「……ふわぁ……」
遊希が目覚めたのはデュエルが終わっておよそ1時間ほど後のことであった。目を擦りながら周囲を見回すと、自分が膝枕をしていたはずのエヴァの姿はそこには無かった。
「おはよう、遊希。よく眠れたか?」
先に起きていたエヴァは近くの窓の手すりに身体を預けては外の風景を見つめていた。空高く昇っていた太陽は西の空に沈みかけており、講堂の窓からは奇麗な夕焼けを見ることが出来た。
「……もうこんな時間か」
「二人で結構な時間眠ってしまっていたようだったな。そう言えば遊希、私は夢を見たぞ」
「夢?」
「ああ。はっきりとは覚えていないのだが……」
エヴァはおぼろげながら夢の内容を遊希に伝え始めた。ぼんやりとしているためはっきりと姿は見えなかったのだが、落ち着いた様子の男性のような声と幼げな少女のような声の主が会話をしていたという。
姿もわからなければ会話の内容もわからないなど、何もかもわからないことばかりである。しかし、エヴァはそんな夢でも不安なところは全くなく、むしろ安心して眠ることが出来たという。エヴァのその言葉を聞いて遊希は心の中で光子竜に話しかけた。
(……光子竜?)
―――なんだ?
(ありがと)
―――どういたしまして。
遊希は表情こそ表に出さなかったが、心の中で安堵の笑みを浮かべていた。
*
「……」
「……」
遊希とエヴァはその後、講堂の片隅に座って他の学生が来るのを待っていた。最初の数分はどんな学生が来るのか、上級生の実力はいかほどのものだろうか、などと今後について話に花を咲かせていた。
しかし、二人がいくら待っても講堂には誰も姿を現さなかったのである。自分たち以外に誰も来る気配が感じられなかった二人は、顔を見合わせると何も言わず立ち上がった。この時遊希とエヴァの考えていたことは完全に一致していたのである。
「私は行く。エヴァは残っていてもいいけど……」
「私も行くぞ。遊希一人を行かせるわけにはいかない」
二人は講堂を出ると、各ブロックに割り振られたエリアの捜索に出て回ることにした。その途中遊希はスマートフォンを取り出し、運営担当である竜司に電話をかけようとする。
しかし、電話をいくらかけてみても竜司に繋がらないどころか圏外状態のままであり、SNSやインターネットすら使えない有様であった。セントラル校の校舎は大会スペースとして割り振られているものの、普段利用している時はスマートフォンが圏外になることなど昨今のネット社会ではまずあり得ないことなのである。
遊希とエヴァは数時間前に遊希が勝ち抜いたAブロックのエリアを最初に捜索することにした。電話は繋がらず、さらにだいぶ日が傾き始めているのにAブロックのエリアは何処も電灯が消えたままだった。
「駄目、繋がらないわ」
「なんだと?」
「それにもう夕方なのに照明が点いてない。というか停電してる」
遊希は壁のスイッチを入れたり切ったりをしているが電灯はうんともすんとも言わなかった。
「停電!? 変電施設に何かあったというのか?」
「まさか。前に校長先生から聞いたけどここの施設は日本有数よ。人為的に壊しでもしない限り……」
遊希の脳裏にはこの状態が特定の誰かによって故意に引き起こされた、というシチュエーションが浮かぶ。
(大会中施設を管理しているのは先生たち……先生たちに何かあった??)
「遊希」
「……!? な、何かしら?」
「何か……聞こえないか?」
エヴァに言われた通り遊希は耳をすませてみる。すると、微かではあるが、衝撃音がビリビリと壁を伝ってくるのがわかった。この衝撃音は知らないものではない。この音の出元で誰かがデュエルをしているのだ。
「取り敢えず音のする方に行ってみましょうか」
(光子竜、あなたも力を貸して)
―――ああ。やれるだけのことはする。
エヴァの耳と光子竜の感覚を頼りに薄暗い廊下を進んでいく。進むたびに衝撃音や爆発音が段々と近づいてくるのがわかった。
「ここだな」
そして辿り着いたのはデュエルの実技授業で使う中規模ホールだった。ここなら大勢のデュエリストが同時にデュエルをすることもできるし、異常に気付いた生徒が集まっている可能性もあった。遊希とエヴァはみんなここに集まっているだけなのかも、と楽観的になる。しかし、彼女たちがホールのドアを開けようとした瞬間である。光子竜が何かを察知したのは。
―――遊希! 気を付けろ!!
「えっ?」
最初はゆっくりとドアを開けようとした遊希であったが、光子竜の言葉に驚き、思わず手にかけたホールのドアを思い切り開けてしまった。その瞬間、激しい爆発と轟音が二人を襲った。
「!?」
突然の爆発に驚きながらも遊希とエヴァははホールの中に入っていく。そこで彼女たちが見たものは、辺り一面に倒れているアカデミアの学生たちの姿だった。そして爆発と共にデュエルをするスペースから一人の男子生徒が吹き飛ばされてくる。
男子生徒はよほど激しい攻撃を受けたのか制服がボロボロに焼け焦げており、全身に擦り傷切り傷といった多数の傷を負っていた。また、デュエリストの必需品とも言えるデュエルディスクも破壊されてしまっていた。いくら大会の舞台で真剣勝負が求められるデュエルとは言えども、ここまでするのはもはや尋常ではない。
「……ちょっと、大丈夫!?」
「……あ、天宮……?」
ボロボロの男子生徒は遊希の顔を見てその名前を呼ぶ。遊希はその男子生徒とは知らない仲ではなかった。
「あなた……火野くん?」
遊希が介抱しようとした男子生徒。それは新入生歓迎パーティーで千夏と一触即発の事態になった同級生の火野 翔一であった。【炎王】デッキの使い手でもある彼は敗れはしたものの、千春を相当追い詰めるなど一年生の中でも実力者の一人であると言ってもいい。そんな翔一がここまでボロボロに負けてしまう、ということに遊希は驚きを隠せなかった。
「ねえ、どうしたの? いったい何があったの? ねえ!」
「遊希、あまり強く揺すってはいけない。そいつの怪我は見た目以上に深刻だ」
普段の平静さを失った遊希をエヴァが思わずたしなめる。しかし、エヴァも翔一の惨状を見て動揺を隠せない様子であった。
「天宮……お前たちも早く……逃げろ……」
「……逃げる?」
「どういうことだ?」
「あいつは……普通じゃない……あいつは……」
力なくデュエルスペースを指さす翔一。その先には倒れている学生たちの中で一人だけその場に立っている人間がいた。爆発によって生じた陽炎の中にいるその者の姿こそはっきりとは確認できなかったが、黒いフードがついたコートを纏っているのは確認できた。
―――遊希、あの者から邪な力を感じる。
(邪な力……?)
―――ああ、私とはまた違う力だ。
光子竜が警戒をするよう注意をするが、遊希としてはその者が善人だろうが悪人だろうが関係ない。状況を鑑みるにその者が翔一をはじめとしたアカデミアの学生たちを襲撃した、という物的証拠が揃っているのだ。
倒れている学生の中に鈴や千春、皐月らはいないようであるが、親友であろうとなかろうとこのようなことをする者は誰であろうといちデュエリストとして許すことはできなかった。
「……ねえ、これ……あなたがやったのよね?」
『……』
遊希は不審な人物の元へと歩み寄って問いかける。不審者は黒いフードのついたロングコートの下にアカデミアの女子制服を身にまとっていた。恐らく何処かで女子の制服を手に入れて大会に乗じて紛れ込み、今回の蛮行に及んだのだろう。そんな不審者は遊希の問いかけには答えなかった。だが、かすかに見える口元は歪んでいた。倒れた学生たちを見てニタニタと笑っているのである。
「何笑っているのよ」
『フフフ……ダッテコイツラ、弱インダモン』
不審者は遊希たちとそう歳の変わらない少女のようだった。しかし、声の高さは少女のものでもその声自体はまるで機械のようなエコーがかかっており、とても常人のものとは思えなかった。その外見から言動まで何から何までが翔一の言う通り普通ではないのである。
「だからと言ってここまでする必要はないはずよ!」
『ネエ、アナタハ……アナタハ……強イノ?』
声を荒げる遊希に対し、不審者はあくまで自分の質問を押し通す。何とか言葉を交わすことはできるものの、それは平行線を辿ってばかりであった。
「……自分でいうのもなんだけど、それなりに腕には自信はあるわ」
『ソウナンダァ……ジャアサァ、アタシトデュエルシヨウヨォ……!!』
そう言って不審者はデュエルディスクを構える。フードに隠れて口元しか見えないが、その口は白い歯を見せ、恍惚とばかりに弧を描いていた。
―――遊希……
(やるしかない……ようね)
―――気を付けろよ。あの者……ただ者ではないぞ!
(ええ。わかってるわ!)
『アハハ……デュエル! デュエル!! デュエルゥゥゥ!!』
遊希と対峙する不審者は狂ったように笑う。まさに戦闘狂という言葉が命を持ったかのような存在であった。
先攻:不審者
後攻:遊希
不審者 LP8000 手札5枚
デッキ:55 メインモンスターゾーン:0 EXゾーン:0 魔法・罠(Pゾーン:青/赤):0 フィールド:0 墓地:0 除外:0 EXデッキ:15(0)
遊希 LP8000 手札5枚
デッキ:35 メインモンスターゾーン:0 EXゾーン:0 魔法・罠(Pゾーン:青/赤):0 フィールド:0 墓地:0 除外:0 EXデッキ:15(0)
☆TURN01(不審者)
『アタシノ先攻ダヨォ!! アタシハ手札カラ魔法カード《隣の芝刈り》ヲ発動ゥゥゥ!!』
《隣の芝刈り》
通常魔法(準制限カード)
(1):自分のデッキの枚数が相手よりも多い場合に発動できる。デッキの枚数が相手と同じになるように、自分のデッキの上からカードを墓地へ送る。
不審者が使っていたのはアカデミア生徒に配布されるアカデミア生徒だけが持つことのできる特製のデュエルディスク。そのため、先攻後攻の決定権を決めるコンピューターが搭載されており、コンピューターは不審者にそれを与える。不審者は迷うことなく先攻を選んだ。このデュエルディスクも罪のないセントラル校の生徒から奪ったものなのだろう、と考えると否が応でも遊希の怒りは増す。
『アタシハアンタトノデッキ枚数ノ差分ダケデッキノカードヲ墓地ヘ送ル! 20枚ノカードヲ墓地ヘッ! 墓地ニ送ラレタダンディライオンノ効果デフィールドニ綿毛トークン2体ヲ守備表示デ特殊召喚! ソシテソノトークンヲ素材ニリンク1ノリンクリボーヲリンク召喚!! モウ1体ノ綿毛トークンデリンク1ノ《リンク・スパイダー》ヲリンク召喚ダァ!』
《リンク・スパイダー》
リンク・効果モンスター
リンク1/地属性/サイバース族/攻1000
【リンクマーカー:下】
通常モンスター1体
(1):1ターンに1度、自分メインフェイズに発動できる。手札からレベル4以下の通常モンスター1体をこのカードのリンク先となる自分フィールドに特殊召喚する。
デュエル開始直後に発動したため、20枚のカードが一気に墓地に送られる。その中に含まれていたダンディライオンの効果で不審者は早くも二度のリンク召喚を決めた。右側のEXゾーンにリンクリボーが、そのリンクマーカーの先にリンク・スパイダーがリンク召喚される。
「デッキ枚数60枚に隣の芝刈り……なるほど、大体掴めたわ」
『モウワカッタノ? 流石ダネェ……墓地ノ《インフェルノイド・シャイターン》ト《インフェルノイド・ベルゼルブ》ヲ除外シ、墓地カラ《インフェルノイド・ヴァエル》ヲ特殊召喚ダヨォ!』
不審者のデッキは隣の芝刈りを採用したタイプの【インフェルノイド】。インフェルノイドはレベル1のチューナーモンスターである《インフェルノイド・デカトロン》を除いた全てのモンスターが通常召喚不可の特殊召喚モンスターであり、手札・墓地のインフェルノイドモンスターは指定の数だけ除外した場合に特殊召喚できる効果を持っている。
その反面、自分フィールドの効果モンスターのレベル・ランクが8以下の場合ではないと特殊召喚できないなど、デメリットも多いが、墓地から特殊召喚できる上級以上のモンスターを隣の芝刈りという強力な墓地肥やしカードを駆使して墓地に送っていれば多少の劣勢は容易に傾けられる爆発力を秘めたデッキであった。
《インフェルノイド・ヴァエル》
特殊召喚・効果モンスター
星7/炎属性/悪魔族/攻2600/守0
このカードは通常召喚できない。
自分フィールドの全ての効果モンスターのレベル・ランクの合計が8以下の時、自分の手札・墓地から「インフェルノイド」モンスター2体を除外した場合のみ手札・墓地から特殊召喚できる。
(1):このカードが相手モンスターを攻撃したバトルフェイズ終了時に発動できる。フィールドのカード1枚を選んで除外する。
(2):1ターンに1度、自分フィールドのモンスター1体をリリースし、相手の墓地のカード1枚を対象として発動できる。そのカードを除外する。この効果は相手ターンでも発動できる。
(インフェルノイド……確かに強いデッキだけど)
―――これだけのデュエリストを一方的に屠るだけのデュエルができるというのか?
『次ィ! アタシハ更ニ墓地ノ《インフェルノイド・ルキフグス》ト《インフェルノイド・アシュメダイ》ヲ除外シ、《インフェルノイド・ベルフェゴル》ヲ特殊召喚!』
《インフェルノイド・ベルフェゴル》
特殊召喚・効果モンスター
星6/炎属性/悪魔族/攻2400/守0
このカードは通常召喚できない。自分フィールドの全ての効果モンスターのレベル・ランクの合計が8以下の時、
自分の手札・墓地から「インフェルノイド」モンスター2体を除外した場合のみ手札・墓地から特殊召喚できる。
(1):このカードの攻撃宣言時に発動できる。相手はエクストラデッキからモンスター1体を選んで除外する。
(2):1ターンに1度、自分フィールドのモンスター1体をリリースし、相手の墓地のカード1枚を対象として発動できる。そのカードを除外する。この効果は相手ターンでも発動できる。
「リンクモンスター2体に上級インフェルノイド2体……か」
『マダダヨ!墓地ノグローアップ・バルブノ効果ヲ発動! デッキトップヲ墓地ヘ送リ、コノカードヲ墓地カラ特殊召喚! ソシテリンクリボートグローアップ・バルブデリンク2ノ水晶機巧-ハリファイバーヲリンク召喚! リンク召喚ニ成功シタハリファイバーノ効果デレベル1ノインフェルノイド・デカトロンヲ特殊召喚!』
《インフェルノイド・デカトロン》
チューナー・効果モンスター
星1/炎属性/悪魔族/攻500/守200
(1):このカードが召喚・特殊召喚に成功した場合に発動できる。デッキから「インフェルノイド・デカトロン」以外の「インフェルノイド」モンスター1体を墓地へ送る。このカードのレベルをそのモンスターのレベル分だけ上げ、このカードはそのモンスターと同名カードとして扱い、同じ効果を得る。
『特殊召喚ニ成功シタデカトロンノ効果! デッキカラ《インフェルノイド・アドラメレク》ヲ墓地ヘ送リ、デカトロンノレベルヲアドラメレクノレベル分アップサセ、アドラメレクト同ジ効果ヲ得ルヨ!』
インフェルノイド・デカトロン 星1→星9
『ソシテアタシハリンク2ノハリファイバー、リンク1ノリンク・スパイダー、インフェルノイド・デカトロン、インフェルノイド・ベルフェゴルをリンクマーカーにセット! サーキットコンバイン! リンク4の鎖龍蛇-スカルデッド》をリンク召喚!』
《鎖龍蛇-スカルデッド》
リンク・効果モンスター
リンク4/地属性/ドラゴン族/攻2800
【リンクマーカー:上/左下/下/右下】
カード名が異なるモンスター2体以上
(1):このカードは、このカードのリンク素材としたモンスターの数によって以下の効果を得る。
●2体以上:このカードのリンク先にモンスターが召喚・特殊召喚された場合に発動する。そのモンスターの攻撃力・守備力は300アップする。
●3体以上:1ターンに1度、自分メインフェイズに発動できる。手札からモンスター1体を特殊召喚する。
●4体:このカードがリンク召喚に成功した時に発動できる。自分はデッキから4枚ドローし、その後手札を3枚選んで好きな順番でデッキの下に戻す。
『4体ノモンスターヲ素材ニリンク召喚シタスカルデッドノ効果! アタシハデッキカラ4枚ドローシ、ソノ後手札ヲ3枚選ンデ好キナ順番デデッキノ下ニ戻ス!』
スカルデッドがリンク召喚されたのは左側のEXゾーンであり、ハリファイバーとは逆側のEXゾーンになる。そのリンク先には予め特殊召喚されていたヴァエルが存在していた。
(スカルデッドのリンク召喚にインフェルノイドが2体使われたことで、相手のフィールドに存在する効果モンスターのレベルの合計が8を下回った……)
『モウワカッテルト思ウケド、墓地ノベルフェゴルトデカトロンヲ除外シテアドラメレクヲ墓地カラ特殊召喚ダァ!』
《インフェルノイド・アドラメレク》
特殊召喚・効果モンスター
星8/炎属性/悪魔族/攻2800/守0
このカードは通常召喚できない。自分フィールドの全ての効果モンスターのレベル・ランクの合計が8以下の時、自分の手札・墓地から「インフェルノイド」モンスター2体を除外した場合のみ手札・墓地から特殊召喚できる。
(1):このカードが戦闘で相手モンスターを破壊し墓地へ送った時に発動できる。このカードはもう1度だけ続けて攻撃できる。
(2):1ターンに1度、自分フィールドのモンスター1体をリリースし、相手の墓地のカード1枚を対象として発動できる。そのカードを除外する。この効果は相手ターンでも発動できる。
『スカルデッドノリンク先ニアドラメレクヲ特殊召喚! ソシテスカルデッドノ効果デアドラメレクノ攻撃力・守備力ハ300ポイントアップスル!!』
インフェルノイド・アドラメレク ATK2800/DEF0→ATK3100/DEF300
「っ……」
―――リンク先のモンスターを強化するスカルデッドに、モンスターをリリースすることで墓地のカードを除外できるインフェルノイドが2体か。厄介な……
『アハハ! アンタタチ何思イ違イシテルノォ? アタシノデッキハ……マダマダ止マラナイヨォ!!』
不審者のその言葉の後、光子竜は感じ取った。不審者の後ろに立つ未知なる強大な影の存在を。