デュエルアカデミア・ジャパンの敷地は存外広い。最も日本中から生徒を集めるのでそれくらいなければいけないのだが。新入生歓迎のセレモニーは遊希たちが寝泊まりする寮から少し離れた大広間で行われていた。
その大広間は1年生のみならず全校生徒が余裕で入るくらいの広さを持っており、用途によって設備を変化させることも可能なのである。それはこのデュエルアカデミア・ジャパンに国家予算がつぎ込まれている証であり、それだけ竜司ら教員に課せられた使命も大きいのだ。
「わあーっ! ごっちそーうだぁー!!」
大広間に足を踏み入れた途端、千春は食器を手に食べ物が置かれているコーナーに向かって一目散に駆けて行ってしまった。食事はビュッフェスタイル、いわゆる立食形式で行われているため、食べたいものを早めに確保しておきたいという気持ちはわからなくもないのだが。
「……やっぱりごちそう目当てだったのね」
「子供だもの、仕方ないわ」
「あ、あの……わかっているとは思いますが、日向さんは同い年ですからね?」
そう言ってケラケラと笑う遊希と鈴に真面目に訂正を入れる皐月。ルームメイトの千春が活発で小柄なのに対して、皐月は見るからに大人しめで優等生と言った様相だ。遊希と鈴は所々似ているところはあったが、隣室の二人は何から何までが正反対のようだった。それでも真逆の性格や価値観の方が仲良くなれたりするのであるが。
「わかってるって。さて、遊希はまだ体調が万全じゃないでしょ? ご飯取ってきてあげるわ、何がいい?」
「じゃあ魚介類お願いするわ」
「オッケー。皐月は?」
「私は後で自分で取りに行きますので……先に天宮さんと星乃さんの分でいいですよ?」
2人分の皿を器用に持って鈴は食べ物を取りに行った。まだ体調が万全でない遊希に皐月が付き添う形で大広間の端のベンチに座って待つことにした。
「ふぅ……」
「だ、大丈夫ですか?」
数分後に、鈴が取ってきた食事を腹に収めると、遊希は小さく溜息をついてベンチへと座る。やはり昼間のデュエルの影響が残っているのか、身体には倦怠感が残っており、いつも以上に食欲が沸かなかった。
「大丈夫よ、激しいデュエルの後はいつもこう。まあ今日みたいに倒れちゃうのはめったにないことだけどね。それよりあなたは? 私に気を使わず食べたいものを食べていいのよ?」
「わ、私はちょっとご飯を控えるようにしていて……」
そう言って皐月は恥ずかしそうにお腹の周りを撫でる。皐月は性格的に千春とは真逆であると思っていた遊希であるが、二人の場合はプロポーションも対極に位置することに気が付いた。千春は背の低さに比例して身体つきも高校生のそれとは思えないほどのものであったが、皐月は皐月は千春と同じ高校生とは思えないくらいの発育の良さを感じられた。
「ああ……お腹周りは悩みどころよね。まあ今は成長期を迎えているから男女関係なくこの時期は肉が付くものなのよ」
「そうであってくれると嬉しいんですけどね……あと、騒がしいのも……」
「気持ちはわかるわ。ご飯は少人数で食べたいわよね。それこそ私たち四人だけでとか。あ、でも鈴と千春がいるから結局うるさいのは変わらないわね」
遊希も遊希で騒がしいのが好きではない。しかし、そうやって喧騒を避けてきたからこそあまり人付き合いの得意でない今があるのではないか、と光子竜は溜息を付いた。
―――……遊希。それではいつまで経っても孤独のままだぞ?
「うっさい、あんたに言われたくないわ」
「ふぇっ!?」
光子竜と話していた遊希は思わず声を出してしまい、隣に座っていた皐月をはじめ、数人の生徒が遊希の方を見る。遊希は周囲をきょろきょろと見回すと、恥ずかしそうに下を向いた。
「あ、あの……」
「ごめん。今のはね」
「もしかして精霊と?」
遊希は無言で頷いた。昔はこんなことを言ってもだれも信じてくれはしなかった。大人は当然として、自分と同い年の子供であってもだ。最もそれらの人々はデュエリストとして遊希が成功した後にあっさりとその時の意見を翻してきたのだが。だからこの手の反応に慣れている遊希は皐月がこのことに懐疑的であっても特に気にはならなかった。
「……凄いです!」
「えっ?」
しかし、皐月から返ってきた答えは遊希の予想だにしないものだった。
「精霊かぁ……羨ましいです」
「ちょっと待ってちょうだい。皐月は精霊なんて非科学的なものがあるって本当に思ってるわけ?」
実際にその身に宿すお前が言うな、というツッコミを光子竜から受けるも、遊希は構わず話を続ける。精霊を持つ遊希が精霊という存在を疑わしく思う光景は傍から見れば変なものではあったが、皐月はそのようには感じていなかった。
「まあ私には見えないし聞こえないですけど……天宮さんがいるって言っているのであれば、いるんだと思います」
「……私を信じるの? まだ出会って一日も経ってない私を」
「直接見たことはないですが……でも、デュエルモンスターズを作ったペガサス・J・クロフォードは精霊の存在を明言してましたし、過去の名デュエリストたちは皆総じて精霊を従えていたとも聞きます」
「名デュエリストね……そうなれればいいんだけど」
「なれますよ、きっと。まあ私はデュエルはあんまり得意ではないのでよくわからないんですけど……」
「はぁ、まったく……」
遊希はやれやれ、と言った様子で溜息を付く。それでも皐月のこの言葉は嬉しかった。遊希自身も言ったことなのだが、精霊という非科学的なものを信じている人間はまずいない。
それこそ遊希本人や竜司ら遊希に一定の理解のあるデュエリストくらいだ。そのため白い眼で見られることに何ら抵抗は無いのだが、自分と同世代のデュエリストによるこの言葉は何より彼女の自信につながった。
「あのさ」
「はい?」
「……その、ありが」
遊希がありがとう、と素直な気持ちを伝えようとした時である。「ガチャーン!」という何かが割れたかのような音が会場中に響いたのは。
「い、今の音は?」
「誰かが皿でも落としたとか?」
「……見てください。日向さんが!」
皐月が指差した方に目をやると、なんと千春が数人の男子生徒相手に掴み掛っていた。
「てめえ、女子だと思って下手に出てれば付け上がりやがって!! ぶっ飛ばすぞ!!」
「やれるものならやってみなさいよ! そっちが謝るまであんたを許さないんだから!!」
「上等だ!」
千春に掴み掛られた男子生徒の仲間二人が彼女を取り囲む。小柄な千春が腕力で男子相手に勝てるわけがない。ましては入学初日から暴力沙汰になっては、今後の学生生活にも悪影響が及んでしまう。
「……ったく!」
遊希と皐月は取り皿をベンチに置くと、すぐに千春の下へと向かった。掴み掛った千春とそれにやり返そうとする男子生徒。
「ちょっと、落ち着きなさいよ千春!!」
遊希たちより先に鈴が千春を羽交い絞めにする形で止めに入るも、千春は腕をぶんぶんと振り回しては「離して!」と叫びながらなお掴みかかろうとしていた。千春は背格好こそ小柄であるが、その腕力は見た目以上に強かったのである。
「千春!」
「あっ、遊希! 皐月! 千春止めるの手伝って! あたし一人じゃ無理!!」
遊希と皐月が鈴の助勢に加わることでなんとか彼女を抑え込むことに成功した。しかし、ここで千春を大人しくさせることはできても千春に掴み掛られた男子たちの腹の虫は当然収まらない。
「……ん、お前らは噂の二人じゃないか」
「……噂?」
千春が殴り掛かっていた男子生徒は遊希と鈴の姿を見てそう吐き捨てる。その言葉と態度には何故か強い悪意が感じられた。
「先に殴り掛かってきたのはこいつだぞ? お前らこいつの肩を持つのかよ」
「……私たちはこの場に居なかったわ。千春とあなたたちの間に何が起きたかは知らない。だから何が起きたのか聞く必要があるわね」
「聞くまでもねえな! 俺たちが楽しく駄弁ってたら、いきなりこのチビが突っかかってきたんだよ!」
「嘘よ! あんたたちは私の大事なものを侮辱したじゃない!」
「侮辱だぁ? 俺たちは事実を言ったまでじゃねーか!」
「そんなの事実じゃない! 訂正して!!」
制止する鈴と皐月を振り切って、激高した千春が再度男子生徒に殴り掛かろうとする。そんな時である。騒ぎを聞きつけたミハエルら教師たちが現場に駆け付けたのは。
「お前たち、何をしている!」
ミハエルの檄が飛び、千春と男子生徒三人が一歩下がる。いつにも増して冷たい瞳で二人を見るミハエルに、男子生徒の仲間たちがその時の状況を説明し始めた。
当然その証言は揃って「喋っていたら突然千春が殴り掛かってきた」という旨のものだった。現場に居合わせただけあって信憑性は彼らの方がどうして高くなってしまう。ミハエルは彼らの証言を聞いた上で千春に状況の説明を求めた。
「さて、彼らは君が殴り掛かってきたと言っているが……」
「……殴りました。最初に殴ったのは私です」
「ほう、認めるのか」
「でも殴ったのには理由があるわ。あいつらは私の大事なものを侮辱しました」
「……侮辱とは、どういうことですか?」
人混みをかき分けて来たのは竜司だった。いつものように穏やかな面持ちをしているが、その瞳には普段遊希や鈴に見せる笑みはなかった。
「あいつらは……あることないことを言いまくってました!」
「あることないこと?」
「……天宮 遊希はデュエルモンスターズの精霊を使って親を殺した。星乃 鈴は親の名前でセントラル校に合格した裏口入学だ……そう言っていたのよ!」
千春のその言葉を聞いて竜司やミハエルら教師たちの顔が曇る。勿論遊希についても鈴についても全て事実無根であり、彼女たちは厳しい試験を突破した上で首席と準主席という成績を修めて入学した。だが、彼らが話していることは既に多くの生徒の間に広がってしまっていた。
「酷い……酷すぎます」
「なんだよ、俺らだって噂話を話していただけだ。責めるならその噂を流した奴を責めるんだな」
(噂……そういうことか)
黙って話を聞いていた鈴は拳をぎゅっと力強く握りしめ、男子生徒たちを睨み付けていた。鈴個人としては千春同様に男子生徒たちに殴り掛かりたかったが、そんな彼女の腕を掴んで制止していたのは他ならぬ遊希だった。
当然遊希もはらわたが煮えくり返る思いであったが、自分が陰口を言われること自体には慣れがあった。しかし、今回の件で遊希が何よりもショックだったのはやはり自分といることで、自身の過去とは無関係である鈴、千春、皐月の三人に風評被害が及んでしまうことがこのような形で実証されてしまったことだった。
「っ……なんということを」
「校長、お気持ちはわかります。ですが、今の我々はあくまで教育者です。全ての生徒に公平に対処しなければいけません」
「ええ。わかっています」
竜司は今回の件について千春と主だった男子生徒たちに3日間のデュエルディスクの没収を言い渡した。各人の専用デュエルディスクを没収されてしまうため、当然ソリッドビジョンシステムを利用したデュエルをすることはできない。それでも暴力沙汰に発展したとはいえ、3日間という短い間のデュエル禁止は新入生である千春たちには十分に温情をかけられた処分と言えた。
「お前たち、今回の事件の罰として3日間の間デュエルは禁止する。ただデッキやカードはそのままにしておくからその謹慎期間で色々調整することはできるがな」
「……ただ、若きデュエリストにとって3日間とはいえ、デュエルができなくなるのは少々きついでしょう。そして、今回の件で色々と禍根が残るのは避けておきたい……そうだ、君たち。もし良ければこれから手打ちとしてデュエルを1戦行いませんか?」
竜司の提案にミハエルはやや渋い顔をするが、校長の言う通りこれで生徒間の禍根が消えるのであれば、という理由でこれを承諾した。
「……デュエル? デュエルできるのね!」
禁止前に一戦デュエルが行える。その温情に素直に喜びの表情を見せる千春であったが、それからすぐに落ち込んだ様子を見せる。あれだけデュエルを望んでいた彼女らしくないと遊希たちは思った。
「どうしたんですか? 元気が無いような……」
「あのね。確かにデュエルできるのは嬉しいんだけど、こんなことが起きたばかりだから……私楽しんでデュエルできるのかしら?」
千春にとってデュエルは勝ち負けを競うものであると同時に、他人とのコミュニケーションツールでもあった。デュエルモンスターズというゲームにおいて性別、国籍、人種、年齢、思想信条、肌の色―――それらの個々人を形成する要素は何も問われることはない。あらゆる人間がただカードとプレイングによって勝敗を競う。それがデュエルモンスターズというものであり、世界的なゲームにまで成長した要因であった。
そのため彼女は勝ち負け以前に楽しいデュエルができたかどうかを大事にしているのである。しかし、これから行われようとしているデュエルは、親友を侮辱した相手とのデュエル。果たしてそんな相手とするデュエルに素直に臨めるだろうか、という気持ちが千春の中にはあったのである。
「日向さん……」
「千春。デュエルをするのはあなたでしょう? だったら私たちのことなんて気にする必要はないわ。自分の素直な気持ちに従ってすればいんじゃないかしら?」
「そうよ! あたしたちにとってはあんたが楽しんでくれることが一番嬉しいんだし、気にせず自分の思いの丈をぶつけてきちゃいなさい!」
「遊希、鈴、皐月……わかったわ! だったらこのデュエル全力で楽しむことにするわ! まあ、デュエルの相手が遊希じゃないのが納得いかないけどね!」
三人のその言葉に千春は太陽のような笑顔を取り戻すと、自室にデュエルディスクとデッキを取りに行った。デュエル開始は30分後。会場となる懇談会の会場は新入生のみではなく、話を聞きつけた上級生たちもデュエルの観覧に集まるなど、例年に増して盛り上がりを見せていた。
そして時計の短針が9を指そうとしていた頃、千春と遊希たちを誹謗した男子生徒の一人のデュエルが始まろうとしていた。しかし、デュエルの直前になって遊希たちはあることに気付く。
「……ねえ、ところであの相手は誰なの?」
「そう言えば見慣れない顔よね」
「まあ今日出会ったばかりなので、名前が分からなくても仕方ないですよね……」
相手に聞こえないように小声で話す遊希たち。だが千春はそんな三人の様子など気にも留めなかった。
「あら、相手の名前なんて覚えておく必要ないわよ」
「どうして?」
「だって私があんなやつすぐ倒しちゃうんだから! 名前を覚える必要なんて無いんだから!」
そう言ってデュエルディスクを嵌めていない方の腕を勢いよくグルグルと回す千春。相手がどんなデッキを使うかも判らないのにこれだけポジティブにいられるのは短所でもあるがある意味で長所でもある。
遊希は相手がどんなデッキで来るのか、どんな戦法を使うのか、ということに頭を取られ、楽しんでデュエルすることができているかというとそうでもない。現にデュエルに至るまでの経緯が経緯である。自分だったら例え空元気でもそこまで明るく振る舞うことはできなかっただろう。
「千春」
遊希がデュエルフィールドに向かう千春を呼び止めた。
「何? デュエルだったらこの後受けるわよ」
「これはあなたのデュエル。私たちのことなんて気にせず、自分のために戦いなさい」
「……当然!」
意気揚々とデュエルリングに向かう千春。対戦相手の男子生徒は無言で千春を見つめていた。男子生徒は先程まで遊希たちの悪口を言っていたとは思えないほど真剣な面持ちだった。
「来たか」
「来てやったわよ! ねえ、今謝ったら許してあげてもいいけど?」
「誰がそんなことするか。俺にだってメンツってもんがある。悪いがこのデュエル手加減しない!」
「いい心掛けね。じゃああんた……えーと、誰だっけ?」
「そういやまだ名乗ってなかったな。俺は火野 翔一(ひの しょういち)ってんだ。まあ覚えなくていい。負ける奴に名前を覚えてもらう必要なんてないんだからな」
「……そのセリフ、そっくりそのままお返ししてやるわ!」
デュエル前に息巻く二人を制するかのようにミハエルがレフェリーとして姿を現す。教師陣としても因縁のある2人がデュエルを通して暴走しないかを見守る必要があった。
「怨恨はあるかもしれない、だが、デュエルにおいて競うのは互いのデュエルタクティクスのみだ! 今はただデュエルに集中すること! それでは……デュエル開始!」
「「デュエル!」」
ミハエルがデュエル開始を宣言したことによって、デュエルディスクが作動。デュエルディスクの内臓コンピューターによって先攻後攻の決定権は翔一に与えられ、翔一は先攻を取った。
(……私相手に先攻を取ったわね? いいわ、私の【サイバー・ドラゴン】デッキで華麗に後攻ワンキルを決めてやるんだから!)
先攻:翔一
後攻:千春
翔一 LP8000 手札5枚
デッキ:35 メインモンスターゾーン:0 EXゾーン:0 魔法・罠:0 墓地:0 Pゾーン:青/赤 除外:0 エクストラデッキ:15(0)
千春 LP8000 手札5枚
デッキ:35 メインモンスターゾーン:0 EXゾーン:0 魔法・罠:0 墓地:0 Pゾーン:青/赤 除外:0 エクストラデッキ:15(0)
翔一
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千春