青眼の深淵竜が鈴の精霊として覚醒したのは10月末、いわゆるハロウィンの時期だった。そして街には徐々に12月、クリスマスや年の瀬の雰囲気が流れ始める時期となる。
鈴の才能が本格的に目覚めたのか、それとも青眼の成長力が凄かったのか、11月の2週目ぐらいには鈴はすっかり精霊を駆使したデュエルを難なくこなせるようになっていた。それでも青眼の深淵竜とカオス・MAXらエースモンスターをコンボさせた場合はかなりの体力を持っていかれてしまうのだが。
「鈴、、準備は良いか?」
「うん。大丈夫だよ」
鈴とエヴァは小さく息を吐くと、ぎゅっと手を繋ぐ。目の前の机には遊希が遺していった銀河眼の光子竜と遊希のデッキが置いてあった。
「精神を集中して……無心に……」
「うん……」
遊希が攫われていった精霊界、そこへ向かう時がついに来たのである。千春や皐月、竜司たちが見守る中、その精霊界へ行くために必要な精霊の力を得るために鈴とエヴァは自らの意識をシンクロさせていく。鈴は少し気が遠くなるような、そんな奇妙な感覚に襲われるのを感じた。
*
「ここが光子竜のいる世界……」
鈴とエヴァの姿は精霊の住まう空間にあった。いくら精霊使いといえども精霊の住まう世界にいきなり踏み込めるなどそうは易しいものではない。そのため二人は事前にスカーライトの住む灼熱の世界や青眼の住む世界を互いに行き来することで精霊の存在する空間に対する耐性をつけるようにしていたのだ。
―――よし、じゃあ光子竜のところに案内するわよ。ついてきなさい!
互いの精霊世界を行き来するうちの鈴はスカーライトとはすっかり仲良しになっていた。最初こそデュエルディスクもなしにスカーライトが目の前にいるのだから面食らってはいたが、いざ話してみると青眼同様その見た目にそぐわないスカーライト自身の性格も相まってすぐに仲良くなることができた。
「スカーライトは光子竜の世界には結構行ったり来たりしてるの?」
―――いや、そう毎日行ってるわけじゃないわ。でも時折覗いてるけど……あたしの力じゃやっぱり起きてくれないわ。
―――でも……今回は……
―――そっ、鈴と青眼がいるからね。ふたりにはいっぱい働いてもらうから!
―――うん……がんばる。
そしてスカーライトと青眼はモンスターとしての性能や効果自体は相反するものであるが、共に人間世界で生まれ、同じドラゴン族モンスターということもあってすっかり打ち解けていた。
明るく快活なスカーライトと無口で大人しい青眼であるが、性格が似ていないからこそ逆に仲良くなれたのかもしれない。鈴とエヴァはそんな青眼とスカーライトの背中にそれぞれ乗って光子竜の住まう精霊世界を飛んでいた。
「星が綺麗ね……こんなの私たちの世界で見られるのかしら」
「ロシアの星は綺麗だぞ。まあ寒いから乾燥していているというのもあるのだが」
「伊達に銀河眼の名前は名乗っていないってことなのかもね」
ドラゴンの背中に乗って夜空を駆ける、という現実ではまず味わえない経験をしながら空を飛んでいた鈴とエヴァの目の前にはやがて巨大な水晶体のようなものが見えてきた。
その水晶体こそ力を失った光子竜がその身体を閉じ込めているものであり、この水晶体から光子竜を解放しなければ鈴たちの目的は果たせない。何よりここから光子竜を解放するために鈴は青眼を精霊として覚醒させたのだから。
「これが……銀河眼の光子竜……」
鈴は眠りにつく“本物の”銀河眼の光子竜の姿を見て言葉を失った。デュエルでは何度も見掛けている光子竜であるが、いざ自分の眼でカードから現れたモンスターではなく、精霊である光子竜を見ると普段とは違うオーラのようなものが感じ取れたからだった。今自分の目の前にいるのはカードに描かれたイラストではなく、自分と同じように呼吸をし、心臓が脈を打っている。まさに生きている銀河眼の光子竜そのものなのだ。
「鈴、手を」
「……うん」
鈴とエヴァはぎゅっと互いの手を握った。こうしていれば精霊使いである二人の内に秘められた力が増幅するような気がしたから。
―――青眼、行くよ。
―――うん。
鈴とエヴァが精神を統一するのに合わせて青眼とスカーライトの身体がそれぞれ赤と白にうっすらと輝き始める。そして彼女たちもまたその手を光子竜の眠る水晶体へとあてがった。
青眼とスカーライト。2体の精霊の力を光子竜に送り込むことで、力を失った光子竜にエネルギーを送り、光子竜を目覚めさせる。それが今回この世界にやってきた目的である。以前試した時のように、スカーライトのみの力では光子竜に送るエネルギーが足りず、光子竜を目覚めさせるには至らなかった。
しかし、そこに青眼が加わったことで状況は好転しつつあるのがわかった。何故なら2体の力を受けた光子竜の身体には青い光が灯り始めたからである。光子竜はデュエルの時もそうだが、力を失うと身体の輝きもそれに合わせて失われてしまい、黒くくすんだ身体になってしまう。そうなってしまうと光子竜は己が力を完全に発揮できているとは言えないのである。
「エヴァちゃん、これなら……」
「ああ、スカーライト! もう少しだ! 踏ん張れ!」
もう少し、もう少しで……鈴がそこに希望を見出した瞬間である。バチィッ!という何かが弾ける音がした瞬間、青眼とスカーライトが光子竜の眠る水晶体から放たれた衝撃波によって弾き飛ばされてしまったのだ。
―――いたっ!
―――っ……
「スカーライト!?」
―――いてて……もう少しだったんだけどなぁ……
「どういうこと?」
―――あと……ほんの少しだけ……力が足りないみたい。
「そんな……」
青眼とスカーライト、2体の精霊の力を合わせてもまだ光子竜を復活させるには至らなかった。光子竜は目覚めたばかりの青眼やスカーライトよりも長い年月を生きている精霊であるため、精霊としての個の力が2体より上であることが悪い方向で作用してしまっていた。
突き付けられた現実にエヴァはがっくしと肩を落とす。このまま光子竜を復活させられなければもう一生遊希と会うことが叶わなくなってしまう。ならばこのまま諦めてしまっていいのか。鈴の出した答えは当然違う。
「こうなったら……!」
綾香はデュエルディスクを装着すると、普段通りのデュエルをするかのようにデッキからカードを5枚ドローする。これは普通のデュエルではないため、特殊召喚モンスターであってもデュエルディスクに置くことでその姿を現出することはできる。鈴は深淵竜のほかにカオス・MAX、混沌龍、ディープアイズ・ホワイト・ドラゴン、そして青眼の白龍の5体のモンスターを同時に出現させた。
―――鈴!?
「他の青眼たちは精霊のカードじゃないけど……このカードたちの力を深淵竜に集約さる!」
―――そんなことしたら……鈴の身体が……
「でも、他に手はない!!」
鈴の思いに応えるように、4体の青眼たちは自分が持つ力を深淵竜に注いでいく。深淵竜は自分の身体の中に力がわいてくるのを感じたが、その大きな力を発生させた代償として、鈴が苦しむのも知っていた。
―――鈴……やっぱりあなたの身体が……
「うん、きつい……だけど! あたしが……手をこまねいている間……遊希は……遊希はもっと苦しんでいる! だからあたしがここで力を使わなきゃいけないの!! エヴァちゃん、もう一度……」
決意を秘めた鈴の眼を見たエヴァは深く頷いた。
「わかった……頼んだぞ」
「青眼!!」
―――……うん!
力が増大した青眼とスカーライトが共鳴した瞬間、鈴の身体には前と同じようにとてつもない疲労感が走る。意識は遠のき、今にも倒れてしまいたいと思えるほどのものだった。しかし、その弱い心を鈴はより強い心で律して踏ん張った。
(ダメ! ここであたしが倒れるわけには行かない!!)
「深淵竜!!」
「スカーライト!!」
―――次……こそは!!
真の力を解放した青眼とスカーライトの2体が改めて光子竜へと力を送り込む。2体の力は共に共鳴し合い、さらなる相乗効果を生み出した。そしてその力は確実に光子竜の下へと届いていた。
「見ろ鈴、水晶にヒビが……!」
「もう少し! 頑張って、青眼!!」
「スカーライト! 耐えてくれ!!」
―――鈴……
―――エヴァがあんなに必死に頼ってんだもん。あたしたちがやってやんなきゃね!!
―――そうだね。私たち精霊と鈴たち人間の力……届け!!
閑静な世界にピシッ、という音が響いたその次の瞬間、光子竜を閉じ込めていた水晶体が粉々に砕け散った。
「やった!!」
解き放たれた光子竜の身体には青く美しい輝きが戻り、天に向かって高らかに雄叫びをあげた。光子竜を目覚めさせることができたことに喜んだ鈴とエヴァは笑顔でハイタッチをした。
「やった! やったな鈴!」
「うん! これで……これで遊希を助けられる!!」
喜びにくれる二人だったが、その傍らに立つ青眼とスカーライトの2体はその身体を低くいつでも攻撃できるように身構えていた。彼女たちは気づいていたのである。目覚めた光子竜の様子がおかしかったのを。
―――グオオオッッッ!!
目覚めた光子竜が牙と爪を閃かせて2体に襲い掛かったのはその直後であった。青眼とスカーライトは間一髪でその攻撃を回避して上空へと舞い上がる。
「っ!?」
―――やばい。光子竜のやつ、正気じゃない! なんか錯乱してるっぽいよ!!
銀河眼の光子竜という名前を持つだけあって、普段の光子竜の眼には常に雄大な銀河を思わせる光が渦巻いていた。しかし、今の光子竜の眼は血のような赤に染まっており、文字通り周りが見えていない状態であった。
面識のない青眼を敵と認識して攻撃するならいざ知らず、スカーライトにも同様に襲い掛かったのだからまず間違いなく正常ではないことがわかる。しかし、何故そのような状態に陥ってしまっているのかはスカーライトにはわからなかった。
―――ちょっと! あたし、スカーライトよ! わかるでしょ!? ダメだ! こいつ聞く耳持たない!! こうなったら一発……
「待って! 攻撃しちゃダメ!!」
スカーライトはなんとか光子竜を正気に戻そうと呼びかけるも、光子竜は地鳴りのような咆哮をあげて殴りかかってくるだけであった。拳には拳、とばかりにスカーライトは殴り合いも辞さない態度に出ようとするが、それを鈴が止めに入った。確証こそないのだが、鈴は光子竜が正気を失っている理由がわかるような気がしていたのである。
「鈴……」
「青眼、協力して」
―――うん……でも、どうするの?
青眼は暴れる光子竜をその力で包み込もうとする。北風と太陽、とはよく言ったものでスカーライトのように錯乱する光子竜を力で抑えつけるのではなく、支援向けの力を持つ青眼の力によって光子竜の心を宥めて平静を取り戻させようという試みであった。
当然光子竜はそんな青眼を払い除けようと抵抗するも、他の青眼たちの力が注がれているため、そう易々とは突破されない。青眼は全身が傷だらけになりながらも、光子竜の動きを止めるためにその力を出し続ける。
(あたしは青眼ともスカーライトとも通じることができた……それなら光子竜とだって分かり合える。お願い、あたしの身体。遊希を助けるため……もう少しだけ頑張って)
*
鈴が眼を開けると、そこは光のない暗闇だった。まるで遊希が攫われた次の日に自分が見たあの悪夢と同じような。
―――遊希……すまない。私は……お前を……
「光子竜?」
―――お前は……鈴? 何故、鈴が私の心の中に?
光子竜の言葉から鈴は光子竜の心の中に意識を通わせることに成功したようである。分の悪い賭けであったが、青眼やスカーライトたちの頑張りがそれを押し通したのだ。
「あたしはあなたを助けに来たの。あなたの力を借りたいから」
―――私の力だと……? すまないが、今の私はお前たちの力にはなれない……
「……どういうこと?」
―――私は敗れてしまった。同じ銀河眼という名を持つ銀河眼の時空竜に。そして……遊希を奪われた。私はあの時からあいつを守ると誓ったのに……!!
光子竜の言う「あの時」とは恐らく遊希が家族を失った時だろう。あの時遊希は自ら他者との交流を断ったのだが、そんな時でも彼女の傍には光子竜がおり、光子竜が常に寄り添っていたからこそ遊希はデュエリストとして改めて止まっていた一歩を踏み出すことができた。
そしてアカデミアで鈴と、千春と、皐月と、エヴァに出会ったのだ。言うなれば光子竜もまた遊希と自分たちを引き合わせてくれた、親友になるためのきっかけをくれた存在なのである。遊希をずっと支えると誓った。それだけに光子竜の嘆きは相当な重みを感じられた。
―――守ると誓ったものを守れずに何が精霊だ。馬鹿も休み休み言え!
遊希を守れなかったのは自分が無力だからだ、自嘲の言葉をこれでもかと並べ立てる光子竜。しかし、そんな彼の言葉を鈴が遮った。
「……けないでよ」
―――?
「ふざけないでよ! 何よ、そんな図体して強い力も持ってるくせに一度の過ちでごちゃごちゃと……!! みっともないったらありゃしないわ!!」
―――なっ……!
光子竜は目に見えて動揺していた。これまで出会ってきた、というか親密になった人間といえば遊希のように感情をさほど露わにしなかったり、エヴァのように尊大ながらも心の優しい人間ばかりであったが、鈴のように自身の感情を露わにしつつはっきりと物を言う人間は初めてだったのである。
「ねえ光子竜。今の遊希があなたを見たらなんて思う? きっと物凄く呆れて物凄く怒ると思うわ。らしくないわね、って馬鹿にされてもおかしくない! そのままでいいの!?」
―――……。
「そう嘆きたくなるのもわかるよ。だってあたしも遊希を守ることができなかったんだから……でもね、だからこそ1つでも解決の糸口に繋がる道が残されているのであれば……あたしはその道を進む。そして遊希を取り返す!! 光子竜、あなたは遊希を守ることができなかったことに罪の意識を感じているんでしょう!? だったらあなたの力をあたしたちに貸して。あたしたちの手で遊希を―――取り戻すんだから!!」
*
「いたっ!」
身体が強く打ち付けられるような感じの衝撃が鈴の身体に走った。光子竜の心に直接話しかけることで残っていた微かな体力を使い切った彼女はその場に大の字になって倒れていた。
「鈴!」
―――鈴。
「あっ……エヴァちゃん……青眼……ごめん。光子竜は……」
覚えている限りでは光子竜を完全に説き伏せることはできていなかった。そのため光子竜の心に直接語り掛けるという作戦は失敗に終わってしまった―――と鈴は思っていた。
エヴァは少しばかり嬉しそうな顔をして首を横に振る。どうしたのだろうか、と思った鈴はエヴァの助けを借りてゆっくりと起き上がると、そこには親指を立ててサムズアップをするスカーライトと穏やかな笑みを浮かべる青眼。そして銀河のように輝く眼から宝石のような涙をぼろぼろと流す光子竜の姿があった。
―――遊希……!! 辛い思いをさせてしまってすまない……すぐにでも……助けに行くぞ!!
それは、欠けていたパズルの最後のピースが完全に埋まった瞬間であった。