服を選び終えた遊希と千春は同じ商業施設にあるフードコートへと足を運んでいた。買い物が終わった時間がちょうど昼時だったのもあってやや混雑していたが、なんとか三人掛けの席を選ぶことができた。何故三人掛けの席を選んだのかと言えば、そこには鈴の母親である蘭も一緒だったからだ。
「すいません、服だけじゃなくてランチまで奢ってもらって……」
「いいのよ。娘と買い物してるみたいで楽しかったわ」
最初は遊希を親しげに話す蘭のことを知らなかった千春であるが、鈴の母親とわかった途端、彼女は一気に打ち解けた。いい意味で怖いもの知らずな千春は人と仲良くなるのが上手いようで、そこに年長年少の差は無い。コミュニケーションを物差しで能力として測れば、間違いなく四人の中で一番傑出しているのは千春であると言えた。
「ところで、学校での鈴はどうかしら? あの子は仲良しの友達がいっぱいできたと喜んでいたけれど、中学生くらいの時から髪の色も明るくし始めて……」
「そこは問題ないわ! あの子は見た目はちょっとケバいけどとってもいい子よ! 私が保証するわ!」
「あんたに保証されてもそんなに信ぴょう性ないけどね」
「何よ!」
「あらあら、仲良しなのね二人とも」
そう言って首を小さく傾げてニッコリと笑う蘭。その笑顔は年齢を感じさせない愛らしさを含んでいた。もし遊希の家族が皆健在であったならば、自分も蘭のような母親と暖かい家庭で過ごすことができたのだろうか。母とこうして服を選んだりランチを食べたり。そして、もしデュエルを教えていれば家族でデュエルができたのだろうか。空っぽの遊希の心にはとっくの昔に忘れていた感情、思春期の少女が持つ情愛がぽつぽつとこみ上げてくる。
(……私も……お母さんと一緒に買い物とかしたかったな……)
「遊希?」
考え込んでいたため、千春の何でもない言葉に酷く動揺する遊希。手に持ちかけていたフォークを床に落としてしまうほどだった。
「っ! な、何かしら?」
「早く食べないと冷めちゃうわよ? ほら、これ新しいフォークよ」
動揺を悟られまいと食事を口に運ぶ遊希であったが、急にかき込んだため、喉につかえてしまった。そんな遊希の背を蘭は優しく撫ででは水を差しだすのだった。
*
「ごめんなさいね、我が儘言っちゃって」
ランチの後、遊希と千春は蘭を地元のカードショップに連れていくことにした。実は彼女も結婚・出産を経験するまではいちデュエリストであったのだが、育児と家事に追われるにつれて、デュエルから離れて久しい。そして歳を重ねるうちに街のカードショップに一人で足を運ぶのが少々恥ずかしくなってしまっていた。現状カードショップは主に若いデュエリストが使う場所であり、蘭のような40代の女性が一人で足を運ぶには確かに敷居が高い場所でもあったのだ。
「いえいえ、服にランチまで奢って頂いたんですからこちらとしても何かお返しがしたかったので」
「蘭さんはどんなデッキを使ってたの?」
「そうねぇ……あまり大声では言えないけどデュエルモンスターズの黎明期に出たカードのデッキでね……」
二人が案内したのは街中にある一番規模の大きいカードショップであった。以前エヴァが不良たちにカードをせびったのもここであり、アカデミアの生徒から近所の子供たちまで幅広い世代のデュエリストが愛用している店でもある。
「わぁ……カードがたくさん」
「えっと。取り敢えず組んでみたいデッキに入るカードを選んでおいてください。私たちは他を見ていますので」
「わかったわ!!」
カードが山のように並んでいる光景によほど興奮したのか、蘭はまるでおもちゃ売り場に連れてきてもらった子供のようにカードが並べてあるショーケースへと向かって行った。最近は過去に登場したカードのリメイクカードを多く登場させるなど、古参のデュエリストを呼び戻さんというI2社の販売戦略が見て取れる。
「さて、せっかくだし私もカードを探そうかしら」
「遊希も? 遊希のカードって一般に出回ってないんじゃないの?」
「【ギャラクシー】はね。でもギャラクシーモンスターと上手く組めるモンスターはあるわ。それにギャラクシーモンスターだけに頼らないデュエルもできるようになりたいのよ」
「じゃあ私も【サイバー・ドラゴン】と合うカードを探そうかしら? 遊希、ゴチになります!」
「は? あんたは自腹で買いなさい」
「遊希のケチ!」
遊希と千春が子供のケンカのような言い争いをしていたころ。蘭はかつて組んでいた自分のデッキに関連するカードがあるかどうか店員に確認する。それらのカードはいずれも新規カードではあるが、今の若いデュエリストに蘭が使うデッキに入るようなカードは受けが悪かったのか、高レアリティのカードでも比較的値段は落ち着いていた。
「このカードを入れてこのカードを発動して……なんだか昔を思い出すわね」
蘭は昔を思い出していた。学生時代、必死に集めたカードで組んだデッキで勝ち負け関係なく皆で楽しくデュエルが出来ていたそんな時代。そんな中、出会ったのが当時プロデュエリストを目指してデュエリストしての研鑽を重ねていた竜司であった。竜司の夢を当時恋人として必死に応援し、彼がその夢を叶えると、彼女はデュエルディスクを置き、公私ともに彼のサポートに回った。
そして生まれた鈴もまた父や自分と同じデュエリストを志し、その夢に向かって一歩一歩進んでいる。その姿を見て、蘭はまたデュエルディスクを手に取れる日が来ることをずっと待ち望んでいた。遊希たちと偶然出会ったために訪れた機会であるのだが、もしかしたらそれが今日だったのかもしれない。
「よし、こんなところかな。店員さーん」
購入するカードを選び終えた蘭がカウンターの店員を呼ぼうとすると、店員たちが店の入り口に固まっていた。彼女が目を凝らして見ると、カードショップの店員たちと三人の若い男性たちが何やら言い争いをしているようだった。
「なんで俺たちが出禁なんだよ!」
「君たちは小学生のデュエリストにシャークトレードを持ちかけたそうだね。そういう方の入店はお断りさせて貰います」
シャークトレードとはレアリティの釣り合わないものを無理やり交換させることであり、デュエルモンスターズをはじめとしたトレーディングカードの世界ではタブーとされている行為である。
(シャークトレードかぁ。懐かしいわね。まだそんなことをやってる人いるのねぇ……)
「証拠はあるのかよ証拠は!」
「子供たちの証言に君たちの外見がぴたりと合う。一人は細身のパンクファッション、一人は恰幅のいい坊主頭、そしてリーダー格の一人は尖った髪型に両耳にピアスが2つずつ開いている」
「……映像や写真はねーのかよ。証言だけだったら明確な証拠にはなんねえだろ?」
店側としてはこのような不良デュエリストを店に入れるわけにはいかないだろう。そのようなデュエリストが店の常連となってしまえば、きっと善良な他のデュエリストは不良のたまり場となるこのショップを敬遠して足を運ばなくなる。そうなってしまうとカードショップとしてのモラルを問われるのはもちろんのこと、経営面にも影響を及ぼしてしまう恐れがあったのだ。
「とにかく、俺たちがやったっていう明確な証拠を出してもらわなきゃ納得できねえよ」
「っ……だったら警察に……」
「サツを呼んだらそれこそサツに頼らなきゃなんもできねー店って評判が出回るぜ? ほら、できねーなら退けよ!」
そう言ってピアスを開けたリーダー格の男が店員を突き飛ばして店に押し入ろうとする。そんな三人組の通り道に立ちはだかるように立ったのが他ならぬ蘭だった。
今でこそ年齢を感じさせない柔和そうな笑顔を見せる彼女であるが、学生時代はクラス委員長を務めるなど、正義感の強い少女であった。やがて妻となり、母となり、歳を取り、一人の女性として落ち着いた蘭であるが、その頃抱いていた強い気持ちは当然消えてはいなかった。
「……なんだよババア。どけ」
「悪いけど素直にどくわけにはいかないわね。ここはみんなで楽しくデュエルをするところよ? あなたたちのように暴力を振るう人を入れるわけにはいかないわ」
「ったく、なんなんだよ今日は。言いがかりはつけられるは変なババアに絡まれるわ……」
もしここで彼らが反省して自らの言動を改めれば蘭としては万々歳だっただろう。しかし、彼らは改めるどころかより汚い言葉を放ってきた。こうなれば大人として、デュエリストの端くれとして蘭も引き下がるわけにはいかない。
「ごめんなさいね、変なババアで。でも曲がりなりにも年上に対してそんな言葉遣いされると変なババアでもさすがに怒るし、あなたたちをここで見逃すのは癪というものよ?」
そう言って蘭は持ってきた旧型のデュエルディスクを展開して構える。それを見た若者たちはぶっ、と噴き出した。
「なんだよアンタ! その年でデュエリストかよ!! 年齢考えろよ!!」
「あら、お年寄りのプロデュエリストだっているんだから年齢は関係ないわ。気持ちが若ければそれでいいのよ」
「口のよく回るババアだな……いいぜ、だったら俺がそのデュエル受けてやるよ。言っておくが俺は強いぞ?」
若者たちのリーダー格の言葉は嘘ではなかった。この男のデッキの半分はアンティールールなどで他人から半ば強引に分捕ったカードで構成されてはいる。しかし、それでも彼らの存在がブラックリストに載っていない他の町のショップ大会では優勝を繰り返している。手段こそ非道であるが、その実力は本物なのだ。
「だったらその腕、このババアに見せて頂戴?」
「っ……おいお前らもデュエルの準備をしろ。こっちは三人で行かせてもらう」
男たちは蘭が一人であると思い、三対一でデュエルをすれば確実に勝てると踏んでいた。実際問題今日デュエリストとして復帰をする蘭が三人を相手にして勝てる道理はないだろう。しかし、今日の彼女は一人ではなかった。
「蘭さん!」
「騒がしいから駆けつけてみたら……」
そこにはデュエルの準備を済ませていた遊希と千春の姿があった。購入しようとしているカードで組んだデッキを試運転代わりに回すつもりであったが、蘭が絡まれているのを見て一目散に駆けつけたのであった。
「へっ、連れがいやがったか……だったら三人まとめて潰してやる!」
「何があったか知らないけれど、その言葉そのままそっちに返してやるわ」
「そうよ! 私の眼が黒いうちはあんたたちなんかに好き勝手させないんだから!!」
このカードショップの屋上にはデュエル専用のスペースがある。そこで六人はデュエルをすることになった。突然の出来事にそのショップにいた誰もが屋上に駆けつけ、まるで大会が行われているような賑わいを見せることになった。
蘭と遊希は事前に選んだカードを購入し、そのカードでデッキを調整するため、10分の猶予を与えられた。デッキ調整が終わった後、蘭は申し訳なさそうな顔をして遊希と千春を呼び出す。
「二人とも、ごめんなさい!」
デュエルの前、蘭は遊希と千春に深々と頭を下げた。自分の勇み足で娘と同い歳の二人に迷惑をかけてしまったことが年長者として、一人の母親としてどうにも謝らずにはいられなかったのだ。
ただし、蘭の中にある「デュエリストの誇りを傷つける」行為をしていた若者たちを許すことはできない、という気持ちは遊希と千春にもしっかりと伝わっていた。遊希たちは蘭に頭を上げるように促す。
「気にしないでください、蘭さんには恩があります」
「そうよ! 第一私もその場にいたら蘭さんと同じことをしていたわ! 取り敢えず今は私たちの正しさを証明するため、目の前のデュエルに勝ちましょう!!」
遊希と千春、そして蘭は円陣を組んで勝ちを誓う。彼女たちの負けられないデュエル。遊希、千春、そして蘭。彼女たちの心に燃える、デュエリストとしての誇りを賭けたデュエルが始まろうとしていた。