機動戦士ガンダム 無血のオルフェンズ 転生者の誓い 作:江波界司
「なっ……」
手を止めたのは、イオクだった。
部下が死んだ。それも、目の前で。彼にとって、どれ程の衝撃だったかは言うまでもないだろう。
では、他の者はどうだろうか。
一度戦場に出れば、人は死ぬ。武器を持つからには、当然覚悟もある。当たり前のことは当たり前のことでしかなく、経験を積んだ彼ら彼女らにとっては見慣れた惨状。
故に、誰も止まらない。
『昭弘。ミカ達の応援に行けるか?』
それは鉄華団の頭、オルガ・イツカも例外ではない。
『団長。けど……』
『私たちなら大丈夫!昭弘、あっちの方行ってあげて』
『私も問題ないよ。これくらいじゃ、ねっ!』
『……了解っ!』
ライフルを離し、アックスを手に取ったグシオンは進む。目的地は島の開けた一角。ガンダムバルバトスと流星号、三日月・オーガスとノルバ・シノの下である。
『団長、こちらタカキ。誘い込み、もうすぐ完了です』
『分かった、俺も向かう。警戒は怠るなよ』
『了解』
無線を一度切り、息を整えるオルガ。作戦通りだからこそ気は抜けない。
「オルガ」
「なんだ?」
足元から聞こえる声は鉄華団の頭脳といえる男、ビスケット・グリフォンのものだ。
「ラフタさんとアジーさん。大丈夫かな」
「あっちは問題ないはずだ。MSの操縦に関しちゃ、俺達より余っ程だろうしな」
「そう、だね」
「ビスケット。屋敷に向かうぞ」
「了解」
走るMWは一つギアを上げる。
だが誰も、その姿を覗く視線には気が付かない。
✕✕✕
オルガの耳に分断作戦が成功した報告が入り、彼自身もそれを黙認した頃、イレギュラーは起こる。
『団長』
『タカキか。どうした?』
『団長に伝言が』
『伝言?誰からだ?』
『それが……』
タカキはさっきあった一部始終を語った。
「ビスケット。どう思う?」
タカキから聞いた話を嘘や冗談だとは考えない。オルガはそれら全てが事実だと確信して意見を伺う。
「その“名無し”っていうもの気になるけど、それ以上に気になるのがその伝言だ」
「『自分含めて家族だろ』か。いまいち何を言いたいのかが分からねぇ。その男の正体も関係してるなら……」
話は別。そう切り出そうとする理由は一つだった。
家族という言葉を、オルガ・イツカに対して言う人間は少なくないだろう。だがそれを、彼の価値観に合わせて言える人間となれば、当然数は限られてくる。
あの時、今の兄貴分に当たる名瀬・タービンに語ったオルガの覚悟を知る者は、数える程もいない。
もし仮にそれを加味して言っているのであれば、“名無し”を名乗った男の素性はより怪しく不明になる。
「とにかく、今は作戦に集中するべきだ」
「あぁ、そうだな。よし、ミカ達の所に向かうぞ」
「了解」
森を抜けるべく、MWは進む。
一方、海岸での戦闘はますます激化する。
「こっちにハンデがあるって言っても……やるっ」
アジーが相対する相手、グレイズとパイロットのジュリエッタは一歩も引かない。どころか、この二対一をものともせずに剣を交えていた。
「とはいえ、これが限界……ですか」
だがジュリエッタ自身、この現状を前に見切りを付け始めている。
一機は右腕半壊、もう片方もそれなりのダメージは与えているが、やはり厳しい。
彼女から見ても相手は相当の使い手。後ろにいるポンコ⋯⋯イオクを守りながらは戦い続けるには限界があるのだ。
『どうする?一気にやっちゃう?』
『いや、ここはこのままでいい。迂闊に攻め込んで援軍を呼ばれたら厄介だ』
『それも、そっか』
そもそも最初から怪しいかったことがあった。アジーが危惧していたのは明らかにすくない敵軍について。
ギャラルホルンがこの場面で兵を温存させる理由は分からないが、少なくともまだMSは出てくるはず。となれば下手に追い込まない方が得策。
(第一、ここでの役目は足止めだからね)
よぎる不安を振り払い、アジーは眼前の敵に向かってメイスを叩きつける。
機動力を生かして避けたジュリエッタは一度距離を取り、状況把握に努める。
「あの男、あっさりと⋯⋯」
浮かんだ新兵の顔は白々しい笑顔だった。
イオクが後ろにいる以上、ここは引けない。いや引く分には問題ないが、なんの手柄もなしでは⋯⋯。
一つ、深呼吸をし、落ち着ける。
「私は、私のすべきことをするだけ」
覚悟を言葉で形にし、ジュリエッタはブースターを点火した。
『来るよッ!』
『分かってるって、のッ!』
ラフタ機は最後の弾丸をグレイズに向け、放った。
ここまで戦えば分かることもある。アジーは敵機が交わすことを前提に、左手のメイスを構え接近した。
が、誤算。グレイズは予想外の行動に出る。
ラフタの射撃を躱すと同時、打撃によって変形した双肩の装甲を外す。
重量が違えば機動力も変わる。同じ出力でも軽い方が多く進むのは自然の理である。
想定以上の速さで動く機体にメイスは当たらず、グレイズは背後の回り、漏影の装甲を削った。
「くっ⋯⋯」
「アジー!」
二撃目はラフタの体当たりによって防がれた。左右に的を散らしながら、ジュリエッタはまた漏影から離れる。
互いに致命傷ギリギリの攻撃を繰り出し合い、防ぎ合う。
「部下の報いッ!」
緊迫した海岸から離れた場所では、未だ戦果ゼロの長距離砲が無作為に放たれていた。
✕✕✕
「頃合いだな」
高台で島の全体を双眼鏡で覗く男は呟いた。
来ている服も顔も、深く被ったフードによって隠されている。だが、僅かに策謀を練る怪しい笑みは現代世界に住む少し性格の悪い高校生のものに酷似していた。
男は懐から無線機を取り出す。
『先輩。こちらリヒト・ストラトス。頼みたいことがあります』
突然の死人からの通信に、ジュリエッタは進みかけた機体を止め、一度後退した。
『あなた、生きていたんですか?』
『はい』
『今まで何を?』
彼女に問いに、リヒトは黙る。
時間は少し遡り、オルガの乗るMWが島にある唯一の屋敷に向かった同時刻。男はその様子を覗き見ていた。
「さぁて、向こうの海岸付近、だったよな?」
自問自答の答え合わせは記憶頼り。現世での記憶を追いながら、男は目的地にたどり着く。
「誰だッ」
鉄華団の一人が銃を構えた。
「撃つな。敵じゃない」
両手を上げ、フードを被った男は彼かの前に現れる。
ここを任されたのだろう。タカキ・ウノが前に出た。
「誰ですか?」
「名前は無い。どうしても呼びたければ“名無し”でいい」
フードの男は一度は言ってみたかったセリフで答え、視線をある女性に向けなおした。
「クーデリア・藍那・バーンスタインさん、蒔苗東護ノ介さん、並びに鉄華団とお見受けした」
護衛を任された鉄華団は警戒を解かない。気にすることはなく、視線を近くにいたライド・マッスに向けて男は続ける。
「君たちの団長に、伝言がある」
「それ、俺たちがそうですかって伝えると思う?」
「素直に伝えることを勧めるぞ?その方がオルガ・イツカの為だ」
団長の名前を言い当てられ、その場の全員に緊張が走る。
何者か分からない。
それが共通の認識だった。
「自分含めて家族だろ。そう伝えてくれ」
返事を待たず、“名無し”の男は踵を返す。が、すぐにその足を止めることになった。
「待ってくださいっ!」
振り向き、声の主を見る。場違いにも、彼は思った。整った顔だな、と。
「あなたは、何者なのですか?」
疑問に思いながらも答えは得られないだろう。そう彼らが諦めた問いを、クーデリアは躊躇いなく突きつけた。
“名無し”は迷ったが、こう答えた。
「真の平和と革命を欲する者、と言っておく」
彼女に対し一切の偽りなく彼は答え、その姿を森へと消した。
さて場面は現在に戻る。
流石に目の前でクーデリアの身柄を諦めたとは言えない。リヒトは適当なことを言ってその場を凌ぐ。
『屋敷が囮に使われ、クーデリアの捕獲はなりませんでした』
事実だからこそバレない嘘。彼が得意とする話し方だ。この所為で現代で友達がいなかったのはご愛敬。
ジュリエッタがリヒトの言葉を怪しむ様子はなく、ごく普通に聞いた。
『そうですか。それで、何かあったんですか?』
これはリヒトが言った頼みたいことについて。リヒトは双眼鏡を覗きながら答えた。
『今、島の広場でMS同士の戦闘が起こっているんですが、カルタ・イシューの部隊がかなり危ない状況です。そこで――』
『助けに行けと言いたいのですか?』
ジュリエッタが現状動けないことは分かっている。が、リヒトはここでカルタを死なせることも、ビスケットを殺させることも避けたい。後者は概ね問題ないため、今は前者を救うことを優先したいのだ。
『ここまで来れば作戦は失敗です。ならばせめてカルタ・イシューに恩を売りましょう』
『⋯⋯なんともあなたらしい作戦ですね』
皮肉で返されたが、ジュリエッタはそれを承諾したようだ。
『イオク様。ここは私が引き受けます。イオク様はカルタ・イシューを援護しに行ってください』
『何?だが私は彼の報いを――』
『イオク様。リヒト・ストラトスは生きていますから。だから早く』
『あ、え。どういうことだ?』
『話は後で話します。とにかく撤退するので準備をッ!』
『て、撤退!?待て、鉄華団はどうなったのだ?』
「めんどくせ~」
無線で盗み聞きしているリヒトはため息交じりに零す。この二人、相性悪いなと。
『イオク様』
『その声は――』
『カルタ・イシューの命が危ないです。私のMSは破壊されてしまったので、今動けるのはイオク様しかいません。どうにかカルタ・イシューの撤退を援護して頂けませんか?』
『だが任務は⋯⋯』
『仲間を守ることも任務です』
『そうか。分かった、私が行こう。ジュリエッタ、ここは任せる』
『だからさっきからそう言っていますッ!』
イオク機が地図上の広間へ向かって移動を開始した。
「あ、逃がさないよ」
「あなたたちの相手は私です」
ラフタの移動ルートに割り込み、双剣を振るグレイズ。回避に一歩分下がった二機の漏影は隊長機の追撃を断念した。
『ごめん明弘。そっちに一機行っちゃった』
『問題ない』
応えた彼の声には余裕が感じられた。
✕✕✕
もともと、三日月・オーガスのガンダムバルバトスと、ノルバ・シノの一代目流星号が相手で時間稼ぎが可能な部隊。そこにグシオンリベイク、明弘・アルトランドが加われば、均衡は崩れる。
「なぜ⋯⋯こんなことが⋯⋯。私が、私の部隊が⋯⋯鼠如きに⋯⋯」
地球外縁軌道統制統合艦隊の隊長、カルタ・イシューはまさしく命の危機にあった。
バルバトスの持つ鈍器が叩きつけられ、グレイズの装甲が弾け、砕ける。
そして、とどめの一撃とばかりに三日月は大型特殊メイスを振り上げた。
「これで⋯⋯」
『なんだありゃッ!?』
それを振り下ろすより先、シノの声が耳を震わせた。
センサーが示す先からの砲撃。三日月は後方へと移動し、回避する。
弾丸が数秒前にバルバトスがいた地面に着弾した。
「あぶなッ」
『三日月、大丈夫か?』
『うん、平気』
シノに軽く返し、三日月は砲撃手へ目を向けた。やや離れた所にいたのは今までとはカラーリングが違う一機。彼は隊長機なのかと察した。
『イオク・クジャンから地球外縁軌道統制統合艦隊に告げる。私が援護する。すぐに撤退するぞ』
イオクの通信を聞いた生き残りの二機、カルタの部下は戸惑う。が、すぐに聞き入れ、カルタ機を回収した。
「くらえッ」
長距離砲が放たれ、鉄華団の三機は回避行動に徹した。ただし、そこまで大きくは動いていない。
「なんか、避けた方が当たりそうだな」
『三日月、シノ、気を付けろよ。あいつ、敵味方関係なく撃ってくるぞ』
『なんだそりゃ』
『迷惑だなぁ。ま、いいけど』
バルバトスがレンチメイスを握り直し、一歩踏み出す。
『待て、ミカ』
『オルガ?』
すぐにブレーキを掛けて止まる。視界には撤退中の三機と砲撃を続けるグレイズが映っている。
『追わなくていいの?』
『目的は達成した。深追いしなくていい』
『分かった』
一息入れて、オルガのもとに通信が入った。
『こっちも終わったよ』
『アジーさん』
『って言ってもあっちが撤退してっただけなんだけどね』
『分かりました。こっちに戻って来てください』
『了解だよ』
『了~解』
三日月が見張っていた四機のグレイズも島を後にし、戦闘は終了した。
✕✕✕
「それで、ビスケット。これでよかったのか?」
リヒトがいたのとは別の高台で、オルガは口を開いた。
「うん。いいはず」
なにが、といえば“名無し”の伝言のことだ。
オルガが家族を守ろうと決めたなら、まず自分を守れ。それが彼の言いたいことだとビスケットは結論付けた。
だからこそ、こうしてリスクを減らし、オルガは安全策で指示を出している。
「結局、あの男の正体は分からなかったな」
「仕方ないよ。それに、今気にしても意味がない。僕たちが今すべきなのは――」
「分かってる」
たとえ戦闘が終わっても、彼らの仕事は続いている。
そして、本当の居場所を探す旅も。
同刻、海上。
リヒトはグレイズの手の腕で潮風に当たっていた。
「よくもまぁ、生きていたものですね」
「流石に死にかけました。助けて頂きありがとうございます」
深追いがなかった為、ジュリエッタのグレイズは楽に撤退できた。
そこで海岸を離れてから一度戻り、ラフタ、アジーの死角でリヒトを回収したのである。
「そう言えば、結局手柄は得られませんでしたね。いいんですか?」
含みを感じる言い方は、ジュリエッタが彼の行動理念を知っているからだ。
それも、彼が本音を語ったかは謎だが。
「いいんですよ」
しかし、これは間違いなく本音。心からの言葉だった。
「私の戦績より、大切なものがありますから」
戦闘の描写って難しい……
感想お待ちしております。