機動戦士ガンダム 無血のオルフェンズ 転生者の誓い 作:江波界司
イオクを止めれば鉄華団の作戦はある程度うまくいく。
だが最後のところ、止めを刺す役割のガンダムフレームが使用出来ないことを鉄華団は知らない。
リヒトはジュリエッタと合流した際にそれを伝え、逆に利用してMAを倒す算段を伝えた。
七星勲章を持って帰ればラスタルへの貢献にもなり、上手くすれば鉄華団やマクギリスへ恩を売ることもできると。ジュリエッタとイオクはすぐに頷いた。
「ここまでリヒトの言った通りになるとは。いっそ不気味にも感じますが……」
バルバトスとグシオンが降下した時に呟いたジュリエッタ。彼女がそう思うのも無理はなく、リヒトは未来を知っている。
――そんな彼が、今まさに未知なる存在と邂逅した。
「くそっ……どうするんですか!?チャドさん!』
『三日月と昭弘がいないんじゃどうしようもねぇぞ』
ライドとダンテは悪態をつきながらも射撃をやめない。昭弘を他の団員に任せたチャドも戦線に加わるが、目の前の鳥討伐にさした影響はなかった。
(今の指揮権は……チャドか)
『そこのランドマン・ロディ。何とかしたければ指示に従え』
困惑を飲み込み、リヒトは狙撃を続けながらチャドへの個人通信を入れる。
『ギャラルホルンの下に着く気はない』
『このままの戦力で勝てる相手じゃない。全滅したいのか?』
『……』
後方支援に回っているチャドたちより遥かに近い位置で、ギャラルホルンの一機とルナの
爪を躱し、ブレードを弾き、ビームを避け、接近と後退の繰り返し。今だどちらの刃もMAには届いていない。
――ルナは三日月くらいに強いかもしれないが……。
バルバトスと
現場の判断で臨機応変に動くことはオルガに許されている。
決心してチャドは聞く。
『作戦があるのか?』
『ある地点まで誘い込みたい』
送られたデータに目を向けるチャド。ここからそう離れてはいない。
『こちらで同じ様に壁を作る。L字に閉じ込める形だ』
T字路になっている地形をうまく使うもので、リヒトは別働隊に頼んで既にL字に道を塞いでいるという。
鉄華団の隊が左折した端まで誘い込み、曲がったのを確認した後にMAの死角でL字の一端、入って来た後方を塞ぐ。あとはあるポイントを通過したらすぐにハシュマルの正面にもう一度壁を作る、という作戦らしい。
『どうする?』
『……わかったよ!全員、ポイントまで撃ちながら後退!』
ダンテを経由して鉄華団全体に送られたデータを下に、MS隊が動き出す。
『先輩、お願いします』
『なぜ私はあなたの指示で動いているんですかね!?』
自分自身の行動に文句を言いながら、赤い機体と共にゆっくりと下がっていく。既に二機を破壊対象としたハシュマルは、その命を刈り取らんと後を追った。
(取り敢えずは大丈夫そうだな)
一息ついたリヒトは隣のイオクに呼びかける。
『イオク様、そちらは?』
『あぁ。鉄華団の団長に話は付けた』
かっこよく言っているが、実際はただ戦闘へ介入したことを伝えただけだ。恐らくオルガは文句しかなかっただろうが、その辺をイオクが気にするわけもなく。
『俺は先輩と共にMAを追います。イオク様は帰還してください。そのバレッドでは、これ以上は戦闘不能でしょうから』
元々限界が近かったレギンレイズのレールガン。出力をうまく調整して連発させたが、もう一撃分も持つことはない。
『あとは我々にお任せを』
言い残して、リヒトも移動を開始した。
『頼んだぞっ!』
遅れながら聞こえた声は、何かしらの溜めがあったからだろうと思うリヒト。イオクも踵を返して動き出す。
そんな彼らの下。既にMAのいなくなった谷には、先程までの戦闘の跡が残っていた。
✕✕✕
イオクからの一方的な通信があった後、オルガの下へアジーからのプルーマ殲滅の報告ともう一つ、おやっさんからの悲報が届いた。
『ミカたちが動けない!?』
『あぁ。ザックが言うにゃ、ガンダムフレームの出力システムとコクピットの制御システムが衝突してるらしくてな。無理に動かせば、エドモントンの二の舞だ』
かつてバルバトスの出力を強引に上げた三日月。彼は力の代償として右腕と片目の視力を犠牲にした。
「ギャラルホルンの奴らと、マクギリスたちが来ればあるいは……」
それでも、不本意ながらも力を借りるべきかとオルガは迷う。
そんな彼の肩にビスケットの手が添えられた。
「今通信が入った。チャドたちがギャラルホルンの兵士と協力してMAを閉じ込めたって」
「な!どういう事だ?」
リヒトが作った作戦データに目を通したオルガ。報告通りなら、大きな道でL字の檻の中にMAを入れたことになる。
実際、作戦は成功していた。
リヒトが小型の輸送船から持ってきていた爆薬。それをヴィダールが設置し、リヒトが操作してトータル三箇所を封鎖した。MS部隊の前で壁を作った為、今人工の岩の檻にはハシュマルだけがいる状態だ。
『聞こえるか?』
説明を受けた直後にリヒトの声がオルガの耳に届いた。
『あんたの作戦か?』
『話が早い。ガンダムフレーム無しでも、こちらを含む全勢力なら削り切れる可能性がある』
上手く行けばマクギリスたちが来るより先に、と。オルガが考える理想論を一部ねじ曲げた提案が出される。
『あんたらに借りをつくるつもりはねぇ』
『あれを目覚めさせたのは我々だ。責任の一旦はこちらにある』
あくまでも共闘であって協力ではないとリヒトは言う。一時的な目標の合致からの行動に、分け前は要らないと。
『そこまで結果に拘るなら、まずは方法を考えるべきだ』
『……既にあんたの作戦に乗っかったってことは、現場でそれが最適と判断したってことだ』
『それで?』
『あれは俺達が倒す。あんたらよりも先にな?』
『結構だ』
振り向くと、ビスケットとメリビットが頷く。二人が通信機に声を入れ、壁の外側にいた前部隊に呼び掛けた。
リヒトと短い打ち合わせをした後、オルガの指示が通る。
まずはラフタ、アジーの隊がハシュマルを挑発し、長い直線の方へおびき寄せる。MAが両端を塞がれた一本道に入り、こちらの背中が壁まで着くギリギリのところまで誘い込み、ハシュマルが標的を前方に絞ったところを左右の崖の上から一斉に叩く。単純だが、討伐の成功確率は最も高い。
チャドやルナたち鉄華団の隊とジュリエッタ、リヒトは移動開始。先程ハシュマルが入って来た道の壁周辺の崖へ登った。
その間にプルーマを殲滅したラフタ、アジーと流星隊が谷に降りる。MAは彼らから見て左に曲がった道の中心で周囲を警戒していた。
『オルガ、いつでもいいよぉ?』
『了解。他も問題ないな?』
各隊の確認を終え、オルガは高らかに声を上げた。
『作戦、開始だ!』
✕✕✕
既に弾薬を補給していた流星隊は手筈通りハシュマルを挑発。MAはその行動理念に従って迎撃に動いた。
現在、戦場での作戦指揮はリヒトとユージンが引き受けており、MW隊も支援の為崖の上で待機していた。
『こっからは競走で良いんだよな?どっちがあれを仕留めるかは』
『構わないが、油断するなよ?』
「――へっ!」
自分の鼻を親指で弾きながら笑ったユージンは、鉄華団の隊へと叫ぶ。
『今だぁぁぁ!』
狙い通りに誘い込んだMAにチャドの隊が射撃を開始。同時に、ルナとジュリエッタが加速しながら降下した。
『味方に当てるなよ!』
『分かってますよ!』
チャドやライドたちが放つ銃弾の雨の中、ハシュマルは頭上から来る二機に顔を向ける。
そこから繰り出される攻撃を、リヒトがいち早く察知した。
「させねぇよ」
躱す素振りのない二機にビームは当たらず、撃たれた頭は斜めに光線を伸ばす。
強襲するMSの挙動にハシュマルは即座に反応。太刀とツインパイルを下がって躱し、横薙ぎに蹴りを放つ。
スラスターを使って避けたルナとジュリエッタは即座に体勢を立て直した。
「やはり、一筋縄ではいきませんか」
「……」
荒れ狂う天使と抗う人間。力の差は大きけれど、その場の誰として臆しはしない。
作戦過程は順調に消化した。だが、戦況は理想的とは言い難い。
『悔しいね。あの子に頼るしかないってのが』
『いくら私達でも、正面からあれとやり合うのは無理だからねぇ……』
アジーとラフタは、鉄華団のメンバーと比べてもその強さには定評がある。そんな彼女らですら、今はルナの援護が精一杯だった。
確かに近接攻撃もしているが、硬い装甲の前に決定打を叩き込めない。それにあれだけ激しいハシュマルの尻尾や爪を全て避けることは、今のところルナとリヒトの支援を受けながら動くジュリエッタしか出来ていなかった。
動かぬ戦況にチャドが零す。
『長期戦でいいことはないぞ』
『つったって、こっからどうするってんだ』
――決め手がねぇ。
ユージン達の声をかけ聞きながら、オルガは歯痒さに拳を握った。
彼のいる開けた場所には、現在は使用不能なバルバトスとグシオンがある。昭弘は未だ目を覚まさず、メリビットやビスケットは状況確認に手を回していた。
戦力は欲しいが、マクギリスたちに頼るのはやはり避けたい。かといってバルバトスを使うわけにもいかず。
オルガが思考の海に沈んでいく中、三日月が口を開いた。
「必要なら、俺が出るよ?」
「っ!……ダメだ。今回はミカは出せねぇ」
「でもきついんでしょ?」
「っ……」
否定出来ない。弾も燃料も制限があるこちらに対し、MAは半永久的に動く無人兵器。このままではジリ貧だろう。
だが、それでもバルバトスは、三日月は出せない。
「これ以上乗ったら、次はもっとひでぇことになるかもしれねぇんだぞ」
「……俺の命はオルガにもらった。だから、俺の命はオルガの為に、鉄華団の為に使う」
「ミカ……」
「教えてくれオルガ。次は何をしたらいい?」
疑いも迷いも、一切の邪念なく問う瞳に、オルガはただ己の真意に従った。
✕✕✕
機械とは常に効率的であり、目標達成の為には考えうる最善の手段を選ぶ。
多数の敵の排除には、数で勝るのが定石。この状況打破には手数を増やすのが得策。MAの思考機能はそう結論付けていた。
ハシュマルの背中に弾丸が撃ち込まれた。装甲同士の僅かな隙間からフレームを穿った奇跡と言える攻撃に、MAは振り返る。
そこには、鉄華団が使っているライフルを持ったボロボロのレギンレイズがいた。
「ハッハハハ!どうだっ!」
『イオク様!?』
『なんでいんだよ、あの人は!?』
イオクは戦線を離脱し、アリアンロッドの船に戻った――はずだった。
だが、イオク・クジャンはそこにいる。
「貴様を倒さずして、散って逝った者達の思いが晴らせようかっ!」
指揮官用のレギンレイズは幸か不幸か、持ち前のビギナーズラックによって射撃を成功させた。
それにより、MAの攻撃目標が変わる。
巨大な体を諸共せず旋回するハシュマル。そして対面にいる敵機目掛け、頭部先端の口から閃光が放たれる。
「へ……うぉ!」
距離も離れている上に、もとよりナノラミネートアーマーへのビーム兵器の効果は薄い。それでも、損傷の大きいレギンレイズはその形状を維持してはいるが、戦闘能力はゼロになるまでのダメージは負った。
だが、問題はそこではない。
ビーム耐性によって弾かれた光線は散乱し、周囲の岩を焼き壊す。運動エネルギーが保存されるように、レギンレイズの背後の壁も含めて。
「なにっ!?」
「おいおいおい!」
「嘘でしょ!?」
「なんて事を……」
チャド、ユージン、ラフタ、アジーが思わず声を上げる。
誰もが予測できなかった。まさか、壁が壊されるなど。それも作戦を提案したギャラルホルンが理由で。
そんな落胆もMAには関係がない。ハシュマルはすぐに加速し、正面に出来た道を動けぬレギンレイズの横を通り抜けて疾走する。
「あの馬鹿イオク……」
作戦を立てたリヒトは、ここまで来て誤算があった事に気付くことになった。あのイオクという男は、彼が知る以上に愚かなのだと。
『おい!なんでお前の仲間が邪魔するんだよ!?』
『……今はそれどころじゃない。あの方角には何かあるか?』
ユージンの怒鳴り声に心を殺しながら応えるリヒトは、同時進行で移動を始める。もちろん彼だけでなく、殆どの者がMAの後を追っていた。
『この先の道……しまった!プラントが』
(なん、だと……)
『人はいるのか?』
『いる。今から避難を呼びかけても間に合わねぇ』
変えたはずの結末が、再び悪夢となって襲いかかる。リヒトはひたすらに打開策に思考を巡らすが、今この場でMAを止める手立てはない。
(どうする?どうする?どうする!?)
焦れば焦るほど、悩めば悩むほどに答えは遠ざかる。
『……リヒトさん』
そんな彼の耳に、知った声が届いた。
『まさか……ルナ、か?』
『はい』
驚きの感情が悩みを打ち払い、頭の中をクリアにした。ここでようやく彼は
『……私が、どうにかします』
『どうにかって、何する気だ?』
『……わからないです』
『……え?』
『……だから、教えて下さい』
ルナは言う。分からないから、示してくれと。道を、方法を、今すべき事を。
『……命令して下さいリヒトさん。私は何をすればいいですか?』
音声だけ故、リヒトからルナの表情は見て取れない。それでも彼は直感する。
今あの赤い瞳は、あの三日月のように求めていると。
(俺は、こいつを守りたい)
そう思っても、自分に力がないことは知っていた。
(俺は、みんなを救いたい)
そう願っても、一人では出来ないと分かっていた。
だから、彼は決意する。
『ルナ、誰も殺させるな』
『……はい』
リヒトにルナの表情は見えない。他の誰も通信を繋いでいない。
だから、彼女の笑顔を知る者はいない。
さぁやらかしましたトラブルメーカー・イオク。
次回で決着です。
感想お待ちしております。