機動戦士ガンダム 無血のオルフェンズ 転生者の誓い 作:江波界司
ギャラルホルンの資料を閲覧するのは難しい。
特に新兵程度の身分ではある程度の規制が入り、深い部分までは踏み込めないようにはなっている。
訓練場をあとにしたリヒトもまた例に漏れず、閲覧可能な範囲で調べ物をしていた。
テーマは厄災戦。特にガンダムフレームについてである。
彼が知る限り、現存するガンダムフレームはバルバトス、グシオン、フラウロスが鉄華団に。キマリス、ヴィダール、バエルがギャラルホルンに渡る。
リヒトは確信は無くともそれを信じている。72機のガンダムフレームはまだあるはず、と。ただし、それが現存するかは別の問題だが。
「やっぱ載ってないか」
規制の所為か情報不足か。どちらにせよ目ぼしい情報は手に入らなかった。現存が怪しければ、ある場所も分からないので当然である。
「つか、よくよく考えたら俺乗っても意味ねぇじゃん」
リヒトは読み終わった本を閉じながら呟いた。
彼が定めた目標の内、最重要メインキャラであるところの自分が死ぬのは論外。まして搭乗が死亡フラグのガンダムに乗るとか自殺行為もいい所である。
彼の知識的に一人だけ例外もいたが、それは半分死人を積んで動いていたわけで。
そうなると、もし仮に新しいガンダムフレームが見つかっても、乗るのはジュリエッタになるだろう。
「まぁそれが妥当だよなぁ」
自分で死亡フラグだと確定させておいて乗せようと考える辺り、このリヒト・ストラトスという男は結構性根が腐っている節がある。
正確を期すなら、この性格と思考傾向は現代世界の高校生のものなのだが。
資料観覧室を出て、リヒトは人にぶつからない程度に頭を使う。
現状自分が打てる最良の手はイオク・クジャンを利用すること。そこから逆算し、今すべきはイオクに取り入ることだと彼は推測する。
だが、下手に戦果を挙げれば鉄華団のメンバーの命に関わってしまう。
大凡の世界の流れは変えず、死亡するキャラだけを救う。
言うのは簡単だが、実行するとなると難しい。
この問題の一つにギャラルホルンが一枚岩でないことが挙げられる。分布された部隊同士が手柄争いで協力し合わない場合、それは大きな枷となるからだ。
鉄華団がクーデリア・藍那・バーンスタインを護衛する任務は現在進行形で継続中。その道中で死亡するキャラは原作ではフミタン、アイン、ビスケット、カルタだ
彼が助けることが出来るのは恐らくビスケットとカルタ。だが鉄華団の依頼を成功させながら救うのはかなり難しい。
全体の思惑を知っているからこそ、こういった組織として行動を制限されるのはリヒトにとってマイナスでしかなかった。
「っても、ギャラルホルンを抜けるって訳にも行かねぇし」
行き詰まった彼は、自室へ戻ることにした。
時間的にも問題はない。
そう判断してリヒトは制服を脱いで普段着になる。特に職務があるわけではなかったため、少し早めの夕食を取りに街へと向かった。
紅い夕陽がビル街を染め、歩く人々にすら絵画的な意味を見出しそうな時間帯。リヒトは空いている店を探して舗装された道を歩いていた。
流石に食事の時まで同期の連中には会いたくない。そんなことを考えてリヒトはギャラルホルンの拠点から少し離れた地区に来ている。
同じ地球でも別の星に見えるのは錯覚だろうか。
リヒトは雰囲気のいい店に入ると、酒と適当な料理を注文した。
「なぁ聞いたか?」
「なんだよ」
「火星から地球に向かってる一団があるって噂」
「ああ、それか。確かあの『革命の乙女』も関係してるってやつだろ?」
僅かに聞こえる声に耳を傾けながら、リヒトは食事を続けた。
「それそれ。それがよ、もうすぐ地球に着くとかで大変なんだと」
「大変って、何がだ?」
「そりゃギャラルホルンにとってた都合が悪いとかだろ?」
「まぁだろうな。というかそれ、どこの情報だよ」
「いや、確かな筋じゃないんだけどな?」
丁度話が終わった頃に料理を食べ終え、酒を口に含む。どうでもいいことだが、どうやらこのリヒトという男は酒はかなり行けるらしい。
さて、彼は思い出すことになる。今はいつだ、と。
大きな分岐点が来るまでそう時間はない。となれば、いち早く行動に移らなければならない。
(イオクに取り入るか?いや、時間が足りない)
最悪の状況を想定して動くとなると、やはり時間が足りない。最低でも鉄華団が地球に降り立った次の日には分岐点が来てしまう。それまでに準備を整える必要がある。
リヒトは使える要素を頭の中で羅列していく。
(俺がいることで原作と違うことが一つ。ここ、地球にイオクがいること)
しかしその案はついさっき自分で否定した。
(俺の独断専行は……ほぼ間違いなく不可能)
可能性はゼロ。これも没である。
リヒトは最後の一滴まで酒を飲み干し、会計を済ませて店を出た。
頭が働かない。自覚症状のあるそれを感じながら、彼は元きた道を戻る。
✕✕✕
リヒトは訓練場にいた。
今は殆どの者が夕食を食べるか仕事をしているため、彼以外の姿はない。元々新兵ということもあってそこまで多くの仕事は負わされないのが有難かった。
仮眠をとった為酔いも覚め、リヒトはただ一人、黙々とシミュレーターの操作を行う。
内容は近接戦闘。それも倒す戦い方ではなく、生き残る戦い方だ。
剣を躱し、防ぎ、弾く。弾丸を予測し、避ける、守る。回避や防御を身体で覚え込む。
一段落して、機械の外に置いた飲み物を取りに出る。
一人用のポッドのような機械の入口を開けると、目の前には異性の顔があった。
「えっ」
「……」
ややジト目で金髪の女性。すなわち、ジュリエッタ・ジュリスだった。
「えっと……」
「……あなたですか。てっきり誰かが消し忘れたのかと」
そう言ってリヒトの通り道を開けながらジュリエッタは移動した。
リヒトは顔を出して彼女の行方へ追う。どうやら彼女も訓練が目当てらしく、隣の機械に入っていった。
喉を潤す程度にストローを吸った後、リヒトは再び座席に戻る。シミュレーターを再度起動すると、他機から無線が入った。
『手合わせ願います』
相手は勿論ジュリエッタ。上司からの誘いということもあって断る理由が作れず、リヒトはよろしくお願いしますと返した。
(まさか武闘派の上官とやる羽目になるとは)
フラグ回収乙、と無難な感想を零す。
通信のロードで少しの間真っ暗な画面が続く。
『機体は自由、武装も好きなものを選んで下さい』
画面が設定用のものに切り替わり、ジュリエッタはそう指示した。
リヒトは取り敢えずグレイズを選択し、装備は大シールドと長距離レールガン、アックスを選択。レールガンはイオク機に使われていた長距離用のものだ。
シミュレーターが決めたフィールドは地上。
眼前には配色が少し変わったグレイズが見える。
装備はマシンガンとシールド。サブウェポンとしてショートソードが二本腰の両サイドについている。想像されるスタイルは二刀流。
(ジュリア思い出すな)
リヒトはそんなことを考えながら流れる通信に耳を傾ける。
『いいのですか?同じ機体で』
確かにこの機体より性能が高い機体はいくつかある。
リヒトは迷いなく答えた。
「使い慣れてる機体なので」
使い慣れて、といっても訓練用のシミュレーターでの話である。
それでもジュリエッタは納得したようで、始めますと一言告げた。
三秒のカウントの後、試合が開始する。
開幕直後、レールガンのトリガーを引く。
放たれた弾丸は真っ直ぐにジュリエッタの機体へと向かい――だが、当たらない。
回避行動と前進を素早く切り替えて、黒みの多いグレイズはマシンガンを撃ちながら進む。
対して緑のグレイズはシールドを前方に大きく出し、弾丸を防ぎつつ後退。ついでとばかりにレールガンを再度放つ。
正確に狙われた頭部への攻撃を軽やかに避け、黒のグレイズはシールドを捨て、腰から剣を抜く。レールガンの威力と距離を考えて、シールドは意味を成さないとの判断だ。
リヒトは照準を合わせながら推測する。
ジュリエッタの腕を考えるに、もう数発の内にレールガンよりも剣の方が有効な範囲に入られるだろう。ならば、と。
リヒトは急ブレーキを掛けながら後退をやめ、数発のレールガンを放つ。
――ただし、地面にである。
爆風と共に砂塵が舞い、視界は土煙に覆われる。
(目くらまし。ならば次の行動は……)
ジュリエッタはリヒトの作戦をいち早く看破し、逆に速度を上げた。
通常、こういった場面では防御優先の構えを取ることが多い。敵の火力や状況を考慮して尚見えない敵に向かう行動を取れるのは、極小数と言える。
そして瞬時に前進を選んだジュリエッタは優れたパイロットといえる。
だからこそ、読まれた。
煙から脱した黒のグレイズは、その射程範囲にターゲットを捉える。反撃を警戒したのか、大シールドが眼前に迫る。
――そう、迫る。
リヒトが選んだのは防御でも攻撃でもなく、反撃だった。
シールドアタック。
急加速で移動するグレイズにシールドが衝突する。
高威力のインパクトが発生し、ジュリエッタ機は一瞬仰け反った。
その隙を見逃さない。
ジュリエッタの視界を塞ぐシールド。その後ろからリヒトの機体が姿を現す。
右へと加速を一つ入れて移動した緑のグレイズはレールガンを構える。
「ゼロ距離射撃っ!」
思わずジュリエッタは声を出した。
この距離で当たれば大破は必須。体勢的に避けられそうにない。そう理解するより先に、彼女は動く。
グレイズの左腕を動かし、砲身を弾いて射線を外す。
目標より僅かに上へ逸れた破壊砲は、機体の頭部を吹き飛ばした。
(しくじった……)
リヒトは確信した。負けた、と。
緑のグレイズは空いた左手にアックスを握る。
だが、それを構えるより先。
一閃。剣の鋭い突きがコクピットを正確に捉える。
『機体、大破』
聞き慣れた機械声は、無情にもリヒトの敗北を告げた。
✕✕✕
「正直、驚きました」
シミュレーターから出てドリンクを飲んでいたリヒト。そんな彼に放ったジュリエッタの第一声だった。
「あなたがあそこまでやるとは思っていませんでした」
その言葉にこそリヒトは驚いた。
何せ自分が負かした相手を賞賛するなど、彼が思うジュリエッタというの人間の性格とは少し違いがあったからだ。
「油断があったと思います」
「それは認めます。確かに私は油断していました」
さらに驚いたのは言うまでもない。
(この人ってこんなに素直な人だっけ?)
実直だし、誠実だが、その分プライドも高い。ジュリエッタはそんなリヒトの想定を尽く崩している。
「それでも、私に一太刀入れたのはあなたが初めてです」
あくまでもこの部隊の中でではですが、と彼女は注釈を入れた。
ジュリエッタは今日のことを少しだけ語る。
今日、リヒトが訓練場を後にしてからの話だった。
ジュリエッタはあの後イオクに代わり、その場にいる全員と手合わせした。その際のルールはリヒトが受けたものと同じである。
その時の結果は彼女が言ったように、全員を無傷で完封。それでも手を抜いたらしい。
「新兵相手なので当然なのですが」
言った彼女は視線をリヒトへと真っ直ぐ向ける。
「だからこそ驚きました。MSの操縦には自信がないと言っていたあなたが、たとえ油断してた上に手を抜いていたとはいえ、こうした結果を残したんですから」
油断というのは操縦は苦手だと暗に言われていた所もあるだろう。
しかし、リヒトが基本性能が同じ機体で、手加減していたとはいえ、エース級のパイロットに一矢報いたのは事実である。
「これはあなたの言っていた『別のやり方』に関係するのですか?」
リヒトは黙る。
あれはその場しのぎで言った言葉で、深い意味はない。
だがここでジュリエッタから好感度を稼いでいて損はないし、むしろかなりのプラスがあるはずだ。
話すか話さないかを迷うような素振りを見せながら、リヒトは躊躇いがちに口を開く。
この
「正攻法で勝てないから、という考えはありました」
言葉足らずかもしれないとリヒトは続けようとしたが、ジュリエッタはコクリと頷いた。
「なるほど」
分かったと暗に伝えるジュリエッタは、機械の電源を落とす。
去り際に彼女は言った。
「戦場でも、役に立つといいですね」
彼女なりの声援だろうか。リヒトにはその真意を汲むことは出来なかったが、彼もまた、彼女の評価を少しだけ変えた。
意外と部下思い、と。