機動戦士ガンダム 無血のオルフェンズ 転生者の誓い 作:江波界司
駄文にはご注意ください。
(関係なくね?)
アリアンロッド艦隊本部。
夜明けの地平線団のボス、サンドバル・ロイターの身柄を鉄華団に抑えられ、実質手柄無しのイオク隊と共にリヒトは帰還した。
「ご苦労だった」
ラスタルへの必要な報告を済ませ、彼はMSの整備場へ足を運ぶ。そこには回収した機体、ガンダムフレームが置いてある。
もちろん、そのパイロットも一緒に。
「どうですか、整備長」
「お、リヒト、だっけ?私は整備主任ってだけなんだけど」
「それは失礼しました」
(大して変わらなくね?)
アリアンロッドの整備主任、ヤマジン・トーカ。ヴィダールの機体の秘密を知る数少ない人物の一人。
彼女は損傷した装甲の撤去作業の横で、左手のデジタルファイルに目を通していた。
リヒトは彼女の横に並び、再度作業状況について問う。
「私も本物の阿頼耶識を扱うのは初めてだからね。少なくとも、今は君が言ったようにパイロットが起きるのを待つのが賢明かな」
本物の。ならば擬似的なものは体験があると。
事実を知っている彼は何も言わず、少女の乗る機体の隣を見た。
「ガンダムヴィダール」
「ん?あ、そうそう。これもガンダムフレーム。はぁ〜ただでさえヴィダールの整備で忙しいのに……」
ヴィダールの構造は本来ギャラルホルンで使われているMSとは異なる。それを知っているリヒトは、彼女の言葉はもう一方の機体の厄介さを示していると察した。
「やっぱり阿頼耶識ですか」
「それもあるけど、ビフロンスに関しては後ろの装備が、ね」
「ビフロンス?」
聞き慣れない言葉に首を傾げたが、トーカの目線の先を見て理解した。
「この子の名前だよ。厄祭戦時のガンダムフレーム、その72機の内の一機。機体名、ガンダムビフロンス」
(ビフロンス……)
現代での知識を辿り、脳内検索で引っ掛かった。
(確か正体不明の悪魔だったか)
随分と皮肉の効いた悪魔だなと、リヒトは静かに微笑んだ。
正体不明。まさしく誰かも分からない少女が乗っていれば、名は体を表すもいい所である。
「それで?君はどうするのかな?」
「しばらくここにいようかと」
「へぇ〜」
ラスタルからの厚意で、一週間ほどの休暇を貰った。とはいっても地球へ帰れるわけでもなく、何か起こればその都度召集される。要は業務の軽量化みたいなものだ。
「ま、自分が乗る機体だろうし、気になるものだろうね」
「はい。あ、え、は?俺がですか?」
「ん?え、違うの?」
どうやらトーカは発見したリヒト本人がこのMSのパイロットに任命されると思っているらしい。
正式な発表はされていないが、ガンダムフレームの入手と長期の業務監督の成果により、リヒトはラスタルからそれなりの発言力と行動の自由が認められている。
が、それは指揮官としての有望さを買ってのこと。誰が射撃だけしか能のない兵を
「アリアンロッドで一番の使い手はジュリエッタ先輩でしょう。ならこいつも先輩が乗るのがベストですよ」
あぁ、と付け足すようにリヒトは視線を別の者に向ける。
「彼の実力はまだ分からないので、今の選考からは抜きましたが」
リヒトが見つめる人物。頭ごと覆ったヘルメット状の仮面を被った男、機体と同じ名前、ヴィダールはフフッと零した。
「あなたが、あのガンダムのパイロットですよね?」
「そうだ。君と会うのは初めてだな」
「リヒト・ストラトスです」
「ラスタルから聞いている。ヴィダールだ」
よろしく、と互いに言い合う。その後ヴィダールがそれ以上何かを言う様子はない。
リヒトはこの男の正体を知ってはいるが、そこに触れても利点はなく、すぐにビフロンスへ移動した。
開かれたコクピットでは、未だ意識が戻らぬ少女が眠っている。
(ヒューマンデブリ……)
鉄華団を知っているからこそ、彼女の存在が悲壮的であった。
彼らが反乱を起こす前、CGSという名前だった頃も、宇宙鼠で女は不要とされていた。だからこそ、タービンズのような組織は珍しく、そうでなくとも女の子が戦場で阿頼耶識を使うものか。
リヒトには彼女がどれだけ苦しい思いをして来たのかは分からない。それ故か、彼はオルガ・イツカの気持ちを少しだけ察した。
(死なせたくない、よな)
出来ることなら守りたい。そう思う彼の感情が、誓いをより強く心に刻んだ。
「阿頼耶識か」
そんなリヒトの後ろ姿を見ながら、ヴィダールは渦巻く感情を仮面に隠した。
✕✕✕
日が変わっても、彼のやることは変わらない。
ただひたすらに少女が起きるのを、リヒトはコクピットの前で待っていた。
「ここにいたのですか」
聞き覚えのある女の声に振り向き、ジト目を向けるジュリエッタを視界に捉える。
「先輩ですか。何か用がお有りで?」
「いえ、新しい機体を見に来ただけです。イオク様とようやく離れられたので」
(存在が問題児みたいな人だからな。ラスタルも目を付けておきたかったんだろう)
戦闘がなければ兵に役は来ず、暇なのだろうとリヒトは勝手に想像していた。
特に用がないのだと分かり適当に返そうとリヒトが口を開く寸前。
「――んっ……」
吐息にも似た声が聞こえた。
二人の視線が一点に集まり、微かに目を開く赤毛の少女と目が合った。
瞬間、目を見開き、少女は自分の右腰へ手を伸ばす。その手は空を掴む。
驚き混じりに少女が手の先を見ると、彼女が本来持っているはずのそれは無かった。
「悪いけど、コレは回収させてもらったよ」
リヒトは行動からそれを察し、彼女のホルスターから抜き取っておいた拳銃を人差し指に引っ掛けながら見せる。
一瞬の戸惑い。顔を真っ青にした少女は、すぐに切り替えて口を大きく開いた。そして――
「っ!?バカっ!」
左の頬を打たれた。だが、彼女が知っている痛みには到底及ばぬ程力のない拳だった。
勢いで右を向いた顔を正面にやると、今自分を殴った右手で、顎から持ち上げるようにして口を塞がれた。咄嗟のことに反応が遅れたが、少女は抵抗するように両手で男の右腕を掴む。
「ん――ん――」
「ふぅ……」
「……いきなり女の子を殴って、さらに口を塞ぐ。あなたは鬼ですか」
どうにか収まったと胸を撫で下ろすリヒトに、後ろから軽蔑の感じられる声が飛んだ。
「仕方ないでしょう。今こいつ、死のうとしたんですから」
「ん――っ!」
驚いたのは赤毛の少女だった。たった数秒、言葉すら交わしていない男が自分の行動を読んで、理解したことに。ともすれば恐怖した。
「何を根拠に」
それを信じる理由もないジュリエッタはやれやれといった様子で聞く。
「最初、この子は自分の銃を探した。見知らぬ男が目の前にいればそりゃ防衛目的だって思いますよ」
けど、と続けた声は、彼自身気付いてはないが、相当に冷たかった。
「次の行動は殴り掛かるでも防御するでもなく、舌を噛もうとするだった。……つまり、自分が乗っていた船以外の人間に見つかった時点で死ぬ気だったってことですよ」
言い切ったリヒトは俯き、歯ぎしりを堪える。が、堪え切れていない。
(どう躾たらこんな行動取るんだよ。ウィングのパイロットじゃあるまいし)
数度深呼吸して落ち着かせ、少女と目を合わせる。
「いいか。お前がいた船は沈んだ」
冷徹な事実は人を傷付ける。それを知っていても、リヒトは言わぬ訳にはいかない。
「もう誰も、お前の死ぬ理由にはならない」
もしこの先、彼女が戦争に巻き込まれれば、誰かが死因になる事はあるかもしれない。だが、少なくとも、彼女が自ら死ぬ理由となる存在は、もういない。
あの船でどんなことがあったかは知らない。それでも、彼は救える命を救う。守れる命を守る。そう誓ったのだ。
「手を離すぞ。また舌を噛もうとしたら、また殴ってでも止めるからな?」
口を塞いでいた手が離れても、少女は動かない。どうやら何かしらの諦めがついたようだった。
「……もう、私は戦わないの?」
「あぁ。戦わなくてもいい」
阿頼耶識の少女。これまで何度も危険な目に会って来ただろう。タービンズの過去を思えば、女でヒューマンデブリの彼女は、どれだけ過酷な生き方をしていたのか。
「……もう、これも必要ないの?」
少女は左手を伸ばして、自分の右肩の裏を触る。彼女が示しているのは、背中にある機械的な突起。阿頼耶識の本体のことだ。
「あぁ。使わなくてもいい」
そこまで聞いて、少女は俯く。
「……もう、私は……要らないの?」
「……」
彼女の問いに、リヒトは生唾を飲んだ。
(そうか。だから彼女は、死のうとしたのか)
いくらヒューマンデブリといえど、女の子が歓迎されることはまずない。男の様に力仕事すら出来ないのでは、それこそ愛玩具のような奴隷の扱いを受ける位しか。
だが、彼女は阿頼耶識を持っている。MSで戦うことが出来るのだ。
逆に言えば、それだけが彼女の存在理由。
整備不良な所からも推測できるが、あの船はこの少女を他のヒューマンデブリよりも更に安値で買った。阿頼耶識があればMS一つでそれなりの自衛が可能。デメリットと言えば、他で使えないことくらいだった。
その姿が、バルバトスに乗り続けた三日月・オーガスと重なる。
「そんなことない。俺がどうにかしてやる」
彼らしくなく、何とも曖昧な答えだった。聞かれたことに答えているかも怪しい。
(多分、この子は、誰にも知られずに死ぬ筈だった)
それはあの一戦が、原作と全く無関係なところで起きた戦闘だったからだ。
それをリヒトは救った。原作に関係の無いところで、関係の無い命を守った。
それはある種、彼の望む平和への原作ブレイクでもあった。
「俺はリヒト。君の名前は?」
「……」
一度トーカへ連絡を取った後、リヒトはまだコクピットから出ない少女と話していた。出ないのは阿頼耶識の接続があるからだ。
見た目で10歳前後の少女は、目を下に向けたまま黙り込む。
「何故名乗らないのですか?」
「威圧的に聞かないでくださいよ先輩」
ジュリエッタの性格上、こういったことにモジモジとするタイプは合わない。リヒトもそれを知ってはいるが、流石にどっか行けとも言えなかった。
「……な……7」
「7?数字か?」
「……7番」
この少女、既に名前がなかった。いや名前がないのではなく、忘れているというのが正しい。
(よく考えたら、こんな小さい子が阿頼耶識でMS乗るってのは……)
かつて阿頼耶識の手術を三度受けた三日月ですら、初陣ではその情報量に出血した。
それを更に幼い歳で……脳への影響は彼以上だと推測できる。
「流石に7番って呼ぶのは……。先輩、何かいい名前ありませんか?」
「名前ですか。何でもいいとは思うのですが。……では、“ナナ”でどうです?」
「聞いた私が馬鹿でした。忘れて下さい」
「何故ですかっ!?」
(いや、ネーミングセンス以前にデリカシー疑うぞ。脳筋)
彼女にとって7番というのは、ヒューマンデブリである暗い過去の証明でしかない。それを生涯使うというのは、その過去を生涯背負いながら生きることに他ならない。
昌弘やアストンの様に、ヒューマンデブリは生きる価値がないと考えて暮らすことになりかねない。
「お〜い。目覚めたかい?あの女の子」
ヴィダールの方が一区切りついて、ようやくこちらに来たトーカ。すぐに少女とガンダムの接続を外し、彼女をシートから引きずり下ろした。
「これでようやく中身を弄れるよ。あ、君はそのお兄さんの言うこと聞いてね?えっと……」
「あ、名前。この子、名前がどうやら無いようなのです」
「そうなの?」
トーカの問いには答えず、リヒトは少女の手を引いた。
「取り敢えず、この子についてどうするかはラスタル様に聞きますか」
「それが賢明です」
ふと見れば、項の辺りには穴の空いた装置がある。阿頼耶識の接続口だ。
少女が着る子供用のノーマルスーツの上に、リヒトは自分の上着を被せた。
不思議そうにこちらを見る少女に、目を合わせず応える。
「ギャラルホルンじゃ、阿頼耶識は好まれないからな」
見られてどうこうなるかは分からない。せめてもの配慮で背中を隠し、三人はラスタルの部屋を目指す。
道中。数歩分前にいるジュリエッタが、首を捻ってこちらを向いた。
「ところで、あなたのその喋り方。どうにかなりませんか?」
「どうにかとは?」
「その上っ面の敬語のことです。さっきは一人称も変わっていましたし。不愉快なので普通にして下さい」
ここしばらく同期としか話していなかった所為か、変なところでジュリエッタに突っ込まれた。
「これが私の普通ですよ?先輩」
「ですから、その話し方が不愉快なんですっ」
(敬語使って不快って言われたらどうしようもなくね?)
面倒な人だと諦めて、ならば一人称くらいは普通にしますと返した。タメ口は周りの目を考えても避けた方がいい。
気兼ねなくはいかないが、まぁ気張らず話せるのは得か、と前向きに考えることにした。
やれやれと思いながら頭を下げると、大きすぎる服を被った少女が見える。
(名前、考えとかないとな)
赤毛の少女は成すがままの右手を引かれながら、先導するジュリエッタの背中を見ていた。
早く続きが書きたい。
けど忙しい……。
不定期更新ですが、出来るだけ早く書けるよう頑張ります。
感想お待ちしております。