思い出の中に眠る少女   作:グトルフォス

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妖精は森に、少女たちは空に

「それで、次はどこへ行くんですか、ちーちゃん?」

「んーとねえ、東京タワー!」

「東京タワー?」

 

再び空を飛行しながら、ちひろは元気よくそう話した。

 

「うん! 今、そこにいるってゆってた! 東京が好きな人で、あっちこっち歩き回ってるから、さっきすまほで聞いたの!」

 

西荻窪から飛び立つ前に、ちひろは誰かに電話を掛けていたが、それはこれから会う相手の居場所を確認するためだったらしい。

 

「よっしゃー! ぶっとばしていくぜえー! ひゃっはぁー!!」

「ちーちゃん! ちーちゃん!? 東京タワーはそこですから! ほら眼の前ですって! 飛ばさなくてもいいですから! 東京湾に出ちゃいますよ!? ちーちゃ…う、うおわあああああっ!!?」

(アカン…今度こそゲロイン確定や…)

 

もちろん、渋谷の上空を三人組の少女たちがミサイルのごとき速度で突っ切っていることなど、渋谷の交差点を行き交う人々には知る由もないのだった。

 

* * *

 

「よーし、今日は登るぞー!」

 

東京タワー、フットタウン屋上─。

頭上に赤色で彩られた美しくも複雑な構造の鉄筋の塔を見上げながら、彼女はそう宣言した。

胸元に「I ♡ 東京」と大書されたTシャツをまとった彼女の名は、エルフの「える」である。

知らない世界について学び、人間の友達を作ろうと、彼女ははるばる異世界にある故郷のエルフの森から上京してきた、いわばエルフの留学生であった。

東京の街は、穏やかなエルフの森とは違って、煩くて忙しなくて大変なところも多いけれど、彼女はそれも含めてこの街が気に入っていた。

だから、エルフの魔法を使って人間に見えるように姿を変え、この街を観光して回るのが、最近の彼女の週末の楽しみになっていたのだった。

そんな彼女が色々と東京の街を練り歩いているうちに最近知ったのが、この東京タワーは歩いて階段で上に登れるということだった。600段の階段がタワーの外に設置されていて、東京の街を眺めながら、大展望台まで登っていけるらしい。

途中でエレベータに乗り換えるということが出来ないので、足腰に自信のない人にはお勧めできない登り方だが、エルフの森で鍛え上げられた彼女の健脚を以ってすれば、600段程度は朝飯前だ。

 

(そういえば、さっきちーちゃんから電話あったけど、なんだったんだろ?)

 

少し前に、一階のカウンターで入場券を買う列に並んでいたところ、電話で友達のちひろから現在地を聞かれたのだが、それだけで彼女は電話を切ってしまったので、どうしてそんな事を聞かれたのか、よく分からなかった。

 

(…ま、いっか~?)

 

そう思い、「大展望台行き階段」と書かれた階段の入り口に足を向けようとしたその時、えるは自分の名前を呼ぶ、ちひろの声を聞いた。

 

「おーい、えるおねーちゃーん! やっほー!」

「あ、ちーちゃんだ~!?」

 

見ると、ちひろがエレベータから降りてこちらに向かってくるところだった。

 

「なあに、どうしたのちーちゃん? ちーちゃんも東京タワー登りに来たの? 違う? あ、ちーちゃん下のワンピースタワー見た? あれもなかなか面白そうだよ~! あとで見に行こうよ! あっあっ、てかーっ、ちーちゃんお腹空いてない? もうお昼ご飯食べてない? 食べた? そっかー、あのね下にマリオンクレープあるんだけど知ってる? おやつに今から食べに行こっか? 今度ね、えると東京のマリオンクレープ全件制覇しようよってエル美ちゃんと話してたんだよね~。あ、ちょっと聞いて聞いて。こないだエル美ちゃんがね~」

「あはは、えるおねーちゃん、あいかわらずおはなしするの好きだよねー。あ、ところでちょっとおしえてほしいことがあって…」

「なに~?」

 

ちひろは取り留めも途切れもなく続くえるの話題をさらりと受け流すと、本題である“鳩羽つぐ”の話題に入ろうとした。

その時、ちひろの背後のほうから、また別の声が聞こえてきた。

 

「…いやあ、九十九里浜って、案外近いんですね…」

「なんか、数時間前もこんな話せえへんかったっけ…お、ちーちゃんおったよ。おーい」

 

声の主は、東京タワーに入ってすぐに一階の女子トイレに駆け込んでいた美兎と楓である。

ちひろは、二人を手招きで呼び寄せた。

 

「こっちこっちー。えるおねえちゃん、こっちはちひろのお家のちかくにすんでる、美兎おねえちゃんと楓おねえちゃん。二人とも、こっちはちひろのお友達で、エルフのえるおねえちゃんだよ」

「えるだよー。よろしくね~」

(うっわ、すっごい美人さんやな…)

 

「あの、今エルフって仰いました? エルフって、あの…?」と、美兎が手を挙げて尋ねた。

エルフと言えば、ファンタジー世界を舞台にした作品によく登場する、人間によく似た種族である。

長命で魔法を得意とし、森などに暮らしている。顔立ちは端正で美しく、耳が尖っているという特徴を持っている事が多い。

えるの髪は絹糸のように滑らかに輝き、目鼻立ちも整っていて美しかった。しかし、彼女の耳は別に尖っておらず、一見して普通の人間と全く変わらないように見える。

 

「そうだけど…? あ、そっかそっか~。ちょっと、こっちに来てくれる?」

 

えるは、三人を連れて他の観光客が見ていない物陰に移動した。

 

「どうしたんです?」

「私、エルフの姿のまんまだと目立つから、普段は魔法で姿を変えてるんだよ。今、元に戻してみるね。…ドキドキマーギカっ♪」

 

その掛け声を唱えた瞬間に、えるの姿が一瞬光に包まれて、本来のエルフの姿に戻った。

先程まで肩程度までだったロングヘアは、腰ほどまで伸びたサイドポニーに変わっていた。耳はエルフらしい長い耳になり、そして何よりも、翡翠色に輝く半透明の羽根が背中に浮かんでいる。

 

「お、おおお…ほ、本物のエルフですよ…!」

「す、すご…可愛い!」

「えへへ。ありがとね~。ところで、ちーちゃんと一緒に居るってことは、あなた達二人も魔法少女か何か?」

「へ? いえいえ、私らは別に、普通の一般人ですよ」

「わ、わたくしは、なれるものならなってみたいんですけどね…」

「えー、ほんと? なーんか、あなた達二人からも、変わった感じがするんだよね~」

 

そう言いながら、えるは二人の周りをぐるっと一周回って、小首をかしげた。

 

「えるおねえちゃん、楓おねえちゃんと美兎おねえちゃんは、ほんとにふつうの人だよ?」

「んー、ちーちゃんがそう言うなら…でもでも、せっかくだからちょっと確かめさせてよ。そーれ、ドキドキマーギカっ♪」

 

また、えるが呪文を詠唱し、楓と美兎に魔法を掛けた。

自然と共に暮らすエルフ達は、自然の力を借りて治癒を促進させるとか、物事の本質を見抜く魔法に長けているという。

今、二人に掛けた魔法も、対象に掛けられた魔法を解除するディスペルの魔法だ。

けれど、ディスペルを掛けられた二人には、一見、何も変わったところはないように見えた。

 

「ほら、かわってないでしょー? ふたりは、魔法とかは使わないよ」

「……」

「すんません、なんや期待ハズレやったみたいですけど、私ら一般人なもんで…」

「…こ…」

「えるおねえちゃん?」

「こ…これは…」

 

ちひろがえるの震える声を聞いて顔を見上げると、彼女の顔は真っ青だった。

何故だろう。

ディスペルの魔法を掛けたこの二人を見ていると、えるの脳裏に不穏な、しかし明確なヴィジョンが過ぎるのだ。

平和なエルフの森が炎に包まれ、消し炭になっていく姿が。こんな光景が頭の中に浮かんできたことなど、今までにはなかった。

そして、森を包む炎の中から、姿を現したのは──

 

「森が…この人達にエルフの森が焼かれる…! 逃げないと…森に帰ってみんなに知らせなくちゃ…!!」

「え? えるおねーちゃん、タワーのぼるんじゃ…」

「あの、何の話ですか? 森って…?」

「わ、わたしの森をなぁーんで燃やすのーっ…!? 燃やすのーっ… 燃やすのー… すのー……」

 

そう叫んで、美兎と楓から逃げるように、えるは空に飛び立っていった。

彼女の叫びもまた、それを追うかのように、遥か空に溶けるように木霊して消えていった。

 

「…行っちゃった…」

「ちーちゃん、えるさん、森が燃えるって言うとったけど、森ってどこの?」

「わたくし達が森を? 燃やすんですか? なぜ?」

「さ、さあ…」

「ちょっ、ほら! あそこにおる人、スマホでえるさんの写真撮ってない!?」

「あ、ホントだ。こーれはヤバいですね…アイリさんのお天気コーナーとかに、投稿されるんじゃないですか?」

「ああ、あの番組、人気やもんね…騒ぎにならんとええけど…」

 

はたして、翌日のウェザーロイド・アイリの天気予報番組に、東京タワー上空に出現した謎のUFOの写真が投稿されたが、ピントがボケていたのでその正体には誰も気付かなかったのである。

 

* * *

 

えるに意味不明な理由で逃げられてしまった三人は、エレベータで大展望台に登り、東京の街の景色を眺めながら、ソフトクリームを食べていた。

せっかく一階で入場券を購入したので、ついでに見ていこうということになったのである。

朝からあちこちを駆け抜けたため、太陽は西に少しずつ傾いてきているところだった。

 

「さっきの人、逃げられてもーて残念やったね、ちーちゃん」

「うん…えるお姉ちゃん、どうしちゃったんだろ? 電話は出ないし、ラインもへんじしてくれないし…」

「行っちゃったものは仕方ないですよ」

 

東京の街を改めて見下ろすと、地平線の彼方までも街が続いているようにも見えた。

この街のどこかに、今も鳩羽つぐの謎が隠されているのかも知れない。

そう考えると、少しずつ傾く夕日に照らされたビル群のガラスの反射も、どこか陰鬱とした不気味な陰を帯びているように、三人には思われるのだった。

 

「ちーちゃんのお知り合いの人というのは、さっきのえるさんだけですか?」

「んーん。まだ、お話ききたい人がいるよ」

「じゃあ、諦めないでそっちにも行ってみましょうよ。次はどこに行くんですか?」

「ちーちゃんとなら、北海道でも沖縄でもどんとこいやね。どっこでも行けるで!」

 

ナハハハ、と豪快に笑う楓に、ちひろはにんまりとして、

「そっかあ、よかった。次はいせかいだから、おねえちゃん達がいやだったらどうしようっておもってたの」と返してよこした。

 

……。

一瞬の静寂が、まるでそこにブラックホールでも現れたかのように、三人を周囲の喧騒から引きはがした。

 

「い、異世界?」

「異世界ですか!? あの、転生したり召喚されたりする!?」

「うん、そうだよ」

「う、嘘やん。ま、まさか今日すぐそんなとこまで…」

「そのまさかだよ?」

「ホントに異世界行けるんですかわたくし達!?」

「ホントにホントだよ?」

 

相変わらず、ちひろは突拍子もないことを言っているように聞こえるのだが、彼女の場合、それは嘘でも何でもないのだった。

異世界。詠んで字の如く、我々の住む世界とは異なる世界である。つまるところ、ちひろがこれから会いに行く知り合いというのは、異世界の住人だったのだ。

「マジか…」と呆気にとられる楓に対して、美兎は「やったー!」と言って小躍りしている。

 

「…なんや、随分乗り気やな美兎ちゃん?」

「だって東京タワーといえば、召喚されるわけじゃないですか! なんなら女の子もおあつらえ向きに三人いますし、こうなったら異世界でもなんでも救いに行くしかないでしょう!」

 

うさぎのようにピョンピョンはねながら、握りこぶしを作り、目を爛々と輝かせた美兎がそのように力説する。

楓には何のことかよく分からなかったが、美兎のことだから、たぶん好きなアニメか漫画の話なのだろうと楓は推測した。きっと、東京タワーから異世界に召喚されて、その世界を救う話でも読んだことがあるのだろう。

 

「何言うとるかよう分からんけど、目的おかしなってんで…ね、ちーちゃん、そこはちゃーんと帰ってこれる異世界やんな? その、例の聖魔法なんとかいうやばそなトコちゃうよね?」

「そことはちがうからだいじょーぶ。むしろ、すごくいいとこ!」

「なら、ますます良いじゃないですか。それじゃあ、早く見に行きましょう、異世界! 早く早く!」

 

三人は、大展望台の一角の一目に付きにくい物陰に移動し、ちひろは素早く変身すると認識阻害の魔法を唱えて、自分たちの気配を周囲から消した。

 

「じゃあ、いくよ…しっかりつかまっててね…!」

 

お互いに手を握り合って、円陣を組む。

次第に周囲が不自然なまでに明るくなり、周囲の景色がかき消え、光の粒子が満ちた。粒子はやがて滝のような奔流と化して、上から下へと流れ始めた。

周りに居た人の話し声や雑音も次第に聞こえなくなり、身体がふわりとした浮遊感に包まれる。飛行の魔法と違うのは、特定の方向に向かって移動している感覚がないことだ。

空高く上り詰めているようにも感じるし、逆に地底深くに沈み込んでいるようにも感じる。

 

「…キレイ…」

 

楓の口から、思わずそんな言葉が漏れる。まるで、宇宙を旅行しているかのようだ。一方、美兎は楽しげに何かの歌を口ずさんでいた。

 

「とまーらないー♪ 未来をー♪」

「何の歌なん、それ」

「ふふ、後で楓ちゃんにもDVD見せてあげますよ、名作ですから、あれは」

 

数分もしないうちに、キラキラと瞬いていた光の奔流が徐々に緩やかになり、分厚い雨雲を貫いて成層圏に顔を出した飛行機のように、急に視界が開けた。

 

「ついたよ!」と、ちひろが叫ぶ。

彼女が指差した方角を、楓と美兎は見遣った。

 

果たして、そこには──青空に佇む、美しい石造りの空中庭園が聳えていた。

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