銀河の竜を駆る少女   作:Garbage

125 / 164
第4章 過去と相対せし少女たち
謎の少女


 

 

 

 

 

 

 

 8月も終わり、9月に入るとセントラル校にはいつもの授業風景とは違う光景がちらほらと見受けられた。平日こそいつも通り、授業とデュエルが繰り広げられるのだが、授業の少ない土曜日や休みの日曜日は生徒以外の人間で溢れ返っていた。

 デュエルアカデミアも学校である。学校である以上、経営していくためには入学を希望する学生を募集しなければならない。そんな受験生たちにセントラル校のことを紹介するイベントがオープンキャンパスである。普通の高校や大学でも行われる一般的なイベントであり、セントラル校もその例に漏れず積極的にオープンキャンパスを開いていた。

 

「はいはーい、14時からのキャンパスツアーはこちらですよー」

 

 このオープンキャンパスを企画した竜司は悲鳴を上げていた。最もその悲鳴は苦しさから生まれるものではなく、いわゆる「嬉しい悲鳴」というものである。

 夏休み期間中に開かれたアカデミア学生と小中学生デュエリストたちの交流会、そして遊希が元アイドルかつ世界初のライディングデュエルのプロデュエリストである蜂矢 真九郎と行ったライディングデュエルはかなりの反響を呼んでおり、それに感銘を受けた多くの中学生および保護者がアカデミアを訪れていたのである。

 最初は教員のみでオープンキャンパスの案内を行う予定だったのだが、あまりにオープンキャンパスの参加者が多かったため、一部生徒たちにも協力を願い出る始末であった。校長の娘ということだけあって鈴は当然参加していた。そしてそんな鈴に引っ張られる形で遊希たちも運営側として参加しているのだが、人手が足りないとはいえ遊希とエヴァが参加したことは逆効果であると言えた。

 

「あのー、みなさーん」

 

 鈴がセントラル校の校章が描かれた旗を振りながら合図を出すも、参加者たる中学生たちにはその指示が届いていなかった。

 

「お前たち、これからツアーが始まるぞ! いい加減そっちに集中しろ!」

 

 この時間は鈴とエヴァがキャンパスツアーを先導する予定だった。しかし、参加者たちは中学生である前にいちデュエリストである。そんなデュエリストの前にあのエヴァ・ジムリアが現れたとなればパニックになるのは必至なのだ。

 

「エヴァさん、サインくださーい!」

「エヴァさん、こっち向いてー!」

「後でデュエルしてくださーい!」

 

 男女問わず大人気のエヴァがたまらず鈴に助けを求めるも、鈴は鈴で参加者たちが自分が先導しても見向きもしない現状に憂鬱になっていた。そんな状態の彼女にエヴァを助けることなどできるはずもない。

 エヴァはそんな鈴を見て咄嗟に「キャンパスツアーに行くぞ!」と提案する。やはり自身が有名人のエヴァと親が有名人であるだけの鈴では影響力ならびに説得力が違うのだった。

 

(あーあ、遊希がいてくれればなぁ……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかしさ、本当に凄い人気よねあんた」

 

 鈴が遊希の顔を思い浮かべていたころ、当の遊希はセントラル校の食堂にいた。鈴とエヴァが午後のキャンパスツアーを担当しているのに対し、遊希・千春・皐月の三人は午前中のキャンパスツアーを担当していた。

 その時も当然参加者たちはツアーそっちのけで遊希に殺到し、遊希の手を焼いたのは言うまでもない。ただし、できる限り参加者の希望に応えてあげたい、と参加者一人一人に甲斐甲斐しく接するエヴァと違って遊希はあくまでクールな姿勢を貫き通した。

 

「サインでも写真でも何でも応じるからまずはツアーに集中しなさい」

 

 いつもの調子でそう言い放った遊希の迫力に押されて午前の部に参加した学生はその場限りは大人しくなった。しかし、何でも応じるからという言葉を口走ってしまったために約束を破るわけにはいかない遊希はツアー終了後に急遽サイン会を開き、百人近い参加者のノートなどの私物にサインをしなければならない羽目になった。そのため三人は遅めの昼食を取っているのである。

 

「……まあ、それがプロってものなのよ」

「遊希さんが言うと説得力がありますね。しかし……落ち着いて食べれないです」

 

 盛り蕎麦を啜る皐月は何処か落ち着かない様子だった。何故なら食堂で昼食を取っている遊希の姿を一目見ようと参加者たちが食堂に押しかけているため、無関係な千春と皐月またも好奇の目に晒されてしまっていたからだ。

 最も遊希はそんな視線など気にせずハンバーグ定食を頬張り、千春はカレーライスに舌鼓を打つ。慣れている遊希はまだしも、目立つのが好きというだけあって千春のメンタルの強さが羨ましい、と皐月は思うのだった。

 

「にしても、鈴たち大丈夫かしら?」

「エヴァがいるからねー……あの子あの言動の割に面倒見の良さが隠し切れないから」

「そこがエヴァさんの良いところでもあるんですけどね」

「……お昼食べ終わったら様子見に行った方がいいのかしら?」

「やめといた方がいいわよ。あんた行くとただでさえパニック状態なのが収拾つかなくなっちゃうから」

「それもそうね―――っ!?」

 

 そう言って手元のコップに注がれたお茶を飲もうとする遊希。遊希がコップに手を触れた瞬間、遊希の身体に突如悪寒が走った。まるで肉食動物が狙いを定めた獲物を捉えるかのような、説明し難い視線を遊希は身体で感じたのである。遊希はその視線を感じた方を振り返りながら勢いよく立ち上がった。

 

「ちょっ!? ど、どうしたの遊希!?」

「……今なんか悪寒が走ったんだけど」

「何処か体調が悪いのですか? また風邪をひかれたのであれば部屋で休んでいた方が……」

「いや、そうじゃない。そうじゃないんだけど……んー……」

 

 単なる勘違いだったのだろう、と結論を出して遊希は席に座った。

 

(んー……)

―――どうした、遊希?

(いや、なんというか刺すような冷たい視線というのかしら? そんなものを感じたわ。

―――……私は何も感じなかったが?

(……じゃあ本当に気のせいなのね。それとも疲れから来る錯覚かしら?

―――だろうな。無理はするなよ?

 

 この時遊希はともかく、精霊である光子竜もその視線の正体に気付くことはできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕方の4時をもって大盛況のオープンキャンパスは終わりを迎えた。午後の案内役を任させた鈴とエヴァはフル回転といった様子ですっかりへとへとだった。

 

「やっと終わった……」

「あー、もう疲れた。早く部屋に戻って寝てしまいたいぞ」

 

 そんな疲れ切った二人の下に同じく職務を終えた竜司がやってきた。案内こそ鈴たちに任せていたものの、竜司たち教師陣が何もしていなかったわけではない。彼らは総じて将来このアカデミアに入学を希望する子どもたちの保護者の対応にあたっていた。この学校は原則全寮制であるため、生徒たちは親元を離れることとなる。遊希のように身寄りがないならいざ知らず、大半の生徒には家庭という場所がある。

 保護者にとっては目に入れても痛くない大事な大事な子供を3年も預けることになるため、アカデミアというものを入学する当人より知っておきたいのだ。最もそれがモンスターペアレントなるクレーマーじみた親を生み出すことに繋がってしまうのだが、竜司も人の親である。彼ら保護者の気持ちはできる限り斟酌するつもりだった。

 

「我々はこれから机や椅子などを片付ける。鈴たちには悪いけれど、余った資料を空き教室に持って行ってくれないかな?」

 

 余った書類は小さな段ボールが3箱ほどだった。この大きさなら鈴たち女性でも持つことは難しくない。それでも2個以上同時に持つとなるときついため、無理せず一人1個で運ぶことにした。空き教室は3階にある小型のデュエル教室であり、普段は授業で使われるものの、オープンキャンパスの今使われることは少ないため、一時的に物置と化していた。

 

「うんしょ、うんしょ……エヴァちゃん大丈夫?」

「このくらいどうってことはない。しかし、今日1日やってみてわかったのだが、やはり遊希は凄いな。ファンの方の捌き方がプロだった」

「ちょっとちょっと、プロが何言ってんの」

「確かに私もプロだが、私は遊希に憧れてプロになったんだ。だから先輩である遊希の方が色々と優れているというのは事実だろう

 

 同じプロであるということはライバルでもあるのだが、エヴァはエヴァなりに自分の現状を客観的に見ることのできる少女である。デュエルでは遊希より劣っているということはないが、それ以外の点では彼女はまだまだ勉強中であり、遊希はライバルであると同時に彼女にとって学ぶべき存在でもあるのだ。

 

「えっ、そこ認めちゃうの!?」

「認めちゃうぞ。私はそういう人間だからな! まあデュエルで負けるつもりはこれっぽっちもないわけだが」

 

 ペロリと舌を出してウインクをしてみせるエヴァ。遊希が普段見せないこの愛嬌たっぷりの仕草を自然と見せれる彼女もまたある意味プロの才能に溢れているのかもしれない、と鈴は思った。

 そうこうしているうちに辿り着いた3階の教室のドアを開ける。夏以降使われていない教室は照明が付いておらず、窓から入る夕陽でほんのりとオレンジ色に染まっていた。竜司はしばらく使われないだろう、と言っていたが、もしかしたら明日以降デュエルの実技で使うかもしれない、と思われるため、部屋の隅っこに積んでおくことにした。

 

「こんな感じでいいわよね」

「そうだな。あと1個ですからささっと運んで終わらせて……」

 

 そう言いかけてエヴァが振り返った瞬間である。開けっ放しになっていたドアの前に一人の少女が立っているのに二人は気がついた。

 制服を纏ったその少女はどこか幼げであり、見たところ今回のオープンキャンパスに参加した中学生の一人ということはわかった。しかし、背格好こそ夏のイベントで出会った紫音や橙季に近いものの、その二人と比べると明らかに醸し出す雰囲気が異なっていた。その二人が歳相応の少年少女だとしたら、この少女は年齢にはいい意味で不相応の美しさを持っているのだ。

 少し癖のついた黒髪をツーサイドアップにした少女はその青い瞳で少女を不思議な目で見つめる鈴とエヴァをしっかりと見据えていた。例えるならばペルシャ猫やロシアンブルーといった海外の高級な猫のように気品あふれる蠱惑的な美しさを持っているその少女を前にして鈴とエヴァは数秒ほど言葉を発することができなかった。そんな美少女は鈴とエヴァに対して少しモジモジしながら話し出した。

 

「あ、あの! わ、私……エヴァさんのファンなんです。でもさっきは人が多くて全然声が掛けれなくて……」

「ああ、そういうことか」

 

 最初は少女の年齢に合わない魅力的な容姿に性別の壁を超えてあてられそうだったエヴァであるが、その少女の申し出にほっと胸を撫で下ろす。エヴァは快くサインに応じると、彼女の取り出した色紙にサインペンで自分の名前を書いた。

 

「えーと、アナタのお名前は」

「あっ、私……遊望(ゆみ)って言います。遊ぶの遊という字に希望の望という字です」

「……鈴」

「エヴァちゃん、こういう字だから」

 

 漢字の書きに不慣れなエヴァに漢字を教える鈴。日本に来てだいぶ経つとはいえ、まだまだ下手な部類なエヴァの漢字であるが、それはそれで何処か温かみを感じるものとなっていた。

 

「うわぁ……本物だぁ……」

 

 サイン色紙を抱きしめて満面の笑みを浮かべる遊望。見た目こそ大人っぽく美しいが、彼女も歳相応の少女だった。

 

「喜んでもらえただろうか?」

「はい! 一生大事にします! あ、あの……差し出がましいお願いだとはわかっているのですが……わ、私とデュエルしてくれませんか!」

 

 そんな中、遊望から突然申し出られたデュエル。エヴァと鈴にはまだやることがあったのだが、延々とキャンパスツアーをやっていたため身体が鈍ってしまっているというところもあった。

 

「分かった。ではそのデュエル、プロとしてお受けしよう」

 

 断ることもできたデュエルであったが、わざわざ勇気を出して声をかけてきてくれた遊望の気持ちに応えたい。何よりプロとして挑まれたデュエルから逃げる、ということをしたくなかったのだ。

 

 

先攻:エヴァ【BF】

後攻:遊望【???】

 

 

エヴァ LP8000 手札5枚

デッキ:35 メインモンスターゾーン:0 EXゾーン:0 魔法・罠(Pゾーン:青/赤):0 墓地:0 除外:0 EXデッキ:15(0)

遊望 LP8000 手札5枚

デッキ:35 メインモンスターゾーン:0 EXゾーン:0 魔法・罠(Pゾーン:青/赤):0 墓地:0 除外:0 EXデッキ:15(0)

 

 

―――ねー、エヴァ。大丈夫なの? マジで中学生の子相手に本気出しちゃう系?

(プロはファンサービスも常に心掛けている。ファンサービスをしつつ勝ちはもらうつもりでいくぞ)

―――いや、それがどうかと思うんだけどなー……

 

 

☆TURN01(エヴァ)

 

「ところで、本当に先攻は私で良かったのか?」

 

 先攻後攻の決定権はエヴァが遊望に与えていたのだが、遊望は自ら後攻を選択した。

 

「はい。あのエヴァ・ジムリアの華麗なプレイングをじっくりと眺めてみたかったので……」

「そう言ってもらえると照れ臭いな。だが、容赦はしないぞ! 私は永続魔法、黒い旋風を発動。そして手札から《BF-蒼炎のシュラ》を召喚!」

 

《BF-蒼炎のシュラ》

効果モンスター

星4/闇属性/鳥獣族/攻1800/守1200

(1):このカードが戦闘で相手モンスターを破壊し墓地へ送った時に発動できる。デッキから攻撃力1500以下の「BF」モンスター1体を特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターの効果は無効化される。

 

「BFモンスターの召喚に成功したことで黒い旋風の効果を発動する。シュラの攻撃力1800以下の攻撃力のBF1体を手札に加えるが、チェーンはあるか?」

「ありません」

「そうか。では遠慮なく行かせてもらう。私は攻撃力1300のBF-疾風のゲイルを手札に加える。そしてゲイルは自分フィールド上にBFモンスターが存在する限り、手札から特殊召喚できる!」

 

 エヴァのフィールドには早くもチューナーとチューナー以外のモンスターのワンセットが揃う。これでエヴァはレベル7のS召喚が行えるが、エヴァが単にレベル7のSモンスターを出すだけで終わるようなデュエリストではないことは誰もがわかっていた。

 

「更にゲイルと同じ条件で手札のBF-残夜のクリス、BF-砂塵のハルマッタンは特殊召喚できる。特殊召喚に成功した砂塵のハルマッタンの効果を発動! このカードのレベルを他のBFのレベル分上げることができる。ゲイルのレベル分このカードのレベルを上げる!」

 

BF-砂塵のハルマッタン 星2→星5

 

「そして私はクリスとゲイルをリンクマーカーにセット! サーキットコンバイン! リンク2、水晶機巧-ハリファイバーをリンク召喚。リンク召喚に成功したハリファイバーの効果で私はデッキからレベル1のチューナーモンスター、ジェット・シンクロンを特殊召喚。レベル5となったハルマッタンに、レベル1のチューナーモンスター、ジェット・シンクロンをチューニング! “夜空に瞬く無数の星に隠れし影の戦士よ。黒き翼を奮い暗躍せよ!”シンクロ召喚! 舞い上がれ、BF-星影のノートゥング!」

 

 S召喚に成功した星影のノートゥングの効果が発動し、遊望のライフが800削られる。わずか800ではあるが、決して油断できない数字であった。

 

遊望 LP8000→LP7200

 

「きゃっ! さすが、抜け目ないですね」

「先攻1ターン目をどのように決めるかもまたプロデュエリストには求められることだ。このデュエルが君の参考になってくれれば嬉しいぞ」

 

 先を行くプロデュエリストとして、後進にどれだけの道を示すことができるか。その大切さをエヴァはこの夏に学んだ。遊望もまた彼女にとってはヴェートら自分たちの後を追ってくるデュエリストの一人なのだから。

 

「墓地のジェット・シンクロンの効果を発動。手札1枚を墓地へ送り、このカードを墓地から特殊召喚する。そしてレベル6のノートゥングにレベル1のジェット・シンクロンをチューニング!“風と心を通わせし漆黒の鷹匠よ。天空を舞い黒き戦士たちを誘う先駆けとなれ!”シンクロ召喚、誘え! BF T-漆黒のホーク・ジョー! ホーク・ジョーの効果で墓地のレベル5以上の鳥獣族モンスター1体を特殊召喚する。私は墓地のノートゥングを特殊召喚。私はこれでターンエンドだ」

 

 

エヴァ LP8000 手札0枚

デッキ:33 メインモンスターゾーン:3(BF T-漆黒のホーク・ジョー、BF-星影のノートゥング、BF-蒼炎のシュラ)EXゾーン:1(水晶機巧-ハリファイバー)魔法・罠(Pゾーン:青/赤):1(黒い旋風)墓地:5 除外:0 EXデッキ:12(0)

遊望 LP8000 手札5枚

デッキ:35 メインモンスターゾーン:0 EXゾーン:0 魔法・罠(Pゾーン:青/赤):0 墓地:0 除外:0 EXデッキ:15(0)

 

 

エヴァ

 □□旋□□

 漆□□星蒼□

  水 □

□□□□□□

 □□□□□

遊望

 

○凡例

蒼・・・BF-蒼炎のシュラ

 

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。