「鈴、少し休んでおいた方がいいんじゃないか?」
東の空からゆっくりと太陽が昇りつつある中、鈴・エヴァ・千春・皐月の四人を乗せた一台の乗用車が空いている高速道路を走っていた。光子竜たちによって遊望の潜伏場所が都心にあるI2社日本支部であることが突き止められた。遊望がいるということは、彼女に攫われた遊希もまたそこにいる可能性が高いのだ。
それを竜司から知らされた鈴たちは、すぐに身支度を整えると竜司の運転の下そのままI2社へと向かうことにした。しかし、取るものも取り敢えず飛び出してきたこともあって、食事や睡眠もろくに取れていない有様だった。
「……ありがと、エヴァちゃん。でもデッキの調整もしておきたいからさ」
エヴァとのデュエルや皐月とのデュエルを通して鈴はまだまだ自分とデッキに改善しなければならないところがあることを思い知らされた。そのため睡魔や空腹に耐えながらも到着するまでのこのわずかな時間をデッキ調整に充てたかったのだ。
「私はプロの舞台でデュエルに臨むことに心掛けていることがある。何だと思う?」
「……どうしたの、突然」
「いいから答えろ」
「む……どんな相手でも、自分のデュエルを貫けるようにする、とか?」
「半分正解、半分不正解だ。相手問わず自分のデュエルをするということは私も大事にしている。だが、その自分のデュエルをするために必要なのが、身体と心に休息を与えることだ」
そう言ってエヴァはまじまじと鈴の顔を覗き込む。エヴァの白い肌と青い瞳が接近し、鈴は思わず喉を鳴らしてしまった。
「そんな寝ぼけた眼をしているデュエリストに自分のデュエルなどできやしない。思うところは色々あるかもしれないが、こんな時こそ休むんだ」
自分が不眠不休でも活動し続けられる機械ならば、一切の休息などいらないだろう。しかし、鈴は機械やロボットではなく一人の命ある人間だ。意志もあれば知能もあり、感情もあれば疲労も感じる。疲労困憊、睡眠不足の状態でベストのデュエルができるわけがない。自分のデュエルで金銭が発生するプロだからこそ、エヴァは休息の重要さを知っているのだ。
「……ごめんね、エヴァちゃん」
「気にするな。私だって緊張しているし、正直後ろの二人が羨ましく思える」
車内最後部の席では肩を寄せ合って寝息を立てる千春と皐月の姿があった。二人も疲れていたということもあるが、こんな状況でも眠っていられるあたり彼女たちは彼女たちでデュエルをするにあたって何が大事かを理解しているようだった。
「二人は二人で緊張感の欠片もないと思うけど……あれくらいが、ちょうどいい……のかなぁ……ふわぁ」
すやすやと寝息を立てている二人を見て触発されたのか、小さく欠伸をする鈴。そしてそのまま眠りへと落ちていった。ずっと張りつめているといつか緊張の糸が切れてしまう。だからこそ、少し張った糸を緩める時が必要なのだ。
「……済まないね。娘が世話を焼かせて」
運転席の竜司が振り返らずに言った。本来そういうことは父親である自分が言い聞かせるべきことなのに、と自嘲の意味も込めながら。
「気にしないでください。こういうことは血縁ではないからこそ言い合えることなのですから……んんっ」
「エヴァ君も眠っていていいよ。到着間際になったら起こすから」
「お気遣い、痛み入ります……」
エヴァが眠ったことを確認した竜司は左耳につけたインカムのスイッチを入れる。このインカムはアースランド・テクノロジーが開発した通信機器であり、今回のためにとジェームズが特注したものだった。これを人数分用意することで、いつでもアカデミア本部で待機しているミハエルやジェームズと連絡を取ることができるのである。
「こちら星乃。ミハエル、ジェームズ君、聞こえているかい? どうぞ」
『こちらミハエル。大丈夫だ、通信状態に問題はない。オーバー』
「現時点での銀河眼の時空竜の反応位置を知りたいのだけど、変わったところはあるかな? どうぞ」
『ジェームズです。反応に変化はありません。対象はまだI2社日本支部内にあります。オーバー』
「わかった、ありがとう。もし何かあったら通信を貰えるだろうか。よろしくお願いするよ」
『了解。幸運を祈る』
そう言って竜司は通信を切った。まさかアカデミアから高速道路を使って行ける距離に潜んでいるとは露知らず、灯台下暗しという諺を改めて思い知らされる。しかし、だからこそ気になることも数多くあった。
(I2社に潜んでいる、ということはI2社自体が彼女の手に既に落ちているということになる。しかし、遊希君が攫われた以降もI2社は我々に手を貸してくれた)
鈴の精霊、深淵の青眼龍発見のきっかけになったのもI2社でカード開発を担当している真莉愛からの連絡あってのものだった。今日この時まで遊希救出計画を立てるのにI2社の果たした役割は非常に大きい。だからこそ、警戒しなければならない。真莉愛たちI2社の関係者が遊望の人質になっていることも十分にあり得るからだ。
(もしこのことが相手に漏れているのであれば、一筋縄ではいかないだろう。下手な手を打てば、真莉愛さんをはじめとしたI2社社員や技術者たちの命をも危険に晒すことになってしまう……それだけは、何としても避けなくては)
*
「はい、これ! 戦の前の腹ごしらえよ!」
I2社日本支部の近くに到着した竜司は眠っている鈴たちを起こす。起きた鈴たちは予め持参していたミネラルウォーターのペットボトルを開け、その水で軽く顔を洗う。そして千春が作ってきたおにぎりを頬張った。睡眠も食事も取った。これで少しは脳が働いてくれることだろう。
「腹が減っては戦はできぬ、言い得て妙だな」
「厳密に言えば、腹が減ってはデュエルはできぬ、と言ったところでしょうか?」
「じゃあこれはデュエル飯って感じかしら?」
―――デュ、デュエル飯って。
―――あ……安直すぎる、ような……
―――鈴のセンスの無さは今更槍玉に上げるようなことではないだろう。
脳内で精霊たちの小馬鹿にするような声が聞こえる。こういった軽いやり取りができるのは今が最後。そう思うとどんな悪口でも笑顔で受け止められるようになっていた。千春手製のおにぎりを平らげた四人に竜司から自分が付けているものと同じインカムが渡される。竜司はオペレーター役として残り、外から鈴たちに対して指示を送る役を務めるのだ。
「私はミハエルやジェームズ君から得た情報を元に君たちに指示を送る。何らかの罠が仕掛けられている危険性もあるからね」
「ありがとうございます……ですが、校長先生は建物内の仕組みはわかるんですか?」
「これでも一応元プロデュエリストだからね、I2社日本支部には何度も来たことがあるから構造はある程度わかっているつもりだよ。アースランド・テクノロジーからも地図のデータを提供してもらっているからどこに何があるか、ということくらいはわかるんだ」
「なるほど……星乃先生がバックに控えているなら私たちも安心して突入できるわね!」
「とはいえ、何があるかはわかったものではないからね。危険を感じたりしたらすぐに戻るんだ。君たちだけでどうにもならないのであれば、一度退いて人海戦術に移ることも考えている。遊希君を助けることも大事だけど、君たちの安全も……大事だから」
「パパ……」
「済まないね、本当は我々のような大人が先陣を切らなくてはいけないのに……鈴たちが行方不明になった時と同じように自分の役の立たなさを思い知らされたよ」
そう言って辛そうな顔を浮かべる竜司。父親としては娘を、娘の仲間たちを危険地帯に送り込まなければならない歯がゆさを誰よりも噛み締めていた。
「ううん、大丈夫だよパパ! あたしたちはパパたちが背中を押してくれるから頑張れるの!」
「鈴……」
「鈴の言う通りです。私たちはあなたが背中を預けるに相応しい人だからこそ、こうして共に来て頂いているのです」
「確かに危険地帯に行くことは承知していますが……」
「それも私たちが望んで選んだことよ! だから、先生は大船に乗った状態で居てちょうだいね!」
四人の言葉を聞いて竜司は思わず天を見上げる。プロデュエリストとしての活動もあったために父親として多感な時期を一緒に過ごしてやれなかった。それ故に親子の絆が拗れた時もあった。それなのに、鈴をはじめとした四人の少女は目の前で決意の籠った眼差しを浮かべている。
(ああ―――鈴は、この子たちは……なんと真っすぐ、心優しく育ってくれたのか―――)
「パパ?」
「……いや、なんでもない。ならば、私たちは日向君の言うように大船に乗らせてもらおうか。そして、遊希君も含めて六人で、アカデミアに帰ろう!」
「「「「はい!!」」」」
遊希を助ける。その目的の下に五人のデュエリストと、彼女たちを守る3体の精霊が決意を新たにした。
「……ところで、この建物どうやって中に入るの?」
I2社日本支部の正面玄関は都心の建物らしく自動ドアだ。しかし、誰もいないこの時間帯である、目の前に立つだけで開いてくれるほど自動ドアは優しくない。
「まさかガラスを突き破って強行突破―――」
「そんなことはしなくてもいいからね? 何かあった時用のカードキーがあるから」
竜司のおかげで中に入ることができた鈴たち。誰もいないロビーに皆の足音が響く中、一時的ではあるが別れの時がやってきた。竜司はここから皆をナビゲートするのだ。
「さて、私はここまでだ。さっきも言ったけれど、危険を感じたならすぐに引き返すんだ。時には尻尾を巻いて逃げることも大事だからね」
「うん、わかったよパパ……じゃあ、行ってくるね!」
決意を新たに四人の少女は歩み出す。かけがえのない友を助けるために。