太陽が西の地平線に沈みゆくころ。セントラル校の校内にはチャイムの音が鳴り響いた。そのチャイムは大会初日終了の合図だった。
このチャイムと共に大会の第一日程が終了し、生徒たちは自分たちの部屋に戻らなければならない。一度のデュエルであっても相当の体力を消費するため、それを複数回繰り返せば身体や精神の負担にもなり得る。そういった学生たちの健康を気遣うのもまた教育者たちには求められることなのだ。
「……終わりか。結局今日では決まらなかったな」
―――まあ早いことに越したことはないが、焦る必要はないだろう。身体を休めるのも重要なことだ。
「休めるも何もまだ4回しかデュエルしてないんだけどね」
遊希は第一日程で4回デュエルを行った。初デュエルとなった友乃とのデュエル以降、彼女は積極的にデュエルに臨み続け、結果4戦全勝という元プロの名に恥じぬ成績を残した。
最もそれがなくとも天宮 遊希の名は学内に響き渡っているのだから、同級生はもちろん上級生にもデュエルを避けられることの多かった彼女は、結局今日一日で決勝進出を果たすことはできなかった。もっとも今日一日で決勝進出を決めた学生は全学年を見渡してもいなかったのだが。
「取り敢えず部屋に戻りましょう。皆の結果も気になるわ」
*
女子寮に戻ってきた遊希は千春と皐月の部屋のドアをノックする。初日が終わった後は結果関係なく千春達の部屋に集合する運びとなっていた。
「はいはい、どちらさまー?」
中からは鈴の声がした。遊希は「私よ」とドア越しに告げる。「今開けるわね」という音とともに鍵が開き、鈴が遊希を出迎えた。部屋に入ると先に戻っていた鈴と千春が二人で夕食の準備を進めていた。
「あら、色々準備させてしまってすまないわね」
「いいのよ、先に戻ったのは私たちだしね!」
「ええ。一応二人とも勝ち残ってるからさ」
「そう……鈴も千春も大丈夫だったのね」
鈴と千春は共に6戦して4勝2敗という成績であり、パズルカードの所持数は3枚となっていた。一年生の中では腕利きと言える二人であってもさすがに上級生の前では膝を屈することもあったということだ。
「ねえところで一年生で全勝が二人いるって聞いたんだけど……」
「二人……」
それを聞いて遊希の脳裏にエヴァの顔が浮かぶ。組み分けたブロックが違ったのか、遊希は今日はエヴァと出会うことはなかった。遊希はあの時以来エヴァとはデュエルを行っていない。しかし、いつデュエルすることがあってもいいように彼女のデッキや傾向は理解した上で自分のデッキを調整し続けていた。
(……いつ当たるのかしら。できれば決勝で当たりたいけど)
「プロの肩書は流石ってところかしらね! ところで皐月が中々戻ってこないんだけど知らない?」
「皐月? ブロックが違うからなんとも」
「もしかして予選落ちして帰るに帰れないとか無いでしょうね……」
「滅多なこと言わないでよ鈴! 皐月が負けるわけ……」
そんな時、ドアをノックする音が聞こえた。ドアの一番近くにいた遊希が開けに行き、ノックの主が皐月であることを確認する。しかし、その時のやり取りで気づいたのだが、皐月の声は普段以上に何処か弱弱しく感じた。
鈴の言ったことが現実になってしまったのだろうか。遊希はドキドキしながらドアを開ける。するとそこに立っていたのは皐月であって皐月とは思えないような煌びやかな美少女であった。
「……えっ?」
「あ、あの……これはですね……」
その引っ込み試案な性格上、コスプレする時以外はあまりメイクをしない皐月であるが、今は奏の手によってプロ顔負けのメイクアップが為され、地味なストレートの黒髪もパーマがついていたりと良い意味で派手になっていた。
遊希がそんな皐月の姿に驚き硬直していると、鈴と千春も部屋の奥からやってきては、まるで蛹から蝶に化けたような皐月の姿を見て目を丸くする。
「「誰!?」」
「……うう、やっぱり……私にこんな格好似合わないんですぅ……」
冗談だってば、と笑いながら鈴と千春が告げ、皐月が泣き止むまで数十分ほどかかった。皐月は8戦して6勝2敗と一年生にしては上々の成績を残すことができていた。ただ、それも皐月の何処か大人しめな言動を受けて、彼女に見くびった男子生徒たちが自滅した形によるものなのだが。
夕食の準備を整え、卓を囲む四人。祝賀会にはまだ早いかもしれないが、ジュースを入れたグラスを片手に四人は小さく乾杯をした。
「まあ取り敢えず全員予選落ちしなかった、ってことでオールオッケーってやつよね!」
「そうかもれないですね。私は次から次へとデュエルを挑まれてしまって少し疲れましたが……」
「でもあの花沢先輩とデュエルして勝つんだから凄いじゃない。そんなメイクしてもらうんだったらあたしもデュエル挑もうかなぁ……姿は見たことないけどきっと三年生らしい大人っぽい美人だと思うわ!」
夢見心地に語る鈴であったが、そんな彼女に現実を告げる勇気は皐月には無かった。
「羨ましいわね。私なんて敬遠されっぱなし……まあ前島先輩みたいに誘ってくれる人もちらほらいたけど」
「前島先輩ってあのアイドル志望の二年生の?」
「ええ。アイドル……らしいデッキを使っていたわ」
―――まあ、エンターテインメントを追い求めていたのは間違いなかったな。
あれをアイドルらしい、と言ってしまうのはさすがの遊希でも気が引けた。確かにアイドルらしく見ている人間を楽しませる、という意味では中々のデッキではあったが。
「それでいてデュエルの後にアイドル研究会にスカウトされた」
「えっ遊希、まさかの芸能界デビュー? それともスクールアイドルとして全国大会に出るの?」
「そんな訳ないじゃない。セントラル校は廃校の危機を迎えているわけじゃないんだし。第一柄じゃないしそれだったら鈴や皐月の方が向いてるもの。あなたたち可愛げがあるし」
遊希のさらりと吐いたその言葉に「えっ」と言って赤面する鈴と皐月。もちろん、そこに唯一スルーされた千春が噛みついた。
「ちょっとなんで私を外すのよ!」
「いや、千春が入ると子供番組になっちゃうし……」
「それどういう意味よ!!」
大会の最中でこそあるが、遊希の毒舌に突っかかる千春という光景に皆微かに日常を感じた。そんな中、鈴が明日以降のスケジュールに触れる。
「ところで明日以降のことなんだけど」
「そういえば2日間ほど空くんですよね。勝ち残った学生でまたブロックを再編成するとかで」
「その間身体を休めたりリフレッシュできるわね! みんなで何処か出かける? 最近駅前にショッピングモールができたけど」
ここ数年アカデミアの活動が本格的になったのも相まって、最寄駅前は急速に発展を遂げていた。駅に併設されたデパートはもちろん、アウトレットや複合商業施設など女子学生が喜ぶものはもちろん、国内では入手困難なカードを扱う専門店も開店するなど、東京都西部のこの街もセントラル校のお膝元に相応しい街になりつつあったのだ。
「あっ、すいません。私この二日ほど実家に帰る予定でして……」
「ごめん。あたしもちょっと用事があるからパス」
「そうなんだ……じゃあ私と遊希でそこ見に行きましょうよ! あんたの服選びにも付き合ってあげないと!」
「はぁ? なんで私の服選びになるのよ」
「あんた相変わらず私や鈴の選んだ服しか着ないじゃないの! 遊希は美人なんだからそんなんじゃダメよ!」
美人なんだからダメ、というのはどういう価値感なのだろうか。そう渋る遊希であったが、光子竜の「たまにはいいんじゃないか」という後押しを受けて、明日は千春と共にショッピングに出かけることになった。
遊希としては休養に充てたい、という気持ちもあったが休みは二日間あるので、その分二日目を休養に充てればいいだけのことだった。
この数か月デュエル三昧の生活をしてきたことが功を奏したのか「ギャラクシーアイズ」のカードを使うことに身体が慣れ、入学当初のようにデュエルの後に保健室を利用することはほとんどなくなっていたのだから。
*
「さて、こことかどうかしら」
翌日、遊希と千春は有名なブランドを数多く取り扱う洋服屋へと来ていた。遊希は以前千春が選んだ初夏向けの白いノースリーブのフリルシャツに黒のパンツルックと彼女の持つスタイルの良さを活かした出で立ちをしており、遊希であることがバレて騒ぎにならないようにキャップとサングラスをカモフラージュ用として付けていた。
一方の千春は水色のTシャツにデニムのハーフパンツとやや幼げなコーディネートだが、彼女の背の低さも相まってそれはそれでマッチしていた。最も街行く人々の大半からは二人は同級生の友人ではなく「歳の離れた美少女姉妹の買い物」という形で見られていたのだが。
「あら、結構いい値段するのね。まだカードの方が安いわ」
「カードと服を比べるのってどうなのよそれ。第一今日は私じゃなくてあんたが自分で服を選ぶんだから、真剣にね!」
「服選びに真剣って……まあいいわ。取り敢えず私の価値観に一致するものを見繕えばいいのよね?」
「まあ最初はそれでいいわ。その後私がアドバイスしてあげるから。店員さんに聞いてみるのもいいかもね!」
そう言って店の中へと入っていく二人。レディースコーナーを回ってはまるでデッキに入れる汎用魔法・罠カードを選定するように服を見定めていく遊希。ただ彼女の好みなのか、白や黒などチョイスするものはどれもモノクロ系統のものが多かった。
「ぶっちゃけて言っちゃうと遊希はスタイルがいいからどんな服も似合うんだけど……」
「まああんたとは違うわね」
「一言余計よ! で、提案なんだけどもうちょっと明るい色とか着てみれば? これから夏なわけだし」
「……あまり派手派手したものは好きじゃないわ。目立つし」
「あんた本当に元プロだったの……? 確かにイメージできないかもしれないけど、チャレンジは大事よ」
千春に促されて遊希は夏物の売場に足を運ぶ。そして姿見の前でシャツやスカートを当ててみては、まるで自分を少女向けの着せ替え人形に例えてイメージを膨らませていく。
服を選ぶということではあまり想像力が働かなかったが、デッキを改造している、と考えると遊希の手は無意識に様々な服に伸びていった。どうすればもっと完成度を高められるか。どうすればより自分のしたいデュエルを実現できるようになるか。そう考えると服を選ぶという行為も段々楽しくなってくる。浮世離れしているとはいえ、遊希もやはり思春期の女子であった。
「これはどうかしら……」
そう言いながら遊希は無意識に手を伸ばすと、近くにいた女性と同じものを取ろうとして手が重なってしまった。その女性は見たところ30代から40代といった女性であるが、それでも20代で通じるのではないか、と思えるほど若々しい風貌をした女性であった。
「あら、ごめんなさい」
「いえ、こちらこ……」
女性の顔を見た遊希は、そのまま言葉に詰まる。何故ならその女性は遊希にとっては知らない女性ではなかったからだ。偶然とはいえ、この場で出会えるとは思っていなかった相手の一人。
「あ、あの!」
「?」
「……お久しぶりです。私のこと、覚えていますか?」
そう言ってキャップとサングラスを外す遊希。その顔を見た女性もはっ、とした顔をして遊希の顔を見た。
「遊希ー! いい服見つかったー?」
千春がぱたぱた、と遊希のところに駆け寄ろうとした瞬間である。遊希はその女性に飛びつくように抱き着いた。その様はまるで母親に甘える子供のようであり、とても初対面の人間に見せるような態度ではなかった。唖然と立ち尽くす千春を余所に遊希は目を潤ませながら女性に抱き着いていた。
「お久しぶりです。ごめんなさい、何の連絡もできなくて……」
「いいのよ。あの人や娘からあなたのことはいっぱい聞いていたから……遊希ちゃん、大きくなったわね。元気そうでおばさんも嬉しいわ」
「はい……でも、会えて良かったです。蘭(らん)さん」
遊希がまるで母親のように甘える女性の名は星乃 蘭(ほしの らん)。星乃という苗字からわかる通り、竜司の妻であり、鈴の母親であった。