銀河の竜を駆る少女   作:Garbage

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青空の下で

 

 

 

 

 

「鈴、お前……」

「ね、ねえエヴァちゃん。あたしいったい……」

 

 何が何だか訳が分からないといった様子を見せて戸惑う鈴に対し、エヴァは子を見守る母親のような穏やかな笑みを見せ、彼女の肩に手を置く。鈴のその様子を見て彼女に何が見えているのかということをこの場において唯一理解できているのがエヴァだった。

 

「鈴……お前にも私や遊希と同じ力があったというのか」

「……へ?」

 

 自分も遊希やエヴァと同じ精霊使い。白紙のはずのカードに自分だけが見えるものがある。その事実を告げられた鈴は何とも気の抜けた声を出す。それだけでも十分訳が分からないというのに、エヴァのその言葉を受けて鈴の頭の中はますます混乱する。

 

「私にも、スカーライトにも、千春にも皐月にもこのカードはただの白紙のカードにしか見えていない。なのにお前だけがそのカードのことをわかる。これは精霊使いであることに他ならない!」

「……あたしが……なんで……」

 

 無力な存在に過ぎない、と自分でも他者からも断言されてばかりである。鈴はエヴァから告げられた言葉を素直に受け入れることができなかった。何故何の力もないはずの自分に精霊使いの力があるのか。

 遊希のように先天的な才能も無ければ、エヴァのように努力を重ねて開花させられるだけのものもない。強いて言うならばただ単に日本を代表するプロデュエリスト、星乃 竜司の娘であることでしかないはずなのに。

 

「鈴、精霊の声が聞こえたことはないか?」

「精霊の声……」

 

 鈴は遊希が心の中に秘めていた感情を吐露した夜のことを素直に話した。しかし、後にも先にも光子竜の声が聞こえたのはその時が最後である。

 

「つまり鈴さんは、光子竜と会話をしていたということですか?」

「凄いじゃない、あんた、やっぱり才能があるのよ!」

「……」

「鈴、このカードはまだ白紙であり精霊として覚醒していないカードだ。精霊のカードを覚醒させる方法は私にもわからないが、このカードはお前が持つべきだ。鈴がこのカードに命を吹き込むんだ!」

 

 そう言ってエヴァはガラスケースのカードを指差した。自分でも精霊を覚醒させる方法はわからないが、自分はどんな辛いことを経験してもスカーライトのカードを肌身離さず持ち続けており、それが今のスカーライトとの絆を結ぶことに繋がったことは否めない。

 精霊の可能性があるカードを精霊の力を目覚めさせることができそうなデュエリストが持ち続け、命を吹き込む。それが光子竜を目覚めさせ、ひいては遊希を助けることに繋がるのだ。

 

「そうとなったら校長先生を呼ぶわよ!」

「……だよ」

「鈴さん?」

 

 息巻く千春に引っ張られそうになりながら、皐月は鈴が何か小さな声で喋ったのに気が付いた。よく聞こえなかったので聞き返してみると、鈴は思いもよらぬ言葉を発した。

 

 

 

「無理……だよ。あたしなんかには……無理だ」

 

 

 

 普段の鈴を知っている三人からしてみれば鈴の口から発せられたその言葉は予想外のものだった。いつも元気で明るく、勝気で可愛らしい彼女。そんな鈴が今見せているのはいつもの鈴のそれではなかった。

 

「な、なに言ってんのよ鈴。あんたならきっと……」

「無理だよ! あたしが精霊使い? そんなわけないじゃない! あたしが本当に精霊使いだったなら、どうして遊希を守れなかったの!?」

「そ、それは……」

「親友一人だって守ることのできないあたしに……精霊なんて使えるわけないよ……!!」

 

 そう言って鈴は校長室から逃げるように飛び出していってしまった。ドアを思い切り開け放ち、飛び出した鈴は部屋に戻ろうとしていた竜司にぶつかった。竜司はいきなり自分の胸に飛び込んできた娘の顔を見て言葉を失った。鈴は両の眼を真っ赤に染め、大粒の涙をぽろぽろとこぼしていたのである。

 

「鈴?」

「……っ!」

 

 呼び止めようとした父の手を払い、鈴は何処かへと駆けていってしまった。いったい何があったのだろうか、と思いながら竜司が校長室に入ると、白紙のカードが入ったガラスケースの前で呆然と立ち尽くすエヴァ、千春、皐月の姿があった。

 

「君たち、鈴に一体何が……」

「実は……」

 

 エヴァは竜司に自分が思うありのままのことを伝えた。自分やスカーライトには白紙にしか見えなかったカードのレベルと種族を鈴が言い当てたこと。鈴が光子竜の声を聴き、会話をしたこと。そしてそれを伝えたところ、鈴が自分には無理だ、と言って校長室を出ていってしまったこと。それらの全てを正直に伝えた。

 その時の鈴の表情ははっきりとはわからなかったが、エヴァたちは鈴が涙を流していたということ、そしてそれが親友を守ることのできなかった後悔と無力感による涙であったことに気付いていた。

 鈴には精霊使いとしての力が目覚めつつある。白紙のカードの姿が見えかけていた鈴はそれに自分でも感付いていた。それゆえに遊希を守ることができなかった、ということに責任を感じていたのである。

 

「……鈴はああ見えて昔から責任感の強い子だ。それでいて頑固なところもある。私や蘭の言葉も聞き入れないほどに頑なになる。どうか……あの子の心を……」

 

 父と娘。娘は父に似るともいわれるように、竜司もこの事態において日本を代表するプロデュエリストでありながら何ら打開策を打ち出せておらず、娘のことに関してもエヴァのような若い少女たちに頼らなければならないことに自分の無力さを感じていた。

 そしてそんな竜司の心中をエヴァ、千春、皐月の三人は痛いほど理解していた。少女たちは竜司の言葉を聞き、強く心に誓った。ひとり孤独に震える親友に寄り添うこと、彼女の心の痛みを和らげてあげることを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(あたし……最低だ)

 

 鈴はアカデミアの屋上にいた。屋上の壁に寄りかかりながら一人座り込んでいた。彼女の頭の中では自己嫌悪に苛まれながら自分の言ってしまった酷い言葉が反響する。

 

(無責任だ。無責任すぎる……あたしが頑張らなきゃ、誰が遊希を助けてくれるっていうの? 遊希は千春や皐月と戦わされながら、ボロボロになりながら操られたあたしを助けてくれたのに……!)

 

 自分が遊望に操られていた時のことはほとんど覚えていない。それこそ遊希とデュエルをしたことくらいしか覚えておらず、それまでの過程は千春や皐月からまた聞きした程度の認識しかない。

 それでもその時の遊希は今の自分など比肩しないほどの重みを抱えて戦っていた。自分と同じように操られていたとはいえ同級生を何人も傷つけてしまった千春と皐月を正気に戻すため、涙を飲んで戦った。親友を助けるためとはいえ、千春や皐月を倒した後はそのことに心を痛めて毎晩のように涙を流していたという。

 

「あの時? あの時は辛かった、でも今となっては良い思い出よ」

 

 遊希は連れ去られる前、あの時のことをそう評していた。しかし、それは彼女なりの強がりであった。自らの意志ではないとはいえ、親友たちと刃を交えることが良い思い出でなどあるはずがない。

 不幸にも操られて主犯格とされてしまった鈴を傷つけないようにと気遣った遊希は気にしていないようではあるが、エヴァは三人が行方不明の間共に過ごした時の遊希の本当の気持ちを知っているし、千春と皐月は病院にお見舞いに訪れた遊希が病身にも関わらずデュエルをする二人を見て怒りながら大泣きしたということもこっそりと教えてくれた。

 もちろん遊希にとっては嫌な過去なので公にしてほしくない、と三人には言っていたが10代女子の口の堅さなどたかが知れている。クールで美しい遊希の想像だにしない姿であるが、三人よりも先に本当の遊希の触れた鈴はそれだけ遊希が自分のことを大事に思ってくれていることが嬉しくて仕方が無かった。

 

(遊希……ごめんね)

 

 体育座りをしたまま顔を膝に押しつける鈴。その暖かい涙で膝が濡れるのを感じた時、鈴の左隣に温もりが生じた。

 

「見つけたぞ、鈴」

「エヴァ……ちゃん」

「隣、失礼するぞ」

 

 エヴァが鈴に寄り添うように座る。空には過ぎ去ったはずの夏の雰囲気がまだいくつか残っていた。

 

「私はよくここの屋上に来ている。ここで空を眺めることが好きなんだ」

「……なんで?」

「空は繋がっている。この空を見上げると故郷のことを思い出せるんだ。もちろん日本にもロシアにも領空があるので自由に行き来はできないんだが……」

「もう、ムードぶち壊しじゃない」

「ふふっ、済まないな」

 

 悪戯っ子が見せるような笑みを浮かべるエヴァの姿を見て、鈴は呆れたように笑う。彼女が笑ったのを見てエヴァもまた同じようにくしゃっとした笑顔を浮かべた。

 

「やっと、笑ってくれたな」

「えっ?」

「鈴、遊希がいなくなってから、お前はずっと沈んだ顔をしていたな。鈴には笑顔でいてくれた方が私は嬉しいぞ?」

「そうよ! あんたの笑顔見てるとこっちも元気になるんだから!」

 

 振り返った鈴とエヴァの前には汗だくになった千春と皐月の姿があった。エヴァと三人に分かれて鈴を探していた千春と皐月であったが、エヴァに鈴を見つけたという連絡を貰い、急いでここまで駆けつけたのであった。

 

「千春、皐月……」

「ごめんなさい鈴さん。私たち、鈴さんの気持ちも考えずに……」

 

 息も絶え絶えに鈴に頭を下げる千春と皐月。二人は鈴が精霊使いとして覚醒し、精霊を自在に操れるようになれば遊希を助けることができる。そうして全ての物事がうまくいくことを確信しており、その願いは成就すると思っていた。

 しかし、遊希を助けることばかりを考えていたことが結果的に鈴を追い詰めてしまっていたことに気が付き、懸命にアカデミアの中を走り回っては鈴を探していたのである。

 

「そんな、謝らないでよ二人とも!」

「でも私たち……あんたが精霊を使えるかもって聞いて舞い上がっちゃって……」

「千春……」

「ねえ知ってる? ってあんたなら知ってるわよね。遊希もこの場所が好きだったってことを」

 

 普段は施錠されているため自由に出入りできない屋上であるが、その日の天候や気候によっては一般開放される時がある。その時遊希は授業の合間や食事の後に決まってここで空を眺めていることが多かった。遊希本人は風に当たりたい、という如何にもありがちな理由でここにやってきていたようだが、彼女もまたエヴァと同じように無性に空を眺めたくなることがあった。最もエヴァは故郷のことを思い浮かべるのに対し、遊希は澄み渡る蒼穹の果てに亡くした両親と遊望の顔を見ていた。

 アカデミアという外の環境に触れたことで遊希は以前と比べてだいぶ他人と接することができるようになっていた。7歳でプロになって以降、家を離れることが多かった遊希は家族とは離れて過ごすことが多く、元気な姿は専らテレビか新聞といった媒体を通して見せていた。

 そのため、こうして外に出て天国にいる両親と遊望に自分が元気でいることを見せるため、遊希は外に出ては空を見上げるのである。最も一番元気な姿を見せたかった妹が生きていて、攫われることになるとはこの時ばかりは思っていなかったようであるが。

 

「雲ひとつない青空……」

「夏の終わりから秋の始まりに移り変わる空……」

「……遊希がこの場にいたら、どんな顔をしているのだろうな」

 

 鈴の目の前には青空を見上げて儚くも美しい笑みを浮かべる遊希の姿が思い浮かぶ。

 

(遊希だったら……)

「鈴、私も千春も皐月も……みんな考えていることは鈴と同じだ」

「私と……?」

「五人で、またこんな綺麗な空を一緒に見上げたい…だろう?」

 

 五人で寄り添って座っては青い空と暖かな陽の光を浴びながら、風に吹かれる。ただの友達ではない、親友だからこそ築かれる空間がそこにはあるのだ。

 

「……遊希」

「鈴、これを」

 

 そう言ってエヴァが鈴に手渡したのはあの白紙のカードだった。竜司から許可を貰い、鈴に手渡すために預かってきたのである。

 

「このカードは……」

「鈴、お前は自分を無力だと思っているようだが、それなら私は鈴よりずっとダメな存在になってしまうぞ?」

「んなっ……なんでそうなるのよ!」

「私は鈴とは違い、スカーライトの力を自分の物にしていた。それでも、天宮 遊望には……銀河眼の時空竜には勝てなかった」

 

 不意を突かれた形ではあるものの、遊望の前に多くのデュエリストが膝を屈した。最初に洗脳された鈴はもちろん、鈴によって打ち負かされた千春や皐月も言ってしまえば遊望に負けているのである。

 

「遊希だってそうだ。私や鈴より精霊を使えるあいつですら敵わなかった相手だ。鈴一人だけが無力感を感じて責任を背負い込む必要なんて無いんだ」

「っ……!」

「鈴、弱い者が強い者に勝つには努力と鍛錬を重ねて精進しなければいけない。勝敗と共にあるデュエリストもそうだ。私だって、竜司さんだって、遊希だって……最初はみんな弱かった。でもたったひとつだけ―――勝ちたい。その思いを胸に秘めてずっと努力をしてきたんだ。そこに今の私たちがいる。だから……一緒に強くなりましょう、鈴」

「鈴」

「鈴さん」

 

 エヴァ、千春、皐月の三人が手を差し伸べる。エヴァの優しい笑み、千春の元気いっぱいの笑み、皐月の少し照れたような笑み。三者三様の笑顔が鈴を取り巻いていた。

 

「みんな―――」

 

 三人から差し伸べられたその手を取った鈴の顔には、彼女の決意に満ちた笑みを浮かび上がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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