機動戦士ガンダム 無血のオルフェンズ 転生者の誓い   作:江波界司

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参謀の参謀

 イオクから言い渡されたもの。それは、月への帰還だった。

 日取りは三日後。当然、リヒトは焦る。

 理由は同日、鉄華団は地球への降下に成功したからだ。

 今の自分では、ビスケット死亡のシナリオに関係することすら出来ない。冷酷な現実に、彼はただ己の無力を悔いた。

 そして、すぐに立ち直った。

「俺は弱い」

 卑屈なまでの自己批判精神は開き直りを呼び、曇った思考をクリアにする。

 ――力がなければ知を使う。

 偉人でも故人でもない者の言葉。

 これは自分、いやもう一人の自分であるリヒト・ストラトスの口癖であった。

 狙撃しか出来ぬ兵士は、たとえ誰かに「すごい」と賞賛されようとも、次の瞬間には「まともに戦えない」と詰られる。何度となく体験した彼は、いつしか参謀を夢見た。

 ――強くなくても、勝てる。

 劣勢を勝利に、優勢を圧勝に変える王は、戦場を翔ける兵よりも、兵を導く将よりも、遥かに誇らしく勇ましい。

「頭、使うか」

 彼は運がいい。

 今、彼の近くには戦う兵と動かす将がいる。

 ならば、考える王は誰か。

 俺だ。

 声は出さず、心の内に響かせた彼は一歩踏み出す。

「……今は、な」

 だが進む姿とは対称的に、呟いた声は何とも後ろ向きだった。

 

 

 ✕✕✕

 

 

 場所は事務室。イオク・クジャンが地球滞在に当たり設けられた臨時の部屋である。もちろん他の一般兵が扱うそれとは明らかに質が違うが。

「リヒト・ストラトス」

「はい」

「私に用とは何か、聞かせてもらおう」

 入口正面、最奥に座るイオク・クジャンは問い、しっかりとアポをとって入ったリヒトは一度深呼吸する。

 眼前にはイオク、その隣にはジュリエッタがいた。

(予想外だが、むしろ好都合だ)

 大佐気分で内心笑ったリヒトは、イオクを真っ直ぐ見ながら答える。

「我々はもうすぐ月へと帰ります。その際、ラスタル様に手土産を持参するのはいかがでしょうか?」

 眼前、二人の表情が一瞬固まる。

 現代世界であれば何気ないセリフも、こと戦場を知る者達、軍の者達からすれば、その意味は違って聞こえるのだ。

「具体的な話はあるのですか?」

 イオクより先に食い付いたのはジュリエッタ。彼女のラスタル・エリオンに対する感情を考えれば当然の事だった。

 それを読んでいたリヒトは詰まることなく言う。

「鉄華団。『革命の乙女』を連れ地球に降りた民間の集団。彼らは数度に渡りギャラルホルンの追撃を掻い潜り、あのテイワズと繋がりを持っているとのことです」

「革命の乙女……」

 確認を含むように漏らしたイオクを無視し、リヒトは続ける。

「鉄華団は先日、地球外縁軌道統制統合艦隊を欺き、地球への降下を果たしました」

 地球外縁軌道統制統合艦隊という長ったらしい名を聞けば連想される者は一人。カルタ・イシューその人だ。

 彼女の性格はある程度有名なもの。イオクも薄々勘づいているだろう、とリヒトは目線を彼に合わせた。

 少しの沈黙の後、イオクは続きを促す。

「艦隊の長、カルタ・イシューは独自に追撃を決行。明日には鉄華団に対して攻撃を始めるでしょう」

「それで?」

「革命の乙女が関係しているならば、その鉄華団という組織はギャラルホルンに良くも悪くも大きな影響を与えるはず。そんな彼らの首、クーデリア・藍那・バーンスタインの身柄。手柄としては安くない筈です」

 ジュリエッタの催促に焦ることなく、リヒトの要求は伝えられた。

 すなわち、カルタより先に鉄華団を倒す、と。

「なるほど、悪くないっ」

「いくつか聞きたい事があります」

 勢いよく立ち上がったイオクに被さるようにジュリエッタはリヒトに言った。

「何ですか?」

「まず、何故あなたはそんな事を知っているのですか?」

 そんな事とはつまり鉄華団について。カルタ・イシューの艦隊をスルーして地球に降りたという情報は、普通新兵に伝わるものではないからだ。

「調べました。私は早く出世したい、ので」

「随分と正直ですね」

「褒め言葉と受け取っておきます」

「そうですか。もういいです」

 ジュリエッタに対してリヒトはいくつかあったのでは?と聞いたが、それはさっきの答えでおおよそ分かったらしい。

「では、それに伴いイオク様。私から提案したい事があります」

「なんだ?」

 リヒトは望む状況の為に、動き出した。

 

 

 

 ✕✕✕

 

 

「本当によろしいのでございますか?」

「ああ、構わんとも。手出しは無用だ」

 ギャラルホルンの船の上で、イオクは腕を組みながら答えた。

 その戦艦に搭載された機体は僅か三機。これから戦場へ向かうには何とも心持たない。

 だが、それぞれMSを操縦する三人は、誰一人不安を見せなかった。

「このイオク・クジャン。鼠如きに遅れは取らん」

「イオク様は私が守ります。ラスタル様の為に。必ず」

「これで戦力は五分ってところか」

 自信と忠誠、最後は周囲に聞こえぬようにそっと打算を見せ、彼らは眼前の島を見据える。

 並ぶ三つの戦艦の内、念の為にと機体を搭載した二人の艦長達からの要請は丁重にお断りした。これはイオクの命令であれど、リヒトの提案だ。

 ――「わざわざ手柄を分けてやる義理もないでしょう」

 昨日の打ち合わせで言った言葉は、何とも悪役らしい最低なものだと言える。

「しかし、たった三機では……」

「問題ありません。全て私が倒します」

 この少数精鋭にも理由がある。

 表向きはイオク、彼が偶然鉄華団がいる島の近くにいたという口実が必要だったからだ。この最低限の護衛ならば、地球を離れる前に地上での体感をMSでもしておきたかった、などと後からいくらでも言える。

 裏の理由は言うまでのなく、この事態の首謀者リヒトである。彼が望むのは鉄華団の存続。ここで大軍で攻めて死なれては、最終話の二の舞いだ。

 流石に観念し、せめて援護射撃はという妥協点を決めて戦艦は進む。

 そしてしばしの時を待ち、作戦が開始する。

 

 

「ゆくぞっ!」

 声がトリガーとなる様に、島には雨の如くミサイルが降り注ぐ。最も、それらが有効打になることはないが。

 全て迎撃か回避される爆発兵器を見ながら、三機のMSが戦地へと向かう。

 グレイズ。両手にソードを構え、陸上でも高機動に動ける現状最大出力のブースターを積んだ一機。

 グレイズ。大シールド、120mmライフルを装備し、腰にショートアックスを携えた量産機。

 グレイズ。長距離用腰固定型ライフルを装備。カラーリングを変え、本来盾を持つだろう左手にソードを握る隊長機。

 島に近付くにつれて、島を守るMSによる弾幕はより強固になる。

 一機は機動力で避け、もう一機は後ろを盾で庇いながら陸を目指す。

『先輩。あの二機、頼んでもいいですか?』

『……先輩って、もしかして私の事ですか?』

 リヒトの通信の声を聞き、ジュリエッタは驚き混じりに返した。

『はい』

『ちゃんと名前で呼んでください。というか礼儀を弁えてください』

『しっかりと礼節を弁えて呼んでいるつもりなのですが』

 黙ったのは論破したわけではなく、接近によって敵の射撃精度が上がったからだ。

『それで、どうですか?』

『……頼まれるまでもありません。と、一つ聞きたいのですが』

『何ですか?』

 ジュリエッタからの質問は予想していなかったリヒトだったが、取り乱すことなく返す。

『あなたなら長距離ライフルを装備した方が良かったと思います。何故そんな装備を?』

『私が狙撃銃を持ったら、イオク様は突撃用の装備に切り替えますよ』

『察しました』

 正味、イオク・クジャンという男は兵としては三流以下である。だが立場上死なれては困る。そんな男をどうして戦場のど真ん中に送れようか。

 大して戦力にならないなら、いっそ敵の射撃圏外にバミった方が何倍も得策なのだ。

『というわけで先輩、イオク様をお願いします』

『待ってください。あなたはどこへ行く気ですか?』

『私はクーデリアの身柄を狙います。それもまた、カルタ・イシューの狙うところでしょうから』

 リヒトはイオクへと無線を繋ぐ。そして減速しながら、彼に言った。

『イオク様、この辺りがベストです。照準は定まり難いでしょうが、イオク様なら当てられるかと』

『そうか。よし。ジュリエッタ、私が援護する』

 リヒトはイオクの機体が射線に入らぬように進む。流石にここで撃たれて沈んだら洒落にならない。

 と、強引に個人用の通信が入る。

『さっきの言葉。本心からですか?』

『先輩、銃弾には気を付けて下さい。味方の』

 音声にすらなり切っていない溜め息と共に、ジュリエッタの通信は切れた。

 呆れもあるだろうが、理由はもう一つ。上陸開始だ。

「イオク・クジャンの一撃を受けよっ!」

 高らかに、放たれた弾は砂肌を抉った。

 

 

 ✕✕✕

 

 

「なにぃ?、こいつらっ」

「面倒だねっ」

 鉄華団と行動を共にする二人は悪態をつく。

 アジー・グルミンとラフタ・フランクランドの乗る二機、漏影が押されている。それもたった三機に。

「喰らえっ!」

 誰もいぬ砂浜へと、弾丸は直線的に進む。

 訂正。漏影が押されている、たった二機に。

『昭弘〜、そこから援護できない?』

『ラフタ、あっちがおかしいだけだよ。味方もいるってのに』

『あ、あぁ。そうだよな。俺は撃たなくていいんだよな?』

『大丈夫だよ。って、ほんとにどんな神経してるんだろ?あの派手なの』

 押されていると短絡的な表現をしたが、この二人には余裕がある。

 なにせ目標は足止め。現状この三機を釘付けに出来ていることは、作戦として順調といえるからだ。

 だが、できるならばすぐに倒して三日月達の応援に行きたいのも事実。それを加味していえば、やはり手こずっている。

 まず近接型の機体。阿頼耶識を使った者には及ばないが、反応も操縦も十分な実力がある。

 それでも、手数は機体数の絶対値分差ができる。そんな利点を、もう一機、離れた大盾のグレイズが潰す。

 正確に狙われる急所への射撃。躱すか防ぐが必須の攻撃。

 生まれるチャンスを幾度も潰されれば、味方への援護射撃を期待するのも頷ける。

 しかし残念なことに、両腕に持った大型ライフルは味方へ向けられない。ガンダムグシオンリベイクのパイロット、昭弘・アルトランドは歯痒い思いをしながらその銃口を海上の船に向けた。

「もう一撃入れる」

 阿頼耶識による位置補正を駆使し、未だ増援の見えない敵艦を攻める。

 

 

「そろそろか」

 リヒトは空を見上げ、待っていたそれらを視界に捉えた。

 降下するMS。サーフボードの様なものに乗りながら飛来する五機は、森で隔てる向こうの地へと降り立った。

『先輩、ここはお任せます』

『行くならさっさと行って下さい』

 集中している彼女にはリヒトの声は雑音でしかなかったようだ。

(まぁ相手を考えればな)

 タービンズのMS乗りが二人。相手にとって不足どころか少々過剰だ。

 リヒトは少しばかり爪痕を残すことにして、漏影二機の後ろを渡った。

「ちょっ!」

「逃がさないよっ!」

 文字通り逃がす気はなく、アジーの乗った漏影のメイスが迫る。

 そして、装甲が弾けた。

 肩、足のフレームが顕になる中、二機の中間地点で爆風が起こる。

「なっ!?」

 理解が追い突かず、弾かれたアジーの機体はバランスを崩した。

 砂場に倒れ、カメラに捉えた敵機の姿で初めて彼女は状況を飲み込む。

「バックパックを捨てたっ!?」

 リヒトは自らが装甲を剥がした。同時にバックパックも。

 そこに漏影のメイスが振り下ろされ、器官を壊されたショルダーブースターは爆発したのだ。

「悪いな」

 ライフルを捨て、ショートアックスを手にしたグレイズは漏影の左腕を切断する。

 この時、リヒトはしっかりとコクピットを狙った。それでも損害を受けた左腕が意味するのは、しっかりとアジーが回避したという事実。

(この人はここで死ぬ人じゃないからな)

 敵への信頼を胸に、リヒトは踵を返し進む。

『ごめん昭弘。そっちに一機行ったっ』

『あぁ。見てる』

 ラフタの声が届くと同時、昭弘はライフルをターゲットに向ける。

「味方と離れれば、狙える」

 二発の弾丸が一機のグレイズに向かう。

 一つは僅かに逸れ、もう一つが目標に着弾した。ただし、シールドに。

 それでも、昭弘の攻撃は失敗ではない。

 防御に徹したシールドは弾かれ、グレイズの手から離れた。第二波を防ぐ術を無くさせたのである。

「これでぇ!」

 グシオンが引き金を引くよりコンマ数秒早く、リヒトの機体はアックスを投擲した。

 放たれた斧は吸い込まれるようにライフルの砲身を切り裂く。

 破壊された右手のライフルを捨てながら、昭弘は左手のライフルを再度向ける。

「もともと弾数は少なかったんだ。それに……」

 先程は逸れた左手での射撃、その感覚は残っている。

「これで終わりだっ」

 阿頼耶識で修正した軌道を使い、回避行動すら取れぬ機体へと弾は進み

 ――穿つ。

 装甲を外した機体に耐久力を期待することはできない。

 リヒト・ストラトスの乗るグレイズは、爆散した。

 

 




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