「……これ、なーんか罠臭いんだけど」
竜司と別れた四人がやってきたのはエレベーターホールだった。遊希がどこに囚われているかはわからないものの、高層ビルを潜伏先に選んでいる以上、低層階に潜んでいるなどということはないだろう。そうなると、階層が高ければ高いほどそれだけそこに遊希がいる可能性は高くなる。
「この建物って何階建てだったっけ? エレベーターが一基動いているけど、20階どまりよ」
「この建物は……確か60階建てでしたね」
この建物に限った話ではないが、高層ビルが立ち並ぶ都会のオフィスというものはたくさんの会社員が働いており、I2社のような世界的企業ならば支部といえども従業員は数千人規模に及んでいる。当然、そんな数の人間を一度に運びきれるエレベーターなどこの世界には存在しない。そのため、都心オフィスのエレベーターはセクションごとに数基に分けて稼働しており、ここの場合は20階までエレベーターに乗り、そこから更に上の階層に行くためのエレベーターに乗り換える形式になっているのだ。
「ってことはまずは20階まで行けばいいのね!」
「だが、この時間に一基だけ動いているエレベーターだぞ? 鈴の言うように罠の可能性が高い」
「だからと言って階段で一階ずつ上がっていってはこちらの体力が……いざ遊希さんを助けようにも疲れ切った状態ではまともにデュエルができません……」
もし乗ってこれが罠ならば、エレベーターの中に閉じ込められるリスクがある。しかし、それを嫌って階段を使えば、遊希を見つけ出す頃にはヘトヘトだろう。自分たちはどう動くべきか。早くも袋小路に迷い込んだ鈴の下に竜司から通信が入った。
『鈴、聞こえているかい?』
「パパ! うん、聞こえてるよ!」
『それならよかった。さっきから鈴たちの反応がエレベーターホールから動いていないようだけど、何かあったのかい?』
「えっと、うん。今エレベーターホールの前にいるんだけど……」
鈴は素直に今の自分たちが置かれている状況を話した。竜司はそれを最後まで聞き届けると、その場を動かず待つように、と残して一旦通信を切った。そして10分ほど待った後、竜司から返信がきた。
『鈴、待たせて済まなかった。そのエレベーターに罠は仕掛けられていないから安心して使って構わない』
「そうなの、パパ?」
『ああ。ジェームズ君の指示の下、アースランド・テクノロジーのエンジニアたちにI2社のコンピューターにハッキングを仕掛けて貰ったんだ』
「ハ、ハッキング……!?」
「さすがはジェームズ! 私の夫になるだけのことはあるな!」
『もしウイルスなどの類が仕掛けられていたなら、それこそエレベーターがそのまま牢屋になってしまうところだった。ただ、気を抜いてはいけないよ。エレベーターをそのまま使わせる、ということは鈴たちを誘い込んでもなお問題がない、ということだからね』
「……そっか。パパ、ありがと! 気を付けて行くからね!」
竜司との通信を切り、四人は改めて顔を見合わせる。今度こそ本当に自分たちは戦いの舞台へ乗り込むことになる。友との絆を、自分のデッキを信じて前に進むだけだった。
*
エレベーターを乗り継いで一基、二基、三基。三基のエレベーターを乗り継いで鈴たちはI2社の50階まで辿り着いた。エレベーターは50階行きまでのものしかなく、そこからは自分の脚で登れということなのだろう。ちなみに竜司が事前に言っていたように、エレベーターを乗り継いでいる間は何事も起きなかった。しかし、何事も起きなかったからこそ不気味であった。
「……今まで何もない、ということは」
「ここから何かが起こる、ってことでいいのよね?」
「恐らく……」
「パパ、聞こえる? あたしたち50階まで着いたよ」
『ああ、聞こえる。こちらのレーダーによると、周囲に人の潜んでいる気配は感じない。それでも警戒は怠らないことだ。あくまで“人”の反応がないだけだから』
暗闇に覆われた社内からは確かに人一人の気配も感じない。しかし、竜司の言うように今の自分たちには人がいないということしかわからない。つまりそれは人以外のものが潜んでいるということでもある。
―――人ならざる者……
―――あたしたちと同じ精霊が……?
―――おいでなすったようだな。
光子竜の言葉が鈴の脳内に響き渡る。えっ、と振り返った鈴たちの目に映ったのはその場に似つかわしくない紫色のドレスを着た妖艶な美女の姿だった。
「あらあら、さすが“本物”の精霊ね。私たちの存在に気付くなんて」
「ちょっ、何よあんた!!」
「何、って……どこからどう見てもセクシーなお姉さんじゃない?」
「服装や身体付きの問題ではありません! あなたは誰ですか!!」
千春や皐月が問い詰めるが、美女はとぼけた様子を崩さない。鈴もエヴァも、その問答が無意味だとわかっていた。
『鈴、そこに誰かいるのか? レーダーに反応はない』
竜司の言葉を聞いて疑問が確信に変わる。今自分たちの後ろに立っていたその美女は“人間”ではない。
「あんた……遊望に遣わされた精霊なんでしょ?」
「精霊、と呼べるほど立派なものではないけどね。でも、天宮 遊望によって生を享け、こうして彼女の意に従って動いていることは事実よ。もちろん、あの子もね」
紫色の美女がくすり、と微笑んだ先には何処からともなく現れた一人の少年とも少女とも見て取れる中性的な人間が立っていた。白く美しい長髪を後ろで一つにまとめた小柄な人間が鈴たちを挟むように立っていた。その少年、もとい少女は口をとがらせて不機嫌そうな顔を浮かべていた。
「ったく、なんでばらすんだよ! お前が気を引いている間に俺様がこっそりと仕留めてやろうと思ったのによぉ!」
「あら、そんなのアンフェアじゃない? 私もあなたも同じ“デュエルモンスターズの精霊”のようなものなのだから。戦いには然るべき儀礼があるでしょう?」
そう言った女性の左腕にどこからか円盤状の物体が現れる。鈴たちが使っているものと形状が大きく異なるものの、それはまず間違いなくデュエルディスクと見ていいだろう。
「へっ、儀礼とかそんなん俺の知ったことじゃないけどよ、デュエルなら大歓迎だぜ!」
美女に促されて中性的な人物もまた左腕にデュエルディスクのようなものを顕現させる。ここでのデュエルはやはり避けられない、ということか。それに相手がデュエルモンスターズの精霊となると、一筋縄ではいかない。精霊には精霊をぶつけよう、と身構える鈴とエヴァを制止したのは千春と皐月だった。
「ストップ。ここは私たちの出番のようね」
「千春……」
「私たちの狙いはあくまで遊希さんの奪還です。お二人はそちらを優先してください」
「だが、お前たちに精霊は……」
「確かに精霊の力で押されるときついけど……デュエルなら話は別よ!」
「相手がこちらの土俵で戦おうとしているなら、十分に勝機はありますから。ほら、早く。私たちに構わず先に行ってください!」
―――エヴァ!
―――……行こう、鈴
青眼とスカーライトに促され、その場を後にする鈴とエヴァ。幸いにも二人の精霊は鈴とエヴァを追おうとはしなかった。二人の姿が暗闇に消えていくのを見届けてから、千春と皐月もデュエルディスクを展開した。
「一度言ってみたかったんですよね。ここは任せて先に行け、って」
「あんたの好きな漫画やラノベにもよく出てくる台詞よね。その気持ちはよくわかるわ。でも、今は漫画のような空想の世界じゃない。現実に私たちは敵と対峙している。気を抜かないようにするのよ!」
「……お互いに」
そう言って互いの健闘を祈ると、千春は妖艶な美女の精霊と、皐月は中性的な精霊とそれぞれ対峙する。
「あらあら、友情とものなのかしら? 美しく綺麗なものね。でも、その友情を意識した結果あなたたちは私たちに倒されてしまうなんて……」
「身の程知らず、って言葉知ってるか? お前たち、後悔するぜ?」
「その言葉、そっくりそのままお返ししてやるわよ!」
「一筋縄ではいかない、ということを教えて差し上げます」
「いい心がけね。ではこの“パープル”、全力であなたの相手を務めさせて貰うわ」
「そういや名乗って無かったな。俺は“ホワイト”ってんだ。ま、覚えなくていいぜ。どうせすぐにわからなくなるんだからよ」
二人の精霊はそれぞれパープル、ホワイトと名乗った。見た目や服装、髪の色をそのまま名前に当てただけと思われるので本名ではないかもしれないが。しかし、今はそのようなことを気に掛けている場合ではない。人間と精霊、互いと互いの意地と使命をかけたデュエルの火蓋が切って落とされた。
―――デュエル!!―――
千春【サイバー・ドラゴン】VS パープル【???】
皐月【ヴァレット】VS ホワイト【???】
*
「千春と皐月、大丈夫かな?」
「わからない。だが、今は彼女たちが時間を稼いでくれている間に遊希を見つけ出さなければ……」
先に行った鈴とエヴァは上の階に通じる階段を見つけると、それをダッシュで駆けあがっていく。当然ながらかなりきつい運動にはなるが、デュエルアカデミアに入学してからというものの、厳しいデュエルに耐えるために日々トレーニングを重ねていたこともあってか、比較的体力を温存したまま移動することができていた。
「ここのフロアは防火扉が閉まってるか……」
「ここじゃないってことなのかな?」
『鈴、レーダーによると55階は施錠が為されていない。そのフロアに何かあるかもしれない』
「ありがと、パパ! じゃあその55階をまずは目指しましょう!」
辿り着いた55階は確かに竜司の言うようにフロアに立ち入ることができた。51階から54階までが防火扉で施錠されていたことを考えると、この階には何かがあると言うことがわかる。もちろん、それが鈴たちを喜ばせるものという保証はない。
―――慎重に探索しよう。もしかしたら先のような迎撃担当がいるかもしれないからな。
「オッケー」
光子竜の言葉を受けて慎重に周囲を見回しながら進んでいく鈴とエヴァ。暗闇であるために手探りの状態であることは変わらないのだが、ずっと暗闇の中を駆けずり回ってきたこともあってだいぶ目が慣れており、うっすらではあるが周囲に何があるのか見えるようになっていた。
「……他のフロアとは微妙に雰囲気が異なるような気がするが……ここは?」
『55階はカード開発のメインセクションなんだ。全世界から集められた伝説や伝承、民話を元にここでカードの製作が行われる。今皆が使っているカードも、新しいものはここで作られているんだ』
デュエルモンスターズはI2社の創設者であるペガサス・J・クロフォードが自ら世界中を旅して回った時に得た着想を元にデザインし、カードゲームへと大成させた。デュエルモンスターズを代表するモンスターである青眼の白龍やブラック・マジシャンといったカードも元は古代エジプトに残る伝説から作られたものである。そんな創設者の理念を受け継いだI2社の人々は今もなお世界中の神話や伝説、民話を元に情報を集め、様々なカードを日夜作り上げているのだ。
「なんだか背筋が伸びちゃうよね」
「そうだな。私たちはここで働いている人々に対する感謝の念を忘れてはならない。だからこそ、この神聖な場所を根城にしている天宮 遊望を許すわけには行かない」
「うん……うん?」
頷いた鈴の脳裏に何かが聞こえたような気がした。誰の声だろうか、鈴は首をひねった。そして誰に言われるまでもなく、その声のした方へと引き寄せられていく。
「鈴? どうした」
「……わかんない、わかんないけど……この先に行かなきゃいけない気がするの」
ゆっくりとではあるが、一歩一歩確かに踏みしめていく。光子竜の言うように警戒を第一にしなければならないのに、鈴はただまっすぐ先の見えない闇の中へと歩いていった。鈴を一人にするわけにはいかない、とエヴァも鈴に離されないようについていく。すると、二人の視線の先には微かながら光が見えてきた。
「あの光は……まさか、あそこに遊希が!!」
「行ってみよう!」
二人は一目散に光へ向かって走っていく。やがて、その光の下に辿り着いた二人は言葉を失った。
「なに……これ……?」
鈴とエヴァの眼前に広がっているのは都心一等地のオフィスビルの内部とは思えないような空間だった。クリーム色の明るい照明が照らすのは暖かな雰囲気に覆われたリビングルーム。綺麗にまとめられたテーブルの上には花瓶が飾られており、そこでは色取り取りの花が生けられている。
例えるならば、まるで幼稚園児から小学生くらいの女の子が遊ぶようなドールハウスのような、そんな空間。そんな中、エヴァが壁を指差す。エヴァが指差した先にかけられていたのはデュエルアカデミアの女子制服だった。新品同然に綺麗なその制服の内側には持ち主の名前がしっかりと刺繍されている。
「天宮 遊希……遊希の制服だ」
「じゃあここに遊希が……」
攫われた遊希が捕らえられているのだから、と二人は牢獄のような場所を想像していたが、この場所にいたのであれば話は変わってくる。少なくとも劣悪な環境で過酷な生活を強いられているようではないのだろう。
―――ここには誰もいないようだな。きっと我々が来るとわかって移動したのだろう。
―――じゃあ長居は無用だね! 遊希を探しに行こー!
―――……鈴? どうしたの、鈴??
「……わかんない、わかんないんだけど。なんでだろう、どうしてなのかな……涙が止まらない」
鈴、そしてエヴァの眼からは涙がポロポロと零れ落ちていた。取り立てて悲しい訳でもなければ、怖い訳でもない。頭では泣いている暇はないとわかっている。それなのに涙が止まらないのだ。
―――鈴、何か感じ取ったのか? 遊希のことか?
「ううん、たぶん遊希のことじゃない……ただ、誰のものかもわからない」
「……なんだろうな。この部屋からは、無念?というものなのだろうか。そんな悲しい気持ちが伝わってくるんだ」
―――当然だ。この部屋は我らが創造主の願いが込められているのだからな―――
二人の脳裏に誰かの声が響く。青眼やスカーライトのものでなければ、光子竜のものでもない。部屋を飛び出た二人の前には黒い鎧のようなものを纏った騎士のような雰囲気の青年が立っていた。
「!?」
「……あの二人だけではなかったか!」
「我が名は“ブラック”。二度目の生を享けるにあたり、この名を与えられし名も無きデュエルモンスターズの精霊。我が使命はお前たちを倒すこと。お前たちの求め人を取り戻したいならば……私を倒していくがいい!!」
「きゃっ!」
「鈴!」
ブラックと名乗った精霊が手を振り下ろすと、鈴の周りを黒い槍のようなものが覆い、まるで鳥籠のように彼女を包み込んでしまった。千春や皐月がやったように、エヴァ一人に任せて鈴だけ一人遊希を探しに行く、という手段が封じられてしまった。
「……そう優しくはない、か。ならば、私が相手となろう!」
「エヴァ・ジムリア―――プロデュエリストとしての腕前を見せてもらおう」
「「デュエル!!」」
エヴァ【BF】VS ブラック【???】