嵐の予兆
『デュエルモンスターズ』というゲームは今から遥か昔に一人の男によって作られた。その男の名は“ペガサス・J・クロフォード”。幼い頃からカートゥーンアニメを見て育った彼は、エジプトに旅行に行った際、そこで古代の石板に出会う。その石板には古代エジプトの王であるファラオがその王威を表わすため、石板に描いたモンスター同士を戦わせていた様子が描かれていた。
そこからヒントを得た彼は『インダストリアル・イリュージョン社』(通称・I2社)を立ち上げ、モンスター・魔法・罠の3種類のカードからなるゲームを作り上げた。それが現在世界的ゲームとなっているデュエルモンスターズの源流だ。そんな初代社長となったペガサスの死後、その後継者たちはデュエルにさらなる戦略をもたらさんとよりたくさんの種類のカードを作り上げた。
特に非チューナーモンスターとチューナーモンスターのレベルを合計したレベルのモンスターをエクストラデッキから特殊召喚するS召喚に、同じレベルのモンスター複数体を素材にしてエクストラデッキから特殊召喚するX召喚は瞬く間に広がり、デュエルの新たな形を生み出した。
それに加えて魔法・罠ゾーンの左端と右端に魔法カードとしても扱えるペンデュラムモンスターによって繰り広げられるP召喚、指定のモンスター同士で召喚することでエクストラデッキから特殊召喚されるモンスターの数を増やすことのできるリンク召喚……デュエルの形は時代と共に常に変化を続けていた。
そしてそれらの召喚方法を作り上げたI2社はさらに新しい形のデュエルをデュエリストたちに提供するため、日々研究と開発を続ける。それはいつ何時も止まることはなかった。
「……」
アメリカにあるI2社本社は夜の闇に包まれていた。社員も研究者もデザイナーも誰もいない静かな会社。当直の警備員が巡回を続ける中、一人の人間が社内を彷徨っていた。その人間は黒いローブのようなものを纏い、顔には髑髏を思わせる仮面を付けている。背格好は当然ローブで隠され、性別すらも明らかにならない。見るからに“不審者”と言って差し支えない存在だ。しかし、その人物が社内を堂々と彷徨い歩いてもセキュリティソフトは全く作動しなかった。まるでその人物の周りだけ時が止まったかのように。
「……ここか」
目的地にたどり着いた不審者はキーボード式のロックを瞬く間に開ける。ロックを解除した不審者は中に入ると、研究スペースに保管されたカードの束を手に取った。そのカードは未だ一般社会に流通していないカテゴリーのカード。元来のカードにはまず存在しないタイプのカードであり、駆使するにはデュエリストの力量が求められるカードであると言えた。
「……このカードか……まあいい」
不審者はそう言いながらもそのカードの束を手に取ると、自らのローブに仕舞い込んむ。このカードも全く使えないわけではないのだが、不審者の目的は別にあった。不審者が本当に探しているカード―――そのカードを探し求めて部屋中を探索するうち、そのカードの雛形と思われるものを見つけた。まだイラストも効果も何も書いていないカードであるが、そのカード独特の色分けからそれは不審者の求めるタイプのカードであるようだった。
「これが……あれば……」
不審者がそのカードを手に取ってその場を立ち去ろうとした瞬間である。I2社の社内にはけたたましいサイレンが鳴り響いた。今まで何らかの手を使ってセキュリティシステムにかからないように動いてきた不審者であったが、ついに防犯システムにその存在を感知されてしまったようだった。廊下中に響き渡る靴の音。コンピューターが指し示した部屋に当直の警備員が集結し、不審者を取り囲んだ。
アメリカ人だけあって屈強な身体をした男性警備員たちが不審者を取り囲む。警備員たちは警棒を片手に英語でまくしたててきた。あまりに早口すぎて何を言っているのか不審者にはよくわからなかった。ただ一つ言えるのは今のままではまず捕まってしまうということ。
それでも不審者は全く動揺する素振りを見せなかった。何故なら自分の、いやカードの持つ力でこのような状況などあっさり突破してしまうからだ。
不審者は黒い枠のカードを掲げると、そのカードが激しく光り始めた。暗闇の中を走ってきた警備員たちはその光で目を眩まされる。光が消え、周囲に闇が戻ってきた時、そこに不審者の姿はなかった。
*
ロシア出身の現役プロデュエリスト、エヴァ・ジムリアの編入から早くも2か月が経った。日本国特有の気候である梅雨も佳境に入り、夏の香りが立ち込め始める。世間は夏の到来に盛り上がりを見せるが、この学校に季節はさほど関係ない。いつの季節もデュエリストたちは己を磨くために勉強とデュエルを繰り返すだけだった。
当然、一年生の天宮 遊希(あまみや ゆうき)もそのうちの一人だ。彼女は講義が終わった後、図書館で講義の復習を行いながら今日の新聞に目を通していた。新聞の一面にはでかでかと「海馬コーポレーションの新型デュエルディスクが盗難に遭った」と書かれていた。
なんでも盗まれたデュエルディスクというのが、I2社と極秘で共同開発していた新型のデュエルディスクであったという。遊希はその記事をはじめ、時事をさっと流し見すると、新聞を元の新聞置き場に戻しては図書館を出た。
「この時間になったら校長室に来てほしいと言われていたけど……何かしらね」
彼女にとってもはやお馴染みとなった校長室への呼び出しタイム。ただ、遊希が悪い意味で呼び出されたことは一度もない。セントラル校の校長を務める星乃 竜司(ほしの りゅうじ)は遊希とは長い付き合いであり、教育者取り分け校長という職業に不慣れな彼は、時折遊希相手に弱音を吐きたくなる時がある。竜司を慕っている遊希はそんな彼の話し相手を務めているのだ。最もこれは竜司が天涯孤独な遊希を気遣っての行動でもあるのだが。
「失礼します」
ノックの後に聞こえてきた入室を許可する竜司の声を聞いてから遊希は校長室に入る。校長室の応接用ソファに腰かけていたのは竜司と、一人の女性であった。
「久しぶりね、遊希ちゃん」
「あなたは……お久しぶりです、真莉愛さん」
女性の名は海咲 真莉愛(みさき まりあ)。I2社のカード開発セクションの責任者であり、日本人かつ女性でありながらデュエルモンスターズのカード開発において重要な役職に位置する研究者だ。竜司同様遊希とは古い付き合いであったが、遊希がプロの世界から去った後は彼女の多忙もあって出会う機会を作れずにいたのだ。
「竜司さんから話を聞いていたけれど、デュエリストに戻ったのね。それでいて綺麗に育ってくれて嬉しいわ」
「そんな……真莉愛さんもお元気そうで何よりです。アメリカにいらっしゃったのではなかったんですか?」
「ええ、でもちょっと色々あって日本に帰ってきたのよ。遊希ちゃんも知っているわよね……海馬コーポレーションのこと」
つい先ほどまで図書館で新聞の記事を読んでいた遊希にはとてもタイムリーな話題だった。海馬コーポレーションは伝説のデュエリストの一人である海馬 瀬人(かいば せと)が二代目社長に就任して以降は軍事企業だったものがアミューズメント企業に移行し、現在ではI2社などと組んではデュエルに使用されるデュエルディスク開発を一手に担っている世界的企業である。そんな企業から開発中の新型デュエルディスクが盗まれたということは、世界的なニュースになっていた。
「はい。もう新聞からテレビ、SNSまで大騒ぎです」
「やはりね……今やデュエルモンスターズは世界的なゲーム。デュエリストでなくても食いつくわ。でも海馬コーポレーションのこと“だけ”のようで何よりだわ」
「だけ?」
この時、真莉愛は遊希にそっと耳打ちをした。海馬コーポレーションからデュエルディスクが盗まれる3日前、I2社のアメリカ本社からも開発中のカードが盗まれてしまったということを。
「……えっ」
「これはデュエルディスク以上に厄介な案件よ。だから各国のマスコミには報道統制を敷いて貰っているの。機密のカードが奪われたとなってはI2社の信頼も落ちてしまうから。それで……妙だと思わないかしら。I2社からは開発中のカードが、海馬コーポレーションからは製作中のデュエルディスクが盗まれたのよ? こんな近い間隔で」
真莉愛は私見ではあるが、と前置きした上でカードとデュエルディスクを盗み出した犯人が同一犯もしくは目的を同じくする集団と推測した。デュエルモンスターズの世界においてI2社と海馬コーポレーションは2トップと言って差し支えない存在である。その二社からそれぞれの専門分野のものを奪うということはその重大性を知っていなければできないことであるからだ。
「カードだけではデュエルはできないし、デュエルディスクだけでもデュエルはできない。しかし、それが揃えば形になる。パズルのピースが揃うのよ。そしてI2社はアメリカ、海馬コーポレーションは日本にある……つまり犯人はこの日本国内に潜伏している可能性が高いわ」
「確かに……あり得ない話ではないですね。ですが、何故それを竜司さんや私に?」
「カードとデュエルディスクを使うのはデュエリスト。デュエリストを隠すなら……」
「デュエリストの中……それって」
木を隠すなら森の中、という言葉がある。その法則に則れば答えは簡単だ。カードとデュエルディスクを奪うということはその価値を何よりも知る者、つまりデュエリストが犯人の最有力候補に挙がる。そんなデュエリストがこの日本国内で集まる場所と言えば。
「わかったようね。もしかしたら犯人が追っ手を逃れるためにここをはじめとしたアカデミアに身を潜める可能性があるということよ。生徒のデータは登録されていたとしても、それを書き変えて別の生徒になり切ることだってあり得るわ。なんと言ってもI2社や海馬コーポレーションのセキュリティをかいくぐって犯行に及ぶわけだから」
真莉愛はI2社の一員として、そして竜司や遊希の古い友人としてこのアカデミアに危機が及ぶこともあり得る―――とあくまでも自分の予測であるが、それを伝えに来たのだ。カードやデュエルディスクを取り戻したいという気持ちと同じくらい、遊希たちが危険な目に遭うことのないように、と。
真莉愛はそれだけ告げていくと、すぐに呼び出しがかかったようでそそくさとセントラル校を後にした。遊希は昔から彼女がフットワークの軽い人間であったとは思ってはいたが、年を取った今でもそれはあまり変わっていないということを認識した。
「嵐のようにやって来て嵐のように去っていきましたね」
「ああ……だけど、彼女の言っていることが荒唐無稽であるとむやみやたらに切り捨てられないのも事実だ。私としては校長として生徒を守る責任がある。だから君も用心しておいてくれないか? 元プロデュエリストである君の影響力はかなり大きいからね」
「……わかりました。用心します」
そう言って遊希もまた校長室を後にした。日々の生活や授業のこと、そしてデュエルにおいてもエヴァの精霊のことなど考えなければならないことが山積みの中、更に増える問題に遊希は思わずため息を付く。
―――大変なことになりそうだな。
(……ええ。でも何処の誰が、どうしてそんなことをするのかしらね? 動機が全くつかめないわ)
―――真莉愛が言っていたように、I2社や海馬コーポレーションの警備を突破してまで事をやり遂げる相手だ。只者ではないだろう。
(それでも、何か危険なことを企んでいるのなら未然に防がなければいけないわ。私や……真莉愛さんのように傷つく人の姿はもう見たくないから)
*
「ねえ遊希、ビックニュースがあるんだけど、聞きたい?」
寮の自室に戻った遊希を待っていたのは遊希のルームメイトにして竜司の娘である星乃 鈴(ほしの りん)と隣の部屋の日向 千春(ひなた ちはる)と織原 皐月(おりはら さつき)の三人であった。
「……ニュース? 海馬コーポレーションの件かしら?」
「違うわよ! なんでも鈴が聞いた話なんだけどね……」
鈴によると、竜司は違う学年の生徒同士の交流とデュエルタクティクスの向上を兼ねたイベントとして「学内対抗デュエル大会」を前々から計画しており、それを遂に職員会議で提案したという。
「あら、あの人らしい提案ね」
(このタイミングでまたなんてことを)
かの事件が起きることは予想できないのは超能力者ではないのだから当たり前なのだが、何とも間の悪いことである。ただでさえデュエリストだらけの学校なのに、このタイミングで大会のようなものを開くことはそれこそ真莉愛の言うように、一連の事件の犯人を招き入れることになりかねないからだ。
「まあ実現するかはわからないけどね。パパってば優しいから校長先生のくせに教頭先生や他の先生の言うことへこへこ聞いちゃうんだもん」
「昔から人は良かったから……上に立つタイプではないんだろうけど、校長職を依頼されて断れなかったって言ってたわ」
「でも実現したら面白そうじゃない? だってめったに普段デュエルできない上級生とできるのよ!?」
「ですが、私たちで上級生の方に勝てるんでしょうか……」
盛り上がる千春と対照的に皐月はそう言って少し不安そうな表情を浮かべる。確かにカリキュラムの消化、という点では1年生は2年生や3年生に比べて不利であり、1年生がこの大会で勝ち上がるのは非常に難しい。最も竜司は1年生や2年生が決勝に勝ち上がることは想定していなかった。彼は下級生には上級生とデュエルをすることで上級生のデュエルを生で体感し、それから学んでほしいと考えていたのだから。
「まあ、大方そんなこと考えてるんでしょうね」
「うん。だってあのパパだもん」
そんな竜司の性格を熟知している遊希や鈴は彼の考えは理解していた。それだけに竜司の思惑通りに動きたくない、という感情も彼女たちの中には沸々と湧き上がってくる。
「だったらさ、私たち四人で勝ち進んでやりましょうよ!」
「……わ、私たちがですか?」
「面白そうね! だって私たち強いもの!!」
鈴を中心に迫る大会に盛り上がる三人。しかし、遊希はその輪から少し離れたところにいた。彼女はゴールデンウイークのあの夜、鈴に自分の思いの全てを吐露した。だが、彼女の中には前までと同じように自分はデュエルをできるのか、という不安があった。あれ以降遊希は行った全てのデュエルで勝利を収めており、その成績はエヴァと並んで学年はおろか学内でもトップクラスと言える。それでも彼女の中には一度芽生えた迷いと恐怖が未だに残っており、心の内からデュエルを楽しめていなかった。
(私は……)
一人俯き沈黙する遊希。その時、彼女の手を鈴がつかみ取る。そしてその手をぎゅっと握った。
「ねっ、遊希?」
「……り、鈴?」
「ほら、話聞いてなかったの? みんなで勝ち進むんだからねっ!」
「……う、うん」
遊希はぎこちなく笑った。まだまだ笑顔に硬さは残るが、それが今の彼女に出来る精一杯の笑顔であった。それからというものの、最初は鈴の持ってきた情報であったが、それが何処からか漏れて噂好きの女子生徒から女子生徒、男子生徒から男子生徒、そして新聞部までもがその噂を記事にして取り上げるにまで至った。
竜司はそれを最終決定後に生徒に伝える腹積もりでいたようだが「秘密ということは皆がそれを知っている」ととあるファンタジー小説の校長も言っているだけあって最早後には引けなくなってしまった。
教頭のミハエルは最初はその計画に素直に首を縦に振らなかったが、ここまで生徒たちの間で噂になってしまった以上、それを取り潰すのは生徒の士気にも関わるのではないか、と判断し、正式にそのデュエル大会の開催を全校集会で発表した。そして公開されたルールは以下の通りである。
○予選は学年では分けず、1年生から3年生がそれぞれ4つのブロックに分かれて制限時間内にデュエルを行う。
○学生は大会開始時に学生番号と数字の書かれた1枚のカードを手渡され、そのカードを6枚集めることで決勝進出の資格を得る。
○ルールはマスタールール4。ライフは8000制で先攻後攻の決定権はコンピューターで決められる。
○引き分けた場合は手札を5枚引き直し、モンスター1体を召喚条件を無視して出してバトル。攻撃力の高いモンスターを出した方の勝ちとする。
そして大会開催前日になって遊希たち生徒には学籍番号と氏名が書かれたカードが手渡される。そのカードには遊希たちはどのブロックに振り分けられたのかがわかるようになっていた。
「……私はAブロックか。みんなは?」
「私はBよ!」
「えっと、私はCです。星乃さんは?」
「えーと……Dね。じゃあみんなバラバラね!」
「つまりこの四人は決勝まで当たらないってことになるのかしら?」
「そうみたいね! まあ私たちの実力なら上級生だろうと同級生だろうとバッサバッサと倒して決勝一直線ね!」
「あんたは調子に乗っちゃダメ! そうやって何度足元を掬われてきたことか」
「うっ……こっ、今度は頑張るもん!」
子供のように頬を膨らませる千春を弄りながら、少女たちの夜は更けていく。そして始まるのは―――果てしない戦いの日常であった。