鈴のスマートフォンにダウンロードしてある無料通話アプリにエヴァから連絡が入ったのは装置の調整を始めた5日後のことだった。ジェームズたちの調整が上手く行って明日にも装置を稼働させることができるという。鈴は千春と皐月が眠っている時間を狙ってエヴァに迎えに来てもらえないか、と送信すると、エヴァからは「了解した!」という元気のいい返事が届いた。日中や晩ではまず間違いなく悟られてしまうため、出発は深夜から早朝の間にしてしまうのが一番手っ取り早いと思われた。
装置が届いてからというものの、鈴とエヴァは別段何ごともないように過ごしてきた。それこそ遊希を心配する気持ちは変わらず、デュエルを無理ない程度に繰り返して精霊を身体に馴染ませるといった感じで遊希を助けに行くその時を待つというように周囲には見せていた。
千春と皐月もそんな二人の様子には何の疑いも持っていないようで、いつもと変わらず過ごしていた。もっとも今日のようには二人揃ってアカデミアにいない日もあったのだが。
「あんたたち何処行ってたのよ1日中」
「んー、ちょっとね」
「はい」
「……そっか。あっ、夕飯は私が作るわよ」
千春はともかく真面目な皐月までもが授業をサボって1日中アカデミアにいないということに不信感を抱いた鈴であったが、それ以上の追及はしなかった。自分自身嘘をついているという後ろめたさというものがあったからだ。
今日の夕食は鈴お手製のハヤシライスであり、遊希が連れ去られてからは鈴を気遣って隣室の千春や皐月と食事を共にすることも多くなっていた。ハヤシライスの出来は食べる側の千春と皐月からは好評であったが、鈴はそうは思わなかった。味の良し悪し以前に味そのものをさほど感じることができなかったのである。
そうこうしているうちに時は過ぎ、寝る時間となった。遊希のいない夜に慣れつつあった三人であったが、眠りにつく前には遊希の寝るベッドの上を見てから寝るようにしている。いつ遊希が帰ってきても良いようにベッドは綺麗にしておく。遊希のことを常に胸に留めておくために。
(4時前起きだから今寝とかなきゃいけないんだけど眠れない)
―――鈴。少しは眠っていた方がいいよ?
(そうだけど……)
―――だいじょうぶ、私が起こしてあげるから……
(……うん)
鈴はそう言って眠りへと落ちていった。夢の中に遊希が出てきたのは言うまでもない。夢の中でなら毎日のように会えるのだから。しかし、楽しい時間ほど短く終わってしまうものだ。
―――鈴、起きて。
青眼の声が脳内に響く。鈴は思いの外すんなり起きることができた。
(おはよう)
―――おはよう。よく寝れた?
(どうだろう……でもそんなに疲労感はない感じ)
鈴は壁に耳を当てて千春と皐月がまだ眠っているのを確認すると、なるべく音を立てないようにしてベッドから降りる。クローゼットのある部屋に行って制服に着替えると洗面所で顔を洗い、髪の毛をセットする。初冬の朝だけあって真っ暗な部屋であるが、普段使っている部屋だけあって多少暗くとも何処に何があるのかは理解できた。
鈴は外出する準備を済ませると、スマートフォンの無料通話アプリでエヴァに準備が整った旨を送信する。エヴァからは1分もしないうちに迎えに行くという返信が来た。エヴァも鈴と同じようにスカーライトに起こしてもらったようであり、準備を整えた彼女は他の部屋の人間を起こさないようにゆっくりと鈴の部屋までやってきた。小さくドアがコンコンとノックされる。覗き穴から覗くとそこには準備を済ませたエヴァの姿があった。
「鈴、迎えに来たぞ」
「おはようエヴァちゃん、今開けるね」
鈴は極力音を立てないようにして鍵を回してドアを開ける。どれほどの戦いになるかはわからないが、遊希を取り戻すとなればきっと長い戦いになることが予想された。そのため鈴とエヴァはデュエルディスクのみではなく二人分の食料や飲料を持った上での出発となる。傍から見れば遊びに行く普通の女子高生にしか見えないだろう。最もその先が普通ではないのだが。
「では……」
「行きましょ―――」
エヴァの案内で部屋を出た鈴は抜き足差し足忍び足。若干の後ろめたさを感じながらも、千春たちの部屋の前を通り抜けていく。後で土下座でもなんでもする。そんな覚悟を決めた鈴の左腕が―――ぎゅっと強い力で掴まれた。鈴の身体にぞわっ、と寒気が走る。
「こんな時間にどこに行くんですか? 鈴さん??」
鈴が恐る恐る振り返る。そこにはいつにもなく真面目な顔をした千春と皐月が二人を睨みつけていた。鈴とエヴァはまさに蛇に睨まれた蛙の如く、その場から動くことができなかった。
「千春、皐月……」
「あんたここのところずっと様子おかしかったわよ。だから気になっていたのよね、私たち」
二人の部屋の電気が点く。明るくなったことで、千春と皐月の表情が鮮明になった。千春は怒りと呆れが入り混じったような顔をしており、皐月はただただ悲しそうな顔をしていた。しかし、悲しそうな顔を浮かべながらも、皐月の様子は千春とはまた違っていた。千春が寝癖のついたパジャマ姿といかにも寝起きであるのに対し、皐月は身支度を既に整えており、かつ左腕にデュエルディスクを装着していたからだ。
「鈴さん……私と、デュエルしてくれませんか?」
今はすぐにでも遊希を助けに行きたい、と思っていた鈴であったが覚悟を決めた様子の皐月の迫力に圧される形でそのデュエルの申し出を受け入れることにした。もちろん振り切って逃げることもできたかもしれないが、ここで二人に何の説明もなく逃げおおせる確証はない。何より、ここで対応を間違えば、千春・皐月との友情にまでひびが入ってしまう。遊希を確実に助けられる保証もない以上、ここで二人との絆も失ってしまうことを避けたかったのだ。
―――鈴、今エヴァが喋れないからあたしが代わりに伝えるけど……地下室のジェームズたちには待っててもらうように連絡してくれるって。
(……ありがと、スカーライト)
―――鈴……
(大丈夫。私たちは負けないから)
*
デュエルフィールドは秋から冬にかけての季節であることからまだまだ夜の闇に包まれていた。東の空を桃色に染めながら太陽が徐々に昇ろうとする中、静寂に包まれたデュエルフィールドで鈴と皐月は対峙していた。
「ねえ皐月、あたしたち、本当に今デュエルをしなきゃいけないの?」
「……どうしても嫌なら断って頂いても構いません。最も……本当に強いデュエリストなら一度受けたデュエルを拒否するということはしないと思いますが?」
「っ!」
皐月は口調こそ丁寧だったが、その穏やかな口調の裏からは何処か刺々しいものが感じられた。
―――あの様子……何処かから我々の計画が漏れていたと見るべきだな。
(やっぱり……)
鈴の脳裏には光子竜の声が響く。デッキには入れていないものの、鈴は光子竜のカードを予備のカードホルダーに入れてあるため彼の声が聞こえるのだ。
そして光子竜は千春と皐月は鈴とエヴァが精霊を使える二人だけで遊希を助けに行こうとしている、という計画に感づいていたのではないか、と推測する。二人に何も言わず行こうとしていたということについて彼女たちの怒りを買うのはもっともな話であり、鈴はそれについては何も言い返すことはできない。
それでも目の前で対峙している皐月、そしてその様子を横で見守っている千春のどちらかからもその計画についての具体的な言葉が出てくることはなかった。
「……わかったわ。私だって星乃 竜司の娘で精霊使いの端くれ。このデュエルを抜け出すことなんてしない」
「それでこそ鈴さんです。ではデュエルディスクを起動し、互いに先攻後攻の決定権を決めましょうか」
起動したデュエルディスクのコンピューターによって先攻後攻の決定権がランダムで決められる。今回のデュエルにおいて決定権を得たのは皐月であった。先攻後攻の決定権を得た皐月は少し考えた後に先攻を取った。
皐月は鈴が精霊使いとして精進するために何度もデュエルを行っていたため、鈴のデッキの内容は知り尽くしている。鈴の青眼は高い火力で相手を圧倒するデッキであり、一度守勢に回ってしまえばブルーアイズ・カオス・MAX・ドラゴンの貫通効果で一気にライフを持っていかれる恐れがあった。
しかし、デッキの内容を知り尽くしているということに関しては鈴にも言えることである。皐月がヴァレットモンスターの大量展開を狙い、高い攻撃力と強い効果を持ったヴァレルモンスターのリンク召喚に繋げるならば、それをされる前にライフを削りきる。互いが互いを知り尽くしているからこそ、より洗練されたタクティクスが求められるのである。
(……先攻を取られた。でも、皐月のデッキは“あのカード”がもう使えない。それならだいぶ動きは……)
―――でも、油断はできない。
(うん、今のあたしたちにできることをしよう)
月明かりの照らす中、鈴と皐月。二人の秘めたる想いを賭けたデュエルの火蓋が切って落とされた。
先攻:皐月【ヴァレット】
後攻:鈴【青眼】
皐月 LP8000 手札5枚
デッキ:35 メインモンスターゾーン:0 EXゾーン:0 魔法・罠(Pゾーン:青/赤):0 墓地:0 除外:0 EXデッキ:15(0)
鈴 LP8000 手札5枚
デッキ:35 メインモンスターゾーン:0 EXゾーン:0 魔法・罠(Pゾーン:青/赤):0 墓地:0 除外:0 EXデッキ:15(0)
☆TURN01(皐月)
「私の先攻です。私は手札から魔法カード、テラ・フォーミングを発動します。デッキからフィールド魔法カード1枚を手札に加えます」
皐月の【ヴァレット】デッキに入るフィールド魔法は主に二つ。ヴァレットをサポートするリボルブート・セクターとドラゴン族をサポートする竜の渓谷だ。いずれも強力なフィールド魔法であり、一度通せば一気にデッキが回り出す。
「させないわ! テラ・フォーミングの発動にチェーンして手札の灰流うららの効果を発動!」
チェーン2(鈴):灰流うらら
チェーン1(皐月):テラ・フォーミング
「灰流うらら、持っていましたか」
「チェーンがないなら処理に移るわよ! チェーン2の灰流うららの効果でデッキからカードを加える効果、テラ・フォーミングは無効になるわ」
「チェーン1のテラ・フォーミングの効果は無効になります。墓穴の指名者や抹殺の指名者のようなカードを持っていなかったので防ぐことはできませんでしたが……私にはこのカードがあります! 手札から魔法カード《三戦の才》を発動します!」
《三戦の才》(さんせんのさい)
通常魔法
このカード名のカードは1ターンに1枚しか発動できない。
(1):このターンの自分メインフェイズに相手がモンスターの効果を発動している場合、以下の効果から1つを選択して発動できる。
●自分はデッキから2枚ドローする。
●相手フィールドのモンスター1体を選び、エンドフェイズまでコントロールを得る。
●相手の手札を確認し、その中からカード1枚を選んでデッキに戻す。
「三戦の才!?」
―――まだ……出たばかりのカード……
―――さすがに目聡いな。サーチを多用するデッキであるため、そのメタカードをいち早く取り入れてきたか。
「私は1つ目の効果を選択して発動します。デッキからカードを2枚ドローです」
三戦の才は発動条件こそあるものの、禁止カードである《強欲な壺》《心変わり》《強引な番兵》の効果を有しており、皐月は強欲な壺と同じ2枚ドローの効果を選択した。これで不発に終わったテラ・フォーミングと三戦の才の2枚分の手札を補う形となった。
「フィールド魔法、竜の渓谷を発動。手札1枚をコストにデッキからドラゴン族モンスター1体を墓地へ送ります。私はアブソルーター・ドラゴンを墓地へ送ります。そして、墓地に送られたアブソルーター・ドラゴンの効果を発動します。私はデッキからヴァレット・トレーサーを手札に加えます。更に墓地の闇属性モンスター、アブソルーター・ドラゴンをゲームから除外し、輝白竜ワイバースターを特殊召喚します!」
(ワイバースター……っ!!)
最初から手札にあったのか、それとも三戦の才で引き当てたのか。皐月のデッキにおいて展開の始動役を担う輝白竜ワイバースターがフィールドに特殊召喚される。幾度となく皐月とデュエルをしているからこそ、ワイバースターの特殊召喚を許してしまったことが何を意味するかを理解していた。