やはり年度末って大変ですわ
夜は悪魔にとって、もっとも活動しやすい時間である。太陽の光を浴びないために悪魔の力を最大限に発揮でき、さらに暗闇で人目がつきにくいので多少の飛行や超速移動ではまず一般人にはバレないのだ。雨だと視界が悪くなり、なおのことバレにくい。
七月二九日。少し生温い雨の中でグレモリー眷属の
木場が高速で地面を走っていると、頰にチリっと痛みが走る。その部分を触ると、火傷をしたように腫れている。炎か光の攻撃を食らった、と木場は気づき、前を凝視する。
五十メートルほど離れているだろうか、木々に囲まれた自然公園の中に人が立っているのが見える。黒を基調にした服装に、胸で踊る十字架。十字教の神父だ。
木場は神父が大嫌いだった。しかし攻撃されたからといって即座に反撃するほど単純でもない。十字教の戦士が数人、駒王町に滞在していることは知っている。彼もその一人で、はぐれ悪魔狩りでもしていたのだろう。そう考えた。
はぐれ悪魔とは王から逃げ自由気ままに暮らす悪魔であり、平気で人を喰らったりする。悪魔側も十字教側も狩るべき相手なのだ。
しかし木場は当然、はぐれ悪魔ではない。グレモリー眷属の騎士である。それを説明するために、木場は足に力を込めて公園に突っ込む。五十メートルなど木場にとっては一歩と同義だ。木場は一瞬で神父の背後に立ち、声をかける。
「夜分遅くにすみません。僕ははぐれ悪魔ではなく--」
「ひ、ひぃぃぃいいいいい!!?」
裏返った悲鳴とともに、神父が振り向きざま銃を連射する。木場は真上に跳ぶと同時に剣を創造した。話にならないのなら、切っていい相手だ。創った剣から神父に視界を戻す。
神父の腹に、血が滲んでいた。
神父自身も遅れて腹を見る。その目が驚愕に開いた瞬間、彼は血反吐を吐いてその場に倒れ伏した。
(誰かにやられたのか?誰だ……っ!)
一瞬強く感じた異常な殺気!木場はすぐに剣を構え、後ろに振るう。
ギィィイン!と剣が何かにぶつかり震え、火花が散った。
木場の剣とぶつかったのは、西洋風の長剣。そしてそれを振るうのは、先程倒れた男と同じ姿。神父だ。
木場は、この神父を見たことがあった。つい先日、教会で彼と剣と交えた。
「んー?この場は見学なしにしなきゃいけないんで、楽にバイバイさせたげようと思ったんだけど。よく見たらあん時の悪魔ちゃん!僕ちんに殺されに来てくれたんですかぁ〜!?」
フリード・セルゼン。堕天使騒動の時に一人だけ身柄を確保し損ねていたが、まだこの街に潜んでいたとは。木場は心の底にふつふつと湧いてくる黒い感情を自覚していた。
「……まだこの町に潜伏していたようだね?しかし君は
言いながらフリードの腹を蹴飛ばそうとするが、フリードはそれを察知して後ろに下がった。木場はその隙に魔剣を両手持ちから右手だけにシフトし、左手にも魔剣を創ろうとした。がその時、フリードの振るっていた長剣が眩い光を放ち始める。
「……ッ!?その光!その聖なるオーラ!その輝きは!!」
木場の剣を握る力が俄然強くなる。いつも穏やかな笑みを浮かべる顔は鬼気迫った表情に染まり、射殺すような視線をフリードに、いや、剣に向けた。
「この剣〜?いいでしょ!僕ちんの宝物!お前さんの作り物の魔剣とは比べ物にならないほどの、ちょ〜強い伝説の剣!
その名もエクスカリバー!!約束されたほにゃららの剣でございまするよ、ええ!かっちょいいでしょ!」
剣を天に掲げ口を裂けそうなほど広げたフリードの身体が、ブレた。木場にはそう見えた。
いつのまにか、フリードは視界から消えていた。遅れて背中に痛みが走る。焼け焦げたような、いつまでも引かない痛みだ。斬られたのだと頭で理解した。
(さっきまで前にいた僕の背中を!?瞬間移動か!?)
驚く木場をフリードは嘲笑い、暴言を飛ばす!
「遅ぇ遅ぇ遅ぇ!!集団でつるんでなきゃこんなもんですかぁ!?それならもう狩っちゃいますよぉぉぉおおお!!」
フリードの身体が再び歪み、消える。木場は咄嗟に空を飛んで避ける!が、それでも左足の脛に痛みが走った。
「にひひ、どーよ。悪魔ちゃん?何も分からずただただ殺されてく感覚はよーっ!?」
三度、フリードが仕掛けてくる!木場はとっさにとある剣を創り出した!
「っづ、あああああああ!」
創ったのは巨大な剣、その効果は振動。木場は強く震える刀身を勢いよく地面に突き刺した!突き刺した衝撃と剣の振動で、巨大な地震が起きたように地面が激しく揺れる!
「おっ、とっとっとっ!?どわぁぁああ!?」
そして、いつのまにか木場との距離を後僅かまでに詰めていたフリードも急な揺れに勢いよく地面を転がる。木場の身体を追い越し、森の中へと入っていった。
「なるほど、瞬間移動ではなく僕達『騎士』と同じように超スピードで動いていたってわけか。それはエクスカリバーの特性の一つ……『
タネは割れた。このまま続けるかい?」
少しの沈黙が森に訪れる。それを破ったのは、はち切れんばかりの笑い声。
「ヒャハハハハハハハハハハハハハ!!いいさ。今回は見逃してやる!次はこのかっぴょいいエクスカリバーちゃんをもっともっと増やしてお前の両手両足全部ぶった切ってエクスカリバーで串焼きにしてやるよ!!」
別れ際に飛んできた光の弾を全て弾き飛ばし、周囲に気配がなくなったのを確認した木場は、ついに地面に膝をついた。地面に突き刺した芝のチクチクした痛みも、今は感じない。剣の柄を握る力も失い、木場はその場に倒れこんだ。
夜の公園には神父の遺体もすでになく、ただ木場だけが雨に打たれていた。
〜〜〜〜〜〜〜
「……不幸だ。いやこうなる可能性は薄々あったけれども」
もはや日課となった朝イチのランニングをするために、上条は今日も外に出ていた。高校の体操服ではかっこ悪いと少し贅沢して(上条基準)買ったスポーツウェアは、家を出て数分後に泥を被ることになった。これが数秒後なら戻ってすぐ洗えば汚れが落ちる可能性もあるが、そこそこ遠くに来てしまい、そして天気は快晴。帰る頃には泥も無事に服の一部となっているだろう。
かかった泥に涙目になりつつ、少しでも汚れを落とすために上条はランニングコースの途中にある自然公園に立ち寄った。水道で服を洗うだけのつもりだった。
「……、?」
最初に気づいた違和感は、妙な地面の隆起だった。どこかを中心として円を描くように、土が盛り上がっているのを上条は見つけた。
次に見つけたのは、ひび割れ。
その円の中の地面が、干からびた大地のようにひび割れているのに上条は気づいた。
上条は円の中、木々が集まる方へと足を運んだ。ぞわり、と嫌な予感が這い上がってくる。それは、とある臭いを嗅いだからだ。
肉が腐った臭い。常人が受け付けない、不愉快な刺激臭が、上条の鼻に入ってくる。
上条は木々への入り口を眺める。
もうすぐ顔を出そうという朝日は木々の中にまではこの時間帯には入っていかない。まるで洞窟の入り口めいた道の先には、ちょっと覗き込んだくらいでは何も見えなかった。
上条は、進む。木々を時折掻き分けながら、奥へ奥へと入っていく。
そして、目撃した。
木陰に倒れる、
次回、邂逅。
今回も読んでいただき、ありがとうございますm(_ _)m
これからもよろしくお願いします!