「……大丈夫、狭くない?」
「うん、だいじょうぶだよ。遊希おねえちゃん、あったかいね」
最初は訝しむようで見てきた鈴たちであったが、昨日と違って未来の意志で遊希と一緒に眠りたいということであったため、一緒に寝ることを許してもらった。もちろん変なことはしない、という条件付きであるが。
「ねえ、怖い夢ってどんな夢だったの」
何故尋ねてしまったのだろう、と聞いてから後悔する遊希。それでも未来は勇気を振り絞って悪夢のことを話してくれた。
「……えっとね、みんながいなくなっちゃったの。おとうさんも、おかあさんも、おとうとも……わたし、ひとりぼっちになっちゃって……」
「……そう。それは……怖かったわね」
未来の見た悪夢の内容はオーソドックスでこそあれど、家族との別離という幼い少女を恐怖させるには十分すぎるものだった。彼女の夢のことを聞いた遊希は無意識のうちに未来の腰に手を回し、彼女をぎゅっと抱き寄せた。
「遊希おねえちゃん?」
「……未来ちゃん、今から“ある女の子”のお話をしてあげる」
*
その少女は一組の優しい夫婦の間に産まれた。父の名前と母の名前から一文字ずつ名前を貰ったその少女は両親からの愛をいっぱい貰って育ち、とても美しく可憐な少女として地元でも評判になっていた。
しかし、その少女は昔から人見知りが激しく、同年代の友達が中々できずにいた。意を決して公園に行こうにも、同世代の少年たちからからかいの対象になり、可愛い洋服は砂で汚れ、いつも泣きながら家に逃げ帰っていた。
「おねえさまをなかしましたね……もうあやまってもゆるしませんよ!!」
そんな少女をいつでも守っていたのは3歳下の妹だった。姉に匹敵する美少女であるその妹は、姉とは違って誰に対しても愛想よく振る舞い、とても利発的かつ勇敢な少女に育っていた。その証拠にわずか2歳にして姉をからかう2~3歳年上の少年たちを返り討ちにしているなど、今でもその姉妹を知る人々の間では武勇伝として残っている。
「おねえさま、わるいひとたちはおいはらいました。いっしょにすなのおしろをつくりましょう?」
「……ありがとう。ごめんね、だめなおねえちゃんで……」
「おねえさまはだめなんかじゃありません! わたしは、わたしはおねえさまがだいすきです! おねえさま、いつまでもいっしょになかよくいましょうね」
「……うん! わたしもだいすきだよ!」
年齢を感じさせない語彙力の高さは両親をも舌を巻いた。この少女は将来どれほどまでの大物に育っていくのだろうか。誰もが彼女の今後に期待を寄せた。しかし、彼女の人生はわずか数年で幕を下ろす。今の未来と同じ年齢で。
*
「……今でもその女の子は、妹さんのことを思い出すそうよ。どうしたら守れたのだろう、どうしたら……彼女はいなくならずに済んだのだろう、って……」
布団の中に顔をうずめ、声を震わせる遊希。そんな遊希に対し、未来は何も言わず、今度は逆に遊希を抱きしめた。まだわずか7歳の未来ではあるが、感受性豊かで賢い彼女は遊希の話の意図をほとんど理解していた。
「遊希おねえちゃん……わたしはいもうとにはなれないけど……遊希おねえちゃんとできるだけいっしょにいてあげる。こうしたら、そのおんなのこもさみしくないかな?」
「……ええ、きっと。寂しくなんかないわ。とってもあったかいと思う」
暖かな雫が遊希の頬を伝う。やがて二人はそのまま眠りに落ちていった。少なくとも今の二人を悪夢が襲うことはないだろう。
―――そういうことか。だから未来をここまで大事に……
遊希と既に十年近く共に在る光子竜は、彼女の半生を知っており、家族を失ってからの彼女の人生を知っている。そんな彼だからこそわかるのだ。“ある女の子”が未来に最愛の妹の姿を重ねていたことを。
―――遊希、お前は何も悪くない。お前が気に病む必要などないというのに……それでもお前は、あの時守れなかったことに対する罪悪感を感じているのか。
何の繋がりもなかった一人の少女をわずか3日間とはいえ、デュエリストとして立派に巣立てるように面倒を見る。それが妹に対して果たせなかった姉の責任だった。
―――遊希、お前という奴は本当に……
*
翌日、開会式が行われたのと同じ場所で閉会式が執り行われていた。竜司やヴェートの両親、そして参加者として飛び入り参加したヴェート自身の答辞が述べられ、滞りなくイベントは終わりの時を迎えた。
2泊3日のイベントであったため、急激な成長こそ見られない。それでも参加した誰もの顔が以前と比べてより精悍と、より凛々しくなっていたのは言うまでもない。団体の参加者はそのグループがチャーターしたバスで、家族が送迎を担当した参加者は家族が、個人で参加した者は自分の足で帰ることになっている。
学校のクラス単位で参加した紫音と愛美、家族が送迎をした未来と橙季、個人で参加した華、元々来賓だったヴェート。皆が皆それぞれの故郷へと帰っていく。遊希たちは寮から電車で来たため各自現地解散となり、お土産を買ったあとに特急列車で帰るため、ここで皆とは別れなければならなかった。
「忘れ物ないー?」
「大丈夫よ」
閉会式の後、皆でロッジを掃除した遊希たちは忘れ物の有無を確認した後、鍵をかけて管理人にそれを返す。それは指導者である遊希たちの仕事であり、参加者たちはもう各自帰途についてもいいのだが、紫音たちは誰もまだ帰ろうとはしなかった。
個人参加の華はともかく、他者の都合がある他の五人はいつまでもそこにいてはいけないのだが、と思っていると六人を代表して華が一歩歩み出た。
「えー、こういうのってうち的には柄じゃないんやけど……3日間? 2日間? 短い間とはいえ、うちらを指導してくれてありがとうございますー。最後なんで……お礼の言葉を言わせてもらえるやろか?」
突然改まる華に千春が戸惑いの表情を浮かべる。
「……えっ、どうしたのよ急に」
「えーと、千春さん。最初会った時は、何やねんこのちびっ子とか思ったし、背の割にやたら態度デカいな、なんて思ってたんやけど……今となっては正直めっちゃ感謝してます」
頭の後ろを掻きながら何処か恥ずかしそうに伝える華を見て千春がポケットからハンカチを取り出す。
「……華……やめてよ、泣いちゃうじゃない」
「うち、このイベントすっごく楽しめたし成長できたと思ってる。だからもし……またデュエルできる機会があったらリベンジマッチさせてください。みんなのデュエルを見て、燃えてきたんで」
「……わかったわ! いつでも受けてあげる! だから、それまでせいぜい頑張りなさいよ!!」
千春と華はぎゅっと握手をした。背こそ小さいが快活な二人のコンビは中々好相性だったのではないだろうか。
「あ、もし関西来る時あったら連絡ちょうだい。うちが案内したるで。あっ、その時にはうちきっと背でっかくなってるんで驚かないでくださいよ?」
「ふんっ、その言葉、そっくりそのまま返してあげるわ!」
握手をする両者の手により力が入ったのは言うまでもない。次に前に出たのは愛美と橙季の二人だった。
「皐月さん、思えばボクたちは初日から皐月さんに迷惑ばっかりかけちゃってました」
「でもそんな僕たちを嫌な顔せず受け入れてくれて、あまつさえアカデミアの校長先生にまで頭を下げてまで頼み込んでくれた皐月さんには感謝の言葉しかありません」
恥ずかしいことを思い出させないで、とばかりに皐月は頬を染める。
「僕たちの知らないカードのこともたくさん教えてくれて、デッキやデュエルのプレイングもいっぱい教えてくれた。だからこそ今の僕があるんだと思います」
「ボク、今日学んだことを今後も忘れません! 皐月さんに教わったことを活かしてボクならではのデュエルをしていきたいと思っています!」
「愛美さん……橙季さん……私こそ、まだまだデュエリストとしては半人前なのに、そんな私を頼ってくれてとても嬉しかったです。ありがとうございますぅ……」
ニッコリ笑顔の愛美と橙季に対して、何故か感謝される側の皐月が涙ぐむ。「しょうがないなぁ」と言いながら愛美はハンカチを取り出して皐月の涙を拭ってあげた。
元々アカデミアの学生およびデュエリストにしては珍しく積極性が欠けていたところのある皐月であったが、愛美と橙季、二人の指導をやり遂げたことで、彼女も人として成長できた。そんな3日間であった。
「あの、愛美さん橙季さん。いつまでも……仲良しでいてくださいね?」
「……はい!」
笑顔を浮かべる三人はキラキラと輝いていた。次に歩み出たのはヴェートであった。彼女は初日に纏っていたツナギではなくまさしく資産家の娘に相応しいドレスを纏っており、その様はまるで童話に出て来るお姫様のごとく鮮やかなものであった。
「うん、よく似合っているぞ。ヴェート」
エヴァは率直な感想を伝えると、ヴェートはにっこりと微笑み返した。
「ありがとうございます。ですが、私はこのドレスよりも美しいものを知っています」
ヴェートの挙げたドレスより美しいもの、それはこの地の豊かな自然であり、皆で学んだこの3日間であり、そしてエヴァさんと固い絆を結べたこと、と少し照れ臭そうに言った。エヴァもエヴァで、異国の地で自分と同じ外国人の少女と共に過ごせた3日間が楽しかった。
「世界中で名の知れたエヴァさんのような方が教えてくれて、そして夜に同世代の方々とガールズトークができて、ワクワクが収まりませんでした。私はまだロシア語はわからないですが、勉強してお手紙を書きます」
「待ってるぞ。私もフランス語を勉強して返事を書こう」
そう言ってハグとソフトなキスを交わすエヴァとヴェート。白人のうら若き美少女たちのその光景はまさにそこだけが童話やファンタジーの世界を彷彿とさせていた。
「未来ちゃん……私、未来ちゃんとはまだ離れたくない。まだ、私の教えたいことの半分も教えられていないのに……」
自分の培ってきたものを伝えるためには3日間では少なすぎる。それが遊希の率直な感情だった。しかし、時間は有限であるからこそ、濃く実りのあるものとなるのだ。
「あ、あのね。遊希おねえちゃん。わたしはまだデュエルのことをかんぺきにりかいしたわけじゃないけど……でも遊希おねえちゃんたちのおかげでわたしいっぱいおべんきょうできたよ。だからね、わたしこのイベントでおべんきょうしたことをわすれない! それで、もっとつよくなって、遊希おねえちゃんたちをおどろかせてあげる!」
「未来ちゃん……わかったわ。もし未来ちゃんが私と同じくらい強くなったら、まだデュエルしましょう?」
「うんっ!」
最後に少し照れながら紫音が鈴の前に立った。少しもじもじしていた彼女であったが、意を決して口を開いた。
「あの、昨日は勝てましたけど……それでもまだ1勝です。まだまだ何回も負け越してます」
「でも1勝は1勝だし、そこは胸を張っていいんじゃない?」
鈴がそう言うと、紫音はでも、と言って顔を上げる。彼女の眼からは変わらず強い意志が感じられた。
「……それもそうですが、正直もっとたくさん一緒にいたいです。いっぱい学びたいです」
「うーん、まあ教えてあげることはできるんだけど、いつまでもあたしに頼ってばっかじゃダメだよ。自分でも学ばないと成長できないからさ」
「……鈴さんならそう言うと思ってました。だから、私デュエリストとしてもっと強くなります。それで……鈴さんがこれからどうするかはわからないですけど、私はプロデュエリストになります。そして、プロの舞台で強くなった私を見せたいです」
鈴は紫音のその言葉に小首を傾げながらも、応えた。
「……その願い、叶うといいね。あたしも応援する!」
「はいっ!」
*
「飲み物買ってきたよー、って……」
「しーっ」
帰りの電車で飲み物を買ってきた鈴が見たのは肩を寄せ合って眠る千春・皐月・エヴァの三人だった。プレッシャーから解放されて緊張の糸が切れたのか、ぐっすりと眠り込んでいるようだった。
「まあ疲れてるもんね、しょうがないか」
遊希はそうね、と相槌を打つと、小さく欠伸をする。鈴は肩でも貸そうか、と隣に座って遊希の座席よりに身を傾ける。すると遊希は隣に座った鈴の腕に深くもたれかかったのだ。頭のみではなく身体までも預け、腕まで絡めてきた。
「ちょっ、こんなところでなにやってんのさ!?」
「空いてるから大丈夫よ。私がこうしたいんだから……」
「あんたそんなに未来ちゃんと別れたくなかったの? 言っておくけどあたしじゃ未来ちゃんの代わりにはなれませんよー?」
「別に代わりになってくれなんて一言も言っていないわ。ただ、そばにいてほしいだけ」
そう言って遊希は電車の揺れに身を任せゆっくりと眠りに落ちていった。鈴はそんな遊希に上着をかけてあげると、窓の外から流れていく景色を見続けるのであった。
青山 紫音はこのイベントが終わった後、クラスメートたちに頭を下げた。今まで見下すような言動を取ってしまって申し訳ないと。そして改めて伝えた。一緒にデュエルを通じて互いに高め合おう、と。
赤坂 未来は引っ込み思案な自分を卒業した。クラスで浮いていた彼女も同級生たちとデュエルを通じて友達になったという。最も噛み癖は治らず、本人の意図しないところで人気が出てしまったのだが。
浅黄 華は故郷に帰ると、早速デュエリストとしての武者修行に取り組み始めた。デュエリストとしても、女としても千春を超えるために。ただ、前以上に牛乳の消費量が増えたことで浅黄家の食費が跳ね上がることになるのは別の話。
藍沢 愛美は変わらずクラスの中心で皆を引っ張り続けていた。しかし、イベントに参加する前よりもより可愛らしくなった、と周囲からは称されている。最も【マリンセス】【トリックスター】の二つのデッキを駆使する彼女のデュエルのスタイルは変わらずえげつないのだが。
二宮 橙季は母に「大事な人ができた」と伝えた。母はそんな息子の告白を喜んだ。まだ慣れないが、少しずつ男性の格好をして自分に磨きをかけているという。離れたところに住んでいる恋人に恥ずかしくないように。
ヴェート・オルレアンはフランスに帰国後、フランスの少年少女デュエリストを集めて今回のイベントのようなものをやりたい、と思っている。自然とデュエルに触れ、健全な少年少女の育成に携わりたいという。もちろん、自身のデュエルの腕を磨くのも忘れずに。そして日本語の勉強も重ねている。強くなってまたこの日本へとやってくるために。