機動戦士ガンダム 無血のオルフェンズ 転生者の誓い   作:江波界司

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暗躍の配役

 鉄華団に睡蓮(スイレン)を届け終え、歳星(さいせい)に進路を決めたタービンズ。急ぎの用事はないが、ルナという存在をマクマードに報告するのが主な目的だった。

「暗号通信来ました〜」

 しばらくの移動時間の中、ブリッジに声が響く。名瀬(なぜ)が内容を聞き、アリアドネを使わずに送られてきた暗号文が読まれた。

『月は出ているか』

 身に覚えも、心当たりもない文章。文字通りの暗号だろうと思考を巡らせるが、やはり分からない。

 どうやら送り手は近くにいるらしく、映像通信を求められているようだった。

 名瀬の指示で、前方のモニターにフードを被った男が映し出される。

『タービンズのリーダー、名瀬・タービンだ』

『しがない民間の行商人だ。交渉がしたい』

 顔の半分を包んでいるため表情は見えない。

「名乗らないってのが、怪しいねぇ?」

「だな。けどまぁ、怪しいだけならいいんだが」

 アミダの意見に同意し、握った頬杖に体重を預けながら名瀬は先程の暗号文を思い出す。

 月、と言われれば、真っ先に思い浮かぶのはギャラルホルンのアリアンロッド。出ているかというのは、部隊が動いているかと聞いているように思える。

 だがもう一つ、月に関する事柄に思い当たる節があった。

『分かった。話は聞こう』

『感謝する』

 名瀬はフードの男を船に招いた。

 

 

「初めまして、だな」

「そうだな。悪いが名前は無い。どうしても呼びたければ“名無し”でいい」

 対話室にて。

 入口側のソファに座る名瀬とアミダ。二人の正面に“名無し”を名乗る男が座る。

「これから交渉するのに、名乗らねぇってのはどうなんだ?」

「非礼は詫びる。そちらが信用できないのは無理もないからな」

 言いながら男はフードを取り、黒い髪と緑色の瞳を顕にした。若い上に、それなりに整った顔立ちと健康的な肌を見る限り、劣悪な環境で生きてきた者には見えない。

 アリアドネの回線を使わずにコンタクトを取ってきた辺り、訳ありな話だと覚悟していた名瀬は少しだけ警戒を緩めた。

「で?信用も無しに交渉は、さすがにできかねるぞ?」

 が、あくまでも少しであった。目の前の男に対して一切の油断を見せない名瀬に、“名無し”の男は答える。

「もちろんだ。だから、賭けよう」

 言って懐に手を伸ばすと、男は拳銃を取り出した。

 一瞬で掴み掛ろうと立って身構えたアミダに、男の手にあるソレは放られた。

「⋯⋯どういうつもりだい?」

 装填されていることを確認し、右手で銃口を男に向けてアミダは問う。

「言ったろ?賭けると」

「つまり、それは“命を”ってことか?」

「あぁ。俺が危険だと判断したら、すぐに引き金を引いてもらって構わない」

「じゃあ聞くが、今ここでアミダが引き金を引いても文句はねぇんだな?」

 名瀬の言葉を聞いたアミダは人差し指をトリガーに掛け、照準を男の心臓に合わせる。

「少なくとも、話も聞かずに振り払うことはしないだろう。ってくらいには、俺はあんたらを信用してる」

 迷いも恐れも、緑色の双眼には見えない。それだけの覚悟があるのだと、名瀬もアミダも沈黙する。

 ひとまず銃を下ろし、座るアミダ。彼女が銃を置いた(のち)に名瀬が交渉の内容を伺う。

「マクマード・バリストンに会わせてほしい」

 対して、さも当然のように言い放つ“名無し”。警戒されていることを理解して尚、男は無理難題を平然と言ってのけた。

「⋯⋯」

 無言で真意と思考を吟味する名瀬。その心境は、正直、不快だった。

 覚悟と言えばなるほど、確かに立派だ。だが、ここまで無理な要求はいっそ無謀。何かしらの事情か、あるいは狙いがあるのだと再認した。

「俺らはクリーンな仕事をしてる郵送会社だ。だから、これはあんたが望んだやり方ってことにするが――」

 そして、テーブルに置かれた銃をアミダより先に取り、今度は名瀬がその銃口を男の眉間に向ける。

「偽りなく答えろ。何が目的だ?」

 ――動揺はなし、か。

 命を賭けるという言葉に嘘は無いらしい。男は目を背けることすらしない。

「⋯⋯家族を巻き込むのは不安か」

「あ?」

 男が口にしたのは、回答ではなく挑発だった。熱くなりそうな頭を深呼吸一つで落ち着け、名瀬はグリップを握り直す。

 カチャリという音に反応もせず、男は続ける。

「安心しろとも、信用しろとも言わない。あんたの要求通り言うなら――俺にはただ、守りたい女がいる。それだけだ」

 名瀬は目の前のバカな男の目を見る。

――どうやら本気らしい。

 タービンズのメンバーを“家族”と呼び、これだけの無茶に命を賭ける理由を“女の為”と嘯く。そんな目の前の(バカ)が、自分の知る男達(バカども)と重なった。

「……やっていることは非合理で気に食わないが、あんたが命を賭ける理由は理解してやれねぇこともねぇ」

 鉄華団(あいつら)名瀬(じぶん)も、家族()の為ならやりかねない。

 名瀬は右手の銃をアミダに渡し、空いた両手を胸の前で組んだ名瀬は告げる。

「あんたをマクマード(おやじ)に会わせてやる。ただしそこまでだ。それ以上は手は貸さねぇし、口も出さねぇ」

「問題ない」

 立ち上がった二人は握手を交わす。

 あくまでもタービンズは案内であって紹介はしない。マクマードに会って以降は“名無し”が自分でやる。危ないヤツだと分かればそれ相応の対応をする。代わりに今とりあえずは様子を見る。

 お互いの妥協点で交渉は終結した。

 

 

 ×××

 

 

「よぉリヒト、お疲れ様~」

 小型輸送船の操縦室で、同期が軽薄な挨拶を向けてきた。

 タービンズとの交渉を終え、今はハンマーへッドの後方に続きながら歳星(さいせい)へと船は進む。

「しっかし、まさかこんなことに巻き込まれるとはな~」

「悪かったな」

 操縦桿を握りながら愚痴を零す同期の隣で、リヒトはデジタルファイルを読んでいる。同期が文句有り気に言うのは行商を装うのに一人では不自然な為に同行させられたからであった。

 ギャラルホルンである彼らが正規ルートを通らないタービンズに接触し、さらに歳星へと向かっているのは、彼らが軍から自由行動を認められていることを意味している。

 この二人の一兵の独自行動は、またしてもリヒトがラスタルに直談判を断行して得た自由だった。

 

 ガンダムフレームのヴィダールの整備が原作よりも遅まきながら終了し、イオク率いる隊がとあるコロニーでの抵抗運動を止めに向かったその前日。

 リヒトはラスタルと、その後ろに立つヴィダールの前で言った。

「俺はヴィダールの正体を知っています」

 ラスタルは情報の信憑性を確かめることはせず、ただ目的を聞く。

「俺に、マクギリスと鉄華団について調べさせてください」

 もちろん足跡は付けない、と。彼は何度目かになる直談判で頭を下げた。

 ここ数日、ラスタルはリヒトという謎の男について考えることがあった。ただの一兵でありながら、それこそ地球でイオクを動かしたときの手腕と情報源。彼の過去を調べてもヒントになるようなものは見つからなかった。

 ――あるいは、ここで秘密裏にマクギリスと鉄華団の情報を得るのは得策やもしれん。

 この男がしくじったときの対応策までを考えて、ラスタルは承認した。

 

 と、こんな経緯で秘密裏に自由行動を許されたリヒトは民間の行商を偽り、火星に向かっていた。

 だが道の途中、彼らはタービンズの船を偶々捕捉する。もとより怪しまれぬようにギャラルホルンが使う正規ルートを外しながら移動していた為、偶然にもハンマーヘッドを見つけた。

 当初はルナの安否を確認するために火星を目指していたが、予想していなかった邂逅に予定変更。今後のことを考えて、リヒトはテイワズ、マクマード・バリストンに手を回すことにしたのである。

 

 

「名瀬。さっきの……」

「あぁ、十中八九、ルナの関係者だな」

 客人が去った部屋で、安い酒を舐めながら名瀬は呟く。

 あの通信、内容自体はよく分からなかったが、月という言葉が引っかかる。

 テイワズかタービンズ、もしくは鉄華団に関する月といえば、アリアンロッドかあのルナという少女だろう。彼の覚悟の言葉も含めれば仮説にも信憑性が出てくる。

「オルガがあれだけ気にしてた子だ。何かあるのかもな」

あちらへの警戒も必要かと、名瀬はグラスに口をつけながら考える。

 先日届けた睡蓮(スイレン)も、思えばオルガに頼まれた品だった。

『あの子を死なせない為の力が必要なんです』

 ふと、ルナが入団した時にオルガから頼まれた時のことを思い出す。

 意地を通すことに拘るオルガが意地を曲げて迎えた少女。聞いた話ではバルバトスとやり合って生き延びているとか。さほど深くは考えていなかったが、今更ながらルナという少女の異様性に気付く。

 守りたい女か……と、持ったグラスを照明に透かしながら名瀬は呟いた。

「しかし、守りたい女があの子なんだとしたら……むしろ親って感じだな」

「確かにね?」

 何やら懐かしさが込み上げた名瀬は、隣で笑うアミダと静かに唇を合わせた。

 

 

 ✕✕✕

 

 

 鉄華団が普段からMS訓練に使っていた岩場。開けた地形の中心部で、幾度にも渡る凶器の接触が甲高い音を奏でる。

「ったく、誰が直すと思ってんだか……」

 おやっさんこと、ナディ・雪之丞・カッサパは動き回るMSを見ながら、誰に言うでもなく呟いた。

 彼が仕事の手を止めて見ているのはサボりではない。鉄華団の職場では今、ぶつかり合う二機に目を向ける団員が散らばっている。副団長ユージンの指示で、現在はルナとハッシュの対戦を観戦することが許されていたからだ。それはオルガとビスケットが事務室で仕事をしている為、こちらでの対応はユージンに一任されていたからできたことでもある。

「すげぇなあれ。もしかして俺らより強ぇんじゃねぇか?」

「かもな」

 鉄華団で隊を率いるMS乗り、昭弘とシノも同様である。

 ガラン・モッサが暗躍した件。その時にルナの力を直に見ているものは少なく、シノもまた、初めて彼女の実力を目の当たりにした。

 戦い始めて15分といったところだろうか。未だ両機に目立った外傷はない。決して片方が防戦一方だからではなく、むしろ双方が積極的に攻撃している。

 故に、実力差がはっきりと分かる。

 ルナの睡蓮(スイレン)はダメージを受けていない。ハッシュの乗る獅電(シデン)のパルチザンを正確に躱し、弾き、防いでいる。

 逆に、ハッシュ側がノーダメージである理由。それは、ルナの行う全ての攻撃が寸止めなのだ。そして頭部、腹部、胸部、腕部、脚部と。狙われた箇所も致命傷にならないよう最善の注意が払われている。

 地面に対して水平に構えたパルチザンが鋭い突きを放つ。睡蓮(スイレン)は時計回りに体を回し、右手に持った太刀をそのまま流れるように振る。

「くぅッ」

 刃が首まで届く僅かな時間に、獅電(シデン)は身を屈めた。頭上で止まる太刀を無視して、自分の右側にいる敵機に肩をぶつけるべく加速する。

 いち早く反応したルナは後退。体当たりを躱し、ブレーキを掛けるハッシュに素早く接近し直す。

 僅かな差異はあれど繰り返される酷似した光景に、団員達のほとんどが息を呑んでいた。

 通常、模擬戦でもMSでの戦いは本気で行う。ラフタやアジーが鉄華団のパイロットに教える様を知っているのだから、彼らはどれだけこの戦いが異常かを把握しやすい。

 MSで寸止め。言うのは簡単だが、難易度は難しいというには生温いほどのものがある。

 いくら阿頼耶識を使っているとはいえ、ここまでの精密かつ素早い動きを歪みなく繰り出せるルナという少女は本人達が思ったように、昭弘やシノの実力を超えている。整備不足のランドマン・ロディで三日月のバルバトスと立ち合うなど、一体この世界で何人ができようか。

 

 もともと、ことの始まりはハッシュがルナに宣戦布告したことである。それは普通ならば止められるような内容だった。

 だが要求は飲まれ、現にこうして戦いは続いている。

 その許可を出した張本人。三日月・オーガスも二人から目を離さない。

 今日の昼。ルナが返事をした後、団員内で止めるような雰囲気が流れたのを、三日月が立ち上がって制した。

 三日月はユージンに頼み、この模擬戦の許可を得る。その際、団員達の観戦も条件に入れていた。

「ねぇ三日月。なんでハッシュくんとルナちゃんが戦うのを許したの?」

 彼の隣で同じように戦況を眺めていた少女、アトラが口を開いた。そのことについて興味があったらしく、昭弘とシノが答えを聞こうと近付いて来る。

「これが一番手っ取り早いから」

「どういう意味だ?」

 昭弘に追求され、特に拒むことなく三日月は続ける。

「ルナが鉄華団にいるためには、こうするのが早い」

 説明としては言葉が少なかったが、他の三人はそれだけで十分だった。

 ルナの実力を真に知る者は少ない。その上、鉄華団では例外的な女のパイロット。団員達の接し方に複雑なところが見えるのは地球での時と変わらない。

 それをどうにかするには、こうして直に見てもらうのが早かった。というのが三日月の意見である。

 彼女は強い。彼自身手合わせしたことで理解している事実を、三日月は団員達に見せつけた。成果は十分にあり、今この場にルナを鉄華団には要らない存在だと思う者はいない。

 ただ、そうなると気になるのはハッシュのことだ。

「それじゃハッシュがただの噛ませ犬みてぇだな?」

「まぁやるなら誰でも、それこそ俺がやっても良かったけど」

「それは……」

「ハッシュには聞かせられないな……」

 負かされてダシに使われた挙句、別にお前じゃなくても良かったなど酷すぎる。

 苦笑する昭弘とシノを見てから、三日月は反対側のアトラにも目を向けた。

 二人の表情の意味が全く分からなかった三日月には、隣で頬をリスの如く膨らませるアトラの感情を理解できるはずもなかった。

「アトラ?どうした?」

「別に。三日月もルナちゃんが気になるんだと思って」

 ただでさえ最近炊事係としての株が取られ始めていたアトラがルナに嫉妬するのは仕方のないことである。

 そんな彼女の事情を知るはずもなく、三日月はただ考えるように空を見上げていた。彼には、“気になる”というものがどんなものなのか分からなかったのだ。

「こちらにいたのですね」

 後ろから聞こえた声に四人は同時に振り返り、声の主と目を合わせた。

 こんにちはと挨拶を交わすのはクーデリア。オルガに用事を終えた帰り、皆の手が止まっていることに気付きこちらへ向かっていた。彼女もMS訓練があることは知っていたが、観戦する者が多いことを不思議と感じている。

「誰が戦っているのですか?」

「ハッシュとルナ」

「ルナ?」

「最近入った子」

 三日月の淡々とした答えにクーデリアは少し悩み、あぁと何かに気付いた声を出した。

「ルナ、とは、確か“月”という意味でしたね」

「月?」

「ええ。“三日月”と同じですね」

「……そっか。クーデリア頭良いな」

「え……え?」

 困惑が照れに変わった。何をどうして褒められたのかが分からないクーデリアを気にすることもなく、三日月は言う。

「ルナは、俺と同じなんだろうな」

 地球でタカキから話を聞いた時、三日月は無意識下でそう思った。

 ルナと三日月。命令を受け、達成すべく尽力する姿は確かに似ている。

 だが、似ていることは違うことの証明ともいえる。三日月はクーデリアの言葉を使って“同じ”と言ったが、正しくは“似ている”と言うべきだろう。

 二人の違いは、動く理由だ。

 三日月はオルガの命令で動く。三日月自身が心に決めた覚悟故、そうすることに迷いはない。

 ではルナは?彼女に命令していたタカキはもういない。仮にオルガやユージンの命令で動くとしても、そこに三日月のような潔さは見られないだろう。

 だからこそ、彼は彼女が“気になった”。同じでありながら違う彼女に、彼は何かを思ったのだ。当の本人、三日月自身は自覚していなかったが。

「まぁだから、ルナは俺が面倒見る」

 オルガに言った言葉を繰り返して、三日月はルナの乗る睡蓮(スイレン)を見る。

 ルナは左手で、パルチザンを持った獅電(シデン)の右手を掴むと、進もうとする勢いを利用して自分の後方に引き込む。

 武器を封じられバランスも崩れているハッシュはシールドを前に向けるが、それより先にルナが一歩分間を詰めた。

 睡蓮(スイレン)の太刀は、獅電(シデン)のコクピットの寸前で止まる。

 この戦闘で初めての急所への寸止めは決着を意味していた。

 

 




ようやくリヒトが動きました。
ギャラルホルン側と鉄華団側の話をどっちかでも省くと色々と繋がらないので、かなりゆっくりにはなりますが両サイド書く感じで進めていきます。
感想お待ちしております。
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