘の二人暮らしなんだ」

「……」

「どうせ親戚が近くにいるわけでもないし、実家の両親からは、田舎に帰ってきたらどうだとも言われてるんだがね…」

「そう、でしたか」

「それで、わざわざうちを見つけて訪ねてきた理由を、聞かせてもらえないかな? まさか、動画を見ただけで娘のサインを貰いに来る人がいるとは思ってないよ」

 

美兎と楓は、頷きあってから、続けた。

 

「…分かりました。40年前に鳩羽つぐちゃんのお友達だったという方が、あなたの動画を見つけたんです」

 

美兎のその一言だけで、男性の表情に驚きが走ったのが見て取れた。

 

「…本当かい、それは?」

「はい。その方は、昔友達だったつぐちゃんが、どうして今になって現れて、動画を投稿しはじめたのか知りたがっているんです」

「ちょう説明が難しいんですけど、それを頼まれたのが私らで、ここ数週間つぐちゃんを探し回ってたって感じですね」

「つぐちゃんさがすの、大変だったよ! ガクくんもずっと手伝ってくれてたし!」

「まー、ハジメ先輩に代返頼みまくって、昼間も西荻歩きまわってましたからね。流石のオレも疲れましたッス!」

 

驚きをゆっくりと噛み砕くように、男性は楓たち四人の顔を交互に見回して、テーブルに視線を落とした。

それから、「…そう、か。色々面倒を掛けたみたいで、済まなかったね」と、呟くように言ってから、顔を上げた。

 

「今度は、わたくしたちの質問にも、答えていただけますか? 40年前の鳩羽つぐちゃんと、今そこにいるつぐちゃんは、どういうご関係なんですか? どうして、動画を作っていたんですか?」

「…ああ、もちろん説明するよ。説明させてくれ」

 

事の発端は、およそ一年前、彼の妻─つまり、この“鳩羽つぐ”の母親が病気で亡くなったことだった。

彼の妻は、もともと身体の強い方ではなかったが、それにしても呆気ない最期だった。

はじめは単なる風邪かと思っていたのだが、急に具合が悪くなり、慌てて入院したが間に合わなかった。急性心筋炎だったらしい。

 

急に家族を失ったことで、彼と娘の暮らしは大きく変わった。

葬儀などの手続きをしている間は、慌ただしさに紛れていて気が付かなかったが、それが済んでみると、心にぽっかりと穴が空いたような自分たちがいた。

今まで当たり前に側に居た人が、急に帰ってこなくなるというのは、こういう事であるらしい。

まるで、自分たちの内側が虚ろな伽藍洞になったようで、何をして、何を見て、何を読んで何を食べても、心がそれをきちんと受け容れないのだ。

それは、彼だけではなかったらしい。以前はあれだけ感情表現が豊かで、何をしても楽しいという感じだった娘が、どこか塞ぎがちになり、学校も時折休むようになってしまった。

 

このままではいけない。何か新しい事でも始めて気を紛らわせないと、このままでは自分も娘もおかしくなってしまいそうだと思った。

そう思いつつ、遺品整理のために、妻の遺したノートパソコンにログインしてみて気がついたのが、動画投稿だった。

彼の妻は料理を作るのが得意で、色々なおいしい料理を二人にもよく作ってくれたものだった。

そういえば、たまに彼女は料理を作る様子を撮影していて、何に使うのかと聞いたところ、動画にして見てもらうのと言っていたことがある。それがこれだったのだ。

動画投稿サイトに遺された幾つもの動画は、再生回数も思った以上に伸びていて、美味しかったですとか、また投稿してくださいだとか、色々な感謝のコメントも付いていた。

 

これだ、と、彼は直感的に感じた。

かつての妻と同じように、自分たちも何か動画を投稿したり、あるいは生放送をしたりしてみるのはどうだろう。

ただ、自分も娘も料理は作れないから、何か他の題材を考えて動画を撮ろう。

動画投稿サイト自体は昔からあるが、最近はユーチューバーなどと言う、動画投稿の収益で暮らしている人が居たりと、特に盛り上がっているらしい。

もちろん、そんなレベルの人気者になる必要は全くないが、自分たちの動画を見た人たちの感想を聞いたりして、コミュニケーションを取るだけでも、気が紛れるかもしれない。

その週末、さっそく彼は娘を連れて、動画を撮りに出かけることにした。

 

初めに撮った動画は、近所にいる半野良猫と、娘が遊んでいるだけの動画だった。

始めてだったので、娘の顔は映さなかったが、この動画は猫と小さな女の子の組み合わせが微笑ましいとコメントが寄せられて、それなりに再生数が稼げた。

娘も楽しそうに動画を撮影していたし、寄せられたコメントを読んで喜んだりと、心なしか以前のような表情を多く見せるようになってきた。

よし、これをもっと続けていこうと思った。動画を見てくれる視聴者のためだけでなく、自分たちのためにも。

 

この猫の動画のシリーズを十何本か投稿して、次第に動画編集にも慣れてきた頃、彼はそろそろ何か新しい題材はないかと探し始めた。

初めは、自分たちの為だけに始めた動画投稿だったが、少しずつ、視聴者がもっと楽しめるようなものも作りたいと思い始めてきたのだった。

そんな風に考えながら、ある日ほとんど使っていなかった倉庫の中を整理していたところ、かなり古い新聞紙に包まれた古い食器やらなにやらが、ゴロゴロと倉庫の奥深くから出てきた。

今まで気づいていなかったが、前の家主が引っ越しの際に片づけ忘れていったものらしい。新聞紙のフォントやレイアウトも随分古く、日付も1970年代を指していた。

どうせ要らないものだし、捨ててしまおう。

そう思いながら、倉庫から古びた家具や食器を運び出していると、皿を包んでいた一枚の新聞紙の記事に、目がいった。

 

それは、この隣町である西荻窪で、小学生の女の子が行方不明になったという事件を報じるものであった。

彼女の名前は「鳩羽つぐ」。鳥繋がりの珍しい苗字に目を惹かれて読んでみると、さらに目を惹かれるものがあった。

それが、鳩羽つぐの写真だった。そして、新聞記事の一角に飾られた彼女は、彼の娘にとてもよく似ていた。

無論、赤の他人である。鳩羽という苗字の親戚もいない。だからこれは全くの偶然だった。それだけに、その記事は彼の心をより強く掴んだ。

 

「ちょ、待ってください。それって、この記事の事ですか!?」

 

目を丸くした楓が話に割り込んで、新聞記事のコピーを差し出した。凛先輩が頑張って探し当ててくれた、鳩羽つぐの顔写真が入った新聞記事だ。

彼も、それを見て驚きを隠さなかった。

 

「これだ、まさにこの記事だよ! マイクロフィルムからコピーしてきたのかい? すごいな…良く見つけたもんだ」

 

さすが凛先輩だった。学校帰りに図書館に通い詰めていたと言っていたが、あの並外れた集中力とスタミナで、あらゆる新聞を細かくチェックしてくれたのだろう。

今回の事件を直接解決する手がかりにはなったわけではないが、必ず、ケーキバイキングを奢ってあげなくちゃと楓は心の中で誓った。

 

「…話を戻そう。それから私は、その記事の事が頭から離れなくなってしまったんだ」

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