「まだまだ行くわ、次の相手は誰!?」
自分の中に眠る“精霊使い”としての素質。それと向き合うことを決めた鈴は竜司から託された白紙のカードの暫定的な所有者となった。しかし、いざ鈴に精霊使いの才能があったとして、その白紙のカードに命を吹き込むということについて明確な方法は誰も知らなかった。
遊希は幼い時に夢の中で光子竜と出会って友となった。明くる朝枕元には光子竜をはじめ、今でも遊希が愛用している【ギャラクシー】のデッキ一式が置かれていたという。そのため遊希が光子竜を精霊として目覚めさせたというよりかは元々目覚めていた精霊が遊希の下になんらかの理由で来ただけということになり、遊希が精霊を覚醒させたということにはならない。
またエヴァもプロとして出場して優勝した大会の賞品であった《レッド・デーモンズ・ドラゴン》のカードが突然《レッド・デーモンズ・ドラゴン・スカーライト》へと変貌したため、エヴァ自身が何か精霊のカードに手を加えたというわけでもない。そのため、鈴の下にもたらされた精霊と思わしき白紙のカード、というケースは精霊使いの先輩にあたる遊希やエヴァとは全く異なったものとなっていたのである。
「ちょっと鈴、大丈夫なの? もう休んだら?」
「大丈夫よ千春。遊希のことを考えたら休んでなんていられないわ」
しかし、わからないならわからないで彼女たちに取れる方法は一つだけだ。デュエリストとカード、その二つを繋ぐのはデュエル。白紙のカードがまだ眠ったままであると考えるならば、所有者候補の鈴のデュエルを直接感じさせて目覚めさせるだけである。
「仕方ないわね……次は私が行くわ! ねえ鈴。このデュエルで私が勝ったら約束してちょうだい」
「約束?」
「あんた今日だけでももう10回以上連続でデュエルしてるじゃない。だから私が勝ったら今日のデュエルはこれでおしまい。いいわね?」
「……わかったわ」
鈴はとにかくこなせるだけデュエルをすることにしていた。精霊のカードを持っているということを知っているのは鈴たちだけ一部の人間であったため、他の生徒たちは鈴が必死でデュエルに臨む姿を見て驚きを隠せないようだった。
それでも父である竜司に追いつけ追い越せという精神で頑張っている、と考えれば他の生徒たちは快くデュエルに応じてくれた。それでも大半の生徒はたかが一度のデュエルに鬼気迫る表情で臨む鈴の様子に違和感を感じていたようであるが。ちなみに遊希については一般的にはプロの世界にいずれ復帰するため海外へ短期留学している、と発表されたため、遊希が遊望に拉致されたという事実は広まっていない。
「これで終わりよ! サイバー・ドラゴン・インフィニティで鈴にダイレクトアタック!“エヴォリューション・インフィニティ・バースト”!」
「っ!?」
サイバー・ドラゴン・インフィニティ ORU:2 ATK2500
鈴 LP2100→LP0
*
「くっ……!」
「私の勝ちね。はい、今日のデュエルはおしまい」
「……わかったわよ」
三度の飯よりデュエルが好きな千春が止めに入るほど鈴は疲弊していた。一度のデュエルにおいてもデュエリストは多くの知力と体力を使うため、見た目以上に当事者にかかる負担は大きい。
今回のデュエルにおいては序盤こそ鈴が優勢に進めたものの、疲れから来る集中力と思考の欠如により、小さなプレイングミスを多々犯してしまったところを千春に突かれて逆転負けを許したのである。
「お疲れ様です、鈴さん」
デュエルを終えた綾香に対し、汗ふきタオルとスポーツドリンクが入った水筒を差し出す皐月。その様はまるで運動部の女子マネージャーのようだった。
そんな皐月に対して鈴は少し不満そうに礼を言いながら水筒を受け取る。水筒の蓋を開けると、ゴム製のストローがぴょん、と飛び出してくる。鈴はそれを吸ってスポーツドリンクを飲もうとするも、それを飲む力すらもだいぶ弱っていることに気が付いた。
「……はぁ」
「どうした? ため息などついて」
「遊希やエヴァちゃんは……いつもこんな思いをしてたの? デュエルの後に遊希が倒れてたのはこんなに力を使うから?」
今でこそすっかり慣れていたようであるが、入学当初遊希は銀河眼モンスターを召喚するたびに体力をいたく消耗していた。精霊およびそれに付随するカードはどれもデュエリストの体力を奪うのである。
「そうだな。この疲労感に耐えれないと精霊を操ることは厳しいかもしれないだろう」
「そっか……」
そう言って俯く鈴。エヴァは内心しまった、と後悔した。せっかく鈴が精霊を目覚めさせようと頑張っているのに、そのやる気を削ぐような発言をしてしまったのである。後悔先に立たず、口は災いの下―――と用法用例は別に最近覚えたばかりの日本語のことわざが頭の中をぐるぐると駆け巡り、エヴァの顔には滝のような汗が滴り始める。
「エヴァさん? 凄い汗ですよ?」
「ファッ!? ナナナナンデモナイゾー!」
「なんか片言になってるし! エヴァって意外と隠し事下手よね!」
「言うな! 結構気にしてるんだから!」
張りつめた空気が少しではあるが、和んだ気がした。
*
「……ねえ、あなたは誰?」
鈴が精霊使いの鍛錬を始めて2週間ほど経った頃だろうか。鈴は夢をよく見ていた。人間が夢を見るのはレム睡眠の時であると言われており、レム睡眠とノンレム睡眠を繰り返す人間は目覚めた時にその記憶が残っていないことも多い。
それでも夢のようで夢ではないものを毎晩のように見ていた。鈴がいたのは満点の星空が浮かび、青々とした草が涼しく優しい風に揺れる高原のような世界だった。最初のうちはここはどこだろう、と彷徨い歩くだけだったがそれが数日続いた後に彼女は1体のドラゴンと遭遇した。
そのドラゴンは光子竜やスカーライトのような一般的なイメージされる西洋風の筋骨隆々なドラゴンとは異なり、どこか東洋の龍を思わせるような細い身体を持っている白い竜だった。流線形な身体と胸部についた青い宝石のような物体が儚くも美しいドラゴン。鈴は見たこともないそのドラゴンに懸命に話しかけてるようになっていた。
しかし、そのドラゴンは鈴の存在にこそ気づいてはいるものの、警戒しているのかそれとも単に無口なだけなのか、鈴の問いかけには答えようとしなかった。
それでもこのカードこそが白紙のカードに宿る精霊なのではないか、と思った鈴は根気強くそのドラゴンに話しかけては自分がそのドラゴンに敵意を持っていないことを伝えようとする。最もそのドラゴンはそんな鈴の気持ちなどどこ吹く風とばかりに清らかな風と光を纏っては天空へと去っていくのだが。
「……また、会いに来るからね」
自分で意図しているわけではないのだが、朝を迎えて目覚めようとすることを鈴は本能的に理解していた。精霊の世界を去る時に誰もいない空に向かって別れの挨拶を欠かすことはなかった。
「鈴……どうやらお前は精霊の心を開きつつあるみたいだな」
鈴はその夜に見た夢の内容をエヴァに逐次報告していた。エヴァはスカーライトと完全に繋がるまで夢でスカーライトと出会うなどということはなく、鈴の例は自分にも遊希にもない特殊なケースであると断言した。体験したことこそないが、鈴とそのドラゴンの絆はこの時点で相当深いものであることは彼女にもわかっていた。そして鈴がそのドラゴンをデュエルモンスターズの精霊として覚醒させる時も近いことを。
「そうなのかな……なんか話しかけても話しかけても喋ってくれないんだけど」
(どう思う、スカーライト?)
―――あたしとは違って人見知りなのかもね、そのドラゴンは。ん? 人見知り? ドラゴン見知りって言うのかな?
(そこは大事な所なのか?)
妙なところに拘るスカーライトのことは置いておいて、エヴァはスカーライトの言葉を伝えた。エヴァもといスカーライト曰く、そのドラゴンの鈴に対する感触は話を聞く限りでは悪くはないようである。
「……だそうだ。なので心配はいらないと思うぞ」
「そっか。じゃあ今日もデュエルと行くわよ!」
「望むところだ」
*
「こんにちは、いや、こんばんはかな?」
最早恒例となりつつあった精霊との交信。ドラゴンが返してくれなくても目覚めるまでの間鈴はそばにいることにした。鈴が近くに寄ってもそのドラゴンは威嚇など敵意を感じさせる行動はとらないことから鈴を敵視しているわけではないのがわかる。
それでも完全に信用を得ていないのであれば、絆を結んだとは言えないため、鈴はその日あった出来事をわかるようにドラゴンに話すことで、そのドラゴンの心を開ければと思っていたのである。
「今日もいっぱいデュエルしたわ。いつかあなたと一緒にみんなとデュエルする時が来ることを待ってるけど……あたしが未熟なのかまだあなたのことを覚醒させてあげられないの。ごめんね」
―――……い。
「ん?」
―――そんなこと……ない。
鈴の脳裏にはぼそぼそ喋る少女の声が響いた。この世界にいるのは鈴とそのドラゴンだけ。声の主は紛れもなく鈴の隣で横たわりながら空を見上げていたそのドラゴンであった。ドラゴンが応えてくれたことで鈴は太陽のような笑みを向ける。
「……やっと、喋ってくれたね。えーと、自己紹介がまだだったね。私は星乃 鈴っていうの。鈴って気軽に呼んで?」
―――……鈴。
「そう」
ドラゴンは何処か照れ臭そうに鈴の名前を呼ぶとそのまま黙ってしまった。しばしの沈黙の後に何があったのだろうか、と不思議に思った鈴がドラゴンの顔を覗き込むとそのドラゴンは何処か戸惑った様子を浮かべていた。
「……どうしたの?」
―――あのね。
「……うん」
―――わたし……名前がわからないの。
「えっ?」
このドラゴンはスカーライト同様人間界で生を受けたドラゴンである。このドラゴンには当然決められた名前があるようなのだが、人間界において顕現してまだ日が浅く、自分自身が何者であるかということもはっきりと理解していなかったのだ。
最も鈴の話を聞いたことで自分がデュエルモンスターズの精霊であるということは理解しているのだが。それでも自分自身の名前がわからない以上、積極的に話しかけてくれる鈴に対してどう答えるべきかわからなかったのである。
―――わたしには名前がある。でも……その名前がわからない。だから鈴、あなたとは話せなかった。名前のないドラゴンなんて変だって思われて嫌われたくないから……
「……ふふっ」
その見た目からは想像できない細やかな悩みを聞いた鈴は思わずぷっ、と噴き出した。それには言葉少な目だったドラゴンも珍しく感情を露わにした。
―――笑うなんて……ひどい。
「ごめんごめん、なんかあたしの友達を思い出してさ」
―――友達?
「うん。あなたと一緒で悩まなくてもいいことで悩んで不器用で……でも今その友達はいないんだ」
―――いない?……なんで?
「連れ去られちゃったの。あなたと同じデュエルモンスターズの精霊に。ねえ、ドラゴンさん……あたし、その子を助けたい。でも今のあたしの力だけじゃ到底助けることなんてできない……だからあなたの力を借りたいの!」
鈴はドラゴンに対して攫われた遊希のこと、遊希の精霊である銀河眼の光子竜のこと、自分と同じ精霊使いであるエヴァのこと、エヴァに宿る精霊・スカーライトのこと、自分がどうしてそのドラゴンの世界にやってきたのか、ということまで自分の思っていること全てを告げた。ドラゴンは鈴が話すことに驚いていたようであるが、最終的にそのことを聞くドラゴンの顔は真剣そのものになっていた。
―――わたしに……そんな力が……
「遊希を助けるには銀河眼の光子竜って精霊の力が必要なの。そしてそんな光子竜を眠りから覚ますためにはあなたの力が必要になる。ごめん、一気に伝えすぎて混乱しちゃったかな?」
―――大丈夫……でもちょっと不安。わたしにそんな力があるのかな。
「あなたの力はわからない。でもあたしがあなたの持つ力を引き出してあげる」
―――鈴……あのね、私ずっとあなたのデュエルを見ていたの。正直……鈴のデュエルは細かいミスも多いしそれが負けに繋がることも多い。
淡々とした口調で鈴のデュエルを評するドラゴン。少しばかり申し訳なさそうな顔をしながらそのくせ的確かつ少々毒舌なドラゴンの口ぶりに鈴は思わず天を仰ぐ。自分のデュエルが遊希やエヴァほど冴えわたったものではないにしても、ここまではっきりと、そして将来的に自分の相棒となる精霊に言われるとさすがに傷つくというものである。
―――でも……鈴のデュエルは見ててなんというか……頑張りが伝わってくる。応援したくなる……
「……む、無理に励まさなくていいよ」
―――無理……じゃない。わたし……鈴だったら一緒に戦っても……いい。でも……まだ力が足りない。
「力?」
―――わたしは……精霊として……鈴のところに行く力がほしい。鈴と……デュエルをしたい。鈴といっしょに……
朝目覚めたとき、鈴は決意を新たにした。
*
その日の授業が全て終わった後、鈴はエヴァにデュエルを挑むことにした。遊希が攫われて早くも2か月ほどの月日が経とうとしており、世間はハロウィンが近いこともあって若者が仮装したり、子どもがお菓子をせがんだりするなどにわかに慌ただしくなりつつあったが、鈴たちにハロウィンに興じている余裕などなかった。
エヴァはこの2か月間3日に1回のペースでエヴァとデュエルをしていたが、今の今までエヴァには一度も勝っていない。エヴァのデッキやプレイングこそ鈴は直接デュエルをすることで学んでいたのだが、個別にメタを立てることなくそのままのデッキで、鈴本来のやり方で挑んでいたために勝つことはできていなかった。
ただ鈴からしてみればエヴァに勝つ勝たないの問題ではない。変に着飾らないありのままの自分のデッキで、自分のデュエルでエヴァに挑むことで精霊に星乃 鈴という人間がどんな人間かを理解してもらいたかったのだ。
「エヴァちゃん。お願いがあるんだけど……」
「なんだ?」
「……あたし、このデュエルで精霊を目覚めさせる」
「……そうか」
「だから、絶対にスカーライトを召喚して。そして全力であたしたちを倒しに来て」
「……わかった。だが鈴」
「なに?」
「私はいつだって全力だ。何故なら鈴は精霊を駆るに相応しいデュエリストだからな」
そう言って可愛らしいながらもどこか不敵な笑みを浮かべるエヴァ。かつて自分が遊希にスカーライトと絆を結ぶ手伝いをしてもらったときのように、今度は自分が鈴の手助けをする番である。いつ鈴の精霊が目覚めてもいいように、そのための覚悟は既に彼女の中でできていたから。
デュエルディスクを起動し、デュエルモードへと移行する。コンピューターによって先攻後攻の決定権がどちらに与えられるかが決められ、鈴にその権限が与えられる。エヴァの【BF】デッキは速攻を得意とするデッキであり、先攻を渡せば制圧盤面を固められる恐れもあるため、鈴は先攻を選択した。
「鈴、遊希が連れ去られてから2か月も経ってしまったな。そしてお前が精霊使いの力を目覚めさせてからも同じくらい経った」
「うん」
「正直羨ましい。私はスカーライトと絆を結ぶまで何年もかかった。精霊には強い力がある分、そのリスクも大きい……なのでそれに耐えうる人になってもらいたい。だから……容赦はしないぞ!!」
「エヴァちゃん……わかったよ。あたしも、今持てる力を全部出していくわ!!」
千春と皐月、そして竜司が真剣に見つめる中、鈴とエヴァのデュエルが始まった。
先攻:鈴【儀式青眼】
後攻:エヴァ【BF】
鈴 LP8000 手札5枚
デッキ:35 メインモンスターゾーン:0 EXゾーン:0 魔法・罠(Pゾーン:青/赤):0 墓地:0 除外:0 EXデッキ:15(0)
エヴァ LP8000 手札5枚
デッキ:35 メインモンスターゾーン:0 EXゾーン:0 魔法・罠(Pゾーン:青/赤):0 墓地:0 除外:0 EXデッキ:15(0)