機動戦士ガンダム 無血のオルフェンズ 転生者の誓い   作:江波界司

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華言葉

 ——『睡蓮(スイレン)

 オルガの依頼によってタービンズが用意した機体。ロディフレームをタービンズ式に改良し、ラフタやアジーが乗っていた漏影(ロウエイ)獅電(シデン)よりも高性能に完成している。

 その製造過程もとい改良過程にて。阿頼耶識搭載の機体を個人用にカスタムするべく、タービンズの整備班はルナの地球での戦闘ログの他に、三日月が乗ったバルバトスのデータも参考にした。戦闘スタイルが似通っていたからこその判断である。

 ルナも三日月も、基本的なスタイルは機動力を生かした変則的かつ攻撃的な動きで敵を沈めるもの。だが二人のログを照らし合わせるとある違いが見つかった。

 それは、仕留め方である。

 通常、MSのパイロットはMSの弱点や急所を理解している。どこを狙えば効果的で、どこを重点的に守ってくるかは知っていれば分かる。そこから戦いの中での読み合いが始まるのがほとんどだ。

 が、阿頼耶識という異常な力を持った三日月は場合は少し違う。正味、関係がない。一応彼も致命傷に至る箇所は理解して、その上でバルバトスの悪魔的な暴力でねじ伏せている。多少の読み合いはあれど、究極を言えばどうでもいいものだ。

 対してのルナ。今まで満身創痍な環境でしか戦えなかった彼女はどうか。

 ルナは三日月を含む鉄華団の誰よりもMS戦闘に関する経験がある。経験はやがて未来予知にすら思えるほどの予測を生み出し、一瞬にも満たないパイロットの隙を容易に突く。つまり、読み合いに関してはプロフェッショナルとも言える。

 そこから出来たイメージは形となる――限られた条件下から一撃で仕留める暗殺者と。睡蓮(スイレン)が装備した太刀と、機動性をフルに使える丈夫ながらも軽い装甲が語っていた。

 ——紅い華。

 鉄華団の掲げる希望に重なる華の名を冠した機体。団長オルガの意思と隊長三日月の意志を宿したMS。

 名は、睡蓮(スイレン)

 姿と在り方、名前に込められた意味——花言葉。

 睡蓮の花言葉は――『信じる心』。

 

 

 

 ✕✕✕

 

 

 

 その場の誰よりも速く、彼女は進む。アリアンロッドのレギンレイズすら置き去りにするほどの推進力は、MAのテイルブレードが標的にするであろう範囲までしていた。しかし近付けても足を止めることはできず、後追いが精一杯な状況にその場の全員が焦っている。

 睡蓮(スイレン)の後方で、一本道を疾走するハシュマルは減速させようと射撃を続けるルナを除いた鉄華団。その内の一人であるアストンだけが、言いようのない疑惑を抱えていた。

 ——速い。何かアクションがあれば追いつけるかもしれない。……だが。

 彼女が前に言った言葉――生きる。

 たったそれだけの言葉に、ルナの覚悟が見れた。だからこそ、ルナは強いのだと思っていた。

 だが、そうではないとすれば?

 もとより、ルナは三日月と同等ではなくとも好戦できるほどの実力者。なのに、何故三日月レベルの戦闘をしないのか。それだけの力があれば、さっきだってMAを追い詰めることも出来たのではないか。

 考えても仕方がないと、アストンは思考をあきらめる。

 目の前の紅い背中は、そんな彼の仮説にも満たない考えを証明するかのように、地面を蹴った。

 

 

 加速した睡蓮(スイレン)はテイルブレードを避けながら本体へと近付く。スピードは他の鉄華団のMSよりも遥かに速い。

 それが今出せるルナの最大出力だった。

 ハシュマルのブレードは自分を狙う。ならばそれこそが狙い目だと。

 ルナは降り掛かるテイルブレードを必要最小限の動きで、避けず、自らの左腕を砕かせる。

 僅かにできた減速、すなわち隙を突き――コードの部分を切り裂いた。

「――――!」

 初めての決定的な損傷に、天使は声にならぬ声を響かせる。

 尾を切り落としたルナは太刀を構え直し、装甲同士の隙間を狙う。

 右脚の関節部目掛けて放たれた牙突は空を切り、だがそれ以上の感覚はない。

 ハシュマルの振り上げた右足は素早く折り曲げられ、三対の爪が睡蓮(スイレン)の両肩と右脇を捉える。蹴り出された勢いは止まらず、機体諸共岩壁へと叩きつけられた。

「……っ」

 反撃すら出来ない状況下で、それでもルナは歯を食いしばる。

『……準備、完了』

 そして迷うことなくオルガへと通信を繋いだ。

『シノ――!』

『任せとけぇ!』

 男の咆哮と共に爆音が鳴り響く。

 崖の上より繰り出された弾丸が壁を砕き、崩れゆく岩が道を塞いだ。

 ガンダムフラウロス。

 バルバトスやグシオンにはない変形機構を使って放たれる破壊の砲弾。火力は他の火器とは比にならず、たった一機のそれはものの数秒で包囲する為の壁を作り上げた。

『ルナ!』

 リヒトは反射的に声を上げる。

 フラウロスの行動も状況変化も予想は出来ていた。が、しかし。これは、ルナの特攻ともいえる行動は予期していなかった。

 フラウロスの砲弾なら数秒でプラントまでの道を塞げるだろう。

 逆に言えば、その数秒の為に彼女は動いたのだ。

「……水素残量、ほぼなし。機体損傷、大」

 今まで幾度となく潜り抜けてきた死線。その経験すら無力にさせる程の状況に、ルナは――絶望しない。

「……でも、大丈夫」

 今までなら死も同然だった。けれど、今は違う。

 睡蓮(スイレン)は太刀を逆手に持ち替え、背後の壁へ突き刺した。

『……あとはお願いします。――三日月さん』

 ハシュマルの足に装備されたニードルが、紅い機体を貫いた。

 

「あぁ――任された」

 

 通信はもう聞こえない。

 それでも、飛来する白い影は一心に目標へと向かう。

 

 

 

 ガンダムフレームはMA戦には使えない。

 近付けばシステムエラーによって行動不能になるからだ。

 フラウロスはシステムが作動しない遠距離からの行動だったが、バルバトスは違う。

 落下運動をエネルギー変換し、両手に握ったソードメイスを振り下ろす。

 攻撃を察知したハシュマルは回避行動へ移行する。

 だが、動けない。

 右足で掴んだ機体は太刀を使って壁と一体化し、MAが脚を引くことを拒む。

 テイルブレードの迎撃は間に合わず、バルバトスの一撃はハシュマルの右脚、関節部を正確に捉えた。

 フレームまで到達したダメージは音を上げ、反応を僅かに鈍らせる。

 スラスターを利用して着地した三日月は、ただ眼前の敵を見ていた。

「いいから、もっと寄越せよ」

 規制を掛けるシステムを阿頼耶識もとい意識で黙らせ、解放されるバルバトスの力をその身で飲み込む。

「やるぞ……バルバトス」

 呟く彼の目は赤く血に染まり、情報という麻薬が体を巡った。

 痛みや痺れなど構うことなく、三日月は踏み込む。

 ハシュマルもまた、動かなくなった敵機を離し臨戦態勢。蒸気をまとい赤い閃光を瞳から放つ悪魔に、熱量の塊を放つ。

 バルバトスはビームを躱し、右翼から脚を狙う。先程のダメージを広げ、地につかせるのが狙い。

 させまいと、先端のないテイルブレードがムチのように撓り、バルバトスを襲う。衝撃は大きく、装甲の一部が割れる。

 そのまま弾かれた機体は壁へと飛ぶが、出力を上げたスラスターの噴射で衝突を避けると、すぐに突撃を再開する。

 壁を蹴って付けた勢いを殺すことなく進み、後ろ回し蹴りの如く突き出された足を体を捻って避ける。

 バルバトスの狙いは体――ではなく、右脚。

 潜り抜けた迎撃の向こう、右脚へとソードメイスを槍のように穿つ。

 傷付いたフレームに留めを刺す二撃目。明らかにMAの体勢が崩れた。

 関節へとめり込んだメイスは抜けずに手を離す。重力に従って落ちるバルバトスは一度地面に足を着くが、間を置かずに再度跳躍する。

 これで本体を仕留められる。

 そんな考えを否定するように、ハシュマルの口はバルバトスを向く。

 ゼロ距離射撃。

 回避不能な距離で放たれるビームは、傷だらけのナノラミネート・アーマーにも致命傷を与えかねない。

 直感した三日月は、左手を突き出す。

 ただの拳ではなく――その手には切断されたMAの尾。その先端のブレードが握られていた。

 ブレードはビーム口へと向かい、それを焼き尽くさんとハシュマルも出力を上げる。

 バルバトスの得物は目標を捉え、ハシュマルのビームもまた、獲物を捉える。

 高温の熱源体はバルバトスの腕を飲み込み、破損よってできた傷から破裂する。だが、ハシュマルもまた、ブレードによってできたダメージがビームの発射と共に悲鳴を上げた。

 焼かれたバルバトスの左腕は体との接続部から焼き切られ、ハシュマルの頭部は原型を留めながらも機能を失う。

「これで――」

 機体損傷から地面に落下したバルバトスはその衝撃に耐え、何も持たぬ右手を伸ばす。

 ルプスの名の元に鋭く設計された爪はハシュマルの皮を掴み、引き剥がす。装甲が取れればフレームは剥き出しとなる。

 無防備な命の繋ぎ目へと、悪魔の拳がめり込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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