「蘭さん! 駄目っ!!」
先にデュエルを終え、これまで静かに見守っていた千春が思わず蘭の名を叫ぶ。しかし、綾瀬はそんな千春に大丈夫よ、とばかりに笑顔で返した。
「私は手札の《クリボール》の効果を発動!」
《クリボール》
効果モンスター
星1/闇属性/悪魔族/攻300/守200
(1):相手モンスターの攻撃宣言時、このカードを手札から墓地へ送って発動できる。その攻撃モンスターを守備表示にする。
(2):儀式召喚を行う場合、必要なレベル分のモンスターの内の1体として、墓地のこのカードを除外できる。
「このカードを手札から墓地に送ることで、相手の攻撃モンスターを守備表示にするわ! ダーク・アームド・ドラゴンを守備表示に変更!」
ダーク・アームド・ドラゴン DEF1000
「ちっ……決めきれなかったか。メインフェイズ2、俺はカードを2枚セット。これでターンエンドだ!」
そしてリーダー格の男のエンドフェイズに前のターン、宵闇の騎士の力を得た超戦士カオス・ソルジャーの効果で除外されていた手札が戻ってくる。このターンこそ何とか凌いだものの、蘭にとってはやはり正念場であることは変わりなかった。
リーダー LP2000 手札2枚
デッキ:28 メインモンスターゾーン:4(ダーク・アームド・ドラゴン、ダーク・クリエイター、エルシャドール・ミドラーシュ、シャドール・ドラゴン)EXゾーン:0 魔法・罠:2 墓地:5 Pゾーン:青/赤 除外:2 エクストラデッキ:14(0)
蘭 LP800 手札2枚
デッキ:26 メインモンスターゾーン:0 EXゾーン:0 魔法・罠:2(混沌の場(カウンター:6)、明と宵の逆転)墓地:11 Pゾーン:青/赤 除外:0 エクストラデッキ:15(0)
リーダー
□□伏伏□
□ミアクド
□ □
混□□□□□
□明□□□
蘭
○凡例
ア・・・ダーク・アームド・ドラゴン
ク・・・ダーク・クリエイター
ド・・・シャドール・ドラゴン
☆TURN06(蘭)
「私のターン、ドローよ」
クリボールの効果でダーク・アームド・ドラゴンの攻撃を防いだことで間一髪敗北を免れた蘭。しかし、それはこのターンで逆転できなければ彼女の負けを意味する。
遊希と千春は圧勝したものの、当事者でもある蘭が勝たなければ意味がない。ここは完全勝利を収めてこそ価値があると言えるデュエルだった。
「次、ダーク・アームド・ドラゴンの攻撃を受けたら私のライフはゼロになるわ。そういった意味では私の方が不利……そう思うでしょう?」
「……どういう意味だ」
リーダー格の男は蘭が何故そこまで平静でいられるのか、と首を傾げる。だが、彼がそう思うのも無理はない。彼のフィールドにはエルシャドール・ミドラーシュが存在する。
このモンスターが存在する限り、互いに特殊召喚を1ターンに1回までしか行えないため、その1回の特殊召喚で3体のモンスターを攻略し、かつリーダー格の男のライフを0にしなければ蘭に勝ちはないのだ。歴戦のデュエリストですらそうやすやすと覆せないであろう状況ながら蘭はその顔にまだ笑みを含んでいた。
「どうもこうもないわ。あなたは前のターンで私のライフを0にしなければならなかったの。私は明と宵の逆転の効果を発動。手札の戦士族・闇属性モンスターのカオス・ソルジャー-宵闇の使者-を墓地に送り、私はデッキから戦士族・光属性モンスターのカオス・ソルジャー-開闢の使者-を手札に加えるわ! そして墓地の光属性モンスター、開闢の騎士と闇属性モンスター、宵闇の騎士をゲームから除外し―――《カオス・ソルジャー-開闢の使者-》を特殊召喚する!」
《カオス・ソルジャー-開闢の使者-》
特殊召喚・効果モンスター
星8/光属性/戦士族/攻3000/守2500
このカードは通常召喚できない。
自分の墓地から光属性と闇属性のモンスターを1体ずつ除外した場合に特殊召喚できる。
このカードの(1)(2)の効果は1ターンに1度、いずれか1つしか使用できない。
(1):フィールドのモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを除外する。この効果を発動するターン、このカードは攻撃できない。
(2):このカードの攻撃で相手モンスターを破壊した時に発動できる。このカードはもう1度だけ続けて攻撃できる。
「開闢……!?」
蘭のフィールドにはカオス・ソルジャー-開闢の使者-が特殊召喚される。同じカオス・ソルジャー系列のカードながらこちらも比較的古いカードではある。しかし、かつては禁止カードに指定されていたカードであるため、このカードの強さはカオス・ソルジャーデッキを小馬鹿にしていたリーダー格の男も十分知っていた。
「へっ……開闢の使者を出したところでこのターンで俺のライフは削り切れない! そしてあんたはミドラーシュの効果でこのターンもう特殊召喚できないぜ!」
「あら、できるようになるわよ。ゲームから除外された墓地の開闢の騎士と宵闇の騎士の第2の効果が発動! この2体は墓地から除外されることでデッキから儀式魔法と儀式モンスターを手札に加えることができるのよ!」
「なんだと!?」
「私はデッキから儀式モンスター、2体目の超戦士カオス・ソルジャーと《超戦士の儀式》を手札に加えるわ。そしてカオス・ソルジャー-開闢の使者-の効果を発動! このターン、このカードは攻撃できなくなる代わりに相手フィールドのカード1枚をゲームから除外できるわ! 異世界に消えなさい、エルシャドール・ミドラーシュ!」
開闢の使者の効果でエルシャドール・ミドラーシュが姿を他の次元に飛ばされていく。これで蘭を縛り付けていた特殊召喚制限が取り払われた。
「っ……だが儀式召喚には生贄が必要だ。その手札では……」
「確かに手札に儀式の生贄にできるモンスターはいないわ。でも墓地にそのためのモンスターはいるわ! 儀式魔法、超戦士の儀式を発動!!」
《超戦士の儀式》
儀式魔法
「カオス・ソルジャー」儀式モンスターの降臨に必要。
「超戦士の儀式」の(2)の効果は1ターンに1度しか使用できない。
(1):自分の手札・フィールドから、レベルの合計が8になるようにモンスターをリリースし、手札から「カオス・ソルジャー」儀式モンスター1体を儀式召喚する。
(2):自分の墓地からこのカード及び光属性モンスター1体と闇属性モンスター1体を除外して発動できる。手札から「カオス・ソルジャー」儀式モンスター1体を召喚条件を無視して特殊召喚する。この効果はこのカードが墓地へ送られたターンには発動できない。
超戦士を呼び覚ますための空間に現れるのは前のターン墓地に送られた覚醒の暗黒騎士ガイアとクリボールの2体だった。蘇ったわけではないので、その姿はまるで幽霊のごとくうっすらとぼやけているように見える。蘭が発動した儀式に呼応して彼らの魂のみがその場に舞い降りる、そういった感じであった。
「ガイアとクリボール、墓地のこの2体はゲームから除外することで儀式のための生贄にできるのよ」
「まさか【儀式魔人】と同じ効果を……!!」
「“覚醒せし暗黒の騎士よ。光の速さで駆け抜けなさい! そしてその魂を超戦士へと昇華せよ!”儀式召喚! 再度舞い降りなさい! 超戦士カオス・ソルジャー!!」
このターンの開始時にはフィールドには1体のモンスターも存在しなかった蘭。しかし、気づいてみれば彼女のフィールドには2体の“カオス・ソルジャー”が存在していた。
「ば、馬鹿な……」
「信じられないって顔をしてるわね? でもその信じられないことが起きるのがデュエルなのよ? バトル! 超戦士カオス・ソルジャーでダーク・アームド・ドラゴンを攻撃! “ハイパー・カオス・ブレード”!!」
超戦士カオス・ソルジャー ATK3000 VS ダーク・アームド・ドラゴン DEF1000
超戦士の剣が守備態勢を取るダーク・アームド・ドラゴンの身体を快刀乱麻を断つが如く両断した。元々のステータスは《アームド・ドラゴン Lv7》のものであるため、攻撃力に比べて守備力は心許ない。超戦士カオス・ソルジャーに貫通効果は無いため、戦闘ダメージは発生しないが、超戦士カオス・ソルジャーの効果があった。
「そして戦闘で相手モンスターを破壊した超戦士カオス・ソルジャーの効果。破壊した相手モンスターの攻撃力分のダメージを与えるわ! ダーク・アームド・ドラゴンの攻撃力2800ぶんのダメージを受けなさい!」
リーダー LP2000→0
*
「ふぅ、楽しかった」
そう言ってデュエルディスクをしまう蘭。接戦、という形であったため歴戦のデュエリストですらも疲労困憊になるであろうシチュエーションながら彼女はにっこりと笑顔を浮かべていた。
「蘭さん、お疲れさまでした」
「凄いデュエルだったわ! 本当にブランクがあるのかしら?」
「あら、ディスクを付けるのも久々だったのよ?」
互いにデュエルを讃えあう蘭たち。一方で敗れた不良デュエリストたちは信じられない、といった面持ちで何やら話し合っていた。
「さて、デュエル前にした約束だけど」
蘭はデュエルの前にリーダー格の男と約束を交わしていた。それは男たちが負けた場合、これまでの行為を謝罪することに加え、無理矢理奪い取ったカードを元の持ち主に返還する、ということだった。リーダー格の男はまさかデュエルにブランクのある蘭に負けるわけがない、と慢心していたためその約束を二つ返事で受けてしまったのである。
「男に二言はない、そう言うでしょ? まあ今すぐ家に帰って取って来いとまでは言わないけど」
「まだだ……」
「えっ?」
「まだ俺には兄貴がいる! 兄貴は俺なんかよりよっぽど強いデュエリストだ! 兄貴を倒したらその約束を守る!!」
「ええー……」
それを聞いて蘭たちは困惑した様子を浮かべた。正直彼らのデュエリストとしての実力は遊希や千春からしてみれば屁でもないレベルである。しかし、今のように延々とデュエルの相手を出されては骨が折れるというもの。現に大会の休息期間である今日でさえもデュエルをする予定が無かったため、これ以上のデュエルは身体的負担を減らすためにも避けたい、というのが彼女たちの本音であった。
「さっき兄貴に連絡した。もうすぐ兄貴が来るぜ……」
リーダー格の男の男がそう言った瞬間、カードショップの自動ドアが開き、身長2メートル近くある筋骨隆々の大男が店内に入ってきた。この大男こそがリーダー格の男の実の兄にあたるデュエリストだった。
「兄貴! こいつらがさっき言った奴らだ! 兄貴なら余裕で捻りつぶせるよな!?」
「……」
「残念だけど、君たちは約束を守らなければならないね」
リーダー格の男がそう問いかけるが大男は渋い表情をしたままそこを動かない。リーダー格の男がそんな兄の様子に首を傾げると、大男の後ろからスーツを着た初老の男性が前に歩み出てくる。その男性を見て千春が驚きの声を上げた。
「こ、校長先生!」
「校長……? ってまさかあんた……」
「ああ。デュエルアカデミアジャパン・セントラル校の校長にして元プロデュエリストの星乃 竜司だ。君のお兄さんとは先ほど私がデュエルをさせてもらったよ。筋はいいけどまだまだだね。私の敵ではなかったよ」
「そ、そんな……」
そう言ってリーダー格の男はその場にへたり込んでしまった。彼としてもまさかあの星乃 竜司がそこに現れるとは思っていなかったため、そのショックは想像以上に大きなものだった。
「校長先生、どうしてここに?」
「実は私としてもアカデミアの校長として地域に貢献しなければならなくてね。街が発展するにあたってデュエリストが起こすトラブルの解決や仲裁に回る必要があるんだよ」
そう言って小さくため息をつく竜司。教師ながら学外のことにも協力しなければならない、ということの大変さを思い知らされた形であった。
「まあ君たちがここにいてくれたおかげで事が上手く運んだよ、ありがとう。天宮君、日向君。それで……」
遊希と千春に感謝の意を述べる竜司。そして彼の視線は遊希たちの傍でニコニコ笑っている蘭へと向く。
「なんで君がここにいるんだい、蘭。デュエリストはもう辞めたんじゃなかったのかい?」
「あら、いけなかったかしら?」
「いや、私は別に構わないんだけど……」
「ならいいじゃない? ね、あ・な・た?」
そう言って竜司と腕を組む蘭。年齢を感じさせない若々しさを誇る美男美女の二人であったが、公衆の面前でこうもイチャイチャできるのはさすがにこの二人だけかもしれない。
「ということで! 私もデュエリスト復帰します! 今日みたいに暇な日はカードショップに繰り出すわよ!」
「うん。まあ私としては応援したいかな。ただ……」
「ただ?」
「彼女がご立腹のようで」
竜司が指さした先には腕を組んでまさに怒髪天を衝く、といった表情の鈴の姿があった。鈴はこの日隣町のカードショップに一人で出掛け、足りないカードの調達やデッキ調整をこっそりと行うつもりでいた。しかし、竜司から鈴がカードショップで不良デュエリストたちに絡まれている、という連絡を受けて一目散に駆けつけたのであった。
「マ~マ~ぁ~……!!」
「り、鈴ちゃん? そんな怖い顔をしてると可愛い顔が台無しよー……」
「誰のせいだと思ってるのよ!! パパだけじゃなくて遊希や千春にまで迷惑かけて!!」
「ご、ごめんなさーい!!」
まるで姉妹喧嘩のような娘のお説教が繰り広げられる傍らで、竜司は最後にしなければならないことがあった。それが不良デュエリストたちの処遇である。
「こんな奴ら粗びき肉団子にしちゃえばいいのよ」
「駄目よ遊希! こんな奴らで粗びき肉団子作っても美味しくもなんともないわ! ちゃんとした牛肉を使わないと!」
―――いや、ツッコミどころはそこじゃないと思うんだが。
「……君たちは無理に関わらなくてもいいよ」
憮然とした表情の遊希と千春を後ろに下げると、竜司は不良たちと目線を同じにして話しかける。立場的には圧倒的に竜司の方が上なのだが、彼はあまり上から目線でものを語ることが好きではなく、それはかつて子供のころの遊希と接した時と変わらないスタンスであった。
「さて。君たちのしたことは許されない行為だ。それもデュエリストなら猶更のこと。しかし、ここで警察沙汰にしてしまえば君たちの未来を摘んでしまうことになるし、カードショップの方にも悪評がついて回ってしまう。それでは誰も報われない。だから私としては先ほど妻が約束した通り、君たちが無理やり奪い取ったカードは元の持ち主に返し、また迷惑をかけたカードショップの方にも謝罪をしてもらうことで収めようと思うんだ。そしてそれ以上のことは私は咎めはしない。後は君たちが今後どう臨むか……だけど」
竜司は厳しく、かつ優しく諭すように不良一人一人に話していく。先ほどまで竜司を睨みつけていた不良たちはすっかり大人しくなり、中には竜司を目にして涙ぐんでいる者もいた。
結局カードショップ側も竜司の出した提案を飲む形でまとまった。ただこの提案を言い出した者として竜司の仕事がここで全て終わったわけではない。今後彼らが更生するか、そしてカードを奪われた被害者のメンタルケアも行わなければならない。組織のトップに立つということは、自分のことだけではなく、こうした外部のトラブル解決に対しても飛び回らなければならないのだ。
しかし、アカデミアの校長という職を引き受けた時から竜司は覚悟の上だった。その覚悟をもって日々を過ごしているのである。
*
「大甘ですね」
「そうかな?」
カードショップからの帰り道、前を歩く竜司に対して呆れたように吐き捨てる遊希。そんな時、鈴のお説教から解放された蘭が遊希を後ろから抱きしめてきた。遊希は思わず「わっ」と声を出す。
「でも、私はこの人のそういうところが好きよ」
「ま、まあ……私も……ですけど」
「あらあら」
「……」
抱きしめられて頬を仄かに赤く染める遊希。そんな彼女に蘭はそっと耳打ちする。
「遊希ちゃん、今日は本当にありがとね。久しぶりに会ったけど、あなたは昔よくうちに遊びに来ていた頃のあなたと何も変わっていなかったわ。昔の優しい遊希ちゃんのまんまだった」
「そ、そんな……恥ずかしいです」
「ねえ遊希ちゃん。もし、何か辛いことがあったら遠慮なく私は竜司さんを頼ってね? あなたは決して一人じゃないんだから」
蘭のその言葉に対して遊希は何も言わなかった。ただ、彼女は感じていた。これが母親というものの温もりであり、自分が二度と取り戻せないであろうものであるということを。