思い出の中に眠る少女   作:グトルフォス

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百足がくっ付く委員長

「すご…なんですか、ここ…」

 

天空のただなかに聳えるその空中庭園には、あちこちに緑豊かな様々な種類の木々や、色とりどりの可憐な草花が植えられ、虫たちが思い思いに枝葉で羽を休めていた。

ところどころに青々とした澄んだ水を湛えた噴水や池があり、そこでは魚たちが悠遊と泳ぎまわっている。

地面には、白磁と見紛うばかりに美しい石畳が整然と敷き詰められて、抜けるような青空から射し込む陽の光を浴びて、微かに煌めいている。

空には、フラミンゴにも似た美しい色合いの鳥たちが、自分たちの美しさを誇るかのように、飛び交っていた。

空中庭園の遥か彼方には、見たこともない様式の壮麗な宮殿が立ち並んでいる。それはヨーロッパ調のようでもあり、あるいはイスラーム様式のようでもあり、はたまた日本や中国などの東アジアの建築のようでもあった。

いずれにしても、見ているだけで、その美しさに心を奪われてしまいそうだ。

 

「なんや、ちょっとラピュタみたいやな。ほら、あの有名なアニメの…」と楓は言った。

「ええ、そうですね。文明が滅ぶ前のラピュタって、こんな感じだったんですかね」

「なあ、ちーちゃん。ここ、どこなん?」と、石畳の道を歩きながら、前をすすむちひろに楓は尋ねた。

「んーとねえ、てんかいだよ」と、ちひろは振り返りながら、にこりと笑みを浮かべて事も無げに答える。

ちひろが言うのだからそうなのだろう。楓と美兎は少し苦笑しながら思った。もう、驚いても仕方がない。

そうしてしばらく奥の建物の方向に向かって歩いていると、目の前を白い衣装を纏った誰かが、こちらに向かって歩いてくるのが見えた。

 

「おっ、ちーちゃん! 第一村人発見ですよ! さっそくコンタクトしてみましょう!」

「村人て、ちょ、美兎ちゃん!」

 

走り出した美兎は、その人物のすぐ傍らに近づくと、驚きの声で叫んだ。

 

「て、天使がおるやんけ!? ほ…本物ですか!? 二人とも、早く早く!」

 

美兎が驚いたのも、無理はない。

男性とも女性ともつかない中性的な顔立ちのその人物は、白いローブを纏い、天使のような翼を背中から生やしていたのだ。

その人物は、少し驚いたような顔をして、三人を見遣った。

 

『なぜ人の子がここに…?』

「こんにちはー。あの、わたし勇気ちひろなんですけど…」

『ああ…君ですか、笑顔の魔法少女よ』

 

ようやく天使は、得心が行ったという表情をした。おそらく、ちひろは何度かここに来ているのだろう。

 

『あまり感心しませんね。生ある者が、軽々しく天界に昇るべきではないというのに。しかも友人を連れるなど…魂がこちら側に引っ張られて、死期が早まりますよ』

「うー、ごめんなさい。でも、今日はモイラおねえちゃんに、どうしてもそうだんしたいことがあるんですけど…」

『ほう、モイラ殿に…? 分かりました。では、そこの椅子にでも掛けてお待ちなさい。今、彼女を呼んできましょう』

「わあ、ありがとうございまーす!」

 

天使の指差す方向を見ると、美しい装飾の施された、白いガーデンテーブルとガーデンチェアのワンセット、そしてティーセット一式がいつの間にか現れている。

三人がそこに座ると、天使は踵を返し、あの壮麗な建物の方角に引き返していった。

 

「はー…」と、去っていく天使の後ろ姿を見ながら、楓と美兎は嘆息した。

「どうしたの? 二人とも」

「いや、やっぱり天界なんやなって。信じられへんわ」

「いるところにはいるもんなんですね、やっぱり」

「てんかいだからねー。あっ、ねーねーおねえちゃんたち、みてみてー」

 

はしゃぐちひろに振り返ってみると、ちひろの頭から、青い猫耳が生えている。しかも、お尻の方からは、尻尾も生えていた。

 

「ね、猫耳にしっぽだと…!?」

「どうどう? かわいいでしょー?」

「ど、どうしたんそれ!?」

「あのねあのね、ここっててんかいだから、今ちひろたちはたましいだけなの。だから、けっこうかんたんにすがたを変えたりできるんだよ!」

「マ、マジですか…」

「まじ卍ー」

「どうやってやるん!? ちーちゃん教えて教えて!」

「んとねーえ、かんたんだよ。目をとじて、すがたをかえたいですーって、ちょっと思うだけ!」

「ホンマに? そんな簡単な…」

 

そう言いながらも、楓は言われた通りに、目を閉じて、姿を変えてみたいと念じてみることにした。

でも、一体何の姿になるんだろう。そう思いながら、しばらく待っていると─。

 

「楓ちゃん楓ちゃん! なんか、頭から角みたいなの生えてきましたよ! ドラゴンみたいな!」

「え、ホンマに?」

 

目を開いて、手を頭の両脇にやってみると、何やら硬い感触がある。

慌てて近くの噴水池に駆け寄って自分の姿を水面に写してみると、確かにそこには、ドラゴンのような、あるいは悪魔のような角が生えていた。

 

「はえーー、ごっついわー…、さすが天界。けど、何でコレなんやろね」

「うーん…たまに、よく分かんないかんじに変わったりするみたい」

「はいはい! わたくしもやりたいですわたくしも!」

 

と、目を爛々と輝かせた美兎がわざわざ挙手する。

 

「美兎おねえちゃんは、なんかおもしろいかんじになりそーだよね?」

「ふふふ…何を言ってるんですか。わたくしなら可愛いウサギ耳が生えるに決まってますよ。何しろ名前に兎も入ってますし、セーラームーンも大好きですからね」

「ほう。ほんじゃ美兎ウサギ選手、さっそくどうぞ」

「ふっふっふ…まあ、見ててくださいよ…?」

 

美兎は椅子から立ち上がって目を閉じ、姿を変えたいと強く念じた。

ウサギ耳。ウサミミ。どうせなら、うさだヒカルやてゐちゃん、うどんげのような、みんな大好きな可愛い感じのやつで…!

そう考えていると、美兎はなぜか、頭ではなく下半身に違和感を感じた。自分の股の下を、誰かがくぐっているような感じがしたのだ。

これは…?

 

「み、美兎ちゃん! 何やのそれ…!?」

「…え??」

 

目を開いてみると、四つん這いになった不気味な白い人型のマネキンのようなものが、自分の股の下をくぐるように出現していた。

ちょうど美兎は、その四つん這いのマネキンの肩車に乗った状態になっている。しかも、自分の口元には、いつの間にかガスマスクまで装着している。

 

「こ…これは…これは一体…?」

 

わなわなと震えながら、ようやく出た言葉がそれだった。しかし、それだけでは終わらなかった。

 

「おねーちゃん! すごいよ! 後ろにどんどん人がくっついてる!」

「は!?」

 

ちひろの歓声に振り返ってみると、自分を乗せたマネキンの股間に、もう一人のマネキンの頭が連結され、そのまた後ろにまた一人のマネキンが…と、ムカデのようにどんどんマネキンが連結され、しかもそれは後ろに向かってどんどん増えて伸びていた!

 

「な…なんじゃこりゃああああああああっ!!!?!?」

 

全盛期の松田優作ばりに絶叫する美兎と、「ぶははははは!! なんやねん美兎ちゃんそれ、わけわからんわ! 面白っ! 面白ーーっ!」とテーブルをバンバン叩いて爆笑する楓。

ガスマスクを装備した状態で、天界でマネキンのようなものに肩車されている女子高生がいるのだから、当然である。むしろ、シュールを通り越して若干ホラーでさえあった。

 

「ちょっとこれ女子高生がやっちゃいけない絵面ですって! なんなんですかこれは! ウサミミはどうしたんですか! ち、ちーちゃん、助け…」

「美兎おねーちゃんおもしろーい! なんか、ド○ゴーラみたーい!」

「ド○ゴーラですか!? ちーちゃんなんでそんなの知ってるんですか!? ちょ、なんか下の人荒ぶってるコレ! ロデオみたいになってますけど!? だるま屋ウィリー事件じゃないんですから! ちょ、あ、うぉ、や、やめ…っ!?」

『あらあら、うふふ。なんだか楽しそうね、こいぬちゃんたち』

 

騒いでいる三人の間を、穏やかで優しげな声が響いた。

三人が振り向くと、そこには純白のドレスに身を包み、天使の翼を持つ、美しい女性が笑みを浮かべていた。

 

「あっ、モイラおねーちゃんだ! おねーちゃん、こんにちは!」と、ちひろは彼女に抱きつく。

『ちーちゃん、久しぶりね。最近はあまり来てくれなくて、寂しかったのだわ』と、モイラと呼ばれた女性は、優しくちひろを抱きしめた。

 

その一挙手一投足の全てが、声に違わずたわやかで、母性そのものを体現したかのように感じられる。

美兎と楓が、我を忘れてほうっとモイラに見入っていると、彼女は椅子に腰掛けながら、二人にも笑顔を投げて、どうぞあなた達も座って頂戴と声をかけた。

何となく、その声に従わずにはいられず、美兎も楓も椅子に座り直そうとする。

ところが、何故か美兎は腰をマネキンから浮かせられなかった。腰がまるで接着剤でくっついてしまっているかのようだ。

 

「あ、あれ? な、なんかこのムカデ人間ども、わたくしの腰にくっついてないですか? あれ? ちょ…ええっ?」

「美兎おねーちゃん、今それ、美兎おねーちゃんのいちぶになってるみたいだよ…?」

「あっああ、なるほど…。コレも含めてわたくしのアバターになっちゃってるってことですか…コレ何とか、消せないですかね…ええと…」

 

そうやって美兎がまた目を閉じて、姿を元に戻そうと念を込めようとしていると、美兎の股をくぐっていた白いマネキンが、何かをブツブツ喋りだした。

 

「み、美兎ちゃん。それ、何や喋ってんで…?」

「え、え? なんですかコイツ…?」と、それを聞き取ろうと美兎が屈む。すると──

 

『デュ…デュフフフ…委員長…椅子に座る必要などないでござるよ…今日からは拙者が委員長の椅子に成り代わるのだから…ああ^~、委員長に肩車するのたまらんでござる…ふとももの匂いもまた…カリカリモフモフ…クンカクンカ…スーハースーハー…あ、移動するときは胸をこう、足の裏で蹴ってくだされ…デュフ…デュフフ…』

「……」

 

……。

 

「ぎゃああああああっ!! キモッ! キモい!! キモオタの変態のマネキンですよこいつはぁぁぁぁっ!! ちーちゃん、ちーちゃん助けてーーっ!! ひいいいいいっーーー!」

「ナハハハハハハ!」

「あはははは、美兎おねーちゃん、自分でけすんだってば! ちひろにはむりだから、あははは!!」

『あらあら、面白いこいぬなのだわ、うふふ』

 

美兎の絶叫と、三者三様の笑いが、天界の青空に向けて木霊するのだった。

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