機動戦士ガンダム 無血のオルフェンズ 転生者の誓い 作:江波界司
いや本当に。
マクギリス・ファリドの下へ、一つの通信が入った。
「よう」
「やぁ。待っていたよ」
画面の先、オルガ・イツカと目を合わせ、彼は微笑む。ようやくか、と。
「それで、答えは出たのかな?」
「ああ。保留にさせてもらった件だ」
数日前、マクギリスはモンターク商会として鉄華団に仕事を依頼した。その内容こそ夜明けの地平線団討伐。
鉄華団は仕事を完遂した。
その後、彼はある事をオルガ・イツカに持ち掛けたのである。
注釈を省けば、今後もマクギリスの力になってもらう。
これは決して比喩的な表現ではなく、彼が目的を達成するための足掛かりになって貰うということ。その為に、マクギリスは鉄華団に対して大きな報酬を提示もしている。
「『火星の王』に、なる気になったか」
ギャラルホルンを掌握できた際の報酬。家族を守る上で、鉄華団にとってここまで大きなメリットはないだろう。なにせ、ギャラルホルン直々の許可で火星を扱えるのだから。
「まぁ、そうだな。俺は、俺達は火星の王を目指す」
「そうか。なら……」
交渉は――
「あんたの話には乗らねぇ」
「――っ!」
マクギリスの誤算。それは彼らが一つの思いを持ちながらも、複数の考えで動いていることだった。
「俺達はあんたの為に命を捨てる気は無え。もちろん仕事なら受ける。が、こっちもしっかり吟味した上での話だ」
どうにもあんたの話は胡散臭ぇ、と。オルガは片目だけでマクギリスを睨んだ。
「……火星の王を諦めるのか」
「だから言ったろ。俺達は“目指す”ってよ。そんなもん、自分達で手に入れる」
マクギリスは目を閉じ、組んだ手の上に顎を置いた。
少しの間が頭をクリアにする。
「分かった。ではこれからもよろしく頼む。もちろん、ビジネスパートナーとして」
「ああ」
画面は誰の姿も映さず、自分の影だけがそこにあった。
誤算。いや、鉄華団を舐めていた自分の純粋なミス。
立ち上がり、沈む前の夕陽に向かって彼は呟いていた。
「運命はまた、私の未来を閉ざすか」
✕✕✕
「これで良かったんだよなぁ」
背もたれに寄りかかり、手の甲を額に付けながらオルガは零した。
彼だけの視点から見れば、この取引は受けるべきものだ。だからこそ、少しだけ後悔もある。
「良かったよ。少なくとも、僕はそう思う」
彼の隣で、フォローするようにビスケットは声をかけた。
マクギリスと直接会っての交渉の時、こうして持ち帰って決めることを提案したのも彼である。
「最短で行く。それには賛成だ。だからこそ、その道は慎重に選ばないといけない」
家族を守る為にオルガは進む。ならば自分はオルガを止める。アクセルだけではレースに勝てない。ハンドルもブレーキも必要だ。
それを理解しているビスケットは、こうして慎重に動いたことに後悔はしていなかった。
「じゃ、早速仕事だね」
「分かってる」
次の業務へと、違う形の二人は歩む。
✕✕✕
ラスタル・エリオンの前。リヒトは頭を下げていた。
「地球に、か」
「はい。どうかお許しを」
イオクのように立場がある訳でも、ジュリエッタのように力がある訳でもない彼は、ひたすらに懇願する。
リヒトがラスタルに頼んでいるのは地球への降下。それも自分と、あの少女だけでだ。
いくら仮休暇中とはいえ、いきなり月から地球では我儘が過ぎる。
「その辺を考えずに言うほど、君は浅い考えで動く男ではないか」
ラスタルが顎を擦りながら悩む。その背景には彼が裏で進めている作戦があったからだ。
夜明けの地平線団との一件もあり、現時点でマクギリスと鉄華団の繋がりを前提に動いているラスタルは、地球からマクギリスへ打撃を与えようとしている。
――ここでアリアンロッドから地球へ降下したとなれば、こちらへ矛先が向くやもしれん。
神経質になるのも無理はなく、彼がガラン・モッサに依頼した仕事は中々に込み入っていた。
「ただの休暇で地球へ行く。言葉以上に不自然なことだ。部下からの目もあるだろうし、私からは許可が出せんな」
やんわりと断ろうとするラスタルに、リヒトは内心笑う。
(ありがたいくらい予想通りだぞ、おっさん)
「でしたら、マクギリス・ファリドへ手紙を送るという口実にはどうでしょうか?」
リヒトが初めから用意していたのだと感じたラスタルは続きを促す。
「手紙とは?」
「夜明けの地平線団討伐。頭であるサンドバル・ロイターの身柄を抑えたのは鉄華団とマクギリス・ファリド直属の部隊。その功績を賞賛する内容で送るのはいかがでしょう?」
「今どき手書きの文面ですか」
ラスタルの横から突き刺すジュリエッタ。
確かにこのご時世。通信で送るのが普通な文書を、わざわざ紙とインクで作る必要はない。
(けど、いるんだよ。そうする建前のある人物が、な)
不敵な笑みを隠しながら、平静を装って言う。
「イオク様が適任でしょう。あの戦闘に参加していますし、尚且つクジャン家としての立場もあります」
ただし、彼がわざわざ手柄を取られた相手に讃賞の言葉を言うかは置いておく。
「イオクか……」
ラスタルは、目の前の男の狙いだけが気になっていた。
探りを入れようともリヒトが簡単に言うとは考えられず、ラスタルは正面からぶつかることにした。
「そうまでして地球へ行きたい理由を聞こうか」
逆に悩まされる立場になったリヒト。言い訳や綺麗事が大量に作られるが、そんなのを聞かせてもラスタルを説得する材料にはならない。
「それは――」
なので、正面からぶつかることにした。
✕✕✕
自室に戻り、リヒトは自分が普段使っているベッドへ目へ向ける。
そこには赤髪の少女が座っていた。
彼女は現在捕虜として扱っているが、ラスタルへリヒトが直接頼み、一時自分の部屋で様子を見ることにしたのだ。
「見張り、頼んで悪かったな」
「いえ」
女性兵は一礼し、部屋から出ていく。一応自分より後に配属されたらしいが、そもそも名前も顔を知らない。
リヒトは彼女から見て正面にあるデスクの椅子に座り、一息つく。
「えっと、取り敢えずはどうにかなりそうだ」
曖昧過ぎて少女は反応が出来ず、そうですかとだけ応えた。
静寂。室内が真空になったかと錯覚する程の静けさが二人を包む。
「あ〜、そうだ。お前の名前」
頭を掻きながら視線を泳がせたリヒトは、どうにか話題を引きずり出した。
「……名前」
「あぁ。悪いけど勝手に考えた。気に入らなかったらまた考える。好きに言ってくれ」
深呼吸で自分を落ち着かせ、彼女の目を見る。
「お前の名前は、“ルナ”だ」
「……ル、ナ……」
「俺の故郷の言葉で、月って意味がある。ここは月外縁軌道統制統合艦隊だからな。まぁ、そういうことだ」
正確には日本語ではないが、細かいところはいい。
ルナ……と、少女は会って数時間の男に言い渡された名を、小さく繰り返す。
「あ、苗字。やべぇ、考えてなかった。えっと……」
「……いい。要らない」
「え?」
完全に命名拒否を受けたのかと思い、リヒトは固まる。
「いや、ほら。名前ないと不便だろ」
「……違う。……違います。……ルナ、だけでいい。です」
「あー、そういう」
と、納得しかけたが、ん?
確かに、別に苗字はなくてもいいかもしれないが、それではヒューマンデブリだった頃の扱いを思い出さないだろうか。
その他小心者過ぎる心配を重ねるリヒトに、少女、ルナは続ける。
「……初めて貰ったから。私が生まれた場所だから。……これがいいです」
「……」
家名を大事にする考えは、正しいを断ずることは出来ないが、理解しやすい。受け継いだ意志や歴史を背負うのは、それだけで誇りになる。
彼女にとってルナという名は、そんな重みを持った家名よりも、ずっと思いがある。
初めて自分を、ヒューマンデブリではなく、人として認めてくれた証拠なのだから。
「そうか。じゃあ、これからよろしくな?ルナ」
「……はい」
親が子の名を決める時、その名前には思いを込める。
リヒトが彼女に言った言葉にも、思いはある。それこそ、月で生まれ変わったという願いが。
(赤髪だからルナマリア・ホークからとった、ってのも……)
あったが、それは墓場まで持っていくと。俯きながらも笑みを零す少女を前に、彼は漢の決意で誓った。
✕✕✕
「私がマクギリスに手紙を?」
「そうだ。イオク、お前に頼みたい」
リヒトの申し出を受けたラスタルは、すぐに行動に出ていた。
「いえしかし、何故私が」
「私はマクギリスにマークされている。手紙を書面で出したとなれば過剰な対応を取られかねん。逆にお前からの手紙が届けば、奴の目は月に向くだろう。そうなれば地球での仕掛けも動きやすくなる」
「なるほどっ!」
僅か十数秒で納得し、イオクはラスタルの部屋を後にした。
この説得も含めて、あの男の策略かと。複雑な気分でラスタルは息を吐く。
「地球での件。ジュリエッタとイオク、それとヴィダールにしか言ってなかった筈だが」
ジュリエッタの可能性はまず無い。次にイオクだが、あくまで一部だけの秘密としたことを喋る男ではない。
ではヴィダールか。しかし、いくら話をしたとはいえ、リヒトに対して作戦を告げるとは思えない。
(独自に掴んだ。……まさか、な)
ギャラルホルン内でそんな事が出来れば、いっそスパイとしてマクギリス一派に送り付けたい程の逸材だ。
窓から覗く宇宙を見ながら、彼の意識はその先の星へと向けられていた。
✕✕✕
小型の宇宙船が一つ、アリアンロッドから出発した。
「何故私が……」
操縦桿を握る横では、ジュリエッタがブツブツと誰に言うでもない文句を並べている。そして並んだ二つのシートの後ろに、赤毛の少女、ルナが座る図だ。
「仕方ないですよ。ラスタル様からの命令なんですから」
十中八九監視役だろうと覚悟したリヒトは、特別緊張も不満もない。自分の行動が他の者から見たらどれだけ異常なのかは理解しているつもりだった。
そんなことを気にしている場合じゃない。
すぐにでも分岐点は来る。次なる死者は、アストン。
彼が死ねばタカキも鉄華団を去ることになる。それが彼にとって幸か不幸かは判断しかねるが、友人が死ぬ不幸を比べては何もかもが幸せになってしまう。
(地球へ来れたのはかなりの好条件だな)
これなら行動しやすい。見張りはいるけど。
「そう言えば、来る前にラスタル様から呼ばれていましたね。どんな話を?」
出発前、数分ばかりラスタルと話した。その間ルナと待っていた彼女が気になるのは無理もない。
「イオクのとは別に、伝言を頼みたい」
「俺にですか?……と、失礼しました。私にですか?」
「無理するな。ジュリエッタから少し聞いた。面倒なら普通にしていい」
「そう、ですか。分かりました」
ここで上官に気を遣わせたのが少し気後れしたが、すぐにリヒトは切り替えた。
「それで、何を」
複数の意を持った質問。何故自分なのか。ジュリエッタではダメなのか。そして誰に何を言えばいいのか。
それらを全て察してラスタルは答える。
「マクギリスに『力だけではどうにもならない事もある』とな。これをジュリエッタに言わせるのは、少しばかり心が痛む」
(なるほど)
彼は彼で、ジュリエッタの気持ちを受け入れている。だからこそ、力を求め、強くありたいとする彼女では、ラスタルの言葉を聞き入れることすら難しいかもしれない。
「分かりました。必ず伝えます」
「頼む」
部屋を出て、扉が閉まってから気付く。
(ラスタルがマクギリスに、塩を送った?)
と、そんな事があった。当然、ジュリエッタには言える話ではない。
「ルナの扱いには気を付けろ、だそうだ」
至って平然とでっち上げの伝言を吐く。
ジュリエッタは納得したようで、ヒューマンデブリをギャラルホルンが云々。
彼女がシートからずらして後ろを見ると、サイズの合わない服を来た少女と目が合う。
有りものの服をどうにか着せたが、やはり大きい。この歳では仕方ないことではある。
「もうすぐ地球ですよ」
月外縁軌道統制統合艦隊の検査を潜り、彼らは地球へと降下した。
✕✕✕
作品設定、少し変えました。
特に意味はないです。
感想お待ちしております。