愛美は自分のデッキの上に手を置いた。このゲームにおいて、その行動はサレンダーと称されており、それはひとえに降参を意味する。もちろんサレンダーが成立するのは愛美から見て相手、つまり皐月がそれを認めなければいけない。
皐月はまだ1ターン目なのに、とちょっぴりふくれっ面をしてみせるが、愛美の手札は2体のヴァレルモンスターに強固な耐性を与えるキングドラグーン、バーンダメージを無効化するマテリアルドラゴン、攻撃力3000のレヴィオニアの盤面を覆せるものではなかった。そして何よりそれを見かねた遊希たちが止めに入ったのも大きかった。
「おバカ! やりすぎよ!」
「そうよ! あたしが紫音相手にウイルスコンボ決めたのが可愛く思えるレベルよ!」
「ひぃん……ごめんなさい」
(どっちも可愛くないと思うがな……)
「取り敢えず、愛美に一言謝っておきましょう?」
遊希に諭されて愛美の下へと歩み寄る皐月。愛美は下を向いて俯いたままだった。
「あの、藍沢さん……」
「……」
「あのですね、ちょっとやりすぎてしまったかもしれませんが……私としては無敵のデッキなんてないということをお教えしたくて……」
「すっごーい!」
「ふぇっ!?」
顔を上げた愛美は目をキラキラと輝かせていた。あれだけ酷い負け方をした後とは思えないリアクションに皐月は思わず後ずさりをする。
「あんなデュエルができるなんて、さすが皐月さんだね! ボクもあんなデュエルができるデュエリストになってみたいよ!」
「そ、そうですか……」
「でもそれにはますますレベルアップする必要があるみたいですね! ボク、頑張ります!」
「は、はい。一緒に頑張りましょうね!」
*
「あの、3じになったらみんなでおやつをたべたいでしゅ……」
未来のその要望を受けて3時からはおやつの時間と決まったため、今から2時間ほどそれぞれ別れて個別指導という形になった。皆ロッジのあちこちで自分が受け持つ参加者たちの指導にあたる。鈴は紫音をロッジのベランダにあたる箇所で屋外に設置されている椅子に座りながら彼女のデッキを確認する。
「なるほど……あたし【ブラック・マジシャン】デッキを使ったことはないけど、デッキはしっかりと練られているみたいね」
鈴が見る限り、結衣のデッキに不備はなかった。エースモンスターであるブラック・マジシャンはもちろん、それをサポートできるカードは問題なく入っている。もちろん使ったことがない以上このデッキについては素人ではあるが、それでも気付いたことを素直に言ってみることにした。
「ブラック・マジシャンは効果を持たない通常モンスターだけど、サポートカードが豊富なのが売りだと思うんだよね。それこそデッキにはブラック・マジシャンを除けば、モンスターは幻想の見習い魔導師やマジシャンズ・ロッドしか入れないってケースも多いくらい」
「そうですか……」
「でも、ブラック・マジシャンのサポートカードだけ入れればいいってわけでもないと思うよ。例えば……相手の妨害を回避するためのカードとか入ってるといいかもね」
「わかりました、妨害用のカードとなるとどのようなカードがいいと思いますか?」
「さっきのあたしとのデュエル……キーはどこにあったと思う?」
そう言われて紫音は先程の鈴とのデュエルを思い出す。全てが狂いだしたのはもちろん本来の【青眼】にはまず入らないであろうあのカードだ。
「闇のデッキ破壊ウイルス……」
「そう。あれは罠カードだからそれを止められるカードを入れるとかね。《レッド・リブート》とかどう?」
レッド・リブートはライフを半分支払うことで手札から発動できるカウンター罠カードだ。相手の罠カードの発動を無効にし、それをセットさせる効果を持っている。また、このカードを発動したターン相手は罠カードを発動することができなくなる。罠カードを主戦力とする【オルタ―ガイスト】などに比較的有効なカードであった。
「なるほど……ですが、それを引き入れられなかった時は……」
「引けてなかったんなら、引いちゃえばいい。増殖するGとかでね」
紫音は鈴から聞いたアドバイスを忘れないようにメモ帳に記入する。彼女はやはりその性格上、勉強熱心なようだった。しかし、しかし、問題は別のところにあることを鈴は気づいていた。
「まあ、デッキの内容はぶっちゃけどうでもいいんだけどね」
「どうでもいい、とは……」
「さっき紫音は自分で自分の弱点を言っていたじゃん。想定外の事態に弱くてパニックになってしまう、って。どれだけデッキの完成度が高くても、その域に達していないデュエリストが使ってしまえばただの紙束になっちゃうんだよね。あたしもまだ青眼を使いこなせてるとは思ってないしさ。だから、紫音がそのデッキを使いこなすためには、紫音自身が強くならなきゃいけないんだよ」
「……私自身が」
「そう。まあいきなり強くなれ、なんて言えないし無理だからさ。ここは、場数を踏んでいこ! 実践あるのみ、よ!」
*
「うちの理想は、リンクモンスターである【X・HERO】も搦めてE、D、MのHEROを総並べして勝つことなんや!」
様々なタイプの【HERO】を共存させるデッキの華は、自分のデュエルの理想を熱く千春相手に語る。勝つことも当然大事ではあるが、自分の考えたコンセプト通りにデッキを動かすこともまたデュエルの醍醐味の一つと思っていいだろう。
「あ、それわかるわ! 私もサイバー・ドラゴンが絡むモンスターをいっぱい並べたいって思ってるもの!」
「せやろ、せやろ! でも実現するのはともかく、並べてもなーんかひと押し足りへん気がするんねんな……ほら、HEROって全体的に打点低いやん?」
「確かにそうよね。《E・HERO オネスティ・ネオス》である程度は補うことはできるけど。あ、じゃああのカードは入れないの? 最近強化された……」
「……それって【E-HERO】のことやろ?」
華の言うE-HERO(イービル・ヒーロー)とは、HEROの名を持ちながらEの文字がEvil(悪)を指すまさに悪のヒーローとも呼ぶべきモンスターである。HEROの名を持つため、HEROサポートカードの恩恵を受けることはできるが、種族が戦士族ではなく悪魔族であったりと色々と毛色の違うテーマであった。
「悪いけど、それはパスや。うちはE-HEROはHEROとして認めへん」
「なんでよ?」
「HEROは正義であるべきなんや。ほら、正義の象徴たる虎の野球チームに悪の象徴である兎の野球チームの選手入れたら違和感バリバリやん? それと同じや」
「何よその例え」
例え話の意味はよくわからないが、どのような形であっても華には華のこだわりというものがあるのだろう。ならばそれを尊重するのもまた先輩としての役割だった。
*
「なるほど……愛美さんのデッキですが、トリックスターのバーンダメージを更に強化したもののようです」
皐月もまた愛美と橙季のデッキを確認していた。愛美のデッキは【トリックスター】だけあってバーンを重ねて相手にダメージを与え、トリックスター・リンカーネーションのハンデスで勝つことを意識したデッキとなっていた。必要なカードを早めに揃えることができれば、先ほどの橙季とのデュエルの時のように相手に何もさせずに勝つことだって可能なポテンシャルを秘めている。
「へへっ、褒められちゃった。さすがボク」
「しかし、そのデッキにも欠点はあります」
「さっきの皐月さんとのデュエルですね」
「はい。相手が先攻を取り、1ターン目に先程の私のようにバーンダメージ対策のカードを引き当ててターンを愛美さんに回します。そうなれば愛美さんのデッキはほぼ手詰まりと言っていいでしょう」
「確かに……」
アカデミアでのデュエルや今回のイベントでは基本シングル制のデュエルだが、大会ではマッチ制を取り入れているところもたくさん存在する。その場合、1戦目で相手のデッキを見極め、2戦目以降でサイドデッキに入れてあるこのカードを入れて来ることが予想される。そうなった場合の対処カードを入れておかなければ愛美に勝ち目はまずないだろう。そう言った駆け引きの巧さもまたデュエリストには求められるスキルなのだ。
「そうだなぁ……じゃあいっそデッキ変えちゃったりした方がいいかな?」
「ええ……そ、そんなところで思い切りの良さを発揮しないでくださいね。えっと、次は橙季さんのデッキですが、サイバース族が好きとだけあってサイバース族のオンパレードですね」
心はリンクリボーの人形を肌身離さず持つなど【サイバース族】がお気に入りなのは見て取れるが、彼女のEXデッキには《デコード・トーカー》のような【コード・トーカー】の名を持つリンクモンスターが数多く投入されていた。
「サイバース族は新進気鋭の種族とだけあってサポートカードは多く作られていますが……さすがにリンク召喚に特化され過ぎている印象を受けます。幻創竜ファンタズメイなどのカードで相手にアドバンテージを稼がれる可能性は高いですね」
「では、私のデッキはどうすれば……」
「もう少しEXデッキのモンスターの幅を広げてみましょうか。幸い勝ち筋は見えていますから……」
*
一方で皐月と同じくヴェートのデッキを見たエヴァは悩んでいた。ヴェートのデッキであるが、今回一緒にチームを組んだメンバーの中で最年長だけあってデッキの構築自体は問題ない。
(デッキはよくできている。だが、彼女が一生懸命考えて作ったデッキに赤の他人である私が手を加えていいのだろうか……)
しかし、より高みを目指すには捨てなければならないものも存在する。それがデッキを組む時に作ったコンセプトだ。彼女のデッキは【ウォリアー】Sモンスターが多く、ジャンク・ウォリアーをはじめとしたSモンスターで戦うということが見て取れる。しかし、そのコンセプト通りのデュエルをしていればやがて限界は来るだろう。壁にぶち当たった時、改めてヴェートは選択を迫られるのだ。
「エヴァさん? どうしたんですか?」
「……いや、なんでもないぞ」
「もしかしたら私のデッキに問題があるんですか?」
「そ、そんなことはないぞ! すごく出来のいいデッキだ!」
―――エヴァ、そのギャグはつまんない。
(ギャグだと? 私は真剣だぞ!)
「……エヴァさん」
ヴェートは無理やり笑顔を繕うエヴァのおでこをツンと突く。エヴァは奇妙な声を上げて驚いた。
「エヴァさんは優しいんですね。こんな私のことを気遣ってくれて……」
「ヴェート……私は酷いデュエリストだ。デュエリストの想いが込められているデッキにメスを入れようと思ってしまった」
「ですがエヴァさんは指導する立場なんですよ? もし私に至らない点があったら言ってください。エヴァさんの言葉には力がありますし、私はエヴァさんを信じていますから」
「……すまない、そうだな」
*
「えっと、まずは基本からおさらいするわね? デッキは最低40枚、最大60枚のカードで作られる。そして1枚も入れられない禁止カード、1枚しか入れられない制限カード、2枚までしか入れられない準制限カードがあるの。それ以外のカードなら3枚まで入れられるわ。ここまでで、何かわからないところはある?」
「……いまは、うん。だいじょうぶでしゅ」
遊希と未来の組はまだ自分のデッキを持っていない未来のために遊希が一からデッキの組み方を教えていた。時折表現の難解さや言葉の拙さを光子竜から指摘されつつも、根が真面目な未来は遊希の言ったことを一生懸命メモしていた。
「取り敢えず、未来ちゃんは40枚でデッキを組んでみましょうか」
「あの、どうして40まいなの? 60まいあったほうがいろんなカードさんをいれられるからいいとおもいましゅ」
「いい質問ね。これは……確率の問題になっちゃうからまだわからないかもしれないけど、デッキの枚数が多いことがいいとは限らないのよ」
遊希はそう言って、自分の持ってきたカードを例に挙げて説明を始める。言葉よりも見ながらやってみた方がわかりやすそう、というのもあった。
「この《隣の芝刈り》っていうカードを入れる時とか【ライトロード】や【インフェルノイド】デッキを使う時は枚数が多くてもいいけど、数が多くなっちゃうと欲しいカードが引けない可能性が高くなってしまうの。1枚しか入れられないカードを40枚と60枚のデッキに入れた場合、60枚だと数が多いからそのカードを引けないデュエルが終わっちゃうの」
「そうなんだ……」
「あと数が多いと多いでデッキの内容がわからなくなっちゃうかもしれないしね。未来ちゃんはどんなデッキを組んでみたいか、っていう目標はあるかしら?」
―――さすがにまだわからないのではないか?
「難しい? 簡単でいいわよ?」
「えっと……このカードさんをつかいたいでしゅ! パパとママがかってくれたの!」
そう言って未来は数枚のカードを遊希に見せる。初めて出会った時からその身なりから比較的裕福な家庭の生まれであると思われた未来の家はやはり経済力があるようで、彼女の両親はデュエルがやりたい、といった娘のために数枚のカードをプレゼントしたのだった。
「このカードは……未来ちゃんのお父さんとお母さんが未来ちゃんのことを大事に思っていることがよく伝わってくるわ。わかった、じゃあこのカードを上手く活かせるようなデッキを作りましょう?」