銀河の竜を駆る少女   作:Garbage

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結び直された約束

 

 

 

 

 

「ねえ、ゆうちゃん……」

 

 暖かな木漏れ日が差し込む部屋では、二人の幼女が向かい合いながら横になっていた。ぽかぽかとした空間で眠っていたと思われる二人であるが、そのうちの一人がもう一人の名前を呼ぶ。呼ばれた「ゆうちゃん」という少女は重たそうな瞼をゆっくりと開く。

 

「……なぁに、りんちゃん」

「あのね、わたしゆうちゃんのようなデュエリストになりたいの。いまはまだつよくないけど、いつかゆうちゃんみたいにプロのせかいでかつやくできるデュエリストになりたいんだ」

「そうなんだ。うん、りんちゃんならなれるよ」

「……ほんとうに?」

「うん。だってりんちゃんはがんばりやさんだから」

「ありがとう……ねえ、ゆうちゃん。やくそくしてほしいの」

「やくそく?」

「うん。わたし、がんばってプロデュエリストをめざす。それでゆうちゃんとぜんりょくでデュエルができるデュエリストになる……だからゆうちゃんもまっててね」

「りんちゃん……うん、やくそくだよ」

 

 わずか7歳でプロの世界に飛び込んだ天宮 遊希はデュエルの才能こそ大人のデュエリストに引けを取らなかった。しかし、デュエルが強いだけで生きていけるほどプロの世界は甘くない。元々人見知りがちだった遊希は中々人の輪に馴染めなかったのである。

 そんな彼女のプロ生活を公私ともにサポートしたのが遊希をプロの世界へと誘った星乃 竜司と、彼の旧友かつライバルでミハエルら年長のプロデュエリストたちだった。取り分け自分にデュエルの楽しさを教えてくれた竜司のことを遊希はまるでもう一人の父親の如く慕い、そしてその延長線上で出会ったのが同い年である竜司の娘・鈴であった。

 はじめは鈴も遊希も気恥ずかしさから何処かよそよそしかったのだが、幾度か遊ぶうちに意気投合し、遊希が竜司の家に泊まる時は鈴とは食事や入浴を共にするのはもちろん、同じベッドで寝起きをするなどまるで本当の姉妹のような仲良しになっていた。そんな二人が結んだ約束が「二人でプロの舞台でデュエルをすること」。その約束があったからこそ、鈴はプロの道を前以上に志すようになったのである。

 

―――しかし、その約束は果たされることはなかった。

 

 けたたましいサイレンの音が響き渡る。漆黒の空を真っ赤な炎が照らしていた。まさに天をも貫かんと勢いよく燃える炎を消すために、防火服を身に纏った消防士がポンプ車からホースを伸ばして放水するも、焼け石に水であった。業火によって全てが無に帰したその日、少女は全てを喪った。

 それはその少女―――天宮 遊希がプロデュエリストとなり、世界中から注目を浴びて三年が経った頃だった。その炎により全てを喪った彼女はプロデュエリストの世界から姿を消す。

 しかし、当時最年少のプロデュエリストとして名を馳せたかの美少女の存在を世間や社会は忘れても、彼女の雄姿を知る当時のデュエリストたちは決して忘れることは無かった。そしてその少女の存在は未来のプロデュエリストを志す少年少女の間では伝説とまでなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遊希が目を開ける。視線の先には真っ白な天井。鼻をつく薬品の匂い。遊希はそこが病院或いは保健室の類であることを理解する。

 

―――遊希、気が付いたか?

(光子竜……あれ、私は……)

―――あのデュエルの後お前は倒れたのだ。光子竜皇にダークマター……その力を解放させた後一度もデュエルで使ったことのなかったモンスターをいきなりデュエルで使ったのだ。それが負担となった結果、力を使いすぎて倒れた。それで竜司をはじめとした教員たちがお前を此処まで運んだ。

 

 自分に原因があるとはいえ、随分と医務室や保健室の類とは縁がある、と呆れる遊希。倒れた遊希は軽く苦笑いするが、彼女の脳裏に響く精霊の声には一切の冗談はなかった。

 

―――遊希、お前を疲弊させる原因である私が言うのもなんだがな……もう少し自分の身体を労われ。こう何度も倒れられると流石にばつが悪い。それに、お前には心配している彼女のことも気遣う必要がある。

 

 光子竜のその言葉を聞いて遊希が横を向くと、枕元に顔を埋めて眠る少女の姿があった。鈴である。光子竜のダイレクトアタックを受け、ライフを全て失い敗れた彼女もまた、遊希同様にダメージを受けていたが、遊希のように気を失うほどのものではなかった。

 倒れたところをミハエルたち教師に助けられた彼女ではあるが、自分の身体よりも彼女は目の前で倒れた遊希を優先するように求めた。それは父である竜司と同じように。竜司やミハエルが協力して遊希を保健室まで運ぶ中、傷ついた彼女もそれに付き添った。そして彼らが動揺する他の学生たちをまとめている間、鈴は一人遊希の回復を願い、今の今まで枕元で遊希のことを見守り続けていたのである。

 

(……髪もメイクもケバくなった割に、寝顔はやっぱり昔のままよね。無垢で純粋で可愛くて)

 

 そう言って鈴の顔を覗き込む遊希。その時、鈴の目がぱちりと開く。彼女が目を開けるとさっきまで眠っていたはずの遊希の顔がすぐそばにあった。

 

「きゃあっ!?」

 

 今にも肌が触れそうな距離に遊希の顔があったため、鈴は驚きのあまり椅子から転げ落ちてしまう。遊希は転げ落ちた彼女のある部分を凝視していた。

 

「なっ、何してんのよ! てか起きてるなら起きてるって言いなさいよ!」

「言おうとしたらそっちが勝手に目覚めて勝手に転んだのよ。というか若い女の子がスカートなのにいつまでも大股開きしていていいのかしら?」

「……!?」

 

 めくれたスカートに向く遊希の視線に気づいた鈴が恥ずかしそうに立ち上がると、倒れた椅子を起こしてそこに腰かける。彼女は心配して損した、と膨れっ面をしていた。

 

「そんなギャルみたいな見た目でその柄を履く? 普通ならもっとセクシーなものにするんじゃない? その柄は漫画やアニメの中だけかと思ってたわ」

「ひ、人がどんなの履こうがそんなの人の勝手じゃない!」

「……ええ、まあそうなんだけど。でもそんなデリケートな問題を声を大にして言うのは女性としてどうかと思うわ」

「元はと言えばあんたのせいじゃないの!!」

 

 そう言って鈴はそっぽを向いて椅子に座り直す。しかし、それでも保健室から出ていかない辺り、鈴が遊希との会話を望んでいるのが見て取れた。ただ、デュエルの前まであれほど険悪な雰囲気を見せていた手前、中々会話のきっかけを作り出せないようで、椅子に座りながらも鈴は遊希の方をちらちらと見ながらもじもじしていた。

 

「あ、そう言えば……こいつに聞いたわ。ずっと私に付きっきりでいてくれたってね」

 

 そう言って遊希はデッキケースから銀河眼の光子竜のカードを出す。鈴は遊希が精霊をその身に宿すと言われていることは知っているが、正直に言ってしまえば半信半疑で完全には信用していなかった。しかし、遊希が平然とそう言ってのけるのを見て彼女が言っていることは真実なのではないか、と思い始めていた。

 

「……本当に精霊と意思疎通ができるのね」

「あら、信じてくれるの?」

「信じるも信じないもあんたは天才だし。あたしみたいな凡人とは元の出来が違うし」

「……その歳で青眼を使わせてもらえる鈴も十分天才の域に入ると思うけど?」

 

 遊希がそう言うと、鈴は首を力無く横に振った。かつて鈴は遊希が後に自分と共に日本のデュエル界を支えていく存在になると信じていた。遊希は自分と比べると比べようのない天才であることはわかっているが、そんな遊希親友兼ライバルでいてくれるからこそ頑張ることができたのだ。

 しかし、遊希が突然彼女の前から姿を消してからは、鈴を取り巻く環境は一変した。竜司や彼の周りの大人たちは遊希が居なくなった今、鈴が未来を背負う存在になると信じ、以前より一層彼女にデュエリストとしての英才教育を施したのである。

 鈴は鈴でそんな父たちの期待に応えようと必死に努力を重ね、遊希に匹敵するまでの才を身につけたのだが、それでも彼女は自分で自分を認めることができなかった。何故なら天宮 遊希という自分より遥かに上の位置にいる存在を知ってしまっていたから。

 

「……みんなが期待してくれているのはわかってたけど、あたしじゃ遊希の代わりは務まらない。だから髪もこんな明るくして、メイクやアクセサリーも派手にした。服装の乱れは心の乱れって言うじゃない? そうすればみんなあたしを見限ってくれるって思ってたから」

「でも竜司さんは……」

「オヤジは……パパはあたしを見捨ててくれなかった」

 

 今まで尖った言葉を使ってきたが、それは鈴の本心ではなかった。鈴は年頃の少女ではあるが、この年代の少女には珍しく、両親を尊敬していた。

 

「髪の色を変えて、反抗的な態度を取ってもパパは優しく接してくれた。パパはいつだってあたしの味方でいてくれた。でも……だから辛かったの。その優しさが」

「……」

「こんなに辛いのは誰のせい? 遊希がデュエルを辞めてしまったからじゃないか?……あたしは全部の罪を遊希に押し付けた。そうすれば楽になったから。最低よね? あたしって。自分のダメなところを全部遊希のせいにして……ほんと……ほんとに」

 

 数分間に及ぶ鈴の独白が終わった。いつの間にかすすり泣いていた彼女は涙で真っ赤になった目をこすり、鼻水を啜る。数時間前まで遊希のことを激しく罵っていた苛烈な少女はそこにはいない。今遊希の目の前にいるのは誰よりも真面目で、誰よりも頑張り屋な一人の少女であった。

 

(ねえ、光子竜)

―――なんだ?

(あのこと……話してもいいかしら?)

―――……お前が望むのであれば、私は口を挟まん。お前の意思を尊重する。

 

 ありがと、と遊希は光子竜に礼を言うと、遊希は鈴に何故自分がプロデュエリストを引退し、デュエルの世界から離れたのかを話すことにした。とは言っても当時世界的に有名な存在であった遊希の引退は世界中で報道されており、鈴もその報道を知っている。その時の論調は「心身の不調」というものが理由となっていたが、もちろん遊希の引退にはそのことも十分に絡んでいる。

 遊希の中に宿っていた銀河眼の光子竜という精霊の力。それはデュエルをする度に彼女の身体に見えない負担として圧し掛かってきた。精霊という存在ではあるが、デュエルを経験して遊希がデュエリストとして成長するように、光子竜もまた遊希の成長に比例するように力を増していく。そしてそれは10歳の少女が担えるものではなかった。

 

「……あのままデュエルを続けていれば、少なくとも私は今こうしてまともな生活を送れていたかしら? まあ別のデッキを使えと言われればその通りなんだけど。でも私がプロでいられたのはあくまで光子竜の力が宿ったこのデッキのおかげだと思ってるわ」

「……」

「でも、それは大した理由じゃないわ。鈴は知ってるわよね? 私の家族のこと」

 

 それは鈴でなくとも、当時は大きく報道されたので誰もが知っている。あの天宮 遊希の家族が亡くなったということを。

 

「……確かあの時は火事で亡くなったって」

「ええ、私はプロとして世界を駆けまわっていた最中……実家が火事で全焼。“表向き”は失火ということで片づけられたわ」

「表向き……ってどういうこと」

「最初は寝たばことかストーブの消し忘れとか……そういう偶然が原因かと思われていたわ。でも両親の亡骸を司法解剖に回したら、死因は銃で撃たれたことによるもの判明したのよ」

「えっ……それって……」

「これは後になって公安の人に聞いたことなんだけど、私は精霊をその身に宿しているってことでいわゆる裏社会の人たちに狙われていたらしいのよ。それで私の力をモノにしたかった奴らが家に押しかけて家族に手をかけたのよ」

 

 これも後にわかったことなのだが、遊希の両親を殺害したのは海外のマフィアであったという。遊希がプロの世界で結果を残し続けることで、その国のプロデュエリストが結果を残せなくなり、それがその国のデュエルにおける評価を下げることに繋がってしまった。

 それを危惧したのがその国の政府だった。その国の政府は自国内のマフィアを利用して遊希を誘拐、脅迫することで彼女を半ば強制的にプロの世界から文字通り消し去ることを企てたのだ。しかし、遊希はその幼さから竜司や国際警察によって守られていたため、迂闊に手を出すことはできない。そしてその矛先は遊希の家族に向けられた。

 

「もういい……」

「私は混乱を避けるために報道統制を敷いてもらうことにしたわ。でも一部の週刊誌が、そのことを部数目当てに記事にしたの。もちろんほとんどの人がその記事を飛ばしと鼻で笑ったけど、その記事を信じている人も少なくなかった。そういう人たちの中では、私が精霊をこの身体に宿しているからこの悲劇が起こった……そう認識していた人もいたわ」

「もういいってば!!」

 

 鈴は無理矢理遊希の話を遮った。精神的に追い詰められていた鈴であるが、自分にはまだ家族という拠り所があった。しかし、遊希にはそれすらないのだ。鈴は遊希に比べて自分はかなり恵まれていたということを改めて知った。自分は上手く行かない時は父や遊希たちのせいにすることで自分を守っていたが、遊希にはその弱音をぶつける相手すらいない。遊希はこの5年間の間、苦しみや悲しみを全て自分一人で噛み潰していたのに。

 

「……辛いこと思い出させてごめん。あたし本当に無神経だったわ」

「別に構わないわ。いつまでも自分の中で抱えているのも疲れるし」

「……強いんだね、遊希って。デュエリストとしても人としても」

「そんなことはないわよ。私だって鈴みたいに弱音を吐くことだっていっぱいあるし」

 

 その時、遊希の脳裏では光子竜のふふっ、という笑い声が響く。笑われた、と思った遊希は当然いい気分はしない。

 

(光子竜……何がおかしいの?)

―――いや、似ていると思っただけだ。

(似ている? 私と鈴が?)

―――ああ。話を聞いている限りではどちらもその凛とした外見とは似ても似つかぬほど不器用だ。自分の気持ちを素直に表せず、溜め込んでは涙を流す。これを不器用と言わずに何と言う?

「ふふっ」

「……どうしたの?」

「生意気にもこいつが言うのよ。私と鈴が似ているって。不器用で自分の気持ちを素直に表せないって……」

「ええ……酷い言われようね。でも合ってるかもね」

「えっ、合ってる?」

「合ってるって」

 

 まるで鏡を見るように互いの顔を見合った遊希と鈴であるが、鈴がぷっ、吹き出したのと同時に二人は声を上げて笑い出した。この時は裏には何もない、心からの笑いであった。

 

「ねえ、鈴。あの時のことだけど……」

「あの時?」

「ええ。昔、約束したことよ。もう破ってしまったけれど……今からでもやり直すことはできるかしら」

 

 当初遊希はこのセントラル校を受験したのはあくまでプロ時代に世話になった竜司が校長を務めるからであり、彼への義理立てでここの門を叩いて生徒になった。だが、竜司の顔に泥を塗らない程度に過ごそう、それが遊希の入学した時の思惑だったのだが、そんな彼女の気持ちを変えたのが、先の鈴とのデュエルであった。

 

「正直ブランクがかなりあるし、未だに精霊の力を完全に物にできたとは思っていない。昔のようなデュエルはできなくなっているでしょう。でも……鈴とのデュエルで久々に思えたの。このデュエルが楽しいって。だから……またあなたと一緒により高みを目指したいの」

「遊希……ゆうきぃ……」

 

 ポロポロと玉のような涙を流しながら遊希の名を呼ぶ鈴。かつて破れてしまった約束が、5年ぶりに結び直された瞬間であった。

 

 

 

 

 

 

 

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