「もう、いつまで泣いてるの」
「ごめん、遊希とまた一緒にデュエルできるって思うとつい嬉しくて……」
遊希はまるで幼子のように泣きじゃくる鈴の頭をあやすように撫で続ける。彼女が意識を取り戻してから数十分ほど経っているというのもあるが、遊希はベッドから平然と半身を起こすことができるまでに回復していた。まだ完全に身体が適応していないというのもあるが、10歳と15歳では流石に成長の具合が違う。年齢を重ねて丈夫になった遊希はスタミナの回復力も以前までと比べて向上しているようだった。
「同学年とはいえ、早生まれの私にこうして貰ってるようじゃどうにもならないわよ。あなたにはしっかりしてもらいたいんだから」
「しっかり?」
「ええ。今回のデュエルでは私が勝ったとはいえ、追い込まれていたことも事実。次も勝てるかどうかわからないわけだし、きっと近いうちに再戦の時は来る。それまで鈴には私にとって一番のライバルでいてほしいのよ」
「遊希……もちろん、次はもっといいデュエルができるようにするつもりよ。だってあたしは星乃 竜司の娘、星乃 鈴なわけだし」
鈴の決意が込められたに遊希はクスリと微笑み、そして二人は固い握手を交わす。そんな時、保健室のドアが開く音が聞こえた。保健の先生が戻ってきたのだろうか、と思っていると、遊希のいるベッドのところに現れたのは意外な人物だった。
「どうやら仲直りできたようだね。良かった」
「パっ、パパ!?」
保健室に入ってきたのは他ならぬ竜司だった。突然の意外な訪問者に鈴は驚きの色を隠せない。一方の遊希は竜司に礼を言おうとベッドから出ようとしたが、竜司はそれを制し、ベッドに横になりながらで構わないと遊希を諭す。しかし、遊希は竜司にどうしても一言物申したいことがあったのだ。
「校長先生、まずは倒れた私を介抱してくれたようでその点については礼を申し上げます。ありがとうございました」
「う、うん……?」
礼を言う、という割に何処か辛辣な口調の遊希に竜司は本能的に嫌な予感を感じ取る。しかし、娘が見ている手前父として、校長としての威厳を失うまいと毅然と振る舞おうとした。そんな彼の様子を見て遊希が悪い笑みを浮かべたのを光子竜は見逃さなかった。
―――遊希? 何を言いたいのか知らないが、あまり言いすぎるのは……
「ですがさっきのデュエル、最初に倒れたのはこちらの星乃 鈴さんでした。この学校の生徒である以上公平に扱わなければならないのは当然ですが、それでも彼女はあなたの娘。あの場において娘が一大事の時に真っ先に駆け寄らなければならないのは父親であるあなたなのではないでしょうか?」
しかし、そんな竜司や光子竜の心情などどこ吹く風。遊希は敢えて辛辣な言葉で娘よりも他人を優先した竜司をまくしたてる。竜司自身に悪意はなく、彼の行為は責められるものではないのだが、鈴は自分がいない間ずっと苦しんでおり、竜司は十分に彼女の心のケアをすることができなかった。これも遊希なりの鈴に対する気遣いでもあった。
「身寄りのない私のことを色々と気遣ってくれるのは結構ですが、私ももう15歳です。成人してないとはいえ、自分の身の周りのことくらい自分でできます。なので……これ以上変に介入しないでください。そして今まで私に注いだ時間をこれからは娘さんや奥様に注いであげてください」
そう言って遊希は再度横になって布団の中に潜ってしまった。竜司は遊希の言葉をハンカチで汗をぬぐいながら聞いていた。そして鈴は自分と同い年の少女に説教される父の姿を笑いを堪えながら見つめていた。
「さ、さて……天宮君も元気になったことだし、鈴、そろそろ彼女を部屋に連れて行ってあげてくれないか?」
竜司のその言葉を聞いて遊希が布団から顔を出す。この時の彼女は何処か間の抜けた顔をしていた。
「部屋?」
「……寮の部屋のことだけど」
「えっ。私、寮生活するんですか? 実家のマンションから通うつもりでいましたが」
「……私が入学手続きについて話をしたとき、君には寮で暮らしてもらう、と言ったはずだったけど」
遊希は入学手続きなど面倒なことについては全て竜司に任せっきりだったことを思い出した。デッキを改造することにに夢中で竜司が話していたデュエルアカデミア・ジャパンについての詳細な情報については完全に聞き流していまっていたのである。こうなってしまえば遊希の先ほどの言葉には何の説得力もない。そしてそんな遊希のミスに付け込まない鈴ではなかった。
「……あれあれ~? 自分の身の周りのことくらい自分でできるって言ったのは何処の誰だったっけ~?」
先ほどまでとは打って変わって得意気にこっちを見つめる鈴。遊希は布団から顔の上半分だけが出るようにして朱に染まる頬を隠す。
「……あ、ありがとうございます」
―――全く、先が思いやられるな。
(うっさいわよ)
遊希はデッキケースから光子竜のカードを取り出すと一撃、デコピンを食らわせた。光子竜の痛がる声が遊希の脳内に響いていた。
*
「で、まさか私と鈴が同室だなんてね。竜司さんそれも狙ってたの?」
「まさか。部屋割りはくじ引きだったらしいわよ。それでも凄い偶然だけどね」
竜司の指示で体調が戻った遊希を鈴が自分たちが三年間暮らす部屋へと連れて行く。まだ少しフラフラしているようではあるが、人の手を借りずに歩ける辺り、だいぶ遊希の体力は回復しているようだった。
「いい? 明日からはガイダンスに校内の施設紹介とか色々あるからね、忘れちゃダメだからね?」
「わかってるわよ。それで、なんであなたがいちいち私に説明しているの? 大好きなパパから直に仕事頼まれたからって浮かれてるのかしら?」
だいぶ回復したとはいえ、まだ遊希の体調は安定しないのは事実だ。竜司は遊希とルームメイトになる女子生徒に彼女のことを説明しなければならない、と思っていたため遊希のことをよく知る鈴がルームメイトになったのは幸運だったと言える。
「ちっ、違うわよ! どこかの誰かさんが見た目とデュエル以外からっきしだから、私がわざわざこうして管理してあげてるの! それもこれもズボラな遊希が悪い!」
「……」
―――遊希、お前の負けだな。
(うるさい)
鈴と痴話喧嘩ができるほどまで回復した遊希たちは自分たちの部屋の前に着いた。デュエルアカデミアに限った話ではないが、共学の学校において男女比はだいたい男性の方が比率が多いため、男子寮に比べて女子寮の方が規模は小さくなる。それでも一部屋に二人という部屋割りのため、色々と身の回りのものが必要になる少女たちにとっては決して広い部屋とは言えないだろう。
「……うん、まあ普通の部屋?」
「まあホテルみたいに豪華な部屋にしちゃうわけにもいかないよね……」
「でも寮という割には広い部類に入るかもしれないわ。一人だったら広すぎるくらいよ」
部屋は2段ベッドと勉強机が二人分置かれた寝室、テーブルとテレビが設置されベランダに出れる窓のあるリビングの二つを中心にキッチン、トイレ、浴室と生活をするにあたって必要最低限のものは取り揃えられていた。もちろん空調やネット環境も完備られており、これ以上のものを求めるのはさすがに贅沢というものであろう。
「ところで遊希。あんたこっちに来るの知らなかったから荷物とか持ってきてないんじゃないの? 服とかどうするのよ」
「一応指定のジャージがあるからしばらくはそれで我慢するわ。あ、でも……」
部屋をある程度調べてみて、歯ブラシやらタオルやらの日用品は用意されていたが、それでも足りないものがあった。
「うーん、確かに替えが無いのは衛生的に問題よね……なんだったらあたしの予備を貸そうか?」
「ありがとう、でも気持ちだけ受け取っておくわ。あとで寮の購買に買いに行くから」
ここまで甘えていたら本当に鈴頼みになってしまうかもしれない。それに時間を見つけて取りに行けばいいだけの話でもあった。最も「サイズが合わない」という本当の理由については鈴のために触れないことにした。仮に触れたところで要らぬ彼女の怒りに触れるだけなのだから。
そんな時、遊希と鈴の部屋のドアが三回ほどノックされる。この部屋の配置は寮の端っこであり、廊下側から見て右側に隣室がある形になっていた。
「誰かしら? こんなタイミングで」
「きっと隣の部屋の子じゃない? 挨拶に来てくれたのかも」
どんな生徒が隣の部屋にいるのだろうか、とわくわくしながらドアを開ける遊希と鈴。そんな彼女たちの前に現れたのはとても小柄な少女だった。
「はじめまして、私は日向 千春! 使用するデッキはサイ……」
「ごめんなさい、ここは高等部。小等部の寮じゃないの」
「そうみたいね。誰か大人の人に聞きに行くといいわ」
そう言って遊希と鈴はドアを閉めてしまった。もちろん千春はそんなコントに乗るような人間ではない。
「ま、待ちなさーい!!」
自分の身長がただでさえ小さいことはコンプレックスだと言うのに、ここまで来て弄られるというのはさすがに堪えたようだった。
「同い年だから! 同学年だから!! ってかあんた受験の時会ったじゃない! 倒れていたあんたを助けてあげたじゃない! この恩知らず!」
「わかってるわよ、そんなこと。ボケよボケ」
―――お前ボケとかするキャラだったか?
(……見ててイジりたくなるのよ。ああいうのって)
―――そういうものなのか?
「でもあなたたちが隣の部屋で良かったわ! だってさっきのデュエル見ててすっごくわくわくしたもん!」
背格好こそ中学生はおろか小学生と間違われかねないほど小柄な千春であるが、デュエルに対する思いは遊希や鈴に負けないものを持っている。現に受験の時には皆が敬遠していた遊希に自分からデュエルを挑みに行こうとするなど、デュエリストとしての気概はかなりのものであると言えた。
「ねえねえ! デュエルしましょうよ! デュエル!」
「……あ、あの……日向さん、お二人はまだ体調が整っていないから……」
何処からか聞こえるか細い声。遊希と鈴が声のした方を覗くと、隣の部屋のドアの陰からは一人の少女が顔を出していた。長い黒髪と垂れた眉から大人しそうな印象を与える少女。
「もしかしてあんたがこの子のルームメイト? あたしは星乃 鈴。知ってると思うけど、校長の星乃 竜司の娘よ」
「わ、私は織原 皐月(おりはら さつき)と申します……あ、あの。よろしくお願いします」
何処か気弱そうな少女・皐月はそう言って同級生の鈴に恭しく頭を下げる。デュエル大好きな千春とは異なり、彼女はそれほど好戦的ではないようだった。デュエリストを育成するための学校ではあるが、ここの卒業生が皆デュエリストの道を選ぶかというとそうでもない。
卒業生の中には海馬コーポレーションにエンジニアとして就職する者やI2社にカードデザイナーとして就職する者もいる。そのため、皐月のような闘争心に欠けていそうな生徒も決して少なくは無いのだ。
「えっとあたしは星乃 鈴。でこっちが天宮 遊希。さっきのデュエルを見ててくれたならあたしたちの素性はわかるわよね?」
「ええ、片や星乃 竜司の一人娘で片や伝説の元プロデュエリスト! デュエリストとしての闘志が昂ぶるわ!」
「……そんな、伝説なんて買いかぶりすぎよ」
「そしてあなたたち二人を超えてもーっとビックになるのがこの私よ!」
「……デュエリストとしての腕よりも先に身長を伸ばすべきよね」
―――言ってやるなそれを。
光子竜の忠告も実らず、遊希のその言葉に「なにをーっ!」と声を上げて遊希と鈴に飛び掛かる千春。しかし、体格差がありかつ2対1とあってあっさりあしらわれてしまった。そんな光景を見て居た堪れなくなったのか、皐月は制服の胸ポケットから新入生の取るスケジュール帳を取り出した。
「……あ、あの! 今夜は新入生の懇談会がありますが」
「あらそうなの? あまり人混みは得意じゃないんだけど……」
「でもごちそうが出るみたいよ。パパが手配は大変だって言ってたわ」
渋る遊希の肩を掴んで急かす鈴。ごちそう、と聞いて千春の眼がキラリと輝いた。
「じゃあ行かない選択肢はないわね! 今後のために顔を売っておくのは大事よ!」
「と言うと?」
「だってそこで友達をいっぱい作っておけば色んな人とデュエルできるじゃない! デュエリストたるものデュエルをしてナンボよ!」
(ごちそう目当てのくせに)
―――いや、彼女の言うことも一理ある。苦手かもしれないが、お前も参加したらどうだ? 互いを高め合う仲間は多いに越したことはないからな。
(……仲間かぁ)
思えば遊希は物心ついた時から精霊の力をその身に宿し、7歳から10歳までの間プロとして戦い抜き、それ以降は他人との関わりを極力断ち切ってきた。そんな彼女は同年代の少年少女との関わりがほとんどなかったのである。
社会、取り分け共同意識の強いこの日本において、その中に溶け込めるかどうかで今後自分の歩む道は変わってくるだろう。最もこの時出会った日向 千春と織原 皐月―――この二人の少女もまた、鈴と同様に遊希とはこれから長い間喜びや悲しみを共有する仲になるのだが、今の遊希はまだそれには気づいていなかった。