「よんじゅ…? ええっ?」
意味が分からない、というように、美兎も楓も目を瞬かせた。
そうよねと言って、女性は紅茶を一口飲んだ。
「その子は、40年前に自分の住んでいた街から、居なくなったの。それが、今になって、急にそういう動画がインターネットにアップロードされるようになった」
「ええと…じゃあ、これは40年前の動画ってことですか?」
女性は首を静かに横に振る。
「動画が撮られたのは、最近のようね。スマートフォンで撮ったのか、デジカメかはわからないけれど、画質もとてもいいし…あの当時は、8ミリビデオって言って、こんなに綺麗な映像は撮れなかったのよ。もちろん、詳しい人ならそのビデオテープをデータにして、インターネットにアップロードすることくらい出来るでしょうけれど、こんなに綺麗にはならないんじゃないかしら」
「それは、確かに…」
「せ、せやけど、40年前のお友達の子が、今もこんなちっこい子のわけないやないですか?」と、思わず関西弁に戻った楓が言う。
「ええ。けれど、名前も、姿も、本当によく似てるの。来ているこの服も、あの頃通っていた学校の制服のようだわ。住んでいた街も西荻窪で同じだし、この動画に写っている金魚のお店も、確かあの頃からあったと思う」
女性は、40年前、“鳩羽つぐ”と同じ学校に通っていたらしい。
学校では、とても仲が良かったのだそうだ。ところが、ちょうど40年前のある秋の日を境に、こつ然と彼女は姿を消してしまった。その日まで、彼女が蒸発するような前触れはまったく何もなかったらしい。
誰かに誘拐されたのではないか、殺されてしまったのではないか…随分と警察も念入りな捜索をしたのだそうだが、結局のところ、誰も彼女の行方を掴むことはできず、事件は迷宮入りになってしまったのだという。
それから10年後に、裁判所は正式に失踪宣告を出し、彼女は法的に亡くなったことになった。彼女の家族も、いつの間にか住処を引き払い、行方知れずとなってしまった。
「…だから、この子が一体何者なのか、どうしてこんな動画を作っているのか、知りたいのね」
「警察には、連絡したんですか? もし、何か犯罪絡みのことなら、わたくし達にはちょっと…」
「警察にも興信所にも相談してはみたけれど、相手にされなかったわ。それはそうよ、40年も経ってから、あの頃と同じ姿の子供が現れたなんて言っても、頭がおかしくなったと思われるだけだもの。動画も見せたけれど、明確に犯罪が行われていない限りは、何も出来ないって言われたわ」
「……」
「それで、どうしようかと思った時に、人づてに、“魔法少女”の女の子が居て、色んな悩み事を解決してくれるらしいっていう噂を聞いたのよ。それで、藁にもすがる思いで連絡先を調べて、連絡してしまったの。もちろん、半信半疑だったけれど…」
「…なるほど」
「どうかしら、ちひろちゃん…あなたに、何とかできるような内容かしら? もし、この子のことを調べて教えてくれたら、必ずお礼はするのだけれど」
とても信じられない話ではあるのだが、一応、話の筋は通っているように楓と美兎には思えた。
とはいえ、こんな話をどうやって解決しろというのだろう? ここにいるのは、一介の女子高生二人と、小学四年生の女の子一人に過ぎない。探偵の真似事すら、務まりそうになかった。
二人が、そのように思案を巡らしていると、
「うん、わかった。この子を、さがしてみればいいんだよね?」
今まで、あまり口を挟んでこなかったちひろが、急にそう言った。
ぽわぽわとしたいつもの“ちーちゃん”とは思えない、やけに力強い声色だと、楓と美兎は感じた。
その、次の瞬間。
「!?」
楓と美兎の間に座っていたちひろの身体から、何か眩しい光のようなものが発せられたように、二人は感じた。
ほんの一瞬で、その光は止んだ。そして─
ちひろの姿が、一瞬にして変わっていた。
髪を結わえる蒼のリボンはそのままに。
リボンとフリルをふんだんにあしらった、華やかな瑠璃色のジャケットとスカート。白銀のグローブ。空色のリボンをあしらった、汚れなき純白のソックスと紺碧色のブーツ。
これは、まさしく──!
「ま、魔法少女じゃないですかーーーーっ!!」
店内中に響き渡る美兎の叫びとともに現れたのは、紛うことなき魔法少女となったちひろだった!
「へ、変身しよった…ちーちゃんが…」
「ほ…本当に魔法少女だったのね?」
「ん! ちひろ、魔法少女ですからこれくらいは!」
「マジでか…」
「い、いやいやいや、ちょっと待ってくださいよ!」
と、手をバタバタさせて美兎がやたらと何かを叫んでいる。
「い、いいんですか魔法少女ってこんな喫茶店でお茶してるときに変身していいんですか!? ああでも、セーラームーンも敵とかなんか色々来たから自分ちで変身して狭いとかなんとか言ってた回があったようななかったような! っていうかホントに魔法少女だったんですねちーちゃん!!」
「ぶー、前から言ってたじゃん、この前も信じるって言ってたのにやっぱり信じてなかったんじゃん!」
「いや、まさかちーちゃんがホンマに変身するとは思わんて…」
「…あなた達ふたりとも、知らないでついてきてたの…?」と、女性は呆れ顔だ。
「これはヤバイですよこれは! いろいろ言いたいですけどなんて反応すればいいんですかマジで!」
「美兎ちゃん、わあったからとりあえずクソザコムーブやめーや」
手をダバダバさせていた美兎を落ち着かせると、楓はひとまず話を戻すことにした。
「えーっと…正直私もメッチャ驚いてんねんけど…ちーちゃん、ホンマの魔法少女やったら、その子探すことも出来るん?」
「んとねー、人とかものをさがす魔法があるよ。あんまり遠いと、見つけられないこともあるけど…」
「ホンマに!? それやったら、すぐ解決するやん!」
「うん。やってみるね!」
そう言うと、ちひろはグローブをはめた両手をテーブルの上に出した。
その両手のひらの上に、ホタルの光のようなものが渦のようになって徐々に集まり、光球のようなものを成した。
そして光球は次第に姿を変えて、淡く光る矢印を空中に形作った。
「お、おおお…魔法ですよ、本物の魔法ですよこいつぁ…!」と、美兎は興奮しっぱなしだ。
「これで、さがしものがどっちにあるか教えてくれるんだよ。それじゃあ…この“鳩羽つぐ”ちゃんを、さがしてください」
ちひろの願いを聞いた矢印は、空中でクルクルと回転する。
おそらく、捜し物の存在する方向を指してくれるのだろう。楓は、自分のスマートフォンを取り出して、地図アプリを起動した。矢印が、西荻窪の方角を指すのかどうか、知りたかったのだ。
しかし…
「あ、あれっ?」
驚いたような声をあげたのは、当のちひろだった。矢印が、どこを指すということもなく、真下を向いてしまったのである。
もちろん、ホラー映画でもないかぎり、ここの地下に“鳩羽つぐ”がいるはずもない。
「おかしいなあ…どこも指してない…?」
「どしたん、ちーちゃん? 失敗?」
「んーん。魔法はね、ちゃんと使えたよ。でも、さがしてる人が見つからないみたい」
「ってことは…?」
「“さがしてる人がいない”のかなあ? それとも、ずっと遠い所にいるのかも…」
「いない…?」
一瞬、背筋が寒くなるような感じを、楓は覚えた。魔法でも見つからないということは、つまり、死んでいるということではないのか?
しかし、現に動画には、“鳩羽つぐ”を名乗る彼女の姿が写っている。──これは、一体誰だ?
「ゆ、幽霊…とか? このつぐちゃんって子はもう死んでいて、これは心霊映像ってこと…?」
「えーやだ、ちひろゆーれいはこわいんですけど…」
「魔法少女にそれ言われると、わたしら一般人は為す術もないね…」
「仮にその子が幽霊だとしても、映像を撮っている人がいるのではないかしら。その人の居場所は、ちひろちゃん、分かる?」
魔法を見て、はじめ楓達と同じように驚いていた女性だったが、やがて思いついたように、そう言った。
確かに、幽霊が自撮りした心霊動画なんて、聞いたことがない。少なくとも、誰か生きている人が動画を撮らなければ、心霊動画にはならないはずだ。
だが、ちひろは首を横に振った。
「うー、ごめんなさい、むりみたい…人をさがすときは、名前と、その人の顔が分からないとだめなの…」
「そう…」
「でも、ちひろなんとかしてみる!」
「えっ?」
「ほかの魔法で何とかなるかもしれないし、ちひろ、こまってる人がいたら助けたいし! なにしろ、魔法少女だから!」
ちひろは、そう言って任せろと言わんばかりに胸を張って、笑顔を浮かべた。
「ちひろちゃんは、笑顔が素敵な魔法少女ね」
「えへへ…」
はにかむちひろを見て、つられたように、女性も笑った。
それから女性は、ポシェットからメモ用紙とボールペンを取り出して、サラサラとメモ帳に数字を書き込んだ。
「それじゃあ、一応、お給料のお話もしないとね。もしこの件を解決してくれたら、成功報酬として、お給料をお支払いするわ。もちろん、お給料の他に掛かった経費は、成功に関係なく請求して頂戴。前金も、このあとお支払いするわね」
「こ、こんなにですか!?」
「お、おおお…!」
楓と美兎が、その金額が書きつけられた用紙を破る勢いで握りしめている。
ちひろはそれをちらっとのぞき見て、口を挟んだ。
「え、べつにこんなにいらないよー? ぼらんてぃあでやるよ?」
「ち、ちーちゃん!? 何言ってるんですか! ここはわたくし達に任せてください! ね、ね!?」
「そ、そうそうそう!! 私らがぜぇーんぶ話付けたるから! ね!」
「わ~わ~わ~わ~」
楓と美兎が、慌てた様子でちひろの肩を掴んでガクガク揺さぶった。
けれど、ちひろはちょっと困ったような表情を浮かべて、
「んー…でもちひろ、みんなをえがおにする魔法少女だから。お姉さんにも、えがおになってほしいし…」と言ったのだった。
「…あー、なんでしょうね。楓ちゃん、わたくし、ちーちゃんが眩しくて見れません」
「気ぃ合うな美兎ちゃん。私も見れんわ。7歳しか違わんのに、人間こうも変わるもんなんやろか…」
「どしたの、おねえちゃんたち。ちひろ、もう変身やめてるんだけど…」
もう元の服に戻っているにもかかわらず、後光がキラキラと差しているようなちひろの姿に、目を覆ってしまう女子高生二人組であった。
(…最近の女の子は、本当に魔法少女に変身するようになったのか。VRだかARだかいったかな。もう、私も世の中の流れにはついていけなくなってきた。東京を出て、故郷に帰るべきだろうか…)
そんな彼女たちの様子を見て、寡黙な店主が人生に思いを馳せていることなど、ちひろ達には知る由もないのだった。